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第411回 シーズン42 エピソード1
「これ、なーんだ!」(前編) ただいま無料

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登場人物紹介

:数学が好きな高校生。

ユーリのいとこの中学生。 のことを《お兄ちゃん》と呼ぶ。 論理的な話は好きだが飽きっぽい。

僕の家

ユーリこれ、なーんだ!

ユーリは、出し抜けにそう言うと、の前に一枚の紙を置いた。

「何だと言われても……紙、だよね」

ユーリ「そーじゃなくって! この伏せた紙の表に何が描いてあるかを当てるの! アキネータークイズ、知らない?」

「ああ、はいはい。そういうことか。それは、生き物ですか?」

ユーリ「いーえ!」

中学生のユーリにふっかけてきたのは、最近流行っている当て物クイズだ。

彼女は《何か》を紙に描いて伏せている。

は「それは○○ですか?」のような問いかけを繰り返し、 ユーリからの答えを聞いて《何か》が何であるかを当てるクイズ——というか、ゲームだな。

「それは、食べ物ですか?」

ユーリ「いーえ!」

「それは……コンビニで売ってますか?」

ユーリ「いーえ!」

「ユーリ、うれしそうだな」

ユーリ「お兄ちゃん、かすりもしてないからにゃ・・

ユーリは、近所に住んでいるのいとこの中学生。

小さい頃からいっしょに遊んできたから、のことをお兄ちゃんと呼ぶ。

「それじゃ、もっと大きく行こうかな。それは物体ですか?」

ユーリ「いーえ!!」

「物体じゃない……ということは、それは概念ですか?」

ユーリ「えーと、たぶんそう」

「ああ、そうか。それは——数学に関係ありますか?」

ユーリ「はい。やっと来た」

「それは、フィボナッチ数列ですね!」

ユーリ「違いまーす。なんでやねん」

「ピンポイントで当てられると思ったんだよ……じゃ、数式ですか?」

ユーリ「違う」

定理ですか」

ユーリ「違ーう」

「じゃあ……図形ですか?」

ユーリ「はい!!」

「それは、放物線ですね!」

ユーリ「違うって。なんで一発で当てようとするかなー」

「図形だよね……平面図形ですか?」

ユーリ「はい」

対称性がありますか?」

ユーリ「はい」

「わかった。ですか?」

ユーリ「はい、正解! やれやれだぜ」

わざとらしく肩をすくめてみせるユーリ

「いや、意外に難しいんだよ、これ」

ユーリ「でもね、お兄ちゃんが驚くのはこれからだよん」

「驚くって、円を見て驚くってこと?」

ユーリ「そうでーす。さあ驚け! じゃじゃーん!」

ユーリはそういうと、大げさに紙を裏返す。

そこには——こんな図形(?)が描かれていた。

「え? これは円じゃないよね。点が並んでいるだけだ」

ユーリ「驚いた?」

「驚きはしないよ。ああ、この一個一個が円になってるってこと?」

ユーリ「違う違う。これ全体が一つの《円》なんだよん。ここからが本当の謎! さーさー、お兄ちゃん、わかるかにゃ・・?」

相変わらずユーリは、猫語でぐいぐいあおってくるなあ。

「うーん、これは菱形ひしがたに並んだ点だよね。菱形というか、正方形というか。 この形は、常識で考えると円とは言わない……」

ユーリ「そこで非常識で考えると……」

問題

ユーリは、この図形が《円》だという。それはどういう意味だろうか。

「この点は $12$ 個ある。この個数は重要かな……いや、重要じゃないな、きっと。 個数じゃなくて、点が並んでる形に意味があるんだよね?」

ユーリ「さっすがお兄ちゃん、いーとこ突いてきますなあ……その通り、形が重要だよん。 たとえば、こーゆーのも全部《円》になるのさ!」

これらもそれぞれ《円》になる

「なんでこれが円なんだ……」

ユーリ「やっぱ、そー言いたくなるよねー。ユーリもそーだったよ」

