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第189回 シーズン19 エピソード9
九章算術の研究、もっと

登場人物紹介

:数学が好きな高校生。

ユーリのいとこの中学生。 のことを《お兄ちゃん》と呼ぶ。 論理的な話は好きだが飽きっぽい。

テトラちゃんの後輩。好奇心旺盛で根気強い《元気少女》。

リサ:自在にプログラミングを行う無口な女子。赤い髪の《コンピュータ少女》。

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双倉図書館にて

双倉図書館(ならびくらとしょかん)で開催されているイベント《いにしえの数学》では、 さまざまな国の、古い時代の数学についてパネルが展示されている。

僕たちはこれまで、 古代エジプトのヒエログリフ(第181回参照)、 古代バビロニアの楔形文字(第183回参照)、 古代ギリシアのタレスとピタゴラス(第185回参照)などの展示を見てきた。 いや、見てきただけじゃない。パネルに示されているクイズにも挑戦してきた。

いま、ユーリは、 テトラちゃんといっしょに古代中国の数学テキスト『九章算術』に取り組んでいる。 算木を用いた乗算の問題を考えた後(第188回参照)、 僕たちは正の平方根を求める開平に挑戦しているところ。

『九章算術』巻第四【12】より「平方根を求める」

いま面積が五万五千二百二十五平方歩の正方形がある。 問う、一辺はいくらか。

答、二百三十五歩。

※『科学の名著<2>中国天文学・数学集』より

テトラ「算木でルートの計算をするということですね?」

ユーリ「クイズパネルになってる!」

クイズ(算木で開平を行う)

以下は、算木を使って、 $$ \SQRT{55225} = 235 $$ の計算を行う手順を示している。 ヒントをもとにして、 各手順が何を行っているか、想像してみよう。

(r01)

ヒント: $S = 55225$

(r02)

ヒント:《万の位》以上に注目する。

(r03)

ヒント: $a = 2$ は、 $5 \GEQ a^2$ を満たす数として得た。

(r04)

ヒント: $R_1 = 1$ は、 $5 - a^2$ として得た。

(r05)

ヒント: $4$ は、 $a$ に $a$ を加えて得た。

(r06)

ヒント:なし。

(r07)

ヒント:《百の位》以上に注目する。

(r08)

ヒント: $b = 3$ は、 $152 \GEQ b(20a + b)$ を満たす数として得た。

(r09)

ヒント: $R_2 = 23$ は、 $152 - b(20a + b)$ として得た。

(r10)

ヒント: $46$ は、 $20a + b$ に $b$ を加えて得た。

(r11)

ヒント:なし。

(r12)

ヒント:《一の位》以上に注目する。

(r13)

ヒント: $c = 5$ は、 $2325 \GEQ c(200a + 20b + c)$ を満たす数として得た。

(r14)

ヒント: $R_3 = 0$ は、 $2325 - c(200a + 20b + c)$ として得た。

(一行目に、 $\SQRT{55225}$ の計算結果である $235$ が得られている)

テトラ「これは、手強そうですね……」

ユーリ「なんでこれで、 $\SQRT{55225}$ が計算できんの?」

「それを考えるクイズみたいだよ」

ユーリ「そーなんだけどさー」

テトラ「順番に根気よく読んでいけばきっとわかるはずですよね?」

僕たちは、 算木を使って $\SQRT{55225} = 235$ の計算を行う手順 をいっしょに解読していくことになった。

(r01)

ヒント: $S = 55225$

ユーリ「これは、何やってるかわかる!」

テトラ「これからルートを取る数、 $55225$ を算木で並べているわけですね」

「そうだろうね。最初に《与えられているものは何か》を明確にしている、と。 ヒントにある $S = 55225$ を使うなら、これから求めるのは $\SQRT{S}$ ということになるね」

(r02)

ヒント:《万の位》以上に注目する。

ユーリ「いっちばん上の位に、 $1$ という印を置きましたー……ってことだね、これ。 ほらほら、乗算のときも上の位から計算したもんね。 ルート取るときも、上の位から調べるんでしょ?」

「なるほど。ユーリのいう通りだろうね」

テトラ「あ、あのう……確かに、 算木では上の位から計算をしていましたけれど(第188回参照)、 ここのヒントは《万の位》とわざわざ書いてますよね」

ユーリ「だって、 $55225$ って、いっちばん上の位は《万の位》だよ、テトラさん」

「ともかく、先を見てみよう」

(r03)

ヒント: $a = 2$ は、 $5 \GEQ a^2$ を満たす数として得た。

「ようやく計算らしいことが始まったよ。 ここでは、いま注目している $5$ を使って、 $$ 5 \GEQ a^2 $$ を満たす数として $a = 2$ を得たと書いてある。つまり、 $$ 5 \GEQ 2^2 = 4 $$ だから、平方して $5$ 以下になる正整数として $2$ を見つけたわけだ。 これは、要するに $\SQRT{5}$ を推測で求めていることになるんだね」

テトラ「そうですね」

ユーリ「ダウト!  $\SQRT{5} = 2.2360679\cdots$ じゃなかったっけ? 《富士山麓オーム鳴く》だし、 $2$ でいーの?」

「ああ、もちろん、小数以下は切り捨てたわけだよ。だから、正確には、 $$ \FLOOR{\SQRT{5}} = a \qquad \REMTEXT{$\SQRT{5}$以下の最大整数} $$ となる数として、 $a = 2$ を求めたということだと思うんだけど」

