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第183回 シーズン19 エピソード3
バビロニアの数学(前編)

登場人物紹介

:数学が好きな高校生。

ユーリのいとこの中学生。 のことを《お兄ちゃん》と呼ぶ。 論理的な話は好きだが飽きっぽい。

リサ:自在にプログラミングを行う無口な女子。赤い髪の《コンピュータ少女》。

双倉図書館にて

ユーリは双倉図書館(ならびくらとしょかん)で開催されているイベント《いにしえの数学》を見学中。

このイベントでは、さまざまな国の、古い時代の数学についてパネルが展示されている。

ユーリは古代エジプトのヒエログリフで書かれたチャレンジクイズを解いたところ(第182回参照)。

ユーリ「あー楽しかったね、お兄ちゃん!」

「うん、思ったよりずっとおもしろかった」

ユーリ「ヒエログリフの暗号を解読したみたい。ねー、次はどっちに行く?」

「それより、ミルカさんやテトラちゃんを探さなくちゃ」

ユーリ「だーいじょぶだって。会えるって。 それより、あっちの部屋を見てみよーよ! ……ばびろにあ?」

「バビロニアの数学? そうか、部屋ごとに時代がわかれているということなんだね」

ユーリは、古代エジプトの部屋からバビロニアの部屋へ移動する。

こちらの部屋にもたくさんのパネルが展示されていた。

そして、部屋の隅にある机では、 真っ赤な髪の少女がノートブック・コンピュータのキーボードを叩いていた。

リサである。

ユーリ「あ、リサねーだ!

リサ「??」

「そうか、このイベントのスタッフ作業中?」

リサ「半分作業、半分趣味」(咳)

リサはキーボードの手を休めることなく僕たちを一瞬見る。 そしてまたディスプレイに目を戻す。

ユーリ「お兄ちゃん、こっちのパネルから見ていくみたいだよ。 《ばびろにあ》の数字」

バビロニアの記数法、 110

「これは 110 だけだね。バビロニアは十進法なのかな」

ユーリ「こっちに 1 から 9 までのパネルがある。なんだかギザギザ」

バビロニアの記数法、 1 から 9

「なるほど。 47 はちょっと変わっているけど、要するに 1 を並べているんだね」

ユーリ「なーんだ。ヒエログリフとおんなじなんだね」

「次のパネルは、 10 以上が展示してある」

バビロニアの記数法、 10 から 19

ユーリ「これも似ているね」

「確かに似てるな。古代エジプトだと、縦棒が 1 で、U字をひっくり返したのが 10 だった。 バビロニアでも、縦棒が 1 で、くの字が 10 なんだ。仕組みは同じだね」

ユーリ「予言者ユーリとしてはですなー、 20 もわかるぞよ。《くの字》が 2 個ならぶと 20 なんじゃよ。 102 個で 20 を表すんじゃ」

「どれどれ?」

バビロニアの記数法、 20 から 29

ユーリ「ほらね、ほーらね! ばっちり正解さ! この調子で 99 まで行くんだよ、きっと」

「次のパネルは 30 から 39 だよね」

バビロニアの記数法、 30 から 39

ユーリ「ごらんのよーに、予言どおりじゃ。わかったかの?」

「はいはい。次のパネルは 40 から 49 かな」

ユーリ「次のパネルでは、《くの字》が 4 個横に並び、《縦棒》が右に並ぶのじゃよ」

バビロニアの記数法、 40 から 49

「惜しかったね。《くの字》は横に並んでないよ。予言者どの」

ユーリ「くっ……こ、これは、バビロニアの民の《でざいん》の問題じゃ。 だって、《くの字》を 4 個横に並べたら、場所取るじゃん? でも、 《くの字》を 4 個書くってゆーのは、当たってたもん!」

「はいはい。えっと、次のパネルは 50 から 59 だね」

バビロニアの記数法、 50 から 59

ユーリ「想像通りじゃん。次の 60 は《くの字》が 6 個並ぶんでしょ、どーせ。 そろそろ飽きてきたね。バビロニアはもう十分だよ、次の部屋に行かない?」

「あれ?」

ユーリ「ほえ?」

バビロニアの記数法、 60,61,62

60 が縦棒 1 個になってる」

ユーリ「パネル、まちがってるんじゃない? 縦棒 1 個は 1 だったじゃん。リサ姉に言っとこーよ」

「いや、まちがいじゃないな。だって、ほら、 6162 を見てごらん。 縦棒 1 個がまるで 60 であるかのように話が進んでいる。縦棒 2 個を、あいだを少し空けて並べたら 61 で、 縦棒を 1 個と 2 個並べたら、 62 になってるよね」

