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第451回 シーズン46 エピソード1
生成AIと学ぶ:答えてくれないAI(前編) ただいま無料

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『数学ガール/リーマン予想』のお知らせ

「数学ガール」シリーズ第七巻目にして最終巻。

数学青春物語、堂々の完結!

2025年8月刊行予定。いますぐご予約を!


『数学ガール/リーマン予想』

登場人物紹介

:数学が好きな高校生。

ユーリのいとこの中学生。 のことを《お兄ちゃん》と呼ぶ。 論理的な話は好きだが飽きっぽい。

AIを使ってみたい!

ユーリ「ねえお兄ちゃん、コンピュータ使わせて?」

「いいけど……何か調べるの?」

ユーリえーあいAI、使ってみたいの」

「AI?」

ユーリ「最近、みんな使ってんじゃん? ユーリも使いたい!」

いまは土曜日。ここはの部屋。

いつものように、中学生のユーリが遊びにきている。

ユーリのいとこ。 妹じゃないけど、 小さい頃からいっしょに遊んでいるから、 のことを《お兄ちゃん》と呼んでいる。

僕たちは、 いっしょに《数学トーク》をしたり、 ゲームをしたりする仲良しなのだ。

AIを使ってみたい——って、 僕のコンピュータをわざわざ使うんじゃなくて、 自分のコンピュータを使えばいいのでは?」

ユーリ「まーまー、それはさておき。ねー、ねー、いーじゃん。使わせてよ!」

AIとチャットできるウインドウを開き、ユーリにコンピュータを渡した。

ユーリAIに質問を投げかけ、AIユーリに回答する。

二人の《対話》の始まりだ。

ユーリ「微分って何?」

ユーリの入力に対して、瞬時にAIから回答が返ってくる。

AI「微分とは、ある関数 $f(x)$ に対して、その定義域内の点 $x$ における瞬間的な変化率、すなわち接線の傾きを定量化する操作です。より厳密には、 $\lim_{h \to 0} \frac{f(x+h) - f(x)}{h}$ という極限操作によって定義され、この極限が存在するならば、関数 $f$ は点 $x$ で微分可能であり、その極限値を導関数 $f'(x)$ と表します。微分可能性は連続性を含意しますが、その逆は成り立ちません。また、微分は線形作用素であり、加法およびスカラー倍に関して分配律を持ちます」

ユーリ「はい、終了! 撤退!」

「なんだなんだ」

ユーリ「AIなら、微分びぶんのこと、 チャチャッと教えてくれると思ったんだけど、 難しすぎて、さっぱりわからん! 中学生にAIは早すぎたのじゃ〜」

は、画面に表示されているユーリの質問と、それに対するAIの回答を読み返した。

《質問の仕方》と《回答の仕方》

「ねえユーリ。難しすぎる答えがAIから返ってくるのは、 ユーリの《質問の仕方》がまずいからだと思うよ」

ユーリ「質問の仕方? ユーリは、微分が何かを知りたかったから『微分って何?』って聞いたんですけどー。 それでまずいと言われましても」

「AIは、 いろんなことを詳しく知っていて、 質問すれば回答してくれる。それは確か。 でも、その 《回答の仕方》 は相手によって変えなくちゃいけないよね?」

ユーリ「相手とは」

「答える相手は中学生なのか、高校生なのか、それとも大学生なのか——それによって答え方は変わるから」

ユーリ「相手って、人間のこと?」

「そうだよ。AIは相手によって回答の仕方を変えてくる」

ユーリ「何で? AIなんだから、質問されたことに正しく答えればいーのに!」

「質問されたことに正しく回答してほしい。それはそう。 でも、中学生に答えるのと、大学生に答えるのでは回答の仕方は変わるよね。 だって、中学生が知ってることと、大学生が知ってることは違う。 だから、わかりやすく答えるためには相手に合わせないといけない。 それはAIが回答するときでも、人間が回答するときでも同じじゃない?」

