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第387回 シーズン39 エピソード7
読みながら、何を考える?(前編)

書籍紹介:『数学ガールの秘密ノート/数を作ろう』

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登場人物紹介

:数学が好きな高校生。

テトラちゃんの後輩。 好奇心旺盛で根気強い《元気少女》。言葉が大好き。

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図書室にて

テトラちゃんは、村木先生からの《カード》に書かれていたベクトル空間の定義に取り組んでいる。

といっても、いまのところベクトル空間そのものについて学んでいるわけではない。 それよりはむしろ、テトラちゃんの希望にしたがって、数学の文章の読み方を練習しているような感覚がある。 僕たちは協力して《二人三脚読み》を一歩一歩進めているところ(第385回参照)。

そして、ようやく写像までたどりついた。 いまはテトラちゃんが数学辞典を使って写像の定義を調べている(第386回参照)。

写像

テトラ「ええと……あ・か・さ……さ・し……『自明な』……『射影平面』……写像。ありました。写像の定義です」

写像

2つの集合 $X,Y$ があり、 $X$ の各要素 $x$ に対して $Y$ の要素 $y$ が1つ対応しているとき、 この対応を $X$ から $Y$ への写像といい、 対応する要素を $$ y = f(x) $$ のように表す。

また、 $f$ が集合 $X$ から $Y$ への写像であることを、 $$ f: X \to Y $$ と表す。

しばしば、 $f(x) = y$ であることを、 $$ x \mapsto y $$ あるいは $$ f: x \mapsto y $$ のように表す。

(中略)集合 $Y$ が実数や複素数の集合のときは、写像を関数ということが多い。(以下略)

岩波数学入門辞典より)

「さて、これを——」

テトラ「はい、あたしはこの写像の定義をちゃんと理解してみようと思いますっ! まずは、もちろん、具体例を作ってみますね……」

テトラちゃんはそういうと、ノートに向かって書き始めた。写像の例を作ろうというのだろう。

なるほどなあ……とは考える。

自分一人で本を読んだり問題を解いたりするのと、 テトラちゃんといっしょに文章を読んでいくのとではずいぶん感覚が違う。

「……」

テトラ「……」

もっとも、そのこと自体は以前から気付いていた。 テトラちゃんに教えたり、彼女からの疑問に答えようとすることが、自身の学びになるという現象が確かにある。

教えるためには、自分の中で知識が整理されていなければならない。 言い換えるなら、教えるためには知識を整理しておかなくてはいけない。 自分が理解することと、人に教えることとには大きな落差があるのだ。 そのこと自体、テトラちゃんに教えることで学んだと思う。

それに——正直いえば、 後輩のテトラちゃんに教えるときに、あまりモタモタしたくないという気持ちもある。 だから一つ一つのやりとりが真剣にならざるをえないし、集中して考えることになる。

でも、自分の側で知識を整理するだけでは足りない。 議論が進むにつれて、テトラちゃんからやってくる疑問があるからだ。 それに対しては、自分の中に最初から答えを用意しておくことは不可能だ。 だから、その都度、考えて答えを出す必要がある。 これもまた、集中して考えざるをえない理由だ。

そして、テトラちゃんの理解の方向性が違うので、 彼女の疑問に答えることで、自身の考え方が広がるのを感じる。 が一人でいるときでは意識しないところまで意識するようになるからだ。

そのせいもあってか、は、どっちがどっちに教えているのかわからなくなることも多い。 表面上はテトラちゃんに教えているんだけど、 その活動を通じて、テトラちゃんにさまざまなことを教えてくれる。意識させてくれる。注意を喚起させてくれるからだ。

だから、つくづく思う。 表面上はテトラちゃんに教える場合が多いのは確かだけれど、 深い意味合いにおいては、互いが互いに教えているのだ。

さらに言うなら——

テトラ「……先輩? 戻ってきてくださーい!」

「お? おっとっと、いやいや眠ってなんかいないよ(第386回参照)」

テトラ「はい、それはわかります。あっ、何か大事なことを考えていらっしゃいました? すみませんっ!」

「大事なこと——あ、うん、テトラちゃんのことを考えていたんだよ」

テトラ「そっ、それは恐縮です……あっ、ええと、あの、あたしのこと……?」

「ごめんごめん。写像の具体例を作ったんだね?」

テトラ「は、はい、そうです。そうでした。数学辞典の内容を確かめながら、こんな例を作りました」

写像の例を作ってみました

写像の定義には「2つの集合 $X,Y$」が出てきましたから、具体的な集合を作ってみました。

$$ \begin{align*} X &= \SET{1,2,3} \\ Y &= \SET{100,200} \end{align*} $$

これは先ほど直積の例を作ったときの $X,Y$ と同じです(第386回参照)。

それから、写像の定義では「$X$ の各要素 $x$ に対して $Y$ の要素 $y$ が1つ対応している」という状況が出てきました。

集合の要素というのは、集合のげんと同じです。

$X$ の要素というのは、具体的にいえば $1,2,3$ のことです。この一つ一つが集合 $X$ の要素です。

$Y$ の要素というのは、具体的にいえば $100,200$ のことです。この一つ一つが集合 $Y$ の要素です。

ですから、

  • 集合 $X$ の要素 $1$ に対して、集合 $Y$ の二つの要素 $100$ か $200$ のどちらか1つを対応させる。
  • 集合 $X$ の要素 $2$ に対して、集合 $Y$ の二つの要素 $100$ か $200$ のどちらか1つを対応させる。
  • 集合 $X$ の要素 $3$ に対して、集合 $Y$ の二つの要素 $100$ か $200$ のどちらか1つを対応させる。
という対応を作ればいいはず——ですよね。

そういう対応を作れば、その対応は「$X$ から $Y$ への写像」と呼べるのだ——と、あたしは写像の定義を読み解きました。

ですから、たとえば、あくまでたとえばですが、

  • $1$ に対して $100$ を対応させる。
  • $2$ に対して $200$ を対応させる。
  • $3$ に対して $100$ を対応させる。
という対応を考えて、 $f$ と名前を付けます。

そうすると、この対応は「$X$ から $Y$ への写像」と呼べます。

そして、この写像の対応を

  • $100 = f(1)$
  • $200 = f(2)$
  • $100 = f(3)$
と表すことができます。

もちろんこれはあくまで「たとえば」ということで、 同じ集合 $X$ と、集合 $Y$ に対して、他の写像を考えることもできます。

……と、ここまで考えましたっ!

「すごいすごい! これは完全に正しい写像の例になっているよ。 しかも、テトラちゃんの説明、とてもわかりやすいね」

テトラ「あ、ありがとうございます。くどくはありませんでしたか?」

「いやいや、ぜんぜんくどくないよ。 そして、テトラちゃんの説明がどうしてわかりやすいかというと、きちんと写像の定義に書かれている説明と対応付けるように注意しているからだね」

テトラ「は、はい。実は、そこをすごく意識しました。定義を読む練習だと思ったので……」

「うんうん」

テトラ「ところで先輩? あたし、ちょっと気になることを見つけてしまいました」

「おっ、テトラちゃんの《はっけん》だね? 何だろう」

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(2023年3月14日)

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結城浩(ゆうき・ひろし) @hyuki


『数学ガール』作者。 結城メルマガWeb連載を毎週書いてます。 文章書きとプログラミングが好きなクリスチャン。2014年日本数学会出版賞受賞。

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