ユーリ「そーだけど?」

「つまり、 61=60+162=60+2 のように書いているのがわかる。だから、縦棒 1 個は確かに 60 の扱いになってるんだよ」

ユーリ「そんなわけないじゃん。 6162 はいーけど、 601 はまったく同じでしょ? 区別つかない数字なんて、そんなの、ありえない!」

バビロニアの記数法、 69,70,71

「ほら、 69,70,71 のパネルも全部、同じ考え方になってるよ。左側にある縦棒は 60 の扱いになってる」

69=60+970=60+1071=60+11

ユーリ「ほんとだ。うーん……あれれ?  70=60+10 っておかしくない? だって、これって合わせたら 11 にもなる」

「違うね。 1170 では順序が逆になるから」

バビロニアの記数法、 1170

ユーリ「むむむ……だったら、ヒエログリフと違うってこと?」

「そうだね。ヒエログリフでは、 1170 はまったく違うし、左右を逆転させても誤解は生じない。 でも、バビロニアでは、文字の場所が意味を持ってる。左右を入れ換えたら数が変わってしまう。 うん、だから、バビロニアでは僕たちが使っている数の書き方と同じように《位取り記数法》を使っているといえるね!」

ユーリ1221 は違う」

「そういうこと。古代エジプトでは《位取り記数法》は使っていない。でも、バビロニアでは《位取り記数法》を使っている。 うん、そして、バビロニアでは《六十進法》を使っている」

ユーリ「六十進法」

「だって、 59 までは同じ書き方で進んでいて、 60 になったとたん繰り上がりを起こしているからね。 ほら、 59 から 60 になったとたん 1 に戻ったように見えたのは、ちょうど僕たちが 9 から 10 になったとたん、 上の位が 1 になったようなものなんだ」

ユーリ「……ダウト」

「なぜダウト?」

ユーリ「だって、 9 から 10 になったときは一の位に 0 があるもん。だから、 110 の区別付くじゃん? でも、 バビロニアだと 160 の区別が付かない。そんなのなんだかおかしーよ」

「確かに。うーん……ともかく、パネルを進んでみようか」

ユーリ「あ、クイズだ」

クイズ

バビロニアの記数法を使うと、 100 はどのように表せるでしょうか。

「なるほど……」

ユーリ60 で繰り上がりするから……」

「わかった?」

ユーリ「たぶん。こうかにゃ?」

クイズの答え

「そうだね」

ユーリ「よかったー。 100=60+40 になるんでしょ?」

「こっちに解説パネルがある」

バビロニアの記数法における 100 の成り立ち

ユーリ「あり? なんで、 100=60+40 じゃなくて、 1×601+40×600 って書き方になってんの?」

「ほら、バビロニアの記数法は、やっぱり《六十進法》なんだよ。 この書き方をよく見てごらん」

ユーリ「(来たな《先生トーク》)」

「僕たちの《十進法》で《位取り記数法》のとき、各桁は 10n 乗という形になるよね。 一の位は 100 で、十の位は 101 で、百の位は 102 で、千の位は 103 になる。だから、たとえば 2017 という数の書き方は、 2017=2×103+0×102+1×101+7×100 という意味だし、 100 という数の書き方は、 100=1×102+0×101+0×100 という意味。 10n 乗が基本になるのは、《十進法》だからで……」

ユーリ「わーった。わかりましたよ。だから 60n 乗って書けば《六十進法》ってこと。 バビロニアでは、 100=1×601+40×600 みたいに書きますよーって?」

「そういうことだね。さすが、ユーリは理解が早いな」

ユーリ「ちっちっちっ。お兄ちゃんは詰めが甘いにゃ」

「何のこと?」

ユーリ「お兄ちゃんは、《六十進法》という思い込みがあるから、 バビロニアの記数法、しっかり見てないよね」

「だから、何の話?」

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(2017年1月27日)

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結城浩(ゆうき・ひろし) @hyuki


『数学ガール』作者。 結城メルマガWeb連載を毎週書いてます。 文章書きとプログラミングが好きなクリスチャン。2014年日本数学会出版賞受賞。

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