ユーリ「じゃ、このヒントは不正確だね!  『$a = 2$ は、 $5 \GEQ a^2$ を満たす数として得た』じゃなくて、 『$a = 2$ は、 $5 \GEQ a^2$ を満たす最大整数として得た』にしなくちゃ」

「確かにそうなるな」

テトラ「ところで、この $a = 2$ という数は、 結局 $55225$ とどういう関係になるんでしょうか」

「そうか……うん、それは簡単だよ。 《万の位》に注目して $\SQRT{5}$ を考えるというのは、 結局、 $\SQRT{50000}$ を考えているのと同じこと。 $\SQRT{5}$ の小数以下を切り捨てると $a = 2$ になるというのは、 $$ S \GEQ (100a)^2 $$ という $a$ を求めたことになるね」

ユーリ「$S$ って何だっけ」

「数値を具体的に書くと、 $55225$ だよ」

$$ S = 55225 \GEQ 50000 \GEQ 40000 = (200)^2 = (100a)^2 $$

テトラ「ははあ……ということは、 $100a = 200$ ですから、 $$ \SQRT{55225} \GEQ 200 $$ という $200$ を見つけたという意味ですね!」

「そうなるね。まだ $\SQRT{55225} = 235$ まではたどり着いていなくて、 $200$ というところまで判明したわけだ。 まだ概算ではあるけれど、《百の位》までの詳しさでは正確にわかった、と」

テトラ「はっ! 発見しました!

「何を見つけたの、テトラちゃん?」

テトラ「あのですね。 算木での乗算は上の位から計算したじゃないですか(第188回参照)。 あのときも、最初は概算で、次第に正確になっていきましたねっ!」

「なるほど! 確かにそういえるね。算木では $360\times49 = 17836$ を求めるのに、 $$ \begin{align*} \underline{3}00 \times 49 &= 14700 \\ \underline{36}0 \times 49 &= 17640 \\ \underline{364} \times 49 &= 17836 \\ \end{align*} $$ という順になっていったから」

テトラ「そうです、そうです。上の位から計算するので、早い段階から概算が得られています。 でも、筆算では、概算が出てくるのは計算がだいぶ進んでからになりますね」

ユーリ「ねーねー、次を見よーよ」

(r04)

ヒント: $R_1 = 1$ は、 $5 - a^2$ として得た。

「これがよくわからないんだよな」

テトラ「二行目に書いていた $55225$ を $15225$ に書き換えちゃっていますよね。 $5$ が $1$ に変わりました」

ユーリ「$5 - a^2 = 5 - 2^2 = 1$ だから、 $1$ だよ?」

「それはわかってるんだけど、その意味がピンと来ないんだ。 $$ R_1 = 5 - a^2 $$ だね」

テトラ「$10000$ 倍して考えますと、 $$ 10000R_1 = 50000 - (100a)^2 $$ ということですね」

「そうか。そうだね」

ユーリ「これの意味って何になるの?」

テトラ「$50000$ というのは、 $55225$ を《万の位》までで考えた数ですよね?  それから、 $(100a)^2 = 40000$ に出てきた $100a$ というのは、 $\SQRT{50000}$ を《百の位》までで考えた数です。 ということは、 $50000 - (100a)^2$ というのは……なんて言うんでしょうか、ズレの部分ですよね」

ユーリ「ズレ?」

「うんうん、誤差かな。 テトラちゃんはいま一万倍して説明してくれたけど、 $5 - a^2$ というのは、 $\SQRT{5}$ を $2$ で近似したときの誤差のようなものだね」

ユーリ「うーん……よくわかんにゃい。 あっ、あっちに説明図のパネルがあるよ! きっとヒントだよ! 見に行こーよ」

「えー……見てしまうつもり?」

テトラ「もう少し考えてからにしましょうよ、ユーリちゃん」

ユーリ「総攻撃くらったし」

「だからね。まず、僕たちが求めようとしているのは、 $\SQRT{55225}$ なんだけど、それを一気に求めるんじゃなくて、どうやら上の位から求めようとしているらしい。 《百の位》は大小関係で $a = 2$ だとわかった。 $\SQRT{55225}$ は $2XX$ という形らしい。でも、まだ、正確じゃない」

ユーリ「まだ正確じゃないから、ズレを考えるってこと? そっか、ズレの部分も同じように繰り返して調べればいーんだ」

テトラ「あたしもそう思いました。ですから $55225$ を $15225$ にしたのもわかります。 これって、 $5.5225$ から $4.0000$ を引いて $1.5225$ にしたようなものなんですよ」

「それはいいんだけど、問題は、同じように繰り返すというのはどういうことか、だと思う」

リサ「正確な繰り返しはアルゴリズムの基本」

僕たちがあれこれ議論しているところに、背後から一言。 びっくりして振り向くと、真っ赤な髪が目立つリサの去りゆく後ろ姿だけが見えた。

ユーリ「あー、驚いた」

(r05)

ヒント: $4$ は、 $a$ に $a$ を加えて得た。

テトラ「$2$ が $4$ になりました。 $4$ は、 $a$ に $a$ を加えて得た?」

ユーリ「$2 + 2 = 4$」

「$a + a = 2a$」

テトラ「$2$ 乗を計算するのに、 $2$ 倍がどう関係するんでしょう」

「これだけじゃ、まだわからないなあ。《$2$ 倍の謎》とメモしておくか」

ユーリ「どんどん行こーよ」

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(2017年3月10日)

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結城浩(ゆうき・ひろし) @hyuki


『数学ガール』作者。 結城メルマガWeb連載を毎週書いてます。 文章書きとプログラミングが好きなクリスチャン。2014年日本数学会出版賞受賞。

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