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第433回 シーズン44 エピソード3
ベクトルを使う意味(前編)

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登場人物紹介

:数学が好きな高校生。

ユーリのいとこの中学生。 のことを《お兄ちゃん》と呼ぶ。 論理的な話は好きだが飽きっぽい。

メネラウスの定理

メネラウスの定理

平面上に三角形 $\TT{ABC}$ がある。

また図のように、 辺 $\BC$ と辺 $\CA$ に交わる直線 $\TT{L}$ がある。

  • 直線 $\AB$ と直線 $\TT{L}$ の交点を $\TT{P}$ とする。
  • 辺 $\BC$ と直線 $\TT{L}$ の交点を $\TT{Q}$ とする。
  • 辺 $\CA$ と直線 $\TT{L}$ の交点を $\TT{R}$ とする。

このとき、

$$ \frac{\AP}{\PB} \times \frac{\BQ}{\QC} \times \frac{\CR}{\RA} = 1 $$

が成り立つ。

ユーリメネラウスの定理に取り組み、 それぞれ違った補助線を引いて、 証明することができた(第431回参照)。

そのときふと・・ベクトルを使ってメネラウスの定理が証明できる んじゃないかと思い、その計算を始めた(第432回参照)。

前回までのまとめ

ステップ1(三点が一直線上にある)

たちは、 $p,q,r,s$ という実数を導入して、 《三点が一直線上にある》という条件を、 ベクトルを使った式(ア)(イ)(ウ)(エ)で表した。

$$ \begin{cases} \vAP &= p\vPB & \REMTEXT{(ア)} \\ \vBQ &= q\vQC & \REMTEXT{(イ)} \\ \vCR &= r\vRA & \REMTEXT{(ウ)} \\ \vPQ &= s\vQR & \REMTEXT{(エ)} \\ \end{cases} $$

ステップ2(位置ベクトル)

すべてのベクトルを $\TT{A}$ を始点に持つベクトルに書き換えた。

$$ \begin{cases} \mvAP &= p(\mvAB - \mvAP) & \REMTEXT{(ア’)} \\ \mvAQ - \mvAB &= q(\mvAC - \mvAQ) & \REMTEXT{(イ’)} \\ \mvAR - \mvAC &= r(\mvAA - \mvAR) & \REMTEXT{(ウ’)} \\ \mvAQ - \mvAP &= s(\mvAR - \mvAQ) & \REMTEXT{(エ’)} \\ \end{cases} $$

※ $\TT{A}$ が始点になっていることがはっきりするように、始点の $\TT{A}$ は色を薄くして表示しています。

ステップ3(一次独立なベクトル)

一次独立なベクトル $\mvAB$ と $\mvAC$ に注目するため、 それぞれ $\vb = \mvAB$ と $\vc = \mvAC$ に書き換えた。

\begin{cases} \mvAP &= p(\vb - \mvAP) & \REMTEXT{(ア’’)} \\ \mvAQ - \vb &= q(\vc - \mvAQ) & \REMTEXT{(イ’’)} \\ \mvAR - \vc &= r(\mvAA - \mvAR) & \REMTEXT{(ウ’’)} \\ \mvAQ - \mvAP &= s(\mvAR - \mvAQ) & \REMTEXT{(エ’’)} \\ \end{cases}

どんなふうに整理する?

ユーリ「ここからどーすんの? どんどこ式が複雑になっていくんですけどー!」

《求めるものは何か》を忘れないようにしよう」

ユーリ「もー忘れた」

「がく。僕たちはメネラウスの定理を証明しようとしているんだから、 $$ \frac\AP\PB\times \frac\BQ\QC\times \frac\CR\RA = 1 $$ を示したい。そのためには、 $$ \ABS{p}\times\ABS{q}\times\ABS{r} = 1 $$ を示せばいい。だから $p,q,r$ の関係が求めるものになる。 まあ、そうなるように $p,q,r$ を選んだんだけど」

ユーリ「へいへい。そーでしたな」

「ということは、さっきの(ア’’)(イ’’)(ウ’’)(エ’’)の式で $p,q,r$ は大事な数だ。 でも、 $s$ は消えても構わない。消えてほしいという気持ちがある」

ユーリ「にゃるほど」

「それから、僕たちが使える大事な《武器》は、 一次独立な $\vb$ と $\vc$ だ。この二つですべての点が表せるんだから(第432回参照)」

ユーリ「《武器》なんて、テトラさんみたいなこと言う」

「あはは、そうだね。……そこで、 (ア’’)(イ’’)(ウ’’)(エ’’)を $\vb$ と $\vc$ で整理してみる」

ユーリ「お兄ちゃんは、 《式を整理する》っていつもパパパッとやっちゃうよね」

「え? そうかなあ……今回の場合でいうと、 《$\vb$ と $\vc$ で整理する》というのは、 《$\mvAP,\mvAQ,\mvAR$ などを、 $\vb$ と $\vc$ を使って表す式を作る》という意味で言ったんだけど」

