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【書籍紹介】
「何がわからないのか……わかりません $\NONA$」 学ぶことに慣れていないノナちゃんが初登場!
登場人物紹介
僕:数学が好きな高校生。
テトラちゃん:僕の後輩。 好奇心旺盛で根気強い《元気少女》。言葉が大好き。
いまは放課後。
ここは高校の図書室。
僕は後輩のテトラちゃんとおしゃべりをしている。
先日、僕の家にやってきたノナとの会話(第404回参照)について話していたけれど、 話題は次第にテトラちゃんの思うところに移っていった(第405回参照)。
テトラ「授業で先生が『わからないことがあったら質問してください』とおっしゃいます。 でもあたしはよく『わからないわけじゃないけれど……』という気持ちになるんです」
僕「わからないわけじゃないけれど……」
テトラ「わからないわけじゃないけど——わかったというわけでもない。そんな気持ちです」
僕「テトラちゃんのよく言う《わかってない感じ》ってやつかな?」
テトラ「ですです! その感じ、その気持ちのことです。 あれは、すごくモヤモヤします」
僕「一人で勉強してるときだけじゃなくて、授業中もそうなるんだね。 《わかった感じ》がしない。《わかってない感じ》がする」
テトラ「はい……たとえば、先生が授業で例題を出しますよね。 先生が黒板で問題を解いてみせるような」
僕「うん。 具体的に説明するためだね」
テトラ「はい。先生が解いてみせる例題はわかるんです。 先生が説明する言葉もわかりますし、 やっていることもわかります。 答えもわかります。どこにも驚くところはありませんし、 『どうしてそこはそうなるんですか』という疑問もありません。 ですから、質問するところもありません。 要するにぜんぶ『わかる』んです」
僕「うん」
テトラ「でも、その『わかる』はあたしの求める『わかる』とは違うんです。 そういうときにあたしは《わかった感じ》がしないと思ってモヤモヤしちゃいます。 すっきりしないんです」
テトラちゃんはそう言って、頭の上で両手をぐるぐると回した。
僕「確かにそういう状態だと、質問のしようがないよね」
テトラ「そうっ! そうなんです」
僕「いま気付いたんだけど、僕やミルカさんと話しているときのテトラちゃんは違うよね。 《わかった感じ》がしないときでも——つまり、質問のしようがないときでも——手を挙げて質問しているんじゃない?」
テトラ「あっ、それはそうかもしれません。あたしはそういうとき——」
僕「So what? って思うんだね」
テトラ「——その通りです。So what?(だから何?)って、あたしは思います。 いま示された《それ》。いま話題になった《それ》。 《それ》を、あたしは表面的には理解できている。わかっている。 でも、《それ》が言えたら、何だというんでしょう。 どうして《それ》を考えるんでしょう。 《それ》をわざわざここで話題に持ち出した理由は何でしょう……あたしは、 そんなふうに考えてモヤモヤします」
僕「うん。 僕たちと話しているときにはその状態で挙手して質問するけれど、 授業では挙手しない」
テトラ「それは……はい、そうですね」
僕「違いがあるんだ」
テトラ「きっと、うーん、やはり、授業だと遠慮しちゃうんでしょうか。 あっあっ、でも、あたしは先輩方に遠慮がないってわけじゃないですよっ!」
僕「というか、質問するのに遠慮はあまりいらないと思うけど」
テトラ「違うんです、違うんです。 あたしが言ってる遠慮は、 自分だけの都合で授業の流れを止めてしまうことに対する遠慮です」
僕「そういう気持ちは少しわかるかな。 授業だと人数が多いからね」
テトラ「はい。あたし一人のためにそれだけの人数の勉強を止めていいのかという気持ちが働くんだと思います」
僕「……」
テトラ「特に、具体的な質問ができるならまだいいんです」
僕「?」
テトラ「はっきりと『$x$ の値は $0$ じゃなくて $-1$ じゃありませんか』や、 『ここでは $n > 0$ であるという条件は考えなくてもいいんですか』のような質問ならまだしも、 『どうして《それ》を考えるんですか』のような質問はためらってしまいます」
