この記事は『数学ガールの物理ノート/波の重ね合わせ』として書籍化されています。
登場人物紹介
僕:数学が好きな高校生。
テトラちゃん:僕の後輩。好奇心旺盛で根気強い《元気少女》。
ここは高校の図書室。いまは放課後。
僕はいつものように数学の問題に取り組んでいた。
少しの式変形で解答にたどりついたので、ちょっと一息。
そこに、テトラちゃんがやってきた。何かを手に持っている。
僕「テトラちゃん、何を見てるの?」
テトラ「あ、先輩! ……はい、村木先生からの《カード》です」
僕「今日は、どんなの?」
テトラ「これですね」
問題1(村木先生のカード)
$m$ と $n$ は $1$ 以上の整数とする。以下の定積分を求めよ。
$$ \int_{0}^{2\pi} \sin mx \sin nx \,dx $$
僕「おっと、問題の形になってる」
村木先生は、僕たちの高校の数学教師。 僕たちにときどき《カード》という形で問題を出題する。 でも実際には問題の形になっていることは少なくて、 いつも意味ありげな数式だったり、数列だったり……
テトラ「そういえばそうですね。《定積分を求めよ》という問題の形になっています」
僕「それで? テトラちゃんはもう解けたの?」
テトラ「いえいえいえっ! あたしはミルカさんや先輩のように、 歩きながら積分の計算なんてできません。 この《カード》も、先ほど職員室で先生からいただいたばかりですし」
僕「そうなんだ」
テトラ「でも……今回はいつものようにテトラはトロくありませんよ。 もう《テトロ》とは呼ばせません」
僕「いや、テトラちゃんをそんなふうに呼ぶ人はいないと思うけど」
テトラ「実はですね、積分の計算そのものはできていませんが、 解法の作戦は見通しが立っているのですっ!」
僕「鼻息が荒いね」
テトラ「先日、先輩から積分のお話をお聞きしましたよね。 あれを思い出したんです(第137回参照)」
僕「そういえば、積分について、いろいろおしゃべりしたよね」
テトラ「はい。《積分の線型性》というお話がありました。 つまり、《和の積分は積分の和》を考えるのはよい方法だというお話です」
僕「うんうん、いいねえ!」
テトラ「言い換えますと、積分は《和》で考えると考えやすいけれど、 《積》の形になっていると考えにくいというわけですよね? そして、 この村木先生のカードに出てきた積分は、 ま・さ・に《積》の形になっているのです!」
$$ \int_{0}^{2\pi} \sin mx \sin nx \,dx $$僕「うん、僕もこのカードを見たとき、 同じことを考えたよ。 $\sin mx$ と $\sin nx$ の《積》だから。テトラちゃん、やるね!」
テトラ「はいっ! そこでポリア先生の《問いかけ》が浮かびました。 《似ている問題を知らないか》という問いかけです。 似ている問題、似ている問題……と考えて思い出しました。 あたしは《積》の形の積分を解いたことがあります。 正確には解き方を教えていただいたんですけれど」
僕「おお?」
テトラ「その作戦を使えば、 $\sin mx$ と $\sin nx$ の《積》の形も解けるんじゃないか、 と、そういういうところまで考えたんです」
僕「作戦?」
テトラ「はい。《部分積分》です。 二つの関数があって、その積の形の積分があるとき、 それを求めるための方法ですよね!」
僕「え……」
テトラ「大丈夫です。部分積分の公式は暗記はしていないのですが、 導出方法は何回か練習しました。《積の微分》を使えば出てきます。 そして、 $\sin x$ や $\cos x$ の微分と積分はわかりますし、 $x$ が $mx$ や $nx$ になっていても、それは《合成関数の微分》 を考えれば大丈夫、ですよね!」
僕「それはそうなんだけど……」
テトラ「だったら、パーティのメンバーは集まったようなものです! あとは、 作戦決行あるのみ! これで問題を撃破できます! ……ということで、 これよりテトラ、計算の旅に出発いたします!」
テトラちゃんはさっと敬礼をして、少し離れた席でさっそく計算を始めた。
問題1(村木先生のカード)
$m$ と $n$ は $1$ 以上の整数とする。以下の定積分を求めよ。
$$ \int_{0}^{2\pi} \sin mx \sin nx \,dx $$
しばらくして、計算を終えたのか、テトラちゃんが僕の様子をちらちらとうかがっている。
僕「計算できた? テトラちゃんの作戦で、うまく行けた?」
テトラ「……い、いえ。どうもおかしな具合になってしまいまして。 あたしはまず、部分積分の公式の導出から入ったんです。 試しに $\sin mx \cdot \sin nx$ という積を微分するところから始めました。 こうです」
$$ \begin{align*} & (\sin mx \cdot \sin nx)' \\ &= (\sin mx)'\cdot \sin nx + \sin mx \cdot (\sin nx)' && \REMTEXT{積の微分} \\ &= (\cos mx) \cdot (mx)' \cdot \sin nx + \sin mx \cdot (\cos nx) \cdot (nx)' && \REMTEXT{合成関数の微分} \\ &= m\cos mx\sin nx + n\sin mx\cos nx \\ \end{align*} $$僕「うん、積の微分と合成関数の微分だね。これは正しいけど」
テトラ「はい、でもこれでは右辺の方に $\sin mx\sin nx$ が出てきません。 それであたしは別の積を微分することにしました。 $\sin$ を出すために $\sin mx\cdot \cos nx$ を微分すればいいのではないかと思ったんです」