ユーリ「だったら、そー言ってほしいにゃあ……」

「そうだね。たとえば、(ア’’)を見ると、 $$ \mvAP = p(\vb - \mvAP) $$ という式がある。 $\mvAP$ が両辺にわかれわかれになっているので、 これを一つにまとめる」

ユーリ「まとめる……」

「$\vb$ や $\mvAP$ といったベクトルが、 それぞれ数を表す文字であるかのように式の計算を行って、 $$ \mvAP = \textrm{《$\vb$と$\vc$を使った式》} $$ という形にもっていくという意味だよ」

ユーリ「$\vc$ なんてないけど」

「(ア’’)ではそうだね。 $\vb$ だけだ。ともかく、実際にやってみよう」

$\mvAP$ を $\vb$ と $\vc$ で表す(実際は $\vb$ だけ)

$$ \begin{align*} \mvAP &= p(\vb - \mvAP) && \REMTEXT{(ア’’)より} \\ &= p\vb - p\mvAP && \REMTEXT{展開した} \\ \mvAP + p\mvAP &= p\vb && \REMTEXT{両辺に$p\mvAP$を加えた(移項)} \\ (1+p)\mvAP &= p\vb && \REMTEXT{$\mvAP$でくくった} \\ \mvAP &= \frac{p}{1+p}\vb && \REMTEXT{$1+p$で割った} \end{align*} $$

ユーリ「ダウト!」

「何がダウト?」

ユーリ「いまさらっと $1+p$ で割ったけど、これゼロ割にならないの?」

「鋭いなあ……いや、大丈夫だよ」

ユーリ「理由を述べたまえ」

$\vAP = p\vPB$

「$p$ という数は何だったかというと、 $$ \vAP = p\vPB $$ を満たす実数だった。 もしも $1+p = 0$ だったら、 $p = -1$ になるけど、 そうしたら、 $$ \vAP = -\vPB $$ つまり、 $$ \vAP + \vPB = \vZ $$ になる。 $\vZ$ というのは零ベクトルのこと。 零ベクトルというのは、大きさが $0$ で向きのないベクトル」

ユーリ「ぜろべくとる」

「要するに、始点と終点が一致しているベクトルだ。 でも、 $$ \vAP + \vPB = \vAB $$ なんだから、もし $\vAB = \vZ$ になってしまったら、点 $\TT{A}$ と点 $\TT{B}$ が一致していることになる。 でも、そんなことはありえない。 $\TT{A}$ と $\TT{B}$ は異なる二点だから。だよね?」

ユーリ「そりゃそーだ! だって $\TT{A}$ と $\TT{B}$ が同じ点なら三角形できないもん!」

「そういうこと。だから $1+p$ で割ってもかまわない」

ユーリ「ナットクした。それから、いまの、何だか面白かった」

「《いまの》?」

ユーリ「$1+p$ が $0$ じゃない理由が《三角形ができなくなるから》なのが面白かった」

「なるほどなあ……ユーリが感じる面白ポイントが面白いな。 そんなふうに隠れた条件が見つかることってときどきあるよ。 《三角形 $\TT{ABC}$》といったときに、 《$\TT{A},\TT{B},\TT{C}$ は異なる三点》という条件が暗黙のうちに入り込んでたりする」

ユーリ「アンモクって何」

「『暗黙のうちに』というのは、 『はっきりとは表されていないけど、表されたことから考えれば』ということ。 いまの場合でいうと、 $p$ を導入したときに、本当は $p$ の範囲を意識しないといけなかったんだね」

ユーリ「ふーん……」

「これで、(ア’’)から、 $$ \mvAP = \frac{p}{1+p}\vb $$ がわかった。さっきは $\vc$ がないって話をしてたけど、 $$ \mvAP = \frac{p}{1+p}\vb + \FOCUS{0\vc} $$ のように $\vc$ は $0$ 倍したと考えれば $\vb$ と $\vc$ で $\mvAP$ を表したことになる」

ユーリ「ほほー」

$\vAP$ を $\vb$ と $\vc$ で表した

$$ \mvAP = \frac{p}{1+p}\vb $$

「そして、(イ’’)(ウ’’)(エ’’)も同じように——」

ユーリ「——式を整理する」

「そういうこと」

$\mvAQ$ を $\vb$ と $\vc$ で表す

ユーリは、同じような計算を行って、 $\mvAQ$ を $\vb$ と $\vc$ で表した。

$$ \begin{align*} \mvAQ - \vb &= q(\vc - \mvAQ) && \REMTEXT{(イ’’)より} \\ \mvAQ - \vb &= q\vc - q\mvAQ && \REMTEXT{展開した} \\ \mvAQ + q\mvAQ &= \vb + q\vc && \REMTEXT{移項した} \\ (1+q)\mvAQ &= \vb + q\vc && \REMTEXT{$\mvAQ$でくくった} \\ \mvAQ &= \frac{1}{1+q}\vb + \frac{q}{1+q}\vc && \REMTEXT{$1+q$で割った} \end{align*} $$

