【書籍紹介】
「証明……わかりません $\NONA$」 ノナちゃんが図形の証明に挑戦!
登場人物紹介
僕:数学が好きな高校生。
ユーリ:僕のいとこの中学生。 僕のことを《お兄ちゃん》と呼ぶ。 論理的な話は好きだが飽きっぽい。
ノナ:ユーリの同級生。 ベレー帽をかぶってて、丸い眼鏡を掛けていて、ひとふさだけの銀髪メッシュ。 数学は苦手だけど、興味を持ってる中学生。
ノナ「質問……質問いいですか $\NONAQ$」
僕「ん? もちろん、いいよ。どうぞ!」
ノナ「……」
僕は待つ。
ノナが話し出すのを待つ。
ここは僕の家のリビング。
テーブルにはユーリとノナと僕の三人が座っていて——そして、無言の時間が流れていく。
質問いいですかとノナが言ってから、だいぶ時間が経ったと思うぞ。
ユーリ「ノナ、ノナ。だいたい何の話?」
ノナ「考えてるの $\NONA$」
ユーリ「んー、パパッと聞いちゃった方が早いと思うんだけどなー」
僕「ユーリはそうかもしれないけど、ノナちゃんはがんばって質問をまとめようとしてるんだと思うよ」
ユーリ「『この式がわかんない!』とか聞いちゃった方が早いのにって思ったんだけど、違うの?」
僕「どうだろう。場合によるかな。聞きたいことを整理してからきちんと言葉にまとめて聞いた方がいいときもあるし、 いまユーリが言ったみたいにパパッとまず聞いちゃう方がいいときもある」
ユーリ「お兄ちゃんはどっち?」
僕「僕? 別にどっちとは決まってないよ」
ユーリ「すぐに聞いちゃうか、聞きたいことをまとめてから聞くか、決まってないの?」
僕「決まってはいないよ。 ミルカさんやテトラちゃんと話しているときには、 すぐ『それってどういう意味?』とか聞くかな」
ユーリ「ユーリと話すときも」
僕「もちろん。ユーリと話すときも、すぐ聞くよ。 うまく言葉にならないときもあるけど『ちょっと待って』と話を止める。 いまノナちゃんが『質問いいですか』と言ったのと同じだね。 でもさすがに、先生に改めて質問しに行くときにはある程度まとめてからにするかな。 質問するために考えをまとめていると、それだけで解決することもあるし」
ユーリ「どゆこと? それだけで解決ってどーゆー意味?」
僕「言った通りだよ。問題集で解けない問題があって、 解答に書かれてる解説を読んでも意味がわからないときがある。 それについて先生に質問するとしたら、 質問に行く前に、自分がわからない箇所がどこにあるのかをよく考えて整理するんだ」
ユーリ「へー……そんなことするんだ。マジメかよ」
僕「真面目だよ」
ユーリ「そんでそんで?」
僕「そうやって、質問するために考えを整理する」
ユーリ「もーちょい、具体的にならんか?」
僕「具体的? そうだなあ。 たとえば、解説を読んで……『どうしてこの条件Aから、この式が導けるのかわからない。 条件Aだけじゃなくて条件Bも必要じゃないかと自分は思っている』みたいに考えていく。 それに合わせて、理由も考えていく。 理由を考えるっていうのは 『どうして条件Bも必要と思っているかというと、 問題に出てくる関数の定義から、それが必要になりそうだから』みたいなこと。 そうやって、 質問のために整理して理由を考えているうちに、 自分が問題文を読み間違えていることに気付いたりする。 読み間違いだけじゃなくて、一つ一つ整理しているうちに考え落としを見つけたりする」
ユーリ「んで、解決しちゃうの?」
僕「そうだね。質問するために整理している途中で、 自分が引っかかっているところがはっきりして、 しかもそれが自分の誤解だとわかってすっきりしたら、 もう質問しに先生のところまで行く必要はなくなる」
ユーリ「おお、おお、 賢い子に育ったのう」
僕「ユーリは婆ちゃんか」
ユーリ「だって、質問しなくても解決しちゃうってすごいじゃん。 向かうところ敵なし!」
僕「そんなことないよ。 質問するためにきちんと考えていくと、 結果的に質問しに行かなくても解決することがある。 本気で考えて、自分は何がわからないんだろう、どこがわからないんだろう、 《わからない最前線》を見極めて、それは《ここ》だと見つけ出す。 その途中でたまたま解決することがあるってだけだよ。 だから、ぜんぜん解決しなくて、結局質問しに行くこともある」
ユーリ「あ、いつも解決するわけじゃないんだね」
僕「そりゃそうだよ。 ともかく、質問するために考えるのは大事だよね。 自分の頭の中だけで考えるんじゃなくて、 自分が考えている《わからない最前線》を人に伝えようと整理する。 それが大事なんだろうな」
ノナ「$x$ と $y$ は何でもいいのに…… $x$ と $y$ は、どんな数でもいいのに $x + x$ だと $2x$ にまとめられるけど、 $x + y$ だとまとめられないのは、どうしてですか $\NONAQ$」
僕とユーリが話し込んでいるところに、ノナが声をあげた。
僕「ああ、なるほど。うん、ノナちゃんが知りたいことはよくわかった。 しっかり質問を考えてくれて、ありがとう。 ノナちゃんが知りたいのは、 $x + x$ は同類項をまとめて $2x$ にできるのに、 $x + y$ のときはそのようにまとめられないのはどうしてか、ということだね」
ノナ「理由は大事……理由は大事だから $\NONA$」
ユーリ「$x$ と $x$ は同類項だけど、 $x$ と $y$ は同類項じゃないから当たり前では? 違うものはまとめられないじゃん?」
ノナ「だって、 $x$ と $y$ は何でもいいのに $\NONAEX$」
僕「うん、 $x + x = 2x$ とまとめられるのに、 $x + y$ がまとめられない直接的な理由はユーリが言ってくれた通りだね。 『$x$ と $y$ は同類項じゃないからまとめられない』ということ。それは正しい答えだよ。 でもきっとそれはノナちゃんにとっては求めてる答えじゃないと思うよ」
ユーリ「へー……なんで?」
僕「ノナちゃんは『$x$ と $y$ はどんな数でもいいんだから、 $x$ と $y$ が同じ数でもいい。 だとしたら、 $x$ と $y$ が同じときにはまとめられる』ということを考えているんだと思ったんだけど。 たぶん、そうじゃない?」
ノナ「何でもいいと思ったの……思いました $\NONA$」
僕「$x + x$ というのは、 $x$ と $x$ を足した数を表している。 確かに $x$ はどんな数でもいい。でも、 $x + x$ に出てくる二つの $x$ という文字が表しているのは、 同じ数でなくちゃいけない。どうしてかというと、同じ文字を使っているから。 数学では、 一つの式の中で、あるいはひと続きの話の中で、 同じ文字は同じ数を表すことになっているから」
ノナ「……」
僕「$x + y$ は、 $x$ と $y$ を足した数を表している。 $x$ と $y$ はどんな数でもいい。でも今度は違う文字を使っているよね。 違う文字を使っているということは、 $x$ と $y$ が同じ数である保証はないということで——」
ノナ「同じじゃダメ $\NONAQ$」
おっと、ノナが僕の言葉をさえぎるのは珍しいな。
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