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第340回 シーズン34 エピソード10
式と概念、意味と比喩(後編)

登場人物紹介

:数学が好きな高校生。

テトラちゃんの後輩。 好奇心旺盛で根気強い《元気少女》。言葉が大好き。

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図書室にて

ここは高校の図書室。

と後輩のテトラちゃんは、 一様な電場と一様な重力場を対比させながら、 式についておしゃべりをしていたところ(第338回参照)。

「じゃ、今度は、《質点が作る重力場》と《点電荷が作る電場》での仕事を計算してみよう! 重力も静電気力も保存力だから、 仕事を計算すれば位置エネルギーが求められる」

テトラ「はい、もうはっきりとわかりました。 質点が作る重力場でも、点電荷が作る電場でも、位置に応じて力がわかります。 あとは、位置エネルギーの基準点から現在の位置まで、力を位置で積分すればいいんですよね?」

「そうだね! まず、こんなふうに設定しよう」

テトラ「あ、ちょっとお待ちください」

「え?」

テトラ「その《設定》のところからテトラに考えさせてください。 先輩はいつも計算の前の《設定》をきちんとしてくださいますけれど、 実はそこが大事なんじゃないかと思うんです」

「うん、それは確かにそう」

テトラ「《設定》というのは、いわば舞台を作って役者さんを配置するようなものじゃないですか。 それが済んだ後は、役者さんが演じてくれます。なので、その最初の《設定》を考えるところが実は難しいんじゃないか……と感じたんです」

「おお」

テトラ「なので、あたしもやってみます!」

「了解、了解!」

質点が作る重力場

テトラ「え、ええっとですね。いまから考えようとしているのは、まずは《重力場》の世界についてです。 一様な重力が働いているときはもう計算まで済みました(第339回参照)。 ここからは、質点が一つだけあるときの重力場を考えることにします。 《場》って、まるで《舞台》みたいな用語ですね」

「ああ、そうだね」

テトラ「《質点が一つだけあるときの重力場》を考えるんですが、 あたしのイメージとしては、宇宙にぽつんと地球が一つあるときのようすを考えています。 そして地球から離れている場所にロケットが浮かんでいる……そんな状況です」

「うん、そのときに考えたいのは……」

テトラ「ちょ、ちょっとお待ちください。あたしがもしも勘違いしていたら、もちろん止めていただきたいんですが、 もしもここから先に進むためのヒントならば、あの……できれば……何もおっしゃらずに……」

「ごめんごめん、そうだよね。はい、テトラちゃんにおまかせします。どうぞ続けてください」

テトラ「地球とロケットだけがある宇宙を考えます。 そして、そういう場面での位置エネルギーを考えていく……というのが、 あたしたちのやろうとしていることです」

「……」

テトラ「《位置エネルギー》を考えるときには、 必ず、どんな《力》による位置エネルギーかを考えなくてはいけません。 いまはもちろん《重力による位置エネルギー》です。 静電気力による位置エネルギーはまた後ほど考えることにします」

「うんうん」

テトラ「あの、これって《重力による位置エネルギー》ですか? 《万有引力による位置エネルギー》ですか?」

「日本語で重力というと、 天体が作り出す引力を指すことが多いと思うけど、いまはこだわらなくてもいいんじゃないかな。 教科書だと、 地球の表面近くで考える一様な重力場のときは《重力による位置エネルギー》として、 質点が作り出す重力場のときは《万有引力による位置エネルギー》として区別しているみたいだね」

テトラ「英語では?」

「英語ではどちらも gravitational potential energy かな」

テトラ「なるほどです。 では、改めて……エネルギーはいろいろありますが、 いまは質点による《重力による位置エネルギー》だけを考えます。 はい。ですから、たとえば、地球やロケットの《運動エネルギー》についてはいまは考えません。 運動エネルギーについて考えないということは、地球やロケットの速度の大きさを0としておくということです」

「テトラちゃんの説明は、一歩一歩進んで行くんだね」

テトラ「あ、え、はい。あまりパパッと頭が回らないので、一歩一歩考えないとごちゃごちゃになるんです。 歩いた後で全体を振り返るのは好きなんですけれど……」

「中断してごめん」

テトラ「宇宙に地球とロケットがあるようすを考えているんですが、 もちろんこれは、イメージだけのことです。実際にはどちらも質点として考えます。 そして、重力を表すために必要なもの……物理量に文字をあてはめていきます。 具体的には……」

  • 地球の質量を $M$ とします。
  • ロケットの質量を $m$ とします。
  • ロケットの位置を $r$ とします。
  • 万有引力定数を $G$ とします。これはニュートンの万有引力の法則で出てくる比例定数です。

「テトラ先生、質問してもいいでしょうか?」

テトラ「ど、どうぞ。……何か変でしたか?」

「ロケットの位置が $r$ ということですが……」

テトラ「あっ、原点は地球の中心としますっ! 原点は地球の中心として、 地球の中心とロケットを結ぶ直線を座標軸とします。 それから、現在のロケットがある位置を正として……あらら? ちょっとお待ちください」

テトラちゃんは、そこでしばらく考え込んだ。

「……」

テトラ「……ややこしいことが起きるので、 $r > 0$ と条件をつけることにします」

「ややこしいことって?」

テトラ「あ、はい。ロケットと地球が重なると万有引力の大きさが無限大になったり、 位置が負になったときには絶対値をつけることになりそうな気がしました。 それは、何といいますか、不必要に複雑になるだけなので、いまは $r > 0$ で考えることにしたい……と思いました」

「なるほど。そういえば、こういうときは地球とロケットの《距離》として扱うことが多いかもね。 では、テトラ先生、続きをどうぞ!」

テトラ「先生はやめてください……はい、ここまでで舞台が整いました。 これで、地球からロケットに掛かる重力を式で表すことができます。万有引力の法則です!」

万有引力の法則

  • 地球の質量を $M$ とします。
  • ロケットの質量を $m$ とします。
  • 地球とロケットを結ぶ直線を座標軸とし、地球を原点として、ロケットの位置を $r$ とします。
  • $r > 0$ として考えることにします。
  • 万有引力定数を $G$ とします。
  • このとき、地球からロケットに掛かる重力の大きさ $F$ は、次の式で表せます(万有引力の法則)。
  • $$ F = G\frac{Mm}{r^2} $$
  • また、地球からロケットに掛かる重力の向きは、ロケットから地球に向かう向きとなります(引力)。

「うん。テトラ先生……テトラちゃんの説明はよくわかったよ。次は位置エネルギーだね」

テトラ「はい、そうなんですが、気になることがあります。 細かいことを気にしすぎるかもしれないんですが、自分で《設定》を書いてみて気になるところがあります」

「そう?」

テトラ「たとえば、$$F = G\frac{Mm}{r^2}\qquad\REMTEXT{と}\qquad F = \frac{GMm}{r^2}$$とでは、どちらでもいいですよね?」

「うん、もちろん。 $G$ が比例定数であることを強調して前に書くことがよくあるけど、もちろん分子に乗せて書いても正しいよ」

テトラ「はい。それからもう一つ気になることがあります」

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(2021年10月22日)

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結城浩(ゆうき・ひろし) @hyuki


『数学ガール』作者。 結城メルマガWeb連載を毎週書いてます。 文章書きとプログラミングが好きなクリスチャン。2014年日本数学会出版賞受賞。

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