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【書籍紹介】
「何がわからないのか……わかりません $\NONA$」 学ぶことに慣れていないノナちゃんが初登場!
登場人物紹介
僕:数学が好きな高校生。
ユーリ:僕のいとこの中学生。 僕のことを《お兄ちゃん》と呼ぶ。 論理的な話は好きだが飽きっぽい。
ノナ:ユーリの同級生。 ベレー帽をかぶってて、丸い眼鏡を掛けていて、ひとふさだけの銀髪メッシュ。 数学は苦手だけど、興味を持ってる中学生。 絵を描くのが好きな《ふわふわアーティスト》。
僕「……」
ユーリ「……」
ノナ「$\NONA$」
僕は高校生。今日は土曜日。ここは僕の家のリビング。
栗色の髪をしたユーリと、ベレー帽をかぶったノナの二人は隣り合い、 テーブルで僕の向かいに座っている。
僕の前には一枚の紙が置かれている……って、 こんな場面、先日もあったような気がするぞ(第401回参照)。
ノナが書いた式
$$ x^2 + 2x + 1 \qquad\qquad (x+1)^2 $$
ユーリ「『今回も難易度が高いスタートだな、と僕は考える。 さっきからどうも落ち着かないのは美少女二人を前にして緊張しているからだろうか……』」
僕「ラノベの冒頭みたいなセリフやめい」
ユーリ「だって、お兄ちゃんの無言時間、長すぎるんだもん。話が進まないよ」
ノナ「どっち……どちらですか $\NONAQ$」
メタ発言に興じる中学生女子と、 話が噛み合わない中学生女子の二人を前にして、 僕は半ば途方に暮れる——といっても、この状況がけっして嫌いなわけではないけれど。
しかし、ユーリの言うように黙ってばかりでは話が進まない。
僕はノナが書いた数式を指さした。
僕「それでノナちゃんは、この二つの式が気になっているんだね」
$$ x^2 + 2x + 1 \qquad\qquad (x+1)^2 $$ノナ「どっちですか $\NONAQ$」
僕「ええとね、『どっちですか?』と言われても何とも答えられないよ。 それだと言葉が足りなくて、ノナちゃんが何を知りたいのか、僕には伝わらないんだ」
ノナ「どっちなのかな、と思ったの $\NONA$」
僕「ノナちゃんが『どっちですか?』と尋ねているのは、 もう少し詳しく言うと、どういうことなんだろう」
ノナ「どっちがいいのかなと思った……思いました $\NONA$」
僕「なるほど。ノナちゃんの『どっちがいいのか』というのは、 $$ x^2 + 2x + 1 \qquad\cdots\cdots\textrm{(1)} $$ と $$ (x+1)^2 \qquad\cdots\cdots\textrm{(2)} $$ のうち『どっちの式が正しいのか』という意味かな?」
こくん、と肯くノナ。
うん、だったら、そういうふうに質問してくれると助かるんだけどな、 と言いたくなるところを僕はぐっとこらえる。
ユーリ「ノナ、ノナ、だったら『この二つの式で、どっちが正しいの?』って聞かなくちゃ!」
ノナ「だって……どっちが正しいか、わからない $\NONAX$」
ユーリ「いーの、いーの。わかんないから質問するんだもん。どんどこ言えばいいんだよん!」
ノナ「だって $\NONAX$」
僕「はいはい、ストップストップ。話を数学に戻すよ。 ノナちゃんが知りたいことはまだはっきりと僕にはわかってないけど、 関連してるかもしれない話をしてみるよ。 もしも気に掛かるところがあったら言ってね」
ノナ「はい $\NONA$」
ユーリ「『そう言いながらも、僕は心の動揺を隠しきれない。 この胸の高鳴りは……もしかして、恋?』」
僕「やめい」
ユーリ「軽いジョークはさておき、話を進めたまえ」
僕「まず簡単に答えるね。 『$x^2 + 2x + 1$ と $(x + 1)^2$ でどっちが正しいか』という質問は、実はあまり意味がないんだ」
ノナ「間違い……間違いですか $\NONAQ$」
僕「いや、そういうことじゃない。 そもそも、 $x^2 + 2x + 1$ や $(x + 1)^2$ のような式だけをぽんと置いて、 正しいかどうかは判断できないということ」
ノナ「……」
僕「たとえば、『$(x + 1)^2$ を展開するとどうなりますか』と聞かれたら、 『$x^2 + 2x + 1$』という答えになって、これは正しいといえる」
ノナ「……」
僕「でも、たとえば別の問題として『$(x + 3)^2$ を展開するとどうなりますか』と聞かれて、 『$x^2 + 2x + 1$』と答えたら、これは正しくないといえる。正しい答えは $x^2 + 6x + 9$ だね」
ノナ「あの……あの $\NONAEX$」
僕「おおっと。はいはい、何かな?」
ノナ「わかる……わかります $\NONA$」
僕「なるほど。 $x^2 + 2x + 1$ や $(x + 1)^2$ だけが置かれたときに、 正しいとか、正しくないとか決まらないというのはわかるってこと?」
肯くノナ。
ユーリ「そりゃ、正しいとか、正しくないとかって、問題によるよね」
僕「ノナちゃんが引っかかっているところは別のところなのかな。 じゃあ、別の道を探ってみようか」
ノナ「お願いします $\NONA$」
僕「$(x + 1)^2$ と $x^2 + 2x + 1$ の話は、 このあいだ来たときにもおしゃべりしたよね(第403回参照)。 展開と因数分解の話。この二つの関係は気になる?」
ノナ「どっちが正しい……正しいですか $\NONAQ$」
僕「これも、展開と因数分解でどちらが正しいということはないんだよ、ノナちゃん」
ノナ「……」
僕「足し算と引き算は、逆の計算だよね。 足し算と引き算でどっちが正しいということはない。 それから、掛け算と割り算も、逆の計算になっていて、 掛け算と割り算でどっちが正しいということはない。 どちらの数の計算も、必要に応じて行えばいい」
ノナ「……」
僕「展開と因数分解も、それと似ている。 数の計算というよりは式の計算になるけど、 展開と因数分解は、逆の計算になる。 互いに逆になっている計算に『展開』と『因数分解』という名前を付けているんだ。 大ざっぱにいえば……
ユーリ「ほらね! ユーリが言った通りじゃん」
ノナ「だって $\NONA$」
僕「ああ、事前に二人で話し合いがあったんだ?」
ユーリ「ユーリもお兄ちゃんと同じこと言ったんだよ。 展開と因数分解は逆の話だって。 でも、ノナは、どーしてもお兄ちゃんに質問したかったんだって!」
僕「そうなんだ。じゃあ、これでノナちゃんは納得できたかな?」
僕が水を向けると、ノナはこくんと肯いた。
でも、少しして彼女は首を横に振る。納得してない、ということだ。
僕「まだ気に掛かることがあるんだね。 その『気に掛かること』は言葉にできるかな。試しに、言葉にしてみようか」
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