$\mvAQ$ を $\vb$ と $\vc$ で表した

$$ \mvAQ = \frac{1}{1+q}\vb + \frac{q}{1+q}\vc $$

$\mvAR$ を $\vb$ と $\vc$ で表す(実際は $\vc$ だけ)

ユーリ「慣れてきた。確かに《式の計算》だね、これ」

「(ウ’’)の式には、 $\mvAA$ が出てくるけど、これは $\vZ$ だね」

ユーリ「零ベクトル。始点と終点が同じだから」

「そう。 $\mvAA$ は点 $\TT{A}$ から点 $\TT{A}$ へ向かうベクトルだから、大きさが $0$ で向きがない零ベクトル。 $\vZ$ は数の $0$ とそっくりだ。 どんな実数 $a$ に $0$ を足しても変わらないし、どんな実数 $a$ を $0$ に掛けても $0$ のまま。 $$ a + 0 = a, \qquad a\times 0 = 0 $$ それと同じように、 どんなベクトル $\vec{v}$ に $\vZ$ を足しても変わらないし、どんな実数 $a$ を $\vZ$ に掛けても $\vZ$ のまま。 $$ \vec{v} + \vZ = \vec{v},\qquad a\vZ = \vZ $$ そんなふうに似ている」

ユーリ「ふむふむ」

$$ \begin{align*} \mvAR - \vc &= r(\mvAA - \mvAR) && \REMTEXT{(ウ’’)より} \\ \mvAR - \vc &= r(\vZ - \mvAR) && \REMTEXT{$\mvAA$は零ベクトル} \\ \mvAR - \vc &= r(- \mvAR) && \REMTEXT{零ベクトルは消える} \\ \mvAR - \vc &= -r\mvAR && \REMTEXT{展開した} \\ \mvAR + r\mvAR &= \vc && \REMTEXT{移項した} \\ (1+r)\mvAR &= \vc && \REMTEXT{$\mvAR$でくくった} \\ \mvAR &= \frac{1}{1+r}\vc && \REMTEXT{$1+r$で割った} \end{align*} $$

$\mvAR$ を $\vc$ で表した

$$ \mvAR = \frac{1}{1+r}\vc $$

$\mvAP$ と $\mvAQ$ と $\mvAR$ の関係式を眺める

「ここまでで $\mvAP,\mvAQ,\mvAR$ を $\vb$ と $\vc$ で表したことになる」

$\mvAP,\mvAQ,\mvAR$ を $\vb$ と $\vc$ で表した

$$ \left\{ \begin{array}{rllllll} \mvAP &= \dfrac{p}{1+p}\vb & & \\ \mvAQ &= \dfrac{1}{1+q}\vb &+ & \dfrac{q}{1+q}\vc \\ \mvAR &= & & \dfrac{1}{1+r}\vc \\ \end{array} \right. $$

ユーリ「……」

「何か気になる?」

ユーリ「んー……ま、いいや。 お兄ちゃん、まだ(エ’’)が残ってるよ。これも同じことするんでしょ?」

$$ \mvAQ - \mvAP = s(\mvAR - \mvAQ) \qquad \REMTEXT{(エ’’)} $$

「そうなんだけど、一本の式に $\mvAP,\mvAQ,\mvAR$ が入っているから、さっきまでとはちょっと違うね。 まずは式を整理してみよう」

ユーリ「また式の整理って言ってる」

「少なくとも両辺に散らばっている $\mvAQ$ をまとめてから考えたいんだよ」

$$ \begin{align*} \mvAQ - \mvAP &= s(\mvAR - \mvAQ) && \REMTEXT{(エ’’)より} \\ \mvAQ - \mvAP &= s\mvAR - s\mvAQ && \REMTEXT{展開した} \\ \mvAQ + s\mvAQ &= \mvAP + s\mvAR && \REMTEXT{移項した} \\ (1+s)\mvAQ &= \mvAP + s\mvAR && \REMTEXT{$\mvAQ$でくくった} \end{align*} $$

ユーリ「そんで、両辺を $1+s$ で割って、 $\mvAQ = \cdots$」

「いや、ちょっと待って。そうじゃなくて、 こんなふうに $\mvAP,\mvAQ,\mvAR$ を全部、左辺に寄せてみる。 右辺は零ベクトルになる」

$$ \mvAP - (1+s)\mvAQ + s\mvAR = \vZ \qquad\cdots\cdots \heartsuit $$

ユーリ「?」

「うん、これで行けるよ」

ユーリ「何が?」

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(2024年9月27日)

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結城浩(ゆうき・ひろし) @hyuki


『数学ガール』作者。 結城メルマガWeb連載を毎週書いてます。 文章書きとプログラミングが好きなクリスチャン。2014年日本数学会出版賞受賞。

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