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第432回 シーズン44 エピソード2
メネラウスの定理(後編)

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登場人物紹介

:数学が好きな高校生。

ユーリのいとこの中学生。 のことを《お兄ちゃん》と呼ぶ。 論理的な話は好きだが飽きっぽい。

メネラウスの定理

ユーリメネラウスの定理の証明に取り組んでいた。

僕たちは、それぞれ違う補助線を引いて証明ができたところ(第431回参照)。

メネラウスの定理

平面上に三角形 $\TT{ABC}$ がある。

また図のように、 辺 $\BC$ と辺 $\CA$ に交わる直線 $\TT{L}$ がある。

  • 直線 $\AB$ と直線 $\TT{L}$ の交点を $\TT{P}$ とする。
  • 辺 $\BC$ と直線 $\TT{L}$ の交点を $\TT{Q}$ とする。
  • 辺 $\CA$ と直線 $\TT{L}$ の交点を $\TT{R}$ とする。

このとき、

$$ \frac{\AP}{\PB} \times \frac{\BQ}{\QC} \times \frac{\CR}{\RA} = 1 $$

が成り立つ。

「ユーリはなかなかうまい補助線を引いたよね(第431回参照)」

ユーリ「うまく見つけられれば、うまい補助線になるもん!」

そこでは、あることに気付いた。

「ねえユーリ。気付いたことがある」

ユーリ「なになに? もっとうまい補助線? もっと簡単になる?」

「いや、たぶん簡単にはならない」

ユーリ「だったら意味ないじゃん!」

「簡単じゃない。でも、 補助線がたとえ見つけられなくても構わない。 補助線を使わなくても、メネラウスの定理は証明できる……と思う」

ユーリ「『と思う』なんだ」

「最後まで見通しているわけじゃないからだよ。 どうすればいいかというと、ベクトルを使う」

ユーリ「べくとる」

「ユーリはベクトルを知ってるよね。このあいだ教えたし」

【CM】

テトラ「はいっ、ここでお知らせがあります。 先輩とユーリちゃんの活躍は 『数学ガールの秘密ノート/ベクトルの真実をお読みくださいね!」

テトラ「ベクトルの真実しんじつですよ! ベクトル真実まみちゃんじゃありませんからね……」

ユーリ「テトラさん、定番ギャグを飛ばしてる」

「メタ発言自重」

ユーリ「何の話だっけ」

「ともかく、ベクトルを使ってメネラウスの定理を証明できると思った——という話」

ユーリ「ふーん。じゃ、やってみて」

「ただ、ちょっと問題がある。 たぶん、ややこしい計算が出てくると思うから、かなり《腕力》がいるかな」

ユーリ「数学やるのに腕力がいるの?」

「《腕力》というのはたとえ・・・だよ。 長くてややこしい計算をまちがえなくこなす必要があるってこと」

ユーリ「何でわざわざそんな方法を選ぶの? 補助線引いて証明できたのに」

「補助線を引いて証明するには《ひらめき》がいる。 でもメネラウスの定理をベクトルで証明するには《腕力》があればたぶん行けると思う。 《ひらめき》が要らない……とまでいえるかどうかはわからないけど」

ユーリ「《腕力》とか《ひらめき》とか意味不明すぎ」

「補助線を引く《ひらめき》というのは、その問題固有の方法になるよね。 つまり、その問題だけの方法。同じ方法を他の問題には使えない」

ユーリ「平行線を引くとか、二等分線を引くとか、そんなもんだけどね」

「メネラウスの定理をベクトルで証明する方法は、 《連立方程式を立てる》みたいに、いろんな問題に使える方法になる……と思う」

ユーリ「まだ証明してないのに、何でそんなこと言えんの?」

「ベクトルを使って図形問題を解いたり証明したりするのは、 何回かやったことがあるからだよ。 うまくベクトルを使うと、うまく解けるんだ」

ユーリ「また出た。 うまく使えばうまく解けるなんて、あたりまえじゃん。 うまく解けるのがうまい使い方なのじゃよ。 ごちゃごちゃ言ってないで、証明してみせたまえ!」

「よーし、やってみるか!」

こんなふうにして、 はもう一度、メネラウスの定理を証明することになった。

今度は、ベクトルを使うのだ。

「ベクトルを使う」とは?

ユーリ「そもそもさー、ベクトルを使うってどーゆーこと? ベクトルって矢印でしょ?」

「そうだね。いまからメネラウスの定理を証明するけど、 そこでは頂点や交点や直線がたくさん出てくる」

ユーリ「三角形とか」

「そういうこと。そこで基本になるのはやっぱりだよね。 しかも点と点の位置関係が大事になる。 ベクトルを使って考えるというのは、その《点と点の位置関係》をベクトルで表すこと——まずは」

ユーリ「それって、こーゆーこと?」

メネラウスの定理の図に矢印を入れ込む

「まさに、そういうこと」

ユーリ「うーん……でも、単にごちゃごちゃするだけでは?」

「それは図に矢印を一気にたくさん描いたからだよ。 一気に進むと混乱するし、 僕もまだ、うまくいくかどうかわかっていない。 考えながら、少しずつ証明していこう」

ユーリ「ユーリさあ……ベクトルのこと、あんまり覚えてないかも」

「わからないところがあったら説明するよ。 まずはメネラウスの定理をもう一度確認しよう」

メネラウスの定理(再掲)

