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第447回 シーズン45 エピソード7
サービト・イブン・クッラ(前編)

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登場人物紹介

:数学が好きな高校生。

ユーリのいとこの中学生。 のことを《お兄ちゃん》と呼ぶ。 論理的な話は好きだが飽きっぽい。

テトラちゃんの後輩。 好奇心旺盛で根気強い《元気少女》。言葉が大好き。

代数的計算の幾何的正当化

ユーリ、そしてテトラちゃんは、 双倉ならびくら図書館で開催されているイベント《いにしえの代数学》の会場を回っている。 会場にはパネルがたくさんあり、解説や数学の問題が書かれている。

僕たちは、解説パネルで アル=フワーリズミーの二次方程式の解法を見終えたところ(第446回参照)。

アル=フワーリズミーと二次方程式の解法(再掲)

アル=フワーリズミーの 『アル=ジャブルとアル=ムカーバラの書』 では、 $$ x^2 + 10x = 39 $$ という二次方程式は、

 どのようなマールに $10$ 個のジャズルを加えたら $39$ になるか

のように言葉で表現される。

  • 「マール」は根 $x$ の平方 $x^2$ を意味する。
  • 「ジャズル」は根 $x$ を意味する。
その解法は次の通り。
  • ジャズルの個数($10$)を半分にしたもの($5$)をそれ自身($5$)に掛ける($25$)。
  • それに数 $39$ を加えて($64$)、正の平方根をとる($8$)。
  • そこ($8$)からジャズルの個数($10$)の半分($5$)を引く($3$)。
  • それ($3$)が求めるジャズルである。

「……だから、アル=フワーリズミーのこの方法を二次方程式 $$ x^2 + bx = c \qquad (b > 0, c > 0) $$ に当てはめるなら『$b/2$ を二乗して $c$ を加えて正の平方根をとって $b/2$ を引く』ということだから、 $$ x = \SQRT{\left(\frac{b}2\right)^2 + c} - \frac{b}{2} $$ という正の解を得る解法になる——ということだね」

ユーリ「その調子で $6$ 通りのパターン(第446回参照)ぜんぶ書いてくのは、 めんどいにゃあ・・・

テトラ「ユーリちゃんのいう通りですよね。 正の数に限定することで考えやすくところもありますけど、 場合分けが多くなってしまうのは大変ですね」

「こっちのパネルには図形が描いてあるね」

$x^2 + 10x = 39$ の解法の幾何的正当化

アル=フワーリズミーは $x^2 + 10x = 39$ の代数的解法が適切であることを、 図形を用いて次のように説明した。 このような幾何的正当化はバビロニアの数学からの影響であると考えられる。

  • 面積 $x^2$ を持つ正方形 $AB$ から始める。
  • 面積 $x^2 + 10x$ を持つ図形を作りたい。
  • そのために、 $10$ を半分にした $5$ と、 $x$ を二辺に持つ二つの長方形 $G$ と $D$ を作る。
  • $5 \times 5 = 25$ の面積を持つ小さな正方形が左下に残る。
  • 正方形 $x^2$ と、二つの長方形 $10x$ を合わせると $x^2 + 10x = 39$ になるのであった。
  • その $39$ に $5 \times 5 = 25$ を加えれば、大きな正方形 $SH$ を完成させることができる。
  • 合計は $39 + 25 = 64$ であり、正の平方根を取ると $8$ になる。これが大きな正方形の一辺である。
  • その $8$ から、先ほど加えた数すなわち $5$ を引くと、残りは $3$ となる。
  • これが正方形 $AB$ の一辺 $x$ である。

図版は Rosen, Frederic (Ed. & Trans.). The Algebra of Mohammed ben Musa. London: Printed for the Oriental Translation Fund, 1831. Sold by J. Murray, Albemarle Street; Parbury, Allen, & Co., Leadenhall Street; Thacker & Co., Calcutta; Treuttel & Wuertz, Paris; and E. Fleischer, Leipzig. から引用。

ユーリ「あっ、めんどくさい! 次のパネル行こ!」

「そんなに先を急いでもつまらないよ。この説明は $x^2 + 10x = 39$ の解法を図形的に説明しようとしてるんだね」

ユーリ「こーゆーの、動画にしないとわかんないよ」

「9世紀の時代には動画はないよ」

テトラ「その時代でも、図形を使って説明するというのは納得感を生んだんでしょうね」

ユーリ「たった一つしか図形なくても?」

「自分の頭の中で動画にするわけだね」

テトラ「これって……当時の人には《最先端の数学》だったわけですよね。 それを、あたしたちが追うことができるってすごいと思います」

僕たちは紙を広げて、この幾何的正当化が何を行っているか、 自分たちの理解のためにチェックしてみることにした。

$x^2 + 10x = 39$ を解く

面倒そうに紙に書いて考え始めたユーリだったが、すぐに声を上げた。

ユーリ「あっ、なーんだ! これだけの話?」

「早いな」

ユーリ「こんなのカンタンじゃん!」

テトラ「それじゃ、ユーリちゃん。 $x^2 + 10x = 39$ の解法を図形で教えてくださいな」

お姉さんモードになったテトラちゃんが話をうながして、 ユーリが早口で説明を始めた。

ユーリ「面積 $x^2$ を持つ正方形 $AB$ って、ココのことでしょ?

正方形なんだから、一辺が $x$ で、その $x$ を求めればいい」

「そうだね」

ユーリ「二つの長方形 $G$ と $D$ ってココのこと。 $x^2 + 10x = 39$ の $10x$ を二つに分けて、面積は $5x$ ずつ。 一辺を正方形の $x$ に合わせると別の辺は $5$ になる。

正方形 $x^2$ と長方形 $5x$ を二つ足すと面積は $x^2 + 10x$ になる。

二つの長方形 $G$ と $D$ の、 $5$ の辺二つで作ったちっちゃな正方形が 左下にできて、その面積は $5\times 5 = 25$ になる。 ココのこと。

$x^2 + 10x = 39$ に $5\times 5 = 25$ を足したら、 おっきな正方形 $SH$ ができる。これは全体の正方形のこと。

あとは $39 + 25 = 64 = 8^2$ だから、 おっきな正方形 $SH$ の一辺は $8$ になるし、 そこから $5$ を引いた $3$ が正方形 $AB$ の一辺 $x$ になる!」

「手早いなあ」

ユーリ「全然めんどくさくなかった」

「そうだよね。一見、複雑で面倒そうに見えたとしても——」

ユーリ「ストーップ! お兄ちゃん、 いま《先生トーク》を始めようとしたね?」

「お?」

ユーリ「『一見、複雑でめんどーそーに見えたとしても、 きちんと取り組んでみると、意外とカンタンなんじゃ。 ゆめゆめサボることなかれ……』みたいな」

「キャラ崩壊してるぞ」

テトラ「ともかく、長い文章で解法の手順を示されるよりも、図があった方がわかりやすいのは確かだと思います。 もちろん、図を見て《わかったつもり》になるのはまずいですけど……」

「図を使ったアル=フワーリズミーの説明は、 結局のところ、二次方程式を平方完成へいほうかんせいで解いているようすがよくわかるね」

テトラ「ああ、確かにそうですね!」

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(2025年4月4日)

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結城浩(ゆうき・ひろし) @hyuki


『数学ガール』作者。 結城メルマガWeb連載を毎週書いてます。 文章書きとプログラミングが好きなクリスチャン。2014年日本数学会出版賞受賞。

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