【書籍紹介】
「証明……わかりません $\NONA$」
図形の証明に、ノナちゃんが一歩一歩とりくんでいきます!
登場人物紹介
僕:数学が好きな高校生。
ユーリ:僕のいとこの中学生。 僕のことを《お兄ちゃん》と呼ぶ。 論理的な話は好きだが飽きっぽい。
ノナ:ユーリの同級生。 ベレー帽をかぶってて、丸い眼鏡を掛けていて、ひとふさだけの銀髪メッシュ。 数学は苦手だけど、興味を持ってる中学生。 絵を描くのが好きな《ふわふわアーティスト》。
ノナとユーリと僕の三人はリビングで数学トークを続けている。
ノナは、 $(x + 1)^2$ や $x^2 + 2x + 1$ のように、 数式にいろんな書き方がある理由について疑問を持っているらしい(第407回参照)。
僕はその理由の一つを説明した(第408回参照)。
僕「……だから、 $x$ が実数のとき、 $$ (x + 1)^2 \GEQ 0 $$ が成り立つから、 $$ x^2 + 2x + 1 \GEQ 0 $$ も成り立つことがわかる。式の変形で見え方を変えると、わかることも変わる。 数式が表しているものは変わらないけれど、 数式を変形することでいろんな角度から見るのは、 確かにノナちゃんがいうように、物体をいろんな角度から見るのと似ているところがあるね。 うまい角度から見ることができれば、新しい発見があるし。ノナちゃん、ありがとう」
ノナ「$\NONAHEART$」
僕「ところで、 $$ (x + 1)^2 \GEQ 0 $$ というのは、 $$ (x + 1)^2 > 0 \quad\textrm{または}\quad (x + 1)^2 = 0 $$ ということだよね」
ユーリ「うん」
ノナ「はい $\NONA$」
僕「$2$ 乗したら $0$ より大きくなる実数はたくさんある。 $1$ も、 $-2$ も、 $123$ も、 $-3.14159\cdots$ も、 $2$ 乗したらどれも $0$ より大きくなる。 でも——」
ユーリ「$2$ 乗したら $0$ になる実数は $0$ だけ!」
僕「——そういうこと。ユーリに先を越されてしまった」
ユーリ「だって、お兄ちゃんは『$2$ 乗したらどんな実数も $0$ 以上になる』って話するとき、 いつでも『$2$ 乗したら $0$ になる実数は $0$ だけ』という話とセットにするじゃん?」
僕「それはね、 $$ \heartsuit^2 \GEQ 0 $$ という不等式をみたら、等号が成立するのはどういうときだろうって気になるからだよ。 特に、 $$ \heartsuit^2 > 0 \quad\textrm{または}\quad \heartsuit^2 = 0 $$ という二つの場合にわけたとき、 $$ \heartsuit^2 = 0 $$ の場合になるのは、 $$ \heartsuit = 0 $$ というたった一つしかないから、なおさらそこに言及したくなる」
ユーリ「ゲンキュー?」
僕「言及っていうのは、何て言えばいいかな、『言い及ぶ』ってことで……『そのことを言葉にして触れる』ってこと」
ユーリ「わーった。 $0$ になるのは一つしかないから、 $\heartsuit = 0$ ってわざわざ言いたくなる」
僕「そういうこと」
ノナ「それは……何ですか $\NONAQ$」
僕「それって?」
ノナ「はーと $\NONA$」
僕「ああ、何かの $\heartsuit$ は実数のつもりで使ったんだよ。 説明せずに新しい文字を持ち出してごめんね」
ノナ「大丈夫 $\NONAHEART$」
僕「さっきまでは $(x + 1)^2 \GEQ 0$ という話をしてたけど、 その $x + 1$ という部分を $\heartsuit$ という一つの文字にまとめたんだ。 その方が僕の言いたいことがはっきりするから。
ノナ「……」
ユーリ「『実数は、 $2$ 乗すると何でも $0$ 以上だけど、 ちょうど $0$ ぴったりになる実数は $0$ だけ』ってことでしょ、言いたかったのは」
僕「そうだね。 $\heartsuit^2 = 0$ になるというのは特別なところ。 だからわざわざ注目する価値がある。 何か面白いことが見つかりそうだから」
ユーリ「$\heartsuit^2 = 0$ だったら $\heartsuit = 0$ ってこと?」
僕「そういうこと」
ノナ「……」
僕「それだけじゃおもしろくないかもしれないけど、 同じことを $(x + 1)^2 = 0$ についてやってみる。 $$ \begin{align*} (x + 1)^2 &= 0 && \REMTEXT{——が成り立っているとする。すると、} \\ x + 1 &= 0 && \REMTEXT{——であるとわかる。そこで両辺から$1$を引くと、} \\ x + 1 - 1 &= 0 - 1 && \REMTEXT{——になる。両辺を計算すると、} \\ x &= -1 && \REMTEXT{——がいえる。} \\ \end{align*} $$ こんなふうに簡単な計算を積み重ねていくだけで、 $$ (x + 1)^2 = 0 $$ から、 $$ x = -1 $$ がいえることになる」
僕が式の変形を紙に書いて説明して、 顔を上げると、 ノナはどこか中空を見ていた。
ノナ「……」
僕「……ええと、僕の話、 ノナちゃんに伝わってるかな?」
ノナ「あ……あの $\NONAX$」
僕「いま、何か別のことを考えていたんだね」
ノナ「ごめんなさい $\NONAX$」
僕「大丈夫。 聞いてなかったら『聞いてなかった』と言っていいんだよ。 そう言ってくれたら、僕は同じ話をもう一度すればいいだけだから」
ノナ「ごめんなさい $\NONAX$」
僕「それはいいんだけど、もしもノナちゃんが何か考えたいことがあるなら、 僕の話を止めてくれた方が助かるかな。 そうしたら、僕はノナちゃんが考えているあいだ、待つことができるから」
ノナ「難しい $\NONA$」
僕「『ちょっと待って』と一言いうだけでもいいよ。何なら手を挙げるだけでも簡単だね」
ユーリ「お兄ちゃんにとっては簡単でも、ノナにとっては難しいことってあるじゃん。 お兄ちゃん、そんなこと言ってなかった?(第407回参照)」
僕「ぐさっ……ユーリの言う通りだ。でも、簡単かどうかはさておき、 学校の授業と違って、せっかく三人だけで話してるんだから、 『ちょっと待って』の一言は活用していこうね」
ユーリ「お兄ちゃんって、周囲に『ちょっと待って』の一言もなく自分ひとりの世界に出かけて無言状態になるけどねっ!」
僕「ぐさぐさっ……ユーリの返しは鋭すぎるなあ」
ノナ「$\heartsuit$ には色をつけてもいいの……色をつけた $\REDHEART$ でもいいんですか $\NONAQ$」
僕「なるほど。数式を書くときに色をつけるかつけないかは特に何か決まりごとがあるわけじゃないよ。 たとえば注目したいところに色をつけた参考書はよくあるね。 色をつけてわかりやすくなるならいいけど、誤解を招くようだとまずいかな。 色が多すぎてどこに注目すればいいかわからなかったり、 同じ文字で色だけが違うときにどういう意味か考え込むようだと困るよね」
ユーリ「数式の『塗り絵』楽しそう! ……楽しいか?」
僕「セルフ突っ込み。ところで、ノナちゃんは文字に色をつけることを考えていたの?」
ノナ「たぶん $\NONA$」
僕「うーん、もしかして、授業中にもそういうふうに別のことを考えちゃったりする?」
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