ユーリ「うーん……」

「実際、いまユーリはAIの回答が難しいと思ったんだよね。 それはAIがユーリのことを知らないから」

ユーリ「AIが……ユーリのことを知らない?」

「AIは、微分のことは知ってる。だから、微分の説明はできる。 でもAIは、ユーリのことは知らない。だから、ユーリにわかるように説明できない」

ユーリ「うみゅー……」

ユーリは不満げに謎の声をあげた。

「AIは『ユーリがどんなことを知っているか』を知らない。 だから、ユーリにとってうまい説明ができない。 それで難しすぎる回答になっちゃったんだよ、きっと」

ユーリ「うーん、だったらどーすればいいの?」

自分のことを教える

「そうだなあ……たとえば、こんなふうに質問してみたらどうだろう」

『私は中学生です。微分というものに興味を持ったので、微分がどういうものか簡単に教えてもらえますか?』

ユーリ「……」

「そうすれば、もっとユーリにわかりやすい回答がやってくると思うよ」

ユーリ「AIって、そんなに丁寧に質問しなくちゃダメなんだ。めんどくさいね」

「丁寧に質問するかどうかが大事なんじゃないよ。 AIに対して、ユーリが自分のことを教えるのが大事ということ」

ユーリ「ピピピピー! 個人情報ロウエイ注意! ネットに自分のことを書いちゃダメでしょ?」

「それはそうなんだけど、 いま話しているのはユーリの個人的な情報というより……何て言うのかな、 『自分は中学生である』や『微分のことを知りたい理由』や『どのくらい詳しく知りたいのか』 をAIに伝えてあげるということ」

ユーリ「ほほー」

「聞きたいことだけをボンとぶつけるんじゃなくて、 《質問の仕方》を工夫してAIに伝えると、AIの方ではどういう説明をするかを考えた上で、 ユーリに回答してくれる。つまり《回答の仕方》をユーリに合わせて工夫してくれる」

ユーリ「ふーん……じゃ、やってみる」

ユーリは再びコンピュータに向かった。

ユーリ「私は中学生です。微分というものに興味を持ったので、 微分がどういうものか簡単に教えてもらえますか?」

ユーリの言った通りに入力すると、即座にAIから回答がやってきた。

AI「微分というのは、何かが変わっていく速さを表すものなんです。 たとえば、車が走っているときに『どれくらいスピードが出ているか』 を知りたいときがありますよね。 それと同じように、グラフで線を描いたときに、 その線がどれくらい急な坂になっているかを調べる方法が微分です。 微分を使うと、 『この瞬間にどれくらい変わっているか』 を正確に調べることができるようになります」

ユーリ「さっきとぜんぜん答えが違う。なんじゃそれ〜」

「ね? 《質問の仕方》を少し変えるだけで、AIは《回答の仕方》を変えてくるのがわかるよね」

は、つい自慢げに話してしまったが、 ユーリの言葉はまったく聞いていなかった。

ユーリは、AIの回答をじっくり読んでいる。

ユーリ「……やっぱ、ダメじゃん。撤退撤退〜」

「今度はどうした?」

回答がわからない

ユーリ「このAIクンの答え、読んでも、ぜんぜんわからん。 すごく分かりやすそうに話してくるけど、 言葉が丁寧なだけで、意味不明だもん」

「そう?」

ユーリ「そーだよー! だって、ほら、読んでみて。 AIクンはこんなこと言ってるじゃん?

  • 微分は、何かが変わっていく速さを表すもの
  • 車のスピードを知りたい?
  • 微分は、グラフの線がどれくらい急な坂になっているかを調べる方法
  • 微分で、瞬間にどれくらい変わるかを正確に調べられる
でもね、なんとなーく分かるけど、よく考えるとさっぱり分かんない。 結局、微分って何? になっちゃうじゃん。 微分って計算方法のことなの? わけがわからないよ」

