「数学ガール」って、どれから読めばいいの?
「数学ガール」って本、たくさん出てるんだけど、いったいどれから読めばいいの? ……という方は、 こちらをお読みください!
登場人物紹介
僕:数学が好きな高校生。
ユーリ:僕のいとこの中学生。 僕のことを《お兄ちゃん》と呼ぶ。 論理的な話は好きだが飽きっぽい。
テトラちゃん:僕の後輩。好奇心旺盛で根気強い《元気少女》。
ミルカさん:数学が好きな高校生。僕のクラスメート。長い黒髪の《饒舌才媛》。
リサ:自在にプログラミングを行う無口な女子。赤い髪の《コンピュータ少女》。
双倉図書館(ならびくらとしょかん)で開催されているイベント《いにしえの数学》では、 さまざまな国の、古い時代の数学についてパネルが展示されている。
僕たちはこれまで、 古代エジプトのヒエログリフ(第181回参照)、 古代バビロニアの楔形文字(第183回参照)、 古代ギリシアのタレスとピタゴラス(第185回参照)、 それに古代中国の『九章算術』(第188回参照)などの展示を見てきた。 いや、見てきただけじゃない。パネルに示されているクイズにも挑戦してきた。
そして、次なるクイズは……?
ユーリ「お兄ちゃんもテトラさんも、早く早く! たっくさんパネルがあるから、全部まわるのに時間足りなくなるよ!」
僕「そもそも、全部まわるなんて無理だって、ユーリ。 ミルカさんは古代バビロニアの方に行ったらしいから、そっちを見ようよ」
ユーリ「楔形文字(くさびがたもじ)は、さっき見たし……」
僕「古代バビロニアの部屋のパネル、全部は見てないよ」
テトラ「たくさんありましたものね」
こんなふうにして、ユーリとテトラちゃんと僕は《古代バビロニアの部屋》へまた戻ってきた。
古代バビロニアの部屋で、ミルカさんは一つのパネルを眺めていた。
ユーリ「あ、ミルカさまだ。パネルクイズを見てる!」
プリンプトン322
以下はプリンプトン322と呼ばれる粘土板に書かれたものである(紀元前1800年頃)。 これはいったい何を表しているのだろうか。想像してみよう。
※注意: $(\quad)$ は、六十進法表記による一つの数を表す。
ユーリ「バビロニア……ってことは、六十進法?」
テトラ「そう書いてありますね」
僕「数の表ってことなのかな。ミルカさんはこのクイズを考えていたの?」
ミルカ「……」
ミルカさんが無言なので、僕たちも自然と無言になり、 しばし、このパネルを見つめていた。プリンプトン322を。
ミルカ「……いや、私もいま見始めたところだよ」
ユーリ「六十進法だと、よくわかんない」
テトラ「いえ、じっと見ていると、わかることはありますね。 たとえば、いちばん右の第 $4$ 列を縦に読むと、 $1,2,3,\ldots,15$ と順番に数が並んでいます」
プリンプトン322の第 $4$ 列を観察する
ユーリ「あ、そだね。六十進法だけど、各桁は十進法だから? $0$ から $59$ までは十進法なんだよね」
僕「そうだったね」
ミルカ「他にもわかることはある。第 $1$ 列の最上位を縦方向に見てみると、 $59,56,55,\ldots,25,23$ のように大きい順に並んでいるように見える」
プリンプトン322の第 $1$ 列の最上位を観察する
僕「確かに」
ミルカ「しかし、それ以上の観察はちょっと難しそうだ。リサはどこかにいないかな」
テトラ「リサちゃんは、さっき一瞬いましたけど」
リサ「《ちゃん》は不要」
テトラ「……って、いらしたんですね」
ミルカ「これを、十進法の位取り記数法に変換できる?」
リサ「可能」
プリンプトン322を十進法に変換する
僕「うーん、ずいぶん眺めが変わるなあ」
ユーリ「第 $4$ 列は変わんないね。 $1,2,3,\ldots,15$ だから」
ミルカ「第 $1$ 列は極端に大きくなった」
テトラ「それに比べると、第 $2$ 列と第 $3$ 列は《だいたい同じくらいの大きさ》になっていますね。 たとえば、第 $1$ 行目は $119$ と $169$ で、およそ $100$ ですが、 第 $4$ 行目は $12709$ と $18541$ で、どちらもおよそ $10000$ です」
僕「確かに……」
ユーリ「シャキーン! ユーリ、ひらめいちゃった!」
テトラ「なんでしょう」
ユーリ「あのね、数の列だから、これって数列じゃん? 数列ときたら階差数列をとってみなくちゃ! たとえば、 この第 $2$ 列の階差数列!」
階差数列をとってみる
ユーリ「ありゃ? めちゃめちゃ」
僕「うーん……これはちょっと違うんじゃないかな。 第 $2$ 列を縦に見ると、数十のものもあれば、一万超えるものもあるからなあ……」
