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登場人物紹介
僕:数学が好きな高校生。
ユーリ:僕のいとこの中学生。 僕のことを《お兄ちゃん》と呼ぶ。 論理的な話は好きだが飽きっぽい。
テトラちゃん:僕の後輩。 好奇心旺盛で根気強い《元気少女》。言葉が大好き。
僕とユーリ、そしてテトラちゃんは、 双倉図書館で開催されているイベント《いにしえの代数学》の会場を回っている。 会場にはパネルがたくさんあり、解説や数学の問題が書かれている。
僕たちは、 サービト・イブン・クッラによる二次方程式の解法を見終えたところ(第447回参照)。
博学多才なサービト・イブン・クッラ
9世紀の学者サービト・イブン・クッラは、次のような業績で知られている。
テトラ「何度も感じていることですけれど、多様なものが混じり合うというのは興味深いですね……」
ユーリ「テトラさん、何のこと?」
テトラ「翻訳によって他の国の著作が自分の国にもたらされるというのと、 学問分野が相互に作用するというのはとてもおもしろいと思うんです」
僕「違う世界にいる人は、違う考え方をしている。 だから、それを知ることで何か新しいものが生まれてくるのかもしれないね。 代数的な式変形に幾何的な説明を加えることもその一つ」
ユーリ「んー……だったらヤバいね」
僕「何がヤバい? 新しいものが生み出されるんだよ」
ユーリ「だって、いまだったら自動翻訳とネットがあったらすぐ伝わっちゃうじゃん?」
僕「それは便利なことだと思うけど」
ユーリ「ちがーう! 違う世界じゃなくなるってこと!」
テトラ「ユーリちゃんは、自動翻訳とインターネットの発達によって、 次第に世界が均質化してしまうんじゃないか……と危惧してるんじゃないでしょうか。 情報が行き来するスピードがアップするのはいいけれど、多様なものが高速に混じり合ってしまうなら、 多様ではなくなってしまうという意味です」
ユーリ「それそれ! テトラさんは、ちゃーんとユーリが言いたいことわかってる!」
僕「なるほどなあ……それぞれの世界を育む時間があってこそ《違う世界》に触れる意味があるってことか」
僕は考える。
それは、もしかすると、個人と他者の関係にもいえるんじゃないだろうか。
自分が一人で考える時間と、他者から学ぶ時間の両方を確保してこそ、実りが豊かになる……
僕「こっちに友愛数のパネルがあるよ」
ユーリ「ゆー・あい・すー? うお・あい・にー?」
テトラ「《wǒ ài nǐ》は《I love you》ですね!」
僕「何の話?」
友愛数
二つの自然数 $\RFM$ と $\BFN$ の組 $(\RFM,\BFN)$ が友愛数であるとは、 $\RFM$ と $\BFN$ が次の性質を持つことをいう。
言い換えると、自然数 $x$ の約数の総和を $\sigma(x)$ で表すとき、 $\RFM$ と $\BFN$ の組 $(\RFM,\BFN)$ が友愛数であるとは、 $$ \beginCases \sigma(\RFM) - \RFM &= \BFN \\ \sigma(\BFN) - \BFN &= \RFM \endCases $$ が成り立つことである。
古代のピタゴラス学派は $(\REDFOCUS{220},\BLUEFOCUS{284})$ が友愛数であることを知っていた。 これは最小の友愛数である。
$\sigma(x)$の$\sigma$はギリシア文字シグマの小文字である。
一般に「約数」は正と負の両方を考えるが、ここでは正の約数に限って考えることにする。
テトラ「友愛数という言葉は何かの本で見たことがありましたが、定義は知りませんでした。 こういうことだったんですね」
ユーリ「何だかごちゃごちゃしててわかんない」
テトラ「こういうときは《小さな数で考える》のがいいんですよ。 たとえば $12$ の約数は何でしょう」
ユーリ「$1,2,3,4,6,12$ でしょ? $12$ を割り切る数」
テトラ「《$12$ の約数の総和から $12$ を引いた数》を計算します。 $12$ の約数の総和を $\sigma(12)$ で表すと、 $$ \sigma(12) - 12 = (1 + 2 + 3 + 4 + 6 + 12) - 12 = 28 - 12 = 16 $$ のように $16$ になりますね。では今度は、 $16$ の約数を考えてみましょう」
ユーリ「$1,2,4,8,16$」
テトラ「ですから、《$16$ の約数の総和から $16$ を引いた数》は、 $$ \sigma(16) - 16 = (1 + 2 + 4 + 8 + 16) - 16 = 15 $$ になります。まとめると、 $$ \begin{cases} \sigma(12) - 12 &= 16 \\ \sigma(16) - 16 &= 15 \end{cases} $$ になりました。残念ながら $\sigma(16) - 16 = 15 \NEQ 12$ なので、 $(12,16)$ は友愛数ではないということがわかりました。 $(12,16)$ ではうまくいきませんでしたけど、 いまと同じような計算をしたときに、互いに
