登場人物紹介
僕:数学が好きな高校生。
ユーリ:僕のいとこの中学生。 僕のことを《お兄ちゃん》と呼ぶ。 論理的な話は好きだが飽きっぽい。
ノナ:ユーリの同級生。 ベレー帽をかぶってて、丸い眼鏡を掛けていて、ひとふさだけの銀髪メッシュ。 数学は苦手だけど、興味を持ってる中学生。 絵を描くのが好きな《ふわふわアーティスト》。
ノナとユーリと僕の三人はリビングで数学トークを続けている。
僕は、 $ax^2 + bx + c$ を平方完成する式変形の説明をしていたけれど、 ノナの反応そっちのけで話を進めてしまったところ(第409回参照)。
ユーリ「お兄ちゃん! お兄ちゃんは式変形をちゃちゃっとできて楽しいかもしんないけど、 ノナに伝わんなかったら意味ないじゃん! 《数学は言葉》じゃなかったの?」
僕「ぐさぐさぐさっ……まったくその通り。ユーリ先生のおっしゃる通り」
まったくその通りだ。
僕は冗談抜きで反省した。
いままで何度も何度もやってきた式変形だから、すぐにできるし、もちろん説明もできる。
でも、だからといって、自分のスピードでどんどん進んではいけない。
それじゃ、『相手』を無視したひとりよがりになってしまう。
伝える相手のことを忘れてしまったら、相手に伝わらない。
相手に伝わらなかったら、いくらスピーディに説明できても何の意味もないのだ。
ユーリ「ま、でも、誰にも苦手なことってあるよね」
ノナ「……」
僕「じゃあ、もう一度、改めて話すよ。今度は走り出さないように説明するから……」
ユーリ「式変形の前に、何を説明するのか言って欲しいもんじゃのう……」
僕「なるほど、確かにそうだね。ええと、僕が説明しようとしていたのはこういう話。まず【ア】としようか」
【ア】
$x$ は実数とする。
このとき、 $x^2$ という式の値は必ず $0$ 以上になる。つまり、 $$ x^2 \GEQ 0 $$ が成り立っている。
そして特に $x = 0$ のとき、 $$ x^2 = 0 $$ になる。
ユーリ「ふむふむ」
ノナ「大丈夫 $\NONA$」
僕「それから、【ア】に関連してこういう話がある。こっちは【イ】とするね」
【イ】
$x$ は実数とする。
このとき、 $(x + 1)^2$ という式の値は必ず $0$ 以上になる。つまり、 $$ (x + 1)^2 \GEQ 0 $$ が成り立っている。ということは、 $$ x^2 + 2x + 1 \GEQ 0 $$ が成り立っている。
そして特に $x + 1 = 0$ つまり $x = -1$ のとき、 $$ x^2 + 2x + 1 = 0 $$ になる。
ユーリ「ふむふむ。いいよん」
ノナ「$x + 1$ のまとまり $\NONA$」
僕「それでね、【ア】から【イ】と流れてきた話の続きとして、次の【ウ】という話をしようと思ったんだよ」
【ウ】
$a,b,c$ という実数が決まっているとしよう。
それから $x$ も【ア】や【イ】と同じように実数とする。
このとき、 $ax^2 + bx + c$ という式の値について【ア】や【イ】と同じようなことをいいたい!
ユーリ「へえ……」
僕「えっ? 『へえ』って反応が来るとは思わなかったな」
ユーリ「そーゆー話だったの? さっぱりわからんかったぞー」
僕「ノナちゃんだけじゃなくて、ユーリにも伝わっていなかったのか……」
ユーリ「だってお兄ちゃん、とっとこ式変形始めるんだもん。それ追っかけるだけでも大変じゃん」
僕「うう……わかったよ。僕が悪かった。確かに式変形を急いでいたね」
ノナ「難しかった $\NONA$」
僕「ごめんね。ところで……いま【ア】【イ】【ウ】と話を整理するうちに、 気付いたことがあるんだ。 話がまた脇道にそれちゃうことになるけど、ちょっと言ってもいいかな」
ユーリ「えー」
僕「二人に話を聞いてほしいんだよ」
ユーリ「ほほー。それほど言いたいことなら、思う存分言いたまえ——」
僕「うん、あのね」
ユーリ「——ただし、制限時間は $3$ 分」
僕「思う存分じゃない! ……気付いたことっていうのは、 僕が式変形を好きな理由だよ」
ユーリ「何のこと?」
僕「いや、式変形に限らないなあ。 式変形を好きな理由じゃなくて、もっと広く数学を好きな理由といえるかもしれない。 ……その話をしてもいい?」
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