[logo] Web連載「数学ガールの秘密ノート」
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第333回 シーズン34 エピソード3
静電気とクーロンの法則(前編)

登場人物紹介

:数学が好きな高校生。

ユーリのいとこの中学生。 のことを《お兄ちゃん》と呼ぶ。 論理的な話は好きだが飽きっぽい。

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僕の部屋

ユーリは「直列」と「並列」についておしゃべりしていた。(第331回参照

電流と電圧を入れ換えて考えると、抵抗の直列つなぎと並列つなぎも合わせて理解できるという話題で盛り上がっていたところ。(第332回参照

ユーリ「それにしてもすごいよね」

「何が?」

ユーリ「電子の数。10の20乗なんでしょ?」

「そうだね。導線を流れている自由電子の個数はざっくりそのくらい」

ユーリ「そんなにたくさんの電子が流れてるってすごくない?」

「すごいよ。ものすごいよ」

ユーリ「ところで電子って、なんで流れるの?」

「回路に電池をつないでいるからだね」

ユーリ「いやいや、そーゆーことじゃなくってさー。 電池をつないだら、電圧が掛かって、電流が流れるんでしょ? それは知ってるもん。 電流は電子の流れの逆向きだってのも知ってる。 でも、電池をつなぐと電子はどーして流れるの?」

「電子が流れるのは、電子が引っ張られるからだね。電子はマイナスの電荷を持っている。マイナスの電荷を負電荷(ふでんか)という。 電池のプラス極の方にはプラスの電荷が集まっている。プラスの電荷を正電荷(せいでんか)という。 正電荷と負電荷は互いに引き合う性質を持っているから、電子は電池のプラス極の方に引っ張られていく」

ユーリ「それは電池のプラス極の近くの話でしょ?」

「そうだね。そして、プラス極の近くの自由電子が引き寄せられて移動した跡は、プラスの電荷が多くなる。だからそこから先の自由電子がさらに引き寄せられる。 そんなふうに自由電子の動きが次々に連鎖していく。つまりこれが電子の流れになる」

ユーリ「にゃるほど。でもそれだと、電池のマイナス極の近くには電子が不足するのでは? そしたら電池のマイナス極がプラスになる? そんなわけないよね」

「電池のマイナス極の側で電子が不足したりはしないね。なぜかというと、電池の中では、プラス極からマイナス極に電子がせっせと運ばれているから」

ユーリ「あ、そっか」

「そしてそれがまさに電池の役割だね。プラス極からマイナス極に電子をせっせと運ぶ。電池の中にはそのための化学的な仕組みがある」

ユーリ「あっ! だから回路なんだね! 電子がぐるぐる回るために回路じゃなくちゃいけないんだ!」

「そういうことだね。電池のマイナス極から電子が出てきて、電池のプラス極に電子が吸い込まれていく。回路が閉じていなければ、電子の流れにならないから」

ユーリ「ふむふむふむふむ!」

電流と電子の流れ

※この図は「いらすとや」さんのイラストを加工して作成しました。

下敷きと髪の毛

「電流や電子の流れを考えるというのは《マクロな視点》だけど、 その流れがあるのは、一つ一つの電子が引っ張られて動いているから。それは《ミクロな視点》だね」

ユーリ「すごくわかる」

「マイナスの電荷とプラスの電荷が引っ張り合うっていうのは、 こすった下敷きで髪の毛が引っ張られる現象にも出てるよ。ユーリもやったことあるよね」

ユーリ「やったやった。こすって静電気を起こすんでしょ?」

「そうだね。《こすって静電気を起こす》という話は、電子を使って説明できる。 たとえば髪の毛とプラスチックの下敷きをこすると、 髪の毛の表面にある原子が持っている電子が、プラスチックの表面にある原子の方に移る」

ユーリ「電子が移る……」

「電子はマイナスの電荷を持っているから、電子が移るということは、移った先の物体がマイナスの電荷を帯びた状態になるということ。 そして移る元の物体は電子を失ってプラスの電荷を帯びた状態になる」

ユーリ「だから、プラスとマイナスで引っ張り合う?」

「そういうこと。 物体を構成している原子はふだん、正電荷と負電荷がちょうどバランスしているからプラスマイナス0になっている。 つまり電荷を帯びていない状態になっている。 原子は電子を持っているんだけど、原子の種類によって電子が動いて出て行きやすいものと、電子を取り込みやすいものとがある。 その二つの物体を擦り合わせると、片方がプラスの電荷を帯びて、別の方はマイナスの電荷を帯びる。 電荷を帯びることを帯電(たいでん)という。 正電荷を帯びてプラスに帯電した髪の毛と、負電荷を帯びてマイナスに帯電した下敷きが引き合って、動きやすい髪の毛が立ち上がる……ということ」

ユーリ「すごくわかりやすいけど……けっこう複雑なんだね」

こすった下敷きで髪の毛が引っ張られる

※この図は「いらすとや」さんのイラストを加工して作成しました。

クーロンの法則

「《正電荷と負電荷が引っ張り合う》というのは定性的な話だけど、 その度合いは実験によって定量的にもわかっている。それはクーロンの法則と呼ばれている物理法則にまとめられてる」

ユーリ「理科で習った、習った」

「引っ張る度合いが定量的にわかるというのは、どのくらいの大きさのが掛かるかがわかるということ」

ユーリ「下敷きから《力》が掛かるから、髪の毛が動く!」

「そうそう。力はすごく大事だよね」

《本の宣伝》

テトラ「はい。ここで本の宣伝をさせてくださいっ! 《力》がどれほど大切で、どれほど豊かな世界を見せてくれるのか。それがよくわかる一冊がこちらです!」

テトラ「ユーリちゃんと先輩、あたしと先輩、そしてもちろんミルカさんも登場して、ニュートン力学の基本をたくさん議論しています! こ、今回は、 あたしもかなり粘りましたよ!」

ユーリ「宣伝が入った」

「クーロンの法則は、 《帯電している電荷に働く力についての法則》だね。 電荷の量と距離がわかると、力がわかる。 《力》がわかるというのは、力の《向き》と《大きさ》がわかるということ」

ユーリ「ふーん……」

「こんなふうに表せる」

クーロンの法則

二つの電荷があり、帯電している電気量を $q_1,q_2$ とします。

距離は $r$ だけ離れているとします。

このとき、二つの電荷には互いに《引力》または《斥力》(せきりょく)が働きます。

  • 《引力》になるのは、正電荷と負電荷のときです。
  • 《斥力》になるのは、正電荷同士か、負電荷同士のときです。

働く力の《向き》は、二点を結ぶ直線方向で、《引力》なら近付く向き、《斥力》なら離れる向きになります。

働く力の《大きさ》は電気量の積に比例し、距離の二乗に反比例します。

働く力を $F$ とすると、 $$ F = k\frac{q_1q_2}{r^2} $$ と表せます。ここで $k$ は二つの物体の周囲の物質や状態に依存する定数です。

この力を静電気力と呼びます。

ユーリ「出たな数式」

「出たよ数式。でも、難しくはないよね」

ユーリ「まーね」

「この式がとてもおいしいのは、プラスとマイナスがうまく効いているところだよ」

ユーリ「出たな数式グルメ」

「新しい概念を作るなよ。数式グルメ?」

ユーリ「クーロンの法則のどこがおいしいの?」

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(2021年9月3日)

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結城浩(ゆうき・ひろし) @hyuki


『数学ガール』作者。 結城メルマガWeb連載を毎週書いてます。 文章書きとプログラミングが好きなクリスチャン。2014年日本数学会出版賞受賞。

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