僕「でもね、もしかすると、テトラちゃんが質問してくれると、 実は教室にいるみんなの助けになるかもしれないよ」
テトラ「えっ? どういうことですか。 具体的な質問じゃなくて『どうして《それ》を考えるんですか』みたいな質問でも?」
僕「うん、そうだよ。 《数学トーク》をしているとき、テトラちゃんはとても根源的な質問をしてくれる。 その一つは、いままさに話している『どうして《それ》を考えるんですか』という質問だね。 《それ》を考える動機を問う質問。 《意味》を問う質問じゃなくて《意義》を問う質問だ」
テトラ「!!」
僕「どうしたの?」
テトラ「すごくあたしの気持ちにぴったりの表現だったからです。 《意味》を知るためじゃなくて《意義》を知るため。 その通りですっ!」
僕「いや、でも、この表現はテトラちゃん自身が僕に教えてくれたんだよ。 いつだったか忘れたけど」
テトラ「あら、あらら?」
僕「先生が授業で例題を解いてみせる。 方程式の解き方でも何でもいい。計算してみせる。説明する。 でも、テトラちゃんはその説明では納得しない。 計算の内容や計算の《意味》はわかったけど、その計算をする《意義》がわからないから」
テトラ「……」
僕「それでね、 もしかするとそのタイミングで、 教室にいるほとんどの人がテトラちゃんと同じように感じているかもしれない」
テトラ「あたしと同じように?」
僕「そう。テトラちゃんと同じように、 計算の《意味》はわかったけど、その計算をする《意義》がわからない——と思っているかもしれない」
テトラ「そんなこと、そんなこと——あるんでしょうか」
僕「あると思うよ。 テトラちゃんほど、自覚的じゃないとしてもね」
テトラ「クラスのみんなが……」
僕「うん、あのね、テトラちゃんは自分の《わかった感じ》に敏感なんだよ。 教室のみんなは、テトラちゃんほどではないにしても、 何か納得できないものをモヤモヤと感じているかもしれない」
テトラ「なるほど?」
僕「テトラちゃんは、きちんと《意味》と《意義》を分けて把握している。 つまり、 『自分は先生が行った計算の意味はわかっている』 けれど 『どうしてそんな計算をするのかという意義はわかっていない』 のように分けて考えられる。 でも、クラスのみんながみんなそんな風に明確に把握できているとは限らない」
テトラ「……」
僕「その結果、実は《意味》についてはわかっている人であっても、 『自分は数学が理解できないんだ』と誤解する危険性がある。 つまり、テトラちゃんのいう《わかってない感じ》を大きくとらえすぎちゃったわけだ。 わかっている部分があるにも関わらず、自分は全部わかってないと勘違いしちゃったんだね」
テトラ「あ……!」
僕「でもね、もしもテトラちゃんが『どうして《それ》を考えるんでしょうか』 と挙手して質問するならば、『はっ』と気付くクラスメートがいるかもしれない。 僕はそんなことを思ったんだよ。 ただの思い付きに過ぎないんだけど」
テトラ「あたしっ、そんな風に考えたことありませんでした。 いえ、違いますね。いえ、そうですね。いえいえ、でも、ええと、確かに……でもっ!」
テトラちゃんは大きな目をきょろきょろさせながら、 意味不明なことをつぶやきはじめた。 僕は、自分の思い付きで彼女を混乱させてしまって、申し訳ない気持ちになった。
僕「何だか、ややこしい話にしてごめんね」
テトラ「いえ、大丈夫です。 おたおたしているのは、ただ、 あたしは、 自分の質問が他の人の役に立つなんて考えたこともなかったからです」
僕「少なくとも僕は、テトラちゃんの質問で大いに学んでるよ」
テトラ「そ、それは、あたしとしてもうれしいですけど……」
テトラちゃんは少し赤くなった頬を両手で押さえた。
僕「質問という形とは限らないけど、言葉にするのは大事だよね」
テトラ「そうですね……ちょっと話が変わっちゃうかもしれませんが、 ノナちゃんの $x + x = 2x$ の話で思ったことがあります(第401回参照)」
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