$$ \begin{cases} \sigma(\RFM) - \RFM &= \BFN \\ \sigma(\BFN) - \BFN &= \RFM \end{cases} $$
という関係が成り立っている自然数の組 $(\RFM,\BFN)$ のことを、友愛数と呼ぶんですね」
ユーリ「そーゆーことね。ユーリ、 $100$ パーセント理解した! テトラさんの説明、わかりやすーい!」
僕「いまテトラちゃんがやってくれたように計算すれば $(12,16)$ が友愛数でないことはわかる。 そしてパネルに書いてある自然数の組 $(220,284)$ は本当に友愛数であるかと言われれば、 確かめるのはすぐにできる。 でも、友愛数を見つけるのは難しそうだな……」
ユーリ「$(220,284)$ が友愛数であるって、すぐに確かめられるの?」
僕「そりゃそうだよ。だって——」
ユーリ「ちょっと待った! ユーリがそれやる!」
問題
$(220,284)$ は友愛数か。
僕「……」
ユーリ「$220$ の約数は、 $1$ と、 $2$ と、 $3$ はダメ、 $4$ と、 $5$ と、 $6$ は……ダメ、 $7$ は……ダメ。 ほらー、やっぱり、すぐに確かめるなんて無理じゃん!」
僕「約数になるかどうか、 $1,2,3,4,5,\ldots$ のように順番に試しているからだよ。 約数になるかどうかを考えるときは素因数分解して考えるとすぐだよ」
ユーリ「素因数分解は知ってるけど……関係あるの?」
僕「$220$ を素因数分解すると、 $$ 220 = 2^2 \times 5 \times 11 $$ だから、 $220$ の約数は必ず
ユーリ「ふむふむ……あれ? でも、その $a,b,c$ を全パターン計算するわけ? 結局めんどーじゃん……」
僕「ところが違うんだよ。いまは友愛数を考えているので《約数の総和》を得ることが大事になる。 $\sigma(220)$ を計算したい」
ユーリ「だからそれって、 $$ \begin{align*} \sigma(220) &= 2^0 \times 5^0 \times 11^0 && (a = 0,b = 0,c = 0) \\ &+ 2^0 \times 5^0 \times 11^1 && (a = 0,b = 0,c = 1) \\ &+ 2^0 \times 5^1 \times 11^0 && (a = 0,b = 1,c = 0) \\ &+ \cdots \\ &+ 2^2 \times 5^1 \times 11^1 && (a = 2,b = 1,c = 1) \end{align*} $$ をぜーんぶ計算することになるじゃん!」
テトラ「いまユーリちゃんが書いてくれた式は《積の和》の形ですから、 それを《和の積》に直せばいいんですね。 つまり、こんなふうに因数分解することになります」
$$ \sigma(220) = (2^0 + 2^1 + 2^2) \times (5^0 + 5^1) \times (11^0 + 11^1) $$ユーリ「……」
ユーリは、テトラちゃんが書いた式をじっと見る。
僕とテトラちゃんは無言でじっと待つ。
いまはユーリが個人で考える時間なのだ。邪魔をしてはいけない。
僕「……」
テトラ「……」
ユーリ「……わかった! なーるほど! 展開すればちゃんと全パターンが出てくる! カッコの中で《どれ》を選ぶかで決まるから!」
$$ \newcommand{\RF}[1]{\REDFOCUS{\underline{#1}}} \newcommand{\BF}[1]{\BLUEFOCUS{\underline{#1}}} \newcommand{\GF}[1]{\GREENFOCUS{\underline{#1}}} \begin{align*} (\RF{2^0} + 2^1 + 2^2) \times (\BF{5^0} + 5^1) \times (\GF{11^0} + 11^1) &\to \RF{2^0} \times \BF{5^0} \times \GF{11^0} \\ (\RF{2^0} + 2^1 + 2^2) \times (\BF{5^0} + 5^1) \times (11^0 + \GF{11^1}) &\to \RF{2^0} \times \BF{5^0} \times \GF{11^1} \\ (\RF{2^0} + 2^1 + 2^2) \times (5^0 + \BF{5^1}) \times (\GF{11^0} + 11^1) &\to \RF{2^0} \times \BF{5^1} \times \GF{11^0} \\ &\vdots \\ (2^0 + 2^1 + \RF{2^2}) \times (5^0 + \BF{5^1}) \times (11^0 + \GF{11^1}) &\to \RF{2^2} \times \BF{5^1} \times \GF{11^1} \end{align*} $$僕「だから——」