平面上に三角形 $\TT{ABC}$ がある。

また図のように、 辺 $\BC$ と辺 $\CA$ に交わる直線 $\TT{L}$ がある。

  • 直線 $\AB$ と直線 $\TT{L}$ の交点を $\TT{P}$ とする。
  • 辺 $\BC$ と直線 $\TT{L}$ の交点を $\TT{Q}$ とする。
  • 辺 $\CA$ と直線 $\TT{L}$ の交点を $\TT{R}$ とする。

このとき、

$$ \frac{\AP}{\PB} \times \frac{\BQ}{\QC} \times \frac{\CR}{\RA} = 1 $$

が成り立つ。

ユーリ「そんで、《ベクトルで考える》とどーなんの?」

「まずは証明したい式を見る。ここに出てくる $$ \frac{\AP}{\PB} \times \frac{\BQ}{\QC} \times \frac{\CR}{\RA} $$ というのは《線分の長さの比》を使って計算しているよね」

ユーリ「そだね。 $\AP$ の長さ割る $\PB$ の長さとか……掛け算すると $1$ になる」

「たとえば、 $$ \frac\AP\PB $$ に注目する」

ユーリ「ふむふむ?」

(ア)$\frac\AP\PB$ に注目

「$\frac\AP\PB$ に出てくる $\TT{A},\TT{P},\TT{B}$ は一本の直線上にある異なる三点だよね。 そのことはベクトルを使って、 $$ \vAP = p\vPB $$ という実数 $p$ が存在すると言い換えられる」

ユーリ「なんで?」

「$\vAP$ と $\vPB$ という二つのベクトルを図に描いてみると、 こんな風になる。

二つのベクトル $\vAP$ と $\vPB$

「つまり、 $\vAP$ と $\vPB$ のベクトルの方向は同じだけど、 大きさは同じかどうかわからない。 でも $\vPB$ を $p$ 倍してやれば $\vAP$ と等しくなるような実数 $p$ がある」

ユーリ「$\vAP$ と $\vPB$ って反対向きじゃん」

「《向き》は反対だけど《方向》は同じだよ。でもその指摘はとても重要。さすがユーリだ。 向きが逆というのは、さっきの実数 $p$ が $p < 0$ であることに対応しているから」

ユーリ「$\vAP = p\vPB$ で $p$ がマイナスだと反対向きのベクトル……あ、何だか思い出してきた。 数をベクトルに掛けると伸び縮みするんじゃなかったっけ?」

「その通り。 ベクトルのスカラー倍だね。 たとえば、 $\vAB$ を同じ向きで $2$ 倍の大きさにしたベクトルは $2\vAB$ と表す。 $\vAB$ 自身は $1\vAB$ ということ。そして同じ大きさで反対向きだったら $-1\vAB$ で、 これは普通は $-\vAB$ と表す」

$\vAB$ のスカラー倍

「そしてベクトルのスカラー倍を使うと、 $\TT{A},\TT{P},\TT{B}$ という異なる $3$ 点が《直線上にある》ということは、 $$ \vAP = p\vPB $$ という実数 $p$ が存在すると表現できる——これは、 $\TT{A},\TT{P},\TT{B}$ の位置関係をベクトルを使って表したことになる」

ユーリ「ちょっとわかった。それが《ベクトルで考える》ってことだ!」

「そうだね」

ユーリ「でも、めんどくさ! なんでそんなことすんの?」

「計算に持ち込むためだよ。図形的に $3$ 個の点を考えるのではなく、 $\vAP = p\vPB$ を満たす実数 $p$ という数に置き換えて考える。あとで、この $p$ を計算しようという心づもりがある」

ユーリ「図形を計算するってこと? ヤバくない?」

「別にヤバくはないよ。ところで話を戻すと 僕たちは、 $$ \frac\AP\PB $$ を考えたいんだった。この分数の値は、

 《$\PB$ の長さ》を何倍したら《$\AP$ の長さ》になるか

を意味しているよね」

ユーリ「えーと? たとえばもしも $\PB = 3$ で $\AP = 6$ だったら、 $$ \frac\AP\PB = \frac{6}{3} = 2 $$ だから、《$\PB$ の長さ》を $2$ 倍したら《$\AP$ の長さ》になる。了解、了解」

「具体的に考えてみたのは偉いな」

ユーリ「こんなのは基本ですゼ。分子と分母をうっかりまちがえないよーに」

「だから《$\PB$ の長さ》を $\frac\AP\PB$ 倍したら《$\AP$ の長さ》になる」

ユーリ「むむむ? それって $p$ じゃないの? だって $\vAP = p\vPB$ なんだから」

「そうかな?  $p < 0$ だよ?」

ユーリ「あっ、違った。絶対値だ! だから、 $$ \frac\AP\PB = \ABS{p} $$ になる!」

「その通り。 $\AP = \avAP$ で $\PB = \avPB$ と表すと、 $$ \frac\AP\PB = \frac\avAP\avPB = \ABS{p} $$ ということになる」