$$ \begin{align*} & (\sin mx \cdot \cos nx)' \\ &= (\sin mx)' \cdot \cos nx + \sin mx \cdot (\cos nx)' && \REMTEXT{積の微分} \\ &= (\cos mx)\cdot (mx)'\cdot \cos nx + \sin mx \cdot (-\sin nx) \cdot (nx)' && \REMTEXT{合成関数の微分} \\ &= m\cos mx\cos nx - n\underline{\sin mx\sin nx} \\ \end{align*} $$僕「うん、出てきたね」
テトラ「はい。これが出てくれば、あとは移項して、 この部分を左辺に持ってきて、積分します!」
$$ \begin{align*} n\sin mx\sin nx &= m\cos mx\cos nx - (\sin mx\cos nx)' \\ \sin mx\sin nx &= \frac{m}{n}\cos mx\cos nx - \frac{1}{n}(\sin mx\cos nx)' \\ \int_{0}^{2\pi} \sin mx\sin nx \,dx &= \frac{m}{n} \int_{0}^{2\pi} \cos mx\cos nx \,dx - \frac{1}{n} \int_{0}^{2\pi} (\sin mx\cos nx)' \,dx \\ \int_{0}^{2\pi} \sin mx\sin nx \,dx &= \frac{m}{n} \int_{0}^{2\pi} \cos mx\cos nx \,dx - \frac{1}{n} \left[\sin mx\cos nx \right]_{0}^{2\pi} \\ \end{align*} $$僕「うん、確かに部分積分を使っていることにはなる……けど」
テトラ「はい……そうなんです。 $\sin mx\sin nx$ の定積分が左辺に来たのですが、 右辺には今度は、 $\cos mx\cos nx$ の定積分が来てしまいました!」
僕「そうだね」
テトラ「作戦失敗です……」
僕「最初の部分はよかったんだけどね……」
テトラ「最初の部分といいますと」
僕「うん。テトラちゃんが言ってた《積分の線型性》や、 《和の積分は積分の和》はとてもいい。 そして《積》の形が出てきたら要注意というのも正しい視点だと思うよ。 《似ている問題を知らないか》というのも大事だし……」
テトラ「……」
僕「テトラちゃんはそこで《部分積分》のことを考えてしまったんだけど、 部分積分がうまく使えるのは、 積の片方を微分したときに《うまい形》になるときなんだよ。 たとえば、こんな場合だよね。これは不定積分だけど」
$$ \int\, xe^x \,dx $$テトラ「あ」
僕「思い出した? $xe^x$ は $x$ と $e^x$ の積なんだけど、 $x$ の方は $(x)' = 1$ と定数になるし、 $e^x$ の方は $(e^x)' = e^x$ のように形が変わらない。 だから部分積分がいい感じに使えるんだよ」
テトラ「思い出しました……そうでしたね」
僕「一般的に書くと、部分積分は、 $$ \int\, f(x)g'(x) \,dx = f(x)g(x) - \int\, f'(x)g(x) \,dx + C $$ という形だから、 $f(x) = x$ で $g(x) = e^x$ にすると、 $f'(x) = 1$ で $g'(x) = e^x$ になって、 $$ \begin{align*} \int\, xe^x \,dx &= xe^x - \int\, 1e^x \,dx + C \\ &= xe^x - e^x + C \\ \end{align*} $$ というふうに解けた」
テトラ「そうでした……」
僕「$\sin mx\sin nx$ は積の形になっているから、このまま積分しにくい。 でも、部分積分に進むんじゃなくて、 もっと直接的に《積》を《和》に持ち込む方法があるんだよ」
テトラ「直接的に?」
僕「忘れちゃったかなあ。三角関数の《和積公式》をこのあいだいっしょに計算したよね(第143回参照)」
テトラ「……!!」
僕「あのときは、 $\sin\alpha + \sin\beta$ を計算したんじゃなかったっけ」
和積公式 $$ \sin\alpha + \sin\beta = 2\sin\dfrac{\alpha + \beta}{2}\cos\dfrac{\alpha - \beta}{2} $$
テトラ「……」
僕「和積公式は《和》を《積》に直すわけだけど、それは左辺を右辺に変形したと考えた場合。 逆に使ってもまったく問題ないよね。つまり右辺の《積》を左辺の《和》にすることになる」
テトラ「先輩……あたしって、なんて応用力がないんでしょう!」
僕「いやいや、応用力というか、少し練習すればすぐにできるようになるよ」
テトラ「そうなんでしょうか」
僕「とりあえずは、 この和積公式を使いやすいように積和の形に変えてみようよ。 $$ \sin\alpha + \sin\beta = 2\sin\dfrac{\alpha + \beta}{2}\cos\dfrac{\alpha - \beta}{2} $$ つまり、これを $\sin\alpha\cos\beta = \cdots$ という形にするということだね。 練習練習」
テトラ「あ、はい。これはできます。 まず、 $X = \frac{\alpha + \beta}{2}$ と $Y = \frac{\alpha - \beta}{2}$ にするんですね。 そうすると、 $X + Y = \alpha$ で $X - Y = \beta$ になります。それで……」
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この記事は『数学ガールの物理ノート/波の重ね合わせ』として書籍化されています。
書籍化にあたっては、加筆修正をたくさん行い、 練習問題や研究問題も追加しました。
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