ユーリ「そっか」
ミルカ「むしろ隣同士はどうだろう」
テトラ「あっ、あたしもそれをいま思っていました」
ユーリ「隣同士って?」
テトラ「あのですね。第 $2$ 列と第 $3$ 列はほぼ同じくらいの大きさの数じゃないですか。 これの差を求めてみるんですよ」
ユーリ「$119 - 169 = -50$ とか?」
テトラ「そうです」
ミルカ「リサに表の形にしてもらおう」
リサ「できてる」
第 $2$ 列と第 $3$ 列の差をとった
僕「ああ、列に名前を付けたんだね、 $A,B,C,D,B-C$ って」
テトラ「これでは、 $B-C$ は全部マイナスになってしまいますね。 $B < C$ ですから」
リサ「$C - B$ に修正」
第 $3$ 列と第 $2$ 列の差をとった
ユーリ「テトラさん、これも違うんじゃない? $50$ になったり、 $1458$ になったり……」
テトラ「それはそうなんですけど……」
ミルカ「$0$ か、 $2$ か、 $8$ になるのはなぜだろう」
テトラ「何の話ですか?」
ミルカ「$C - B$ をよく見る。一の位は必ず $0$ か $2$ か $8$ になっている」
ユーリ「$5\underline{0}, 145\underline{8}, 204\underline{8}, 583\underline{2}, \ldots$ ほんとだ、全部偶数!」
僕「でも、 $4$ や $6$ にはならない?」
テトラ「確かにそうですね」
僕「これは……」
ミルカ「これは、素因数分解したくなる」
リサ「$C - B$ の素因数分解」
《第 $3$ 列と第 $2$ 列の差》を素因数分解した
ミルカ「なるほど」
ユーリ「?」
テトラ「?」
僕「うーん、 $C - B$ には、素因数が $2$ と $3$ と $5$ しか出てこないってこと? たとえば、 $7$ も $11$ も出てこない」
テトラ「あっ、ほんとですね……でも、それは何を意味するんでしょうか」
ミルカ「私にもわからない。しかし、 $2,3,5$ は $60 = 2^2\times3\times5$ の素因数ではあるな」
僕「そうだ、 $C + B$ の素因数も同じじゃない?」
第 $3$ 列と第 $2$ 列の和と差の素因数分解
僕「ほらやっぱり! $C-B$ も $C+B$ も、素因数は $2,3,5$ だけなんだよ」
テトラ「でも、やっぱり……それが何を意味するか、あたしにはわかりません」
ミルカ「第 $11$ 行目はシンプルだな」
ユーリ「素数って、 $$ 2,3,5,7,11,\ldots $$ だよね……」
僕「六十進法に関連しているのかな……」
ユーリ「お兄ちゃん! 《逆数表》じゃない?」
僕「逆数表?」
ユーリ「ほら、バビロニアの《逆数表》には $7$ と $11$ がなかったじゃん?」
僕「うん、そうだったね。言い換えると、バビロニアの《逆数表》には $2,3,5$ を素因数に持つ数しか出てこない……か」
ミルカ「ふむ、なるほど。逆数が六十進法の有限小数で表記できる数になるということか」
テトラ「みなさん、ちょっとお待ちください。テトラは迷子になっています。 差を取ったり、和を取ったり、素因数分解したり、素因数の種類を調べたり……はいいのですが、 それで、 $B$ 列や $C$ 列はわかるんでしょうか」
ミルカ「わからないから、いろいろやってみるんだろう? テトラ」
テトラ「そ、それはそうですね……」
僕「$C - B$ や $C + B$ は、素因数として $2,3,5$ 以外は持たない。 いいかえると、 $C - B$ も $C + B$ も、逆数を六十進法で表記したとき、有限小数で表記できる。 そして《逆数表》で逆数を計算しやすい数である……」
ユーリ「あれ? 素因数として $2,3,5$ 以外は持たないって、この表の数は全部そーなんじゃないの?」
僕「いや違うよ。たとえば $B$ 列の最初は、 $119 = 7\times17$ だから、 $7$ や $17$ という素因数が入ってる」
ユーリ「そっか……」
テトラ「$C - B$ と $C + B$ ばかり追ってていいんでしょうか。あまり先には進めないような気がするんですけれど」
ミルカ「いや。いま、二歩くらい進めたよ。ユーリが教えてくれた《逆数表》がヒントになった」
ユーリ「何がわかったんですか?」
ミルカ「リサ、 $C + B$ と $C - B$ を掛けてみると?」
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