「ははーん。出題元は例のボーイフレンドか!」

ユーリには「数学対決」しているボーイフレンドがいるのだ。

……「数学対決」って何だよ。

ユーリ「ボッ、ボーイフレンドとか、そーゆーんじゃないからね、言っとくけど。 で、どーしてこれが《円》になるかわかった? 答え言ってもいい?」

「だめ。ちゃんと考えさせてほしい。絶対わかるから」

ユーリ「ちぇっ」

は深い思考モードに入る。

そうか。 これはパズルや謎解きじゃなくて、数学として考えるべきなんだ。

「……」

ユーリ「おーい」

「わかった!」

ユーリ「早!」

「わかったよ。 マス目が描かれてないのは、ミスリーディングだなあ」

ユーリ「みすりーでぃんぐって何?」

「誤解を招きやすくしているってこと。 こんなふうに線を描くのを思いついたら、意味がわかった」

ユーリ「おー、さすがお兄ちゃん」

「線に沿って、 $1$ 目盛り進むことを『$1$ 歩』と考えることにする。 この線を格子状になった道だと考えるんだね。 歩く向きを変えることができるのは、道が交わった十字路のところだけ。 菱形に並んだこの点はどれも、点 $O$ から『$3$ 歩』のところにあるといえる。 だから、この菱形の図形はいわば半径が $3$ 歩の《円》と呼べるって言いたいんだね」

半径が $3$ 歩の《円》

ユーリ「そだねー」

「面白いなあ。もちろんいわゆる丸い円じゃないけど、 これは、格子点こうしてんの世界で考えた《円》というわけだ」

ユーリ「こーしてん?」

格子点は、座標平面ざひょうへいめんで $x$ 座標と $y$ 座標がどちらも整数になる点のこと。 点を $(x,y)$ で表したとき、 $(0,0)$ や $(3,2)$ は格子点だけど、 $(0,0.5)$ や $(3.1,2.3)$ は格子点じゃない」

格子点

ユーリ「格子点……」

円とは何か。その円の定義を別世界に持っていったんだよね。 通常の平面の世界の円から、格子点の世界の《円》に……」

ユーリ「そっか、そー考えるのか……」

「何だ、彼氏は説明してくれなかったの?」

ユーリ「説明してたけど、よくわかんなかった。あっと、彼氏じゃないけどね」

円とは何か

「『円とは何か』というのは、 別の言い方をすると『円の定義ていぎを述べよ』ということになるよね」

ユーリ「ふんふん。それはわかる」

「円の定義は、なーんだ」

ユーリ「わかる。一点から等距離にある点ぜんぶの集合だよね?」

「惜しい」

ユーリ「ん? あーそだそだ。平面上でが抜けてた」

「そうだね。円というのは『平面上で、一点から等距離にある点全体の集合』。それが通常の円の定義だね」

ユーリ「あれでしょ? 『平面上で』が抜けると、『球』になっちゃうかもしれないってことでしょ?」

「そういうこと。『平面上で』を『三次元空間で』に変えて、 『三次元空間で、一点から等距離にある、点全体の集合』となると、 それは通常は、円という平面図形じゃなくて、球と呼ぶ空間図形になる。空間図形というか立体というか。 ユーリはよくわかってるなあ」

ユーリ「ふふん」

円と球

「でも、円と球は定義を見比べるとそっくりだといえる」

  • 平面上で、一点から等距離にある、点全体の集合——それが、円。
  • 三次元空間で、一点から等距離にある、点全体の集合——それが、球。

ユーリ「そーゆーふーに並べるんだったら、『平面上で』は『二次元空間で』の方がいい?」

  • 二次元空間で、一点から等距離にある、点全体の集合——それが、円。
  • 三次元空間で、一点から等距離にある、点全体の集合——それが、球。

「おお。まさにそう。そういうこと!」

ユーリ「へへん」

「こんなふうに並べると、『円』と『球』の違いというのは、 どういう空間で考えているかの違いといえる。 別の言い方をすると、 いわゆる円は『二次元空間における《球》』だし、 いわゆる球は『三次元空間における《円》』といえる」