「なるほど」

ユーリ「回答の仕方が丁寧で、やさしく語ってくれても、 バシッとわからないとつまんないんだよー!」

なるほど、とは考える。

確かにユーリの不満は理解できる。

微分を説明するのに、車の速度を使って説明するのは定番の方法だ。

《時刻と位置のグラフ》を描いて、そのグラフの接線の傾きを使い、 その時刻における微分係数を接線の傾きとして表現する。

いまのAIの回答はその説明をかなり端折ってつまみぐいしたように読める。

間違っているわけじゃないけれど、 説明としてわかりやすいとはいえない。

【CM】

テトラ「はいっ、ここでお知らせがあります。 微分についての楽しいお話は 『数学ガールの秘密ノート/微分を追いかけてをお読みくださいね!」

テトラ「いっしょに微分を追いかけましょうっ!」

「……」

ユーリ「AIってこんなもんなの? 質問したら、 何でもわかりやすくチャチャッと答えてくれると思ってたよー」

「ユーリ、それ好きだよね」

ユーリ「それ?」

「チャチャッとか、バシッとか」

ユーリ「だって、チャチャッと教えてもらって、バシッと分かりたいもん。 それに、お兄ちゃんなら、いつもそうやって教えてくれるじゃん」

「僕が?」

ユーリ「そだよん。ユーリが質問すると、いろんなこと教えてくれるじゃん。チャチャッと」

「それができるのは、ユーリとの長い付き合いがあるからだよ」

ユーリ「げっ、キモいこと言い出した」

「つまりね、 『ユーリは、こういうことを知りたいんだろうな』 とか 『ユーリなら、ここまで説明すればわかるはず』 ということを僕はよく知ってる。 だから、ユーリの質問にチャチャッと——かどうかわからないけど——答えることができる」

ユーリ「ふーん」

「それにね、ユーリに教えるのはとても《楽》なんだ」

ユーリ「なんで?」

「それはユーリが『ここがわかんない!』とすぐに叫ぶから」

ユーリ「悪かったにゃ・・

「いやいや、皮肉じゃないよ。 教える側にしてみると『ここがわからない』とすぐに言ってくれる方が助かる」

ユーリ「そーなの?」

「わからない」を伝える

「そうだよ、もちろん。 『わからないということは、いまの説明が不十分だったんだな』 と判断できるから。 そういうときには、説明の仕方を変えたり、別の例を出したりすることができる」

ユーリ「ふーん」

「いまの説明で『わかった』のか、それとも『わからなかった』のか。 それがはっきりしないと、すごく話しにくい。 先に進んでいいのか、それとも補足説明をした方がいいのかわからないからね。 だから『わからない』と叫んでくれるのは、 教える側にとって、大事なフィードバックになるんだよ」

ユーリ「ふぃーどばっく?」

「フィードバックというのは、いまの話だと、 ユーリが自分の状態……つまり、理解の状態をこちらに伝えてくれること。 理解できたのか。それとも理解できてないのか」

ユーリ「そんなの、はっきりしないこともあるよ」

「それでもいいんだよ。 完全に理解できたかどうかをテストしているわけじゃない。 引っかかる点があるとか、 ここに納得がいかないとか、 このへんがモヤモヤするとか……そんなふうに自分の理解の状態を伝えてくれる。 それがとても助かるんだ」

ユーリ「そーゆーもんなんだ」

「いまだってそうだよ」

ユーリ「ふにゃ?」

「僕が話していて、ユーリは《フィードバック》という言葉に引っかかった。 そのときに『ふぃーどばっく?』という一言を返してくれた。 その一言で『その言葉の意味がよくわかってない』ということを僕に伝えてくれたよね。 それがあると、僕は補足説明ができる。……うん、そうだ! そうだよ!!」

ユーリ「びっくりした! 急にデカい声ださないでよー」

「ごめんごめん。 そんなふうに《自分の理解の状態を伝える》ことは、 人間相手のときだけじゃなくて、 AIを相手にしたときも大事なんじゃないかな」

ユーリ「AIを相手に……」

「だからね、AIの回答を聞いてピンと来なかったら、 僕に言うように『わかんない!』と伝えればいいんだよ。 『いまの回答では理解できなかった!』 と伝えれば、きっとAIは回答の仕方を変えてくる」

ユーリ「ほんとに? たとえば?」

「さっきユーリが僕に言ってくれたことをそのままAIに伝えてみればいい」

ユーリ「何言ったっけ。忘れちゃった」

「がく。 ユーリはこんなことを言ってたよね。それをそのまま伝えてみたら」

回答の仕方は丁寧で優しいけれど、はっきりわからないならつまらない。 微分とはスピードのことなのか。 微分とは計算方法のことなのか。

「わからない」をAIに伝える

ユーリ「回答の仕方は丁寧で優しいけれど、はっきりわからないならつまらない。 微分とはスピードのことなのか。 微分とは計算方法のことなのか。バシッと答えて」

AI「たしかに、はっきりさせたほうがいいですね。 微分とは、まず『変わる速さ』を表す考え方です。 そしてその速さを数字で出すための計算方法でもあります。 だから、どちらか一つではなく、両方なんです。 『スピードみたいな意味』をもっていて、しかも『そのスピードを出すための計算』でもある、という感じです」

