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登場人物紹介
僕:数学が好きな高校生。
ユーリ:僕のいとこの中学生。 僕のことを《お兄ちゃん》と呼ぶ。 論理的な話は好きだが飽きっぽい。
テトラちゃん:僕の後輩。 好奇心旺盛で根気強い《元気少女》。言葉が大好き。
僕とユーリ、そしてテトラちゃんは、 双倉図書館で開催されているイベント会場を回っている。 会場にはパネルがたくさんあり、解説や数学の問題が書かれている。
僕たちは、 9世紀の学者サービト・イブン・クッラによる友愛数を見つける方法が確かに正しいことを証明した(第449回参照)。
ところがそこでテトラちゃんが考え込んでしまった。
テトラ「……」
僕「テトラちゃんは、何を考えているの?」
テトラ「あのですね、気になっていることがあるんです。 サービト・イブン・クッラの方法で友愛数が見つかるのはいいんですけれど……どうやって見つけるんでしょうね」
僕「それは $n$ を変えて試していくんだと思うけど」
テトラ「あっ、違います違います。あたしが気にしているのは、 《友愛数》を見つける話ではなくて、 《友愛数を見つける方法》を見つける話です」
ユーリ「?」
僕「?」
テトラ「わ、わかりにくくてすみません。 サービト・イブン・クッラの方法は理解したんですが、 あのような方法を、何もないところから見つけたんでしょうか?」
僕はうなった。
どうやらテトラちゃんは、 サービト・イブン・クッラの方法を証明するだけじゃなくて、 自然に発見することができないか——と考えているらしい!
友愛数(再掲)
二つの自然数 $\RFM$ と $\BFN$ の組 $(\RFM,\BFN)$ が友愛数であるとは、 $\RFM$ と $\BFN$ が次の性質を持つことをいう。
言い換えると、自然数 $x$ の約数の総和を $\sigma(x)$ で表すとき、 $\RFM$ と $\BFN$ の組 $(\RFM,\BFN)$ が友愛数であるとは、 $$ \beginCases \sigma(\RFM) - \RFM &= \BFN \\ \sigma(\BFN) - \BFN &= \RFM \endCases $$ が成り立つことである。
古代のピタゴラス学派は $(\RF{220},\BF{284})$ が友愛数であることを知っていた。 これは最小の友愛数である。
$\sigma(x)$の$\sigma$はギリシア文字シグマの小文字である。
一般に「約数」は正と負の両方を考えるが、ここでは正の約数に限って考えることにする。
友愛数を見つけるサービト・イブン・クッラの方法(再掲)
サービト・イブン・クッラは友愛数を見つける方法を示した。
整数 $n \GEQ 2$ に対して、次のように $p,q,r$ を定める。 $$ \beginCases p &= 3\times 2^{n-1} - 1 \\ q &= 3\times 2^n - 1 \\ r &= 9\times 2^{2n-1}-1 \endCases $$ このとき、 $p,q,r$ が素数ならば、 $$ (2^npq, 2^nr) $$ は友愛数となる。
たとえば $n = 2$ のとき最小の友愛数 $(220,284)$ が得られる。
ただし、 この方法で得られる友愛数は非常に限られている。
ユーリ「でもね、テトラさん……タイムマシンに乗って『どーやって見つけたの?』なんて本人に聞けないよね? だって、 日本語は通じないもん」
僕「いやいや、日本語が通じるかどうか以前に、タイムマシンがないんだけど」
テトラ「はい、でも、そういうことではなくて——あたしは、 もっと深くサービト・イブン・クッラの方法を理解したいんだと思います、たぶん」
僕「テトラちゃんのその気持ち、わかるような気がする。 $$ \beginCases p &= 3\times 2^{n-1} - 1 \\ q &= 3\times 2^n - 1 \\ r &= 9\times 2^{2n-1}-1 \endCases $$ という式を使って得られた $p,q,r$ が素数なら $(2^npq, 2^nr)$ が友愛数になる。その証明はもうできた(第449回参照)。 でも、 $p,q,r$ を表す式が与えられなかったら証明はできなかった」
ユーリ「そりゃそーだよね」
僕「だとしたら、 $p,q,r$ を表すこの式は、どうやって見つけたのか。 どうやったら、こんな複雑そうに見える式が見つけられるのか……確かにそれは知りたい」
テトラ「あたしは……どんなふうに納得したいんでしょうね」
テトラちゃんは、ひとりごとのように言った。
彼女は、自分の《わかった感じ》をいつも大事にしている。 問題が解けるかどうかだけではなく、しっかりと《わかった感じ》をつかみたいのだ。
ユーリ「……なんだか、《かくれんぼ》みたいだね」
僕「かくれんぼ?」
ユーリ「$p,q,r$ を計算する式がどっかに隠れてる。 隠れてるその式を見つけたいんでしょ? 《かくれんぼ》じゃん」
僕「うーん」
テトラ「《知っていることは何か》から考えてみます。 サービト・イブン・クッラの時代でも $(\RF{220},\BF{284})$ が友愛数であることは知られていたわけですよね」
僕「そうだね。パネルにはそう書いてあった」
テトラ「計算して確かめた通り、 サービト・イブン・クッラの方法で $n = 2$ にすると、 $(\RF{220},\BF{284})$ は得られます(第448回参照)。 ということはですよ。あのですね、うまく言えないんですが……《動画の逆再生》みたいに考えればどうでしょう」
僕「?」
ユーリ「?」
テトラ「つ、つまり、 友愛数である $(\RF{220},\BF{284})$ から、 $n = 2$ を見つけるんです」
