登場人物紹介
僕:数学が好きな高校生。
テトラちゃん:僕の後輩。 好奇心旺盛で根気強い《元気少女》。言葉が大好き。
僕とテトラちゃんは、村木先生の《カード》に書かれていたベクトル空間の定義をじっくり・ゆっくり読み進めている。
テトラちゃんの要望で、僕が「教える」形ではなく、 テトラちゃんと僕とで一緒に読む《二人三脚読み》をやっているのだ(第384回参照)。
僕たちは、 文章を細かく分解して読んだり(第385回参照)、 数学辞典を読んで例を作ったり(第386回参照)、 《である例》と《ではない例》を考えたり(第387回参照)、 写像の定義を《カード》にあてはめて考えたりしてきた(第388回参照)。
そしていよいよ——
僕「……じゃあ、いよいよ《カード》に書かれた(1)〜(4)の性質を読んでいこう!」
村木先生の《カード》
(1)$K$ の任意の元 $a$ と、 $V$ の任意の元 $x,y$ に対して、$$a(x + y) = ax + ay$$が成り立つ。
(2)$K$ の任意の元 $a,b$ と、 $V$ の任意の元 $x$ に対して、$$(a + b)x = ax + bx$$が成り立つ。
(3)$K$ の任意の元 $a,b$ と、 $V$ の任意の元 $x$ に対して、$$(ab)x = a(bx)$$が成り立つ。
(4)$K$ の単位元を $1$ とすると、 $V$ の任意の元 $x$ に対して、$$1x = x$$が成り立つ。
※松坂和夫『代数系入門』を参考にしています。
テトラ「はい。これで、 $$(a,x) \mapsto ax$$という写像がどういうものなのかが規定されるわけですね!」
僕「最初は $a(x + y) = ax + ay$ だね」
テトラ「先輩……」
僕「ああ、ごめんね。テトラちゃんが読むんだった」
テトラ「わがまま言ってすみません。最初は $a(x + y) = ax + ay$ です。《カード》によりますとこうなっています」
(1)$K$ の任意の元 $a$ と、 $V$ の任意の元 $x,y$ に対して、$$a(x + y) = ax + ay$$が成り立つ。
僕「そうだね」
テトラ「$a(x + y) = ax + ay$ はよく知ってます」
僕「式の形は親しみがあるよね。 でも、ここでも文字に注意しないとね」
テトラ「文字に注意……ああ、確かに! $a$ は $K$ の元で、 $x,y$ は $V$ の元ということですね。 違う集合の要素が混じって登場しています。 あたしはまたうっかり、ぜんぶが数のつもりで考えていました」
僕「$V$ の元を太字にして書き直すと違いがよくわかるかも」
$V$ の元を太字にする
(1)$K$ の任意の元 $a$ と、 $V$ の任意の元 $\BX, \BY$ に対して、$$a(\BX + \BY) = a\BX + a\BY$$が成り立つ。
テトラ「はい、確かにこの方がはっきりしますね」
僕「ところでテトラちゃんは『任意の』という表現は特に引っかからない?」
テトラ「え? ええ、特に引っかかりません。最初はとまどいましたけど、 『集合 $K$ の任意の元 $a$ に対して……』というのは、『$K$ という集合のどの要素 $a$ に対しても……』という意味ですよね?」
僕「そうだね。念のために確認しただけだよ」
テトラ「いろんな言い方があるのがおもしろいと思います」
僕「確かに。式で書けばこうなるね」
$$ \forall a \in K \, \cdots\cdots $$テトラ「はい」
【CM】
ユーリ「はいっ、数式マニアのお兄ちゃんのウンチクが出てきましたよー。ここでユーリちゃんのCMターイム! $\forall$ や $\exists$ などの論理のお話は『数学ガール/ゲーデルの不完全性定理』でどーぞ! イプシロン・デルタ論法も出てきますぞー……って何じゃそれ?」
僕「じゃあ、次は(2)だね」
テトラ「あ、ちょっとお待ちください。先ほどの話ですと、 この(1)の式、$$a(x + y) = ax + ay$$は、スカラー倍という写像が持つべき性質ですよね。 スカラー倍というのは、 $K$ の元 $a$ と $V$ の元 $x$ に対して、$$(a,x) \mapsto ax$$という写像のことです」
僕「うん、その理解で正しいよ。 $ax$ は $K$ の元 $a$ と $V$ の元 $x$ を並べた表記になっている。 (1)では、 $ax$ がどんな性質を持っているか、その性質の一つを述べていることになる」
テトラ「あたし……そこがまだピンと来ていないようです。 どうして(1)が $ax$ の性質を述べていることになるんでしょう」
僕「ええと……それはどう説明したらいいかな」
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