[logo] Web連載「数学ガールの秘密ノート」
Share

第446回 シーズン45 エピソード6
アル=フワーリズミー(後編)

$ \newcommand{\TEXT}[1]{\textbf{#1}} \newcommand{\REMTEXT}[1]{\textbf{#1}} \definecolor{CUD-GREEN}{rgb}{0.012,0.686,0.478}% 3,175,122 \definecolor{CUD-GOLD}{rgb}{0.890,0.690,0.000} % RGB(227,176,0) \newcommand{\GEQ}{\geqq} \newcommand{\LEQ}{\leqq} \newcommand{\NEQ}{\neq} \newcommand{\FOCUS}[1]{\fbox{ $#1$ }} \newcommand{\REDFOCUS}[1]{\textcolor{red}{#1}} \newcommand{\GREENFOCUS}[1]{\textcolor{CUD-GREEN}{#1}} \newcommand{\BLUEFOCUS}[1]{\textcolor{blue}{#1}} \newcommand{\BROWNFOCUS}[1]{\textcolor{brown}{#1}} \newcommand{\ABS}[1]{|#1|} \newcommand{\BAR}[1]{\overline{#1}} \newcommand{\PS}[1]{\left(#1\right)} \newcommand{\CANCEL}[1]{\textcolor{red}{\cancel{\textcolor{black}{#1}}}} \newcommand{\SQRT}[1]{\sqrt{\mathstrut #1}} $

「数学ガールのお知らせメール」で週に一度の更新連絡をしています。ぜひ、ご登録ください。登録は無料です。

登場人物紹介

:数学が好きな高校生。

ユーリのいとこの中学生。 のことを《お兄ちゃん》と呼ぶ。 論理的な話は好きだが飽きっぽい。

テトラちゃんの後輩。 好奇心旺盛で根気強い《元気少女》。言葉が大好き。

方程式の分類

ユーリ、そしてテトラちゃんは、 双倉ならびくら図書館で開催されているイベント《いにしえの代数学》を巡っている。 会場にはパネルがたくさんあり、解説や数学の問題が書かれている。

僕たちは、解説パネルで アル=フワーリズミーが行った方程式の分類を見ていた(第445回参照)。

そこでユーリが気になることを言い出した——

方程式の分類

アル=フワーリズミーは、 著書『アル=ジャブルとアル=ムカーバラの書』 の中で、解くべき方程式を系統立てて分類した。 取り扱うものは主に以下の $3$ 種類で、すべて正の数であり、係数も正の数であった。

  • 根(ジャズル)は、現代なら $x$ のように表す。
  • 平方(マール)は、現代なら $x^2$ のように表す。
  • 数は、現代なら $c$ のように表す。

また、方程式を以下のように $6$ パターンに分類した。

  • $ax^2 = bx$
  • $ax^2 = c$
  • $bx = c$
  • $ax^2 + bx = c$
  • $ax^2 + c = bx$
  • $bx + c = ax^2$

「うん、ここにさっき(第445回参照)ユーリが言ってた『負の数が使えないと何が大変か』が書かれている」

ユーリ「……?」

「係数に負の数やゼロを使えるなら、 $$ ax^2 + bx + c = 0 $$ と一つの式で書けるのに、正の数しか使えないという制限があるから、 わざわざ $6$ パターンに分類しなくちゃいけなかったんだよ、きっと」

ユーリ「$6$ パターンに分類——あれっ、ちょっと待ってお兄ちゃん! この分類、おかしいよ。抜けがある!」

「え?」

テトラ「ユーリちゃん?」

ユーリは、パネルの前に置いてある紙をとって何かを書き始めた。

彼女はいったい、何に気付いたんだろう……

ユーリ「《ふわーりずみー》の分類ってこーじゃん?」

ユーリのメモ(1)

$$ \begin{array}{cccccccc} ax^2 = bx &\quad&\to &\quad& ax^2 &-& bx &+& 0 &=& 0 \\ ax^2 = c & &\to & & ax^2 &+& 0x &-& c &=& 0 \\ bx = c & &\to & & 0x^2 &+& bx &-& c &=& 0 \\ ax^2 + bx = c & &\to & & ax^2 &+& bx &-& c &=& 0 \\ ax^2 + c = bx & &\to & & ax^2 &-& bx &+& c &=& 0 \\ bx + c = ax^2 & &\to & & ax^2 &-& bx &-& c &=& 0 \\ \end{array} $$

「なるほど。ぜんぶ移項してみたんだね。うん、確かにこうなる」

ユーリ「$x^2$ の係数は $a$ か $0$ か $-a$ で、 $x$ の係数は $b$ か $0$ か $-b$ で、 定数は $c$ か $0$ か $-c$ だから……あー、 もー、要するにこーゆーこと!」