ユーリ「やっぱりわからん。 『変わる速さを表す考え方』って意味不明じゃん。 それから『考え方と計算の両方です』ってゆーのも意味不明。 日本語とは思えんのう……」

「じゃあ、そこをAIにツッコんでみようよ」

ユーリ「にゃるほど」

ユーリ「微分とは『変わる速さ』を表す考え方です。という意味がわかりません。 それから『考え方と計算の両方です』というのも意味不明です」

AI「なるほど。じゃあ、もう少し具体的に言いますね。 『変わる速さを表す考え方』というのは、たとえばこういうことです。 あるものが時間とともに変わっていくとします。たとえば水の高さとか、気温とか、貯金の額とかを考えてください。 それが、今の瞬間に、どれくらい増えてるか・減ってるかを知りたいとします。つまり、瞬間的な変化ですね。 そのような瞬間的な変化に注目して考えるのが、微分という考え方です。 そして、その瞬間的な変化を具体的に求めるのが、微分という計算方法です」

ユーリ「ほほー……何だかちょっとわかってきたかも。 《瞬間的な変化》を考えたり計算したりするのが微分ってことなのかにゃあ・・・

「ユーリの《それ》をAIに尋ねてみたら?」

ユーリ「《それ》って何?」

「いま言ってたことだよ。 『《瞬間的な変化》を考えたり計算したりするのが微分ってことなの?』 ということ自体をAIに尋ねてみたら? それは自分の理解の状態をAIに伝えることだから、 きっと悪いことはないはず」

ユーリ「おっおっ! そーゆーことか!」

ユーリ「あのね、 《瞬間的な変化》を考えたり計算したりするのが微分ってことでいい?」

AI「うん、その言い方、とてもいいですね。 『瞬間的な変化』を考えて、それを計算する方法、それが微分といえます。 だから『微分ってなに?』と聞かれたときに 『ある瞬間に、どれだけ変わっているかを調べること』 と答えても、大きくは間違っていません」

ユーリ「……」

「納得できなかったら、どこが納得できないかを伝える。 疑問がでたら、その疑問を伝える。 こういう理解でいいのかなと思ったら、その理解を伝える——ということを繰り返すと、 いい感じにAIとの対話が進むみたいだね」

ユーリ「わかったけど、わかんない」

「?」

ユーリ「《瞬間的な変化》を考えたり計算したりすることが微分なら、 最初っからそー答えればいいじゃん? AIクンがすっごく回りくどく答えてきたのは、なんで?」

「それは……きっとAIは、ユーリのことをよく知らなかったからじゃないかな」

ユーリ「……あっ! 《これ》も質問しちゃうか!」

「《これ》?」

ユーリ「いま言ってたこと!」

ユーリ「《瞬間的な変化》を考えたり計算したりすることが微分なら、 最初っからそー答えればいいじゃん? AIクンがすっごく回りくどく答えてきたのは、なんで?」

AI「確かに、最初から『瞬間的な変化を考えて計算するのが微分』って言えばよかったかもしれません。 でもね、微分って、ちょっと不思議な考え方なんです。 『一瞬』ってすごく短い時間で、ふつうは『変化』なんて見えないはずでしょう? それをあえて見ようとするのが微分なんです。 難しくなりすぎないように、でもちゃんと伝えたいと考えて、 つい丁寧に言いすぎちゃったのかも。 でも、ユーリさんの質問のおかげで、すごくシンプルに言い直せたと思います。ありがとう。 もっと数学的に詳しい話をしましょうか?」

ユーリ「AIクンにほめらりた・・・・・ぜ」

「ところで、さっきの話だけど……どうして僕のコンピュータをわざわざ使うんだろう」

ユーリ「んーと、あのね。話しにくいんだけど……」




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(第451回終わり)

(2025年6月20日)

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結城浩(ゆうき・ひろし) @hyuki


『数学ガール』作者。 結城メルマガWeb連載を毎週書いてます。 文章書きとプログラミングが好きなクリスチャン。2014年日本数学会出版賞受賞。

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