僕「??」
ユーリ「??」
僕もユーリも、テトラちゃんが何を言いたいのかわからない。
そこでテトラちゃんに考えていることを説明してもらうことにした。
テトラ「$(\RF{220},\BF{284})$ が友愛数であることをあたしたちは知っています。 目標はサービト・イブン・クッラの方法を発見することです。 もちろんすでにそれはわかっているんですが、あえて《知らないふり》をします」
僕「なるほど」
テトラ「もしもあたしが《友愛数を見つける方法》を見つけたいと思うなら、 $(\RF{220},\BF{284})$ を調べるところから始めると思うんです」
ユーリ「おー、にゃるほど」
テトラ「ですから、 $\RF{220}$ と $\BF{284}$ が持っている構造……のようなものを調べるんです」
僕「素因数分解?」
テトラ「ですよね! あたしもそう思います。 $\RF{220}$ と $\BF{284}$ をそれぞれ素因数分解してみます」
$$ \beginCases \RF{220} &= 2^2 \times 5 \times 11 \\ \BF{284} &= 2^2 \times 71 \endCases $$僕「両方に $2^2$ が共通しているね……」
ユーリ「あっ! $5,11,71$ はぜんぶ奇数じゃん!」
僕「いや、それはさすがに当たり前だよ。 だって、素因数分解したときに $2$ の冪乗以外は奇数になるよね」
ユーリ「あ、そっか」
テトラ「$2^2$ は $\RF{220}$ と $\BF{284}$ に共通しています。まるで《友愛のしるし》のような二人の共通部分です。 それ以外の残った部分は《$5\times11$》と《$71$》ですね。 ということは、 友愛数を考える上で 《$5\times11$ と $71$ の関係を調べる》 のはとても自然だと感じます——」
僕「あっ、ごめん。 $5\times11$ と $71$ の関係、わかっちゃったかも!」
テトラ「え?」
僕「わかったというか、《知らないふり》に失敗してしまった」
テトラ「何のことですか?」
僕「$5$ と $11$ と $71$ は素数で、次の関係が成り立ってる!」
$$ (\underbrace{5 + \GF1}_{6}) \times (\underbrace{11 + \GF1}_{12}) = \underbrace{71 + \GF1}_{72} $$ユーリ「えっ! お兄ちゃん、こんな関係、どーしてわかるの?」
僕「いや、だから、サービト・イブン・クッラの方法を思い出したんだよ。 $$ \beginCases p &= 3\times 2^{n-1} - \GF1 \\ q &= 3\times 2^n - \GF1 \\ r &= 9\times 2^{2n-1} - \GF1 \endCases $$ のように《ある数から $\GF1$ を引いた数》として $p,q,r$ をそれぞれ作っている。 テトラちゃんが、《$5\times11$》と《$71$》の関係を調べるのは自然だと言ったとき、 僕はそれが《$pq$》と《$r$》の関係を調べることだと気づいちゃった。 サービト・イブン・クッラの方法では、 $5,11,71$ という三つの数はどれも《ある数から $\GF1$ を引いた数》としてそれぞれ作ったもの。 だから、 $5,11,71$ のそれぞれに $\GF1$ を足してみた。 そこから $$ (\underbrace{5 + \GF1}_{6}) \times (\underbrace{11 + \GF1}_{12}) = \underbrace{71 + \GF1}_{72} $$ がわかった」
テトラ「なるほどです……」
僕「ごめんね、せっかく《知らないふり》で発見しようとしてたのに。 カンニングしたみたいになっちゃった」
テトラ「いえいえ。 いま先輩がおっしゃったことからすると、サービト・イブン・クッラの方法では、 $$ (p+1)(q+1) = r+1 $$ が成り立っているということですよね?」
僕「ああ、そうなるね。それはすぐ計算できるよ」
$$ \begin{align*} (p+1)(q+1) &= (3\times 2^{n-1})\times(3\times 2^n) \\ &= 3\times3 \times 2^{n-1} \times 2^n \\ &= 9 \times 2^{(n-1)+n} \\ &= 9 \times 2^{2n-1} \\ &= r + 1 \end{align*} $$ユーリ「ほえー」
テトラ「あたしがイメージしているのは、まさにそういうことです! 二つの数を素因数分解したとき、その素因数同士に何か関係を見つけるんです。 いま《見つけた》のは、 $$ (p+1)(q+1) = r+1 $$ という関係ですよね。 ということは、 $p,q,r$ をそれぞれ $+\GF1$ した形で表すことができます。 つまり、 《素因数分解した形》を《別の形》に、折り返す……編み直す……入れ変えるみたいなことをしたいんです。 ええと——」
僕「待って。テトラちゃんのやりたいことがわかってきたと思う。 $$ (p+1)(q+1) = r+1 $$ ということは、 $$ \beginCases p &= (p+1) - \GF1 \\ q &= (q+1) - \GF1 \\ r &= (p+1)(q+1) - \GF1 \endCases $$ と考えることができる。そうすればテトラちゃんのいう《素因数分解した形》と《別の形》がきれいに作れそうだ!」
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