ユーリ「ごちゃごちゃしてきた」

「表記がいろいろでてきたからね。いったんここまでを整理しようか」

異なる $3$ 点 $\TT{A},\TT{P},\TT{B}$ が一つの直線上にあることは、 $$ \vAP = p\vPB $$ という実数 $p$ が存在することである。

ベクトルの大きさ(長さ)

ベクトル $\vAP$ の大きさを $\avAP$ と表す。これは点 $\TT{A}$ と $\TT{P}$ の距離に等しい。 すなわち、線分 $\AP$ の長さに等しい。 $$ \AP = \avAP $$

ユーリ「だいぶ思い出してきた。要するに矢印じゃんね」

「じゃあ、またメネラウスの定理に戻るよ。いま僕たちは、 三点 $\TT{A},\TT{P},\TT{B}$ が一直線上にあることから、 $$ \vAP = p\vPB $$ という式を満たす実数に $p$ という名前をつけたところ。 どうしてそんな数を考えるかというと、 $$ \REDFOCUS{\frac\AP\PB} = \ABS{p} $$ が成り立つから。 つまり、証明したい式に出てくる、 $\frac{\AP}{\PB}$ のところを攻略したわけだ。 $\ABS{p}$ になる」

$$ \underbrace{\REDFOCUS{\frac{\AP}{\PB}}}_{=\ABS{p}} \times \frac{\BQ}{\QC} \times \frac{\CR}{\RA} $$

ユーリ「わかった! ズバリ、残り二つの分数にも同じことをするでしょー!」

「その通り!」

(イ)$\frac\BQ\QC$ に注目

「$\frac\BQ\QC$ に出てくる $\TT{B},\TT{Q},\TT{C}$ は一直線上にある。 だから今度は実数 $q$ を使って、 $$ \vBQ = q\vQC $$ と表せる。 これで $\frac{\BQ}{\QC}$ は $\ABS{q}$ ということになるね。 さっきと同じ考え方だ」

$$ \underbrace{\frac{\AP}{\PB}}_{=\ABS{p}} \times \underbrace{\REDFOCUS{\frac{\BQ}{\QC}}}_{=\ABS{q}} \times \frac{\CR}{\RA} $$

ユーリ「ふーん……ねえお兄ちゃん。 今度は $q > 0$ だよね。だって、 $\vBQ$ と $\vQC$ は同じ向きだから」

「その通り!」

ユーリ「だったら、 $\ABS{q}$ じゃなくて、 $q$ でも同じだよね?」

「うん、そうだよ。でもいまは点の位置関係を気にしたくないから $\ABS{q}$ のままにしておく。いい?」

ユーリ「まーよかろー」

(ウ)$\frac\CR\RA$ に注目

「$\frac\CR\RA$ に出てくる $\TT{C},\TT{R},\TT{A}$ は一直線上にある。 これまでと同様に考えて——」

ユーリ「実数 $r$ を使って、 $$ \vCR = r\vRA $$ でしょ? 同じこと三回繰り返してる」

$$ \underbrace{\frac{\AP}{\PB}}_{=\ABS{p}} \times \underbrace{\frac{\BQ}{\QC}}_{=\ABS{q}} \times \underbrace{\REDFOCUS{\frac{\CR}{\RA}}}_{=\ABS{r}} $$

「そうだね。同じことを繰り返している。 さて、ここからどうするのか……」

ユーリ「計算して $1$ になればいいんじゃないの?」

「いや、まだそれは無理だよ。 $p,q,r$ という三つの実数が出てきただけで、 まだ何も計算はできないから」

ユーリ「やっぱり《ひらめき》がいるんじゃないの?」

「おかしいな……ああ、わかった。《与えられた条件をすべて使ったか》という問いかけを忘れていた。 まだ使ってない条件があった」

ユーリ「メネラウスの定理で?」

「そうだよ。わかる?」

ユーリ「えーっと……使ってない条件とな?」

メネラウスの定理(再再掲)

平面上に三角形 $\TT{ABC}$ がある。

また図のように、 辺 $\BC$ と辺 $\CA$ に交わる直線 $\TT{L}$ がある。

  • 直線 $\AB$ と直線 $\TT{L}$ の交点を $\TT{P}$ とする。
  • 辺 $\BC$ と直線 $\TT{L}$ の交点を $\TT{Q}$ とする。
  • 辺 $\CA$ と直線 $\TT{L}$ の交点を $\TT{R}$ とする。

このとき、

$$ \frac{\AP}{\PB} \times \frac{\BQ}{\QC} \times \frac{\CR}{\RA} = 1 $$

が成り立つ。

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(2024年9月20日)

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結城浩(ゆうき・ひろし) @hyuki


『数学ガール』作者。 結城メルマガWeb連載を毎週書いてます。 文章書きとプログラミングが好きなクリスチャン。2014年日本数学会出版賞受賞。

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