[logo] Web連載「数学ガールの秘密ノート」
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第185回 シーズン19 エピソード5
古代ギリシアの数学(前編)

登場人物紹介

:数学が好きな高校生。

ユーリのいとこの中学生。 のことを《お兄ちゃん》と呼ぶ。 論理的な話は好きだが飽きっぽい。

$ \newcommand{\REMTEXT}[1]{\textbf{#1}} \newcommand{\SQRT}[1]{\sqrt{\mathstrut #1}} $

双倉図書館にて

ユーリは双倉図書館(ならびくらとしょかん)で開催されているイベント《いにしえの数学》を見学中。

このイベントでは、さまざまな国の、古い時代の数学についてパネルが展示されている。

ユーリは古代エジプトとバビロニアの部屋を通り抜けて、次のコーナーへ……

ユーリ「楔形文字で $\SQRT{2}$ が出てくるとは思わなかったにゃあ!」

「確かにそうだね……そうだ、ミルカさんやテトラちゃんを探さなくちゃ」

ユーリ「だーいじょぶだって。会えるって。 それより、あっちの部屋を見てみよーよ! 古代ギリシアのコーナーだ!」

「おっ、いよいよギリシアか」

ユーリ「いよいよ?」

「うん。ギリシアだと有名人がたくさんでてくるよね。 タレス、ピタゴラス、アリストテレス、ユークリッド、 アルキメデス、アポロニウス、ヘロン……」

ユーリ「聞いたことある」

「誰が出てくるのかな」

ユーリ「パネルはあそこから始まるみたい」

古代ギリシア

「これは時代背景の解説だね。ええと『第1回オリンピック大会は紀元前776年に開かれた……当時のギリシア数学については、 何もわかっていない……紀元前6世紀に、ようやく二人の人物、タレスピタゴラスが現れた』だって。カール・ボイヤー『数学の歴史』より、一部修正のうえ引用、と。紀元前6世紀ということは、紀元前600年から紀元前501年の間になるね」

ユーリ「さっきまで見てたバビロニアの楔形文字は何年の話だっけ」

「六十進法の計算は紀元前1750年ごろの話だね」

ユーリ「バビロニアの計算が紀元前1750年で、 タレスとピタゴラスが紀元前6世紀……ってことは、千年以上違う?」

「そうだね。 いま僕たちはバビロニアのコーナーから古代ギリシアのコーナーにほんの数歩で移ってきたけど、 そのあいだに千年以上の時間が過ぎてることになるね」

ユーリ「ほえー……」

「現代から考えたら、タレスとピタゴラスは二千数百年以上前ってことだね」

ユーリ「すごーく昔なんだ……」

タレス

ミレトスのタレス(紀元前624年ごろ〜546年ごろ)

「ええと……解説の続きはこうなってる。 『二人〔タレスとピタゴラス〕の著した数学上の傑作そのものはどちらも残っていないうえ、 タレスかピタゴラスのどちらかがほんとうにそのような傑作を著したという確証もない。 かれら二人の初期数学者の業績は、 かれらの身辺に生まれたあまり信用のおけない言い伝えにもとづき再編成されなければならない』 とのこと」

ユーリ「へんなの」

「何が?」

ユーリ「だって、古代エジプトやバビロニアのほうがずっと古いんでしょ。 それなのに、 タレスとピタゴラスの書いたものが残ってないっておかしくない?」

「確かに……いや、でも、名前が残ってるとはいえるね。 リンド・パピルスに残っていた名前はファラオの名前だったり、書記の名前だったり、超えらい人だったわけだよね。 タレスやピタゴラスのような一般人の名前が残っているのはすごいんじゃないかな」

ユーリ「ふむふむ」

タレスの業績、逸話

紀元前585年の日食を予言した。

「円の面積は、直径によって二等分される」という定理を証明した。

「二等辺三角形の二つの底角は等しい」という定理を発見した。

「二直線が交わるとき、その対頂角は等しい」という定理を発見した。

「二つの三角形があって、二つの角とそのあいだの辺がそれぞれ等しいとき、二つの三角形は合同である」 という定理を応用して、海上に浮かぶ船までの距離を測った。

※ただし、これらがタレスの業績であることを示す、当時の記録はない。

ユーリ「当時の記録がないのに、タレスの業績だって何で言えるの?」

「解説があるよ。『タレスから千年後、エウデモスが書いた数学史があり……』」

ユーリ「ははーん。タレス当時の記録はないけど、千年後の記録はあったってことかー」

「『……ただし、その数学史は紛失してしまった』」

ユーリ「なくなったんかいっ! おーい、なくすなよー」

「『しかし、紛失前に誰かがその数学史の一部を要約しており……』」

ユーリ「よかった。一部分でも残ってたんだー」

「『……ただし、その要約の原本も紛失してしまった』」

ユーリ「また、なくなったんかいっ! おーい、しっかりしてくれよー」

「『しかし、5世紀にプロクロスが『ユークリッド原論第1巻の注釈』に要約の内容を組み込んでいた』とのこと」

ユーリ「なにそれー。ギリギリでバトンを渡してるみたい! あっぶなー」

「スリリングだね。ここまでの解説はボイヤー『数学の歴史』から一部修正」

ユーリ「こっちにもタレスの話があるみたい」

タレスの逸話(オリーブの予測)