ユーリ「だから! $\sigma(220)$ はすぐ計算できる!」
$$ \begin{align*} \sigma(220) &= (2^0 + 2^1 + 2^2) \times (5^0 + 5^1) \times (11^0 + 11^1) \\ &= (1 + 2 + 4) \times (1 + 5) \times (1 + 11) \\ &= 7 \times 6 \times 12 \\ &= 504 \end{align*} $$テトラ「同じように——」
ユーリ「$\sigma(284)$ もわかるね。 $284$ を素因数分解するんでしょ? $$ 284 = 2^2 \times 71 $$ ……あれ? $71$ って素数だっけ?」
僕「素数だね」
ユーリ「だったら、 $$ \begin{align*} \sigma(284) &= (2^0 + 2^1 + 2^2) \times (71^0 + 71^1) \\ &= (1 + 2 + 4) \times (1 + 71) \\ &= 7 \times 72 \\ &= 504 \end{align*} $$ になった! 同じ $504$ だ! ……あれ? $284$ を引き算しなくていいんだっけ?」
僕「まず、話を整理しようよ。 $\sigma(220) = 504$ と $\sigma(284) = 504$ が計算できた。 友愛数の定義に当てはめてみると、 $$ \begin{cases} \sigma(\REDFOCUS{220}) - \REDFOCUS{220} &= \BLUEFOCUS{284} \\ \sigma(\BLUEFOCUS{284}) - \BLUEFOCUS{284} &= \REDFOCUS{220} \end{cases} $$ になっている。これでめでたく $(\REDFOCUS{220},\BLUEFOCUS{284})$ が友愛数だと確かめられた」
ユーリ「……あー、わかったわかった! 友愛数を定義してる、 $$ \begin{cases} \sigma(\RFM) - \RFM &= \BFN \\ \sigma(\BFN) - \BFN &= \RFM \end{cases} $$ というのは、 $$ \begin{cases} \sigma(\RFM) = \RFM + \BFN \\ \sigma(\BFN) = \BFN + \RFM \end{cases} $$ だから、 $$ \sigma(\RFM) = \RFM + \BFN = \sigma(\BFN) $$ ということになる。 だから、友愛数は $$ \sigma(\REDFOCUS{220}) = \REDFOCUS{220} + \BLUEFOCUS{284} = \sigma(\BLUEFOCUS{284}) $$ が成り立つことで確かめてもいいんだね」
僕「そうだね」
テトラ「$(M,N)$ が友愛数であることを確かめるのはいいんですけれど、 先輩がおっしゃっていたように友愛数になる $(M,N)$ を見つけるのは難しそうです」
ユーリ「コンピュータ使ったらすぐじゃない? 順番に調べていけばいいもん」
テトラ「……順番に調べるのは難しいと思います。だって、自然数は無数にありますよね。 ある $M$ を決めておいて $(M,1)$ と、 $(M,2)$ と、 $(M,3)$ と、 $(M,4)$ と……順番に調べていったとして、 いつまでも終わりません」
僕「うーん……いやいや、そんなことはないと思うよ。 $M$ に対して極端に $N$ が大きくなったら、 $(M,N)$ は友愛数にならないことがいえるんじゃないかな」
テトラ「え……そうでしょうか。 $N$ が大きいとしても、約数の和はそれほど大きくならないことがあります。 たとえば、 $N$ が素数だったら、 $N$ の約数は $1$ と $N$ だけですから $\sigma(N) = 1 + N$ です」
僕「いや、もっと大きい $N$ なら……」
ユーリ「お兄ちゃんとテトラさんは何を議論してんの?」
僕「$M$ に対して、ある $U$ という数が存在するかを考えているんだ。 その $U$ というのは——『$M$ に対して $U$ より大きな $N$ は考えなくてもいいよ。 なぜなら、 $U$ より大きな $N$ について絶対に $(M,N)$ は友愛数にならないから』——という数のこと。 もちろん、 $U$ は $M$ ごとに決まっていい。 もしそういう $U$ があるなら、そこまでで $N$ の調査を打ち切れるから、 $M$ を次に進めることができる」
ユーリ「にゃるほど!」
僕たちは——会場のパネルを巡ることを放り出して——次のような命題を証明しようとしている。
