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第445回 シーズン45 エピソード5
アル=フワーリズミー(前編)

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登場人物紹介

:数学が好きな高校生。

ユーリのいとこの中学生。 のことを《お兄ちゃん》と呼ぶ。 論理的な話は好きだが飽きっぽい。

テトラちゃんの後輩。 好奇心旺盛で根気強い《元気少女》。言葉が大好き。

ディオファントス再訪

テトラ「先輩! ユーリちゃん! いらしてたんですね」

「やっと会えた」

ユーリ「テトラさーん!」

ユーリは、 双倉ならびくら図書館で開催されているイベント《いにしえの代数学》を巡っている。 会場にはパネルがたくさんあり、解説や数学の問題が書かれている。

ちょうど、後輩のテトラちゃんと会場でばったり出会ったところ。

テトラ「先輩たちはどのコーナーを回ったんですか?」

ユーリ「ディオファントスのところと……ぶらふま何とか」

「ディオファントス(第441回参照)とブラフマグプタ(第443回参照)だね。問題を解いたり、いろいろ考えたりしてたから、 かなりゆっくり回っているよ」

テトラ「あらら? あたしもディオファントスのところで問題を解いてました!」

ユーリ「ねーねー! テトラさんは、あの問題解けた? あの解けない問題」

「どっちだよ」

テトラ「何のことでしょう」

ユーリ「ほらほら、成り立つ x がないやつ!」

問題3(再掲、(第442回参照))

文字はすべて正の整数とする。 a,b,c,d をうまく選ぶと {x2=a+bx2+a=c2x2+b=d2 が成り立つような x を求めよ。

(参考:ディオファントス『算術』第D巻問題11)

テトラ「はい。何とか証明できましたよ」

テトラちゃんは、ユーリと話すときにはずいぶん《お姉さんモード》の話し方になるみたいだなあ。

ユーリ「すげー! テトラさんも、無限降下法使ったの?」

テトラ「そうですよ。余りを利用しました」

ユーリ「さっすがー! それにしても、よく《3 で割った余り》を使うなんて思いつくにゃあ・・・……」

テトラ「え? 《3 で割った余り》……でしたっけ?」

ユーリ「ふにゃ?」

「僕とユーリは問題3を考えるときに、《3 を法とした剰余》を使ったんだよ。 計算している途中で、 3x2=c2+d2 という式が出てきたから、この 3 を使って何かできないかなって思ったんだ。 テトラちゃんは違うの?」

テトラ「あたしも同じ式 3x2=c2+d2 を使って、 しかも剰余で考えたんですけど……でも、 3 じゃなくて 4 を使いました。 《4 を法とした剰余》を使ったんです」

「へえ、 4 を使っても解けるんだ!」

ユーリ「解けないんだってば!」

「解けないことを証明したって言いたかったんだよ……」

ユーリテトラちゃんが、 問題3を《4 を法とする剰余》を使って考えた話を聞くことにした。

テトラ「ディオファントスさんは正の整数 x を求めようとしていました」

「そうだね。文字はぜんぶ正の整数だった」

ユーリ「お兄ちゃん、黙っててよ。テトラさんの話を聞かなきゃ」

「ごめんごめん」

テトラ「正の整数に限らず、整数を考えるときには偶数・奇数の区別に注目するのが大事でした。 偶数・奇数の区別というのは、 もちろん、 2 で割ったときに余りが 0 になるか、 1 になるかということです」

ユーリは黙って頷く。

そうそう。《偶奇を考える》のは大事だ。

テトラちゃんは自分が考えた道すじをていねいに話していく。

テトラ「ところで、 問題3には x2 が出ていたので、 22=4 で割った余りを考えてみようと思いました。 具体的にいうと、こういうことです」

  • x=1 のとき、 x2=14 で割った余りは 1 です。
  • x=2 のとき、 x2=44 で割った余りは 0 です。
  • x=3 のとき、 x2=94 で割った余りは 1 です。
  • x=4 のとき、 x2=164 で割った余りは 0 です。
  • x=5 のとき、 x2=254 で割った余りは 1 です。
  • x=6 のとき、 x2=364 で割った余りは 0 です。

ユーリ「……」

テトラ「整数を 4 で割った余りは 0,1,2,34 通りどれかになるんですけど、 整数を二乗した平方数にすると話が変わります。 平方数を 4 で割った余りは 01 のどちらかにしかなりません

ユーリ「へー! それって、テトラさんが発見したの?!」

テトラ「いえいえ。以前に《4 で割った剰余》を調べたことがあって、それを思い出した——というのが正確です」

【CM】

ノナ「詳しくはフェルマーの最終定理を読んで……お読みください ..oO

「平方数を 4 で割った余りは 01 にしかならない。 そのことは証明もできるよね」

テトラ「はい。あたしも証明しました。どんな整数 x でも、整数 n を使って——

{x=4n+0x=4n+1x=4n+2x=4n+3 ——のどれかで表せます。そして、それぞれの場合について平方数 x2 を作ってみます」

x=4n+0 の場合】 x2=(4n+0)2=16n2=4(4n2)+0 なので、 4 で割った余りは 0 です。

x=4n+1 の場合】 x2=(4n+1)2=16n2+8n+1=4(4n2+2n)+1 なので、 4 で割った余りは 1 です。

x=4n+2 の場合】 x2=(4n+2)2=16n2+16n+4=4(4n2+4n+1)+0 なので、 4 で割った余りは 0 です。

x=4n+3 の場合】 x2=(4n+3)2=16n2+24n+9=4(4n2+6n+2)+1 なので、 4 で割った余りは 1 です。

ユーリ「にゃるほど」

テトラ「ですから、平方数を 4 で割った余りは 0 または 1 です。 そこで、問題3から得られる 3x2=c2+d2 を見ますと、これは 3×平方数=平方数+平方数 という形になっていることがわかります」

