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第405回 シーズン41 エピソード5
語ることを語り、問うことを問う(前編)

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【書籍紹介】

「何がわからないのか……わかりません $\NONA$」 学ぶことに慣れていないノナちゃんが初登場!

登場人物紹介

:数学が好きな高校生。

テトラちゃんの後輩。 好奇心旺盛で根気強い《元気少女》。言葉が大好き。

高校にて

いまは放課後。

ここは高校の図書室。

は後輩のテトラちゃんとおしゃべりをしていた。

先日、の家にやってきたノナとの会話のことだ(第404回参照)。

テトラ「ノナちゃん、かわいいですね……結局、先輩への質問というのは、 『$x + x$ は同類項をまとめて $2x$ にできるのに、 $x + y$ はまとめられないのはなぜか』 ということだったんでしょうか」

「うん、結果的にはそうなるかな。 時間切れでそれ以上の話はあまりできなかったけど、 でもノナちゃんはだいぶ満足したみたいだったよ。 ユーリといっしょにはしゃぎながら帰っていった」

テトラ「わざわざ先輩のところに質問に来たんですね」

「そうだね。 ノナちゃんは、数学はそれほど得意じゃないけど、 でも嫌いじゃないみたい。興味もあるし」

テトラ「そうみたいですね。 ノナちゃんはよっぽど先輩のことが……ええと、 先輩のことを信頼しているんでしょうね。 わざわざ質問しにくるんですから」

「いやいや、 『信頼』なんてすごいことはないと思うよ」

テトラ「そうでしょうか。 数学に限らない話ですけど、自分がわからないことを質問するって、 すごく勇気が要ることだと思います。 だから、質問をしにいく相手はとても慎重に選ぶというか、 信頼できる人じゃないとなかなか質問はできません」

「そういうものかなあ……わからないことがあったら、 詳しい人やよく知ってる人に聞けばいいと思うんだけど、 それとは違う話?」

テトラ「わからないことがあったとき、詳しい人にスッと聞けるのは——それは、 先輩が数学をよくわかっているからじゃないかと思います」

「ちょっと待ってよ。 わからないから質問するんだけど」

テトラ「いえ、そういうことではなくて、 数学のことをよくわかっているので、 質問するとなると、ちゃんとした質問になるんです……うまく言えませんね」

「……」

そこでテトラちゃんは爪を噛むようにしてちょっと考えた。

テトラ「つまりですね……先輩は、 質問をしに行っても『なんだそんなこともわからないのか』なんて言われる心配はありません。 ちゃんと意味のある質問ができるから、だから、スッと聞けるんです」

「うーん……」

テトラ「でも、ノナちゃんは、 自分の質問がおかしな質問になってるかどうかわからないんじゃないんでしょうか。 あたしもそういうところがありますけれど、的を外した質問をしてるかもしれない、 大馬鹿な質問をしてるかもしれないというのは……ちょっと恐いです。 だから、信頼できる人でないとなかなか質問には行けません」

「意外だなあ……いや、確かにノナちゃんはそんなふうに考えるかもしれない。 いかにもありそう。実際、馬鹿にされた経験もあるらしいし。 でも、テトラちゃんは違うんじゃない? テトラちゃんはいつもしっかり質問してくる。 しかも根源的な問い掛けをしてくるから、かえって僕の方が勉強になる」

テトラ「それはあたしが先輩のことを……信頼してるからですよう」

「おっと。いや、それは、ありがとう。 でも、学校の先生だと質問しに行きやすいよね」

テトラ「そうですねえ……」

「あれ、違う?」

先生への質問

テトラ「村木先生は質問しに行きやすいです。 しょっちゅうレポート持っていきますし、そのときにあれこれ質問しちゃいます」

「で、新しい《カード》をもらってくる」

テトラ「ですです」

村木先生は、僕たちの高校の数学教師。

謎の問題を出してきたり、思わせぶりな数式を見せたりする。 それは《カード》と呼ばれていて、 僕たちはそれをきっかけにして数学を楽しむのだ。

「いろんな《カード》が出てくるから楽しいよね」

テトラ「はい。村木先生は質問しやすいですが、 そうじゃない先生もいます。ピーーーー先生とか」

「いまの音は何?」

テトラ「あ、伏せ字です」

「編集で伏せ字を入れるんじゃなくて、声で入れたんだ」

テトラ「先生の名誉もありますから、テトラ倫理規定による自主規制のピー音です」

「テトラ倫理規定! そういうのがあるのか」

テトラ「そのピーーーー先生は、質問しに行くと、 からかうみたいな言い方してくるんですが、それがちょっと苦手です」

「うーん、誰だろう。あ、わかった、あの先生かな」

テトラ「お客様、お客様、詮索はおやめください」

テトラちゃんが、冗談めかして両手をおろおろと震わせたので、 は笑った。

「はいはい、やめましたやめました」

テトラ「でも、最近はあまり、 自分がからかわれるかどうかは気にしないことにしました。 疑問を解消する方を優先して……」

「うんうん。 テトラちゃんが言う『信頼』というのが少しわかったかも。 どんな質問をしてもからかわれたりしないで、 安心して質問をしに行けるってことだね」

テトラ「たとえばそうですね。 その他にも『はぐらかされない』とか『ごまかされない』というのもあります。 質問をしたときに、違う答えをされてしまうと、ちょっと……困ります」

「村木先生でも答えてくれないことはあるよ。 それはもう少し勉強が進んでから考えた方がいいと言われたことがある。 ああ、それから、先生も答えを知らないと言われたこともあった」

テトラ「あっ、それはいいんです。 それは全然はぐらかされた感じ、しません。 そうじゃなくて、 質問の意味は伝わっているはずなのにダイレクトに答えてくれなくて、 先生ご自身が答えられないのをごまかしているみたいに感じるときがあるんです」

「それは、その……伏せ字にした先生の話?」

テトラ「え、あ、はい」

「わかる。それはわかるなあ」

テトラ「ああ、何だかあたし、さっきから陰口を言ってますよね。 これはいけませんね。 "Zip my lips, zip my lips."」

テトラちゃんはそう言って口を閉じた。

授業中の質問

「個別に先生のところへ質問しにいくのが難しいのはわからないでもないけど、 授業中の質問もあるよね」

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(2023年10月6日)

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結城浩(ゆうき・ひろし) @hyuki


『数学ガール』作者。 結城メルマガWeb連載を毎週書いてます。 文章書きとプログラミングが好きなクリスチャン。2014年日本数学会出版賞受賞。

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