ユーリ「おーおー、なるほど!」

「どの空間で考えるかを切り換えることで、 球と円を同一視どういつしできるといってもいい」

ユーリ「どーいつし?」

「一見すると違うように見えるものを、同じものだと見なすこと」

ユーリ「ああ、同一視ね」

「ユーリのクイズも、これと同じ話だよ」

ユーリ「へ? 何が同じなの?」

「ユーリが描いたその菱形に並んだ図形は、《格子点の世界》における《円》といえる」

ユーリ「たーしーかーに! 確かに! めっちゃわかった。 えっと、ユーリもわかってたんだよ。でも、お兄ちゃんにそー言われると、すごく納得」

「《平面の世界》の円と、《格子点の世界》の《円》をつないだことになる。 こういう《二つの世界》をつなぐ話はすごく楽しいよね!」

ユーリ「わかるー」

「考えてみると、さっき『半径が $3$ 歩の《円》』と言ったときの『半径』という言葉も、 《平面の世界》から《格子点の世界》にするっと移っていった言葉だよね」

ユーリ「えっと——」

そこで急にユーリは無言になる。

軽口を叩いていても、思考モードに入るとスッと口を閉じる。

話しながら考えるときもあるけれど、 自分の中で納得ポイントを探っているときには自然と無言になる。

それはユーリも変わらない。

たぶん、心の中での探索作業が忙しくて、発言まで手が回らないのだろうな。

「……」

ユーリ「——そだね」

「ユーリはいまの時間で、どういう納得ポイントにたどり着いたの?」

ユーリ「確かに、半径は $3$ 歩だなって」

「それだけ?」

ユーリ「えーとねー『半径の定義』を考えてたの。 円の半径は、中心からの距離のことでしょ?」

「そうだね」

  • 平面(二次元空間)で、一点から等距離にある、点全体の集合を、という。
  • 一点 $O$ から距離 $r$ にある円を円 $O$ といい、点 $O$ を円 $O$ の中心という。また $r$ を円 $O$ の半径という。

円の中心と半径

ユーリ「うん。だから、 さっき見せた三つの《円》は《格子点の世界》で半径が $1,2,3$ の《円》だよねー」

半径が $1,2,3$ の《円》

と、そこで何かがの心を打った。

「……」

ユーリ「お兄ちゃん?」

「……ねえ、ユーリ? 僕たちは《平面の世界》と《格子点の世界》とを行き来しているよね」

ユーリ「だね」

「いまさらだけど、二つの世界を行き来するための《パスポート》に気付いたよ」

ユーリ「何それ」

「《パスポート》でも《チケット》でもいいけど、つまり、《二つの世界》を行き来するために大切なもの。 これ、なーんだ?

ユーリ「それは……図形ですか?」

「いいえ」

ユーリ「それは、数式ですか?」

「たぶんそう、部分的にそう」

ユーリ「それは、概念ですか?」

「はい」

ユーリ「それは、コンビニで売ってますか?」

「いいえ。おいおい、答え言ってもいい?」

ユーリ「よかろう」

距離なんだよ」

ユーリ「きょり?」

「僕たちは《平面の世界》で考えている距離という概念を、《格子点の世界》に移した。 それによって、《平面の世界》にある円が自然と《格子点の世界》の《円》に移ったんだ」

ユーリ「……」

「何を言ってるかわかる?」

ユーリ「うーん……わかるような、わからないような」

「円の定義を思い出せばわかるよ」

ユーリ「平面上で、一点から等距離にある点全体の集合。 ああ、等距離ってところ?」

「そう、そうなんだ。 《格子点の世界》で距離が定義できたから、 《半径》という概念を持ってくることができて、 それで《円》という概念を持ち込むことができたといえる」

ユーリ「うん、それはわかる」

「ということは、距離を使って定義されている図形ならば、 円以外の図形も《格子点の世界》に持ってくることができることになる!」

ユーリ「距離を使って定義されてる図形……って、円以外にある?」

「もちろんあるよ。たとえば——」

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(第411回終わり)

(2024年1月12日)

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結城浩(ゆうき・ひろし) @hyuki


『数学ガール』作者。 結城メルマガWeb連載を毎週書いてます。 文章書きとプログラミングが好きなクリスチャン。2014年日本数学会出版賞受賞。

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