ユーリ「待って待って! テトラさん、そっから先、ユーリも考えたい!」

テトラ「いいですよ。待ってますね」

《お姉さんモード》のテトラちゃんがにっこりした。

ユーリはここまでの話から、 c,d が正の整数のとき、 3x2=c2+d2 を満たす正の整数 x は存在しないことの証明にすぐ手が届くことに気付いたんだな。

ユーリ「……たぶん、できた!」

「どんな感じ?」

ユーリ「こんな感じ」

ユーリの説明

さっき、テトラさんは《平方数を 4 で割った余りは 0 または 1》って話をしてた。

だから、

  • 3x24 で割った余りは、 3 倍するから0 または 3 になる》
  • c2+d24 で割った余りは、二つ足すから0 または 1 または 2 になる》
  • だって、 0+00+11+01+1 のどれかになるはずだから。

てことは、 3x2=c2+d2 になるなら、 3x2c2+d2 は両方とも、 4 で割った余りが0 になる》はず! つまり、 両方とも 4 の倍数になる! 

ついでに、 c2d24 の倍数になる。 だって、 0+0 のはずだから。

あ・と・は、無限降下法!

テトラ「ユーリちゃん、すごいですねえ!」

ユーリ「へへ」

「すごいすごい……あ、でも、無限降下法に行くにはもう少し補足があった方がいいよね」

ユーリ「えー! そーお?」

3x2=c2+d2 を満たす (x,c,d) から、 3x12=c12+d12 を満たす (x1,c1,d1) を作るところまで行きたいなあ」

の補足

3x2 と、 c2 と、 d2 がぜんぶ 4 の倍数になる——という続きだよ。

3x24 の倍数で、 34 は互いに素だから x24 の倍数になる。 このとき x2 の倍数になる。 x は正の整数だから、 x=2x1 という正の整数 x1 が存在して、 x1<x を満たす。

同じように考えて、 c2d24 の倍数だから、 c=2c1,d=2d1 という正の整数 c1,d1 が存在する。

したがって、 3x2=c2+d2 から 3(2x1)2=(2c1)2+(2d1)2 が成り立つ。両辺を 4 で割ると 3x12=c12+d12 になる。

同じ議論を繰り返して、 (x,c,d)(x1,c1,d1)(x2,c2,d2) と続けていくことができる。このとき x>x1>x2> になるが、これは x,x1,x2, が正の整数であることに反する。 したがって、問題2を満たす x は存在しない。

ユーリ「あっ、そんなことユーリもわかってたもん!」

「ユーリがわかってたことは僕もわかってたよ。だから念のための補足」

ユーリ「むー……」

テトラ「あっちのコーナーに行きませんか? あたしは一通り回ったんですが、 あっちのコーナーにはアルゴリズムという言葉のもとになった数学者のコーナーがありましたよ」

ユーリ「あるごりずむ?」

テトラアル=フワーリズミーさんですね」

ギリシアのディオファントス第441回参照)、 インドのブラフマグプタ第443回参照)、 そこから僕たち三人は《いにしえの代数学》の新たなコーナーへ向かった。

アル=フワーリズミー

フワーリズム(ホラズム)地方(図中のChoresmienの部分)

Image by Lencer, licensed under CC BY-SA 3.0,
based on Relief Map of Middle East.jpg by User: Виктор and
Khorasan-Mawaralnahr-Khwarizm.jpg by User: Phoenix2,
via Wikimedia Commons

アル=フワーリズミー

アル=フワーリズミーは9世紀のイスラム世界の数学者で、数学・天文学・地理学に業績を残した。 彼は『アル=ジャブルとアル=ムカーバラの書』や 『インド数字による計算法』という数学書を書いた。 名前の「アル=フワーリズミー」は現代のアルゴリズムという言葉のもとになった。 もともとは「フワーリズム(ホラズム)出身」という意味である。

ユーリ「ある・いこーる・ふわーりずみー」

テトラ「途中のイコール(=)はイコールと読むわけじゃなくて、区切り文字ですね」

ユーリ「ある・ふわーりずみー」

テトラ「アラビア語で《アル》というのは英語の《the》に相当する定冠詞だそうです。 ですから、アラビア語に由来する言葉はよく『アル』で始まりますよ」

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(2025年3月21日)

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結城浩(ゆうき・ひろし) @hyuki


『数学ガール』作者。 結城メルマガWeb連載を毎週書いてます。 文章書きとプログラミングが好きなクリスチャン。2014年日本数学会出版賞受賞。

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