どんな自然数 $M$ に対しても、ある自然数 $U$ が存在して、 $U < N$ を満たす自然数 $N$ について $(M,N)$ は友愛数にならない。
僕「……わかった。簡単だった。 やっぱり《$M$ の約数の総和 $\sigma(M)$》は、そんなに大きくなれない」
テトラ「あたしはまだ、はっきりわかっていません……」
僕「話してもいい? いいよね」
ユーリ「お兄ちゃん、話したがりだにゃあ……」
テトラ「先輩、お願いします」
僕「考えてみればあたりまえなんだよ。この二つはすぐにいえる。
テトラ「なるほどですね」
ユーリ「なーるほどー!」
僕「$M$ が与えられて $(M,N)$ が友愛数になるかどうかを調べるとしよう。 そうすると、 $\sigma(M) \LEQ M^2$ であることから、 $$ \sigma(M) - M \LEQ M^2 - M $$ になる。言い換えると $M^2 - M$ より大きな $N$ は調査する必要がないわけだね。 ああ、すっきりした!」
ユーリ「てことは、コンピュータで友愛数を順番に調べていけるね! すぐにぜんぶ計算できる」
テトラ「《順番に調べられる》のはそうですけど……《すぐに》とも《ぜんぶ》とも言えないと思いますよ」
ユーリ「テトラさん、なんで?」
テトラ「大きな整数の素因数分解は計算が大変ですから《すぐに》とはいきませんし、 $M$ と $N$ の組み合わせは無数にありますから、これで《ぜんぶ》ともいえないと思います」
ユーリ「そっか……」
僕「そろそろパネルに戻ろうか」
友愛数の個数
友愛数が全部で何組存在するかは未解決問題である。
無数に存在するか否かも未解決問題である。
WebサイトAmicable numbersによれば、 2025年現在で $12$ 億組以上の友愛数が知られている。
ユーリ「$12$ 億!」
テトラ「無数に存在するかどうかも未解決問題なんですね……」
僕「そういう意味ではやはり難しい問題なんだな……」
友愛数を見つけるサービト・イブン・クッラの方法
サービト・イブン・クッラは友愛数を見つける方法を示した。
整数 $n \GEQ 2$ に対して、次のように $p,q,r$ を定める。 $$ \beginCases p &= 3\times 2^{n-1} - 1 \\ q &= 3\times 2^n - 1 \\ r &= 9\times 2^{2n-1}-1 \endCases $$ このとき、 $p,q,r$ が素数ならば、 $$ (2^npq, 2^nr) $$ は友愛数となる。
たとえば $n = 2$ のとき最小の友愛数 $(220,284)$ が得られる。
ただし、 この方法で得られる友愛数は非常に限られている。
ユーリ「え……? 何だかすごいこと書いてない?」
テトラ「ええと……不思議な方法ですね」
僕「$n$ を決めて、 $p$ と $q$ と $r$ を作って、そして、いま作った $p,q,r$ が素数ならば、 $(2^npq, 2^nr)$ が友愛数になる?」
テトラ「$n = 2$ の場合を検算してみますっ!」
サービト・イブン・クッラの方法で $n = 2$ の場合を計算する
$n = 2$ なので、 $$ \beginCases p &= 3\times 2^{\REDFOCUS{2}-1} - 1 &&= 5 \\ q &= 3\times 2^{\REDFOCUS{2}} - 1 &&= 11 \\ r &= 9\times 2^{2\times\REDFOCUS{2}-1}-1 &&= 71 \endCases $$ となります。 $5,11,71$ はすべて素数になっています。 そしてこのとき、 $$ \beginCases M &= 2^\REDFOCUS{2}\times 5 \times 11 &&= 220 \\ N &= 2^\REDFOCUS{2}\times 71 &&= 284 \endCases $$ となって、友愛数 $(220,284)$ が得られました。
ユーリ「えー……でも、ぜんぜん納得できなーい。なんでこの方法でうまくいくのー?」
僕「いやあ、このサービト・イブン・クッラの方法に出てくる《素数ならば》ってすごい条件だな。 この条件はどこに効いてくるんだろう?」
そして当然ながら、僕の心にはこんな問題が浮かんできた。
恐らく、テトラちゃんとユーリの心にも浮かんでいるはずだ。
問題
サービト・イブン・クッラの方法で、友愛数が得られることを証明せよ。
参考文献
※ 本文中に出てくるパネルの文章は、 参考文献の内容をもとに再構成したものであり、 直接の引用ではありません(引用であることを明記しているものを除きます)。
※ $M$ の約数の総和 $\sigma(M)$ については $M^2$ よりも良い上界が知られています。
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(2025年4月11日)