ユーリのメモ(2)

$$ \begin{array}{cccccccc} \textrm{$x^2$の係数} & \textrm{$x$の係数} & \textrm{定数} & \textrm{分類にある?} \\ \hline 0 & 0 & 0 & \textrm{×} \\ 0 & 0 & c & \textrm{×} \\ 0 & 0 & -c & \textrm{×} \\ 0 & b & 0 & \textrm{×} \\ 0 & b & c & \textrm{×} \\ 0 & b & -c & \textrm{○} \\ 0 & -b & 0 & \textrm{×} \\ 0 & -b & c & \textrm{×} \\ 0 & -b & -c & \textrm{×} \\ a & 0 & 0 & \textrm{×} \\ a & 0 & c & \textrm{×} \\ a & 0 & -c & \textrm{○} \\ a & b & 0 & \textrm{×} \\ a & b & c & \textrm{×} \\ a & b & -c & \textrm{○} \\ a & -b & 0 & \textrm{○} \\ a & -b & c & \textrm{○} \\ a & -b & -c & \textrm{○} \\ \end{array} $$

($x^2$ の係数が $-a$ の場合は省略)

テトラ「ユーリちゃんは、すべてのパターンを作ろうとしたんですね」

ユーリ「そだよん。だって、 $6$ 個のパターンってぜったい少ないもん。 $x^2$ の係数、 $x$ の係数、定数があって、 $0$ とプラスとマイナスがあるから……」

テトラ「$3 \times 3 \times 3 = 27$ 通りあるはずですよね」

「すごいなあ……ユーリは鵜呑みにしないでちゃんと考えたんだね」

ユーリ「すごい? すごい?」

「いや、すごいと思うよ。 ところで、どうしてアル=フワーリズミーは $6$ 通りしか考えなかったんだろう?」

ユーリ「見落とし」

「違うと思うな。たとえば、 $$ ax^2 + bx + c = 0 $$ に相当するパターンが出てこないのはなぜかというと、右辺の $0$ を表すことができなかったというのはあるけど、 $a,b,c,x$ がすべて正の数なら、最初からこれを満たす $x$ は存在しないことがわかっていたからじゃないのかなあ」

ユーリ「おー……にゃるほど。 $a,b,c,x$ がぜんぶプラスだったら、 $ax^2 + bx + c$ もプラスだってことかー」

テトラ「$c = 0$ や、 $bx + c = 0$ などもそうなりますね」

ユーリ「そっかー……わかりきってたからかー」

「本当のところはどうなのか、僕は知らないけどね」

ゼロの扱い

テトラ「こちらには、アル=フワーリズミーの本について、また別のパネルがありますね」

アル=フワーリズミーと算術

十進位取り記数法はゼロを考え出した6〜7世紀頃のインドに由来する。 アル=フワーリズミーの書いた『インド数字による計算法』は、 インドにおける記数法を扱った先駆的な算術書である。 この本の原本は残っておらず、ラテン語による手稿数点が残っている。 この中で $1$ から $9$ までの数を表す文字と $0$ を表す文字と位取り記数法を提示した。 ただし小数はまだ使われていない。

「インド数字? アラビア数字とはまた違うのかなあ」

ユーリ「お兄ちゃん、知らないの? インドからアラビア世界を経由してヨーロッパに伝わったから アラビア数字って呼ばれてるんだよ」

「ああ、そういうことか! ユーリ、よく知ってるなあ」

ユーリ「へへ。お兄ちゃんの後ろにあるパネルに書いてあった」

インド数字とアラビア数字

現在「アラビア数字」と呼ばれている数字の起源はインドである。 しかし、インドからアラビア世界を経由してヨーロッパに伝わった経緯から、 ヨーロッパでは「アラビア数字」と呼ばれるようになった。 つまり「アラビア数字」という呼称は、起源ではなく経路を表現していることになる。 なお、アラビア世界では「アラビア数字」ではなく「インド数字」と呼んでいる。

「アラビア世界ではインド数字って呼んでいる……なるほどね。おもしろい話だな」

数字の伝搬

Image by Tobus, Public Domain, via Wikimedia Commons

ユーリ「あれ? 何だか変だよ。 《ふわーりずみー》は、算術書ではゼロも扱っているのに、 どーして、方程式では正の数しか扱わないんだろ? おかしくね?」

「おお……言われてみれば確かに!」

無料で「試し読み」できるのはここまでです。 この続きをお読みになるには「読み放題プラン」へのご参加が必要です。

ひと月500円で「読み放題プラン」へご参加いただきますと、 449本すべての記事が読み放題になりますので、 ぜひ、ご参加ください。


参加済みの方/すぐに参加したい方はこちら

結城浩のメンバーシップで参加 結城浩のpixivFANBOXで参加

(2025年3月28日)

[icon]

結城浩(ゆうき・ひろし) @hyuki


『数学ガール』作者。 結城メルマガWeb連載を毎週書いてます。 文章書きとプログラミングが好きなクリスチャン。2014年日本数学会出版賞受賞。

Twitter note 結城メルマガ Mastodon Bluesky Threads Home