アリストテレスは次のような逸話を物語っている。 タレスは、無益な探求に時間を無駄に過ごしているとかつて非難された。 そこで、ある年オリーブが豊作になりそうだというある種の前兆を知ったことから、 タレスは何も言わずに油絞り機を買い占めた。 現実に豊作となり収穫を行う時期になると、 オリーブ栽培業者は皆タレスの元に行き油絞り機を借りざるをえなかった。 このように、タレスは、数学者や哲学者はその気になれば現実に金儲けができるという事実を証明したのである。

※カッツ『数学の歴史』より

「おもしろいなあ」

ユーリ「その気になれば……」

ピタゴラス

ピタゴラス(紀元前582年ごろ〜493年ごろ)

「パネルにも書いてあったけど、 タレスとピタゴラスはどちらもエジプトとバビロニアを旅し、当時の学問を学んだって。 ピタゴラスがタレスの弟子であったという説もあるけれど、 これも、正しいところはよくわからないと」

ユーリ「わかんないことばっかり」

「ピタゴラスは最終的に当時ギリシアの植民地であったイタリアのクロトンに落ち着いてピタゴラス派という集団を作った、と。 これは哲学的・宗教的な団体だったそうだ」

ユーリ「へー」

「現在、ピタゴラス個人に帰されてる業績も、 実際にはピタゴラス派の人たちによってまとめられたものである可能性が高い。 でも、ピタゴラス派の書いたものは残っていない。 ピタゴラス派の主張は、後の時代の研究によって推測されたもの、と」

ユーリ「またですか。残ってないもの多いね」

「『哲学』や『数学』という言葉を作ったのはピタゴラス派だといわれている。 哲学は《知を愛すること》という意味で、数学は《学ぶべきこと》という意味」

ユーリ「かっこいい!」

「ピタゴラス派の考えの底には《万物は数である》というものがある」

ユーリ「ばんぶつ?」

「すべては数である、という意味だね。いろんなものが数から生まれてくるということかなあ」

ユーリ「歴史、飽きてきた。クイズに行こーよ」

クイズ(三角数)

ピタゴラス派は、ものがある数だけ集まって形を生み出すことに関心がありました。

たとえば、 $1, 3, 6, \ldots$ は三角形を作り出します。これらは三角数と呼ばれています。

$n$ 番目の三角数を $n$ を使って表しましょう。それを図形を使って証明できますか。

$$ \begin{array}{c|ccccccccc} n & 1 & 2 & 3 & 4 & 5 & \cdots & n & \cdots \\ \hline \REMTEXT{三角数} & 1 & 3 & 6 & 10 & 15 & \cdots & \REMTEXT{?} & \cdots \\ \end{array} $$

「これは、わかる?」

ユーリ「あー、これ解いたことある」

「覚えてるんだ」

ユーリ階差数列を考えるんじゃなかったっけ。 $1,3,6,10,15,\ldots$ の階差数列は、 $2,3,4,5,\ldots$ でしょ?」

$1,3,6,10,15,\ldots$ の階差数列

ユーリ「だから結局、 $n$ 番目の三角数ってゆーのは、 $1$ から $n$ まで足した数ってこと」

$$ \REMTEXT{$n$番目の三角数} = 1 + 2 + \cdots + (n-1) + n $$

「それで?」

ユーリ「頭と尻尾を足して二で割るんじゃなかったっけ? だから、 $\frac{n(n+1)}{2}$ だ!」

「正解だね」

クイズの答え(三角数)

$n$ 番目の三角数は、 $$ \dfrac{n(n+1)}{2} $$ で表されます。

$$ \begin{array}{c|ccccccccc} n & 1 & 2 & 3 & 4 & 5 & \cdots & n & \cdots \\ \hline \REMTEXT{三角数} & 1 & 3 & 6 & 10 & 15 & \cdots & \frac{n(n+1)}{2} & \cdots \\ \end{array} $$

$n$ 番目の三角数を $2$ 個、 以下のように組み合わせて面積を考えると、 長方形の面積が $n(n+1)$ になることから、 三角数が上の式で表されることが証明できます。

ユーリ「あっ、クイズの後半、解くの忘れてたじゃんかー! 《それを図形を使って証明できますか》のほう、考えてなかった!」

「ほんとだね。失敗失敗」

ユーリ「もー!」

「決まったパターンの数が、三角形という形を生み出しているとも考えられるんだね。なるほど」

ユーリ「何がなるほど?」

「ピタゴラス派の《万物は数である》ということにつながるなと思ったんだよ。 数が形を生み出している……」

ユーリ「うーん、そっかなー。コジツケっぽくない?」

素数と直線

「次のパネルもクイズだよ」

クイズ(素数)

ピタゴラス派の一人、パロス島のティマリダスは、 素数のことを「直線」と呼んでいました。 それはどうしてでしょうか。

ユーリ「素数……」

「素数っていうのは《$2$ 以上の整数で、 $1$ とその数自身でしか割り切れない数》のことだよ。 $2,3,5,7,11,13,17,\ldots$」

ユーリ「お兄ちゃん、ユーリは素数のてーぎくらい、知ってるよ!」

「それはそれは」

ユーリ「素数って直線? 何で直線? 素数じゃないと曲線なの?」

「あ、わかった。ちょうほ……」

ユーリ「ストーップ! 考えてるときにしゃべらないで!」

「はいはい」

ユーリ「……わかんない。ヒント出てこないかにゃあ(ちらっちらっ)」

「ヒントは、長方形に並べてみると……」

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(2017年2月10日)

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結城浩(ゆうき・ひろし) @hyuki


『数学ガール』作者。 結城メルマガWeb連載を毎週書いてます。 文章書きとプログラミングが好きなクリスチャン。2014年日本数学会出版賞受賞。

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