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第334回 シーズン34 エピソード4
静電気とクーロンの法則(後編)

登場人物紹介

:数学が好きな高校生。

ユーリのいとこの中学生。 のことを《お兄ちゃん》と呼ぶ。 論理的な話は好きだが飽きっぽい。

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僕の部屋

ユーリは、電荷が及ぼす力についておしゃべりしていた。

静電気力がどんな向きでどんな大きさになるのか、それを表した《クーロンの法則》と、《距離の二乗に反比例》について話していたところ。(第333回参照

ユーリ「《距離の二乗に反比例》だから《何か》が広がっていく……《何か》って、何が広がってるの? 電子?」

「いや、電子が広がってるわけじゃないよ。 いま僕たちは、三次元空間の中に電荷を帯びている点が一つある様子を考えているよね。点電荷だ。 そして、クーロンの法則の《距離の二乗に反比例》について考えるとき、三次元空間を広がっている様子をイメージした」

点電荷から広がっていく

※この図はJim Bumgardner (KrazyDad)のプログラム fibonacci_sphereをもとに作成しました。

ユーリ「うん。広がってんでしょ。何が?」

「電子が広がっているわけでもないし、具体的な物質が広がっているわけじゃない。 力を生み出している《仮想的なもの》が広がっていると見なしている」

ユーリ「さっぱりわからん。具体的な物質が広がらなかったら、広がるもの何もないじゃん」

「これはたとえ話なんだけど、ユーリが校庭の反対側にいる誰かに『おーい』と呼びかけて声を伝えたとする。 そのとき、ユーリの口の周りにあった空気がその人のところまで広がったわけじゃないよね? ユーリの口から出た物質が相手に届いたわけじゃない」

ユーリ「届いたのはユーリの想い」

「ともかく物質じゃない。でもユーリの口から、音は広がって伝わった」

ユーリ「音が伝わった。空気の振動?」

「そうだね。このたとえ話では空気の振動という現象が伝わった。波が伝わったともいえる。状態の変化が伝わった。 静電気の力が伝わるときもそれにちょっとだけ似ている。 静電気は音じゃないけれど、仮想的な何かが広がったと《見なす》という意味では似ている」

ユーリ「ふーん」

「電荷から仮想的に広がっている《もの》を電気力線(でんきりきせん)と呼んで、 こんなふうに向きのある線で描く。理科で習うよね」

点電荷から出る電気力線

※This image is by Andrew Jarvis (Representation of the electric field produced by two charges). This file is licensed under the Creative Commons Attribution-Share Alike 4.0 International license.

ユーリ「あー、見た見た。習ったよ。これってそーゆーものなんだ」

「実際には三次元的に広がっているけれど、ここでは一つの断面として描いている。 電気力線は正電荷から出て、負電荷に向かっていく線として描く」

ユーリ「電気力線が出てると《見なす》?」

「そうだね。 そして、静電気力の大きさは、単位面積当たりを通過する電気力線の本数に相当すると考える。 要するに、電気力線の密度が高ければ……電気力線が混み合っているなら、その場所に電荷を置いたときに受ける力が大きくなると考えるわけだ」

ユーリ「え? 待って待って、わかんなくなった」

「え?」

ユーリ「クーロンの法則はどーなったの?」

「どうもなってないよ。二つの電荷があったときに、それらのあいだには電荷の積に比例して、距離の二乗に反比例する大きさの力が掛かる。クーロンの法則はそのままだよ」

ユーリ「だっていま、電気力線の密度が高いと力が大きいってゆった」

「ああ、ええとね。クーロンの法則は、電荷に注目して力を考えている。もちろん、それはそれでいい。 いま、空間に電荷が散らばっているとしよう。つまり、電荷が分布しているようすを想像する。 その空間のあちこちに新たな電荷を置く。あっちに置いてみたり、こっちに置いてみたりする。 すると、場所ごとに受ける力の大きさと向きがわかる。電荷に近い場所だと大きな力を受けるし、遠い場所だと小さな力を受ける。 この新たな電荷を試験電荷と呼ぶこともある」

試験電荷をあちこちに置くと、それぞれの場所で力を受ける

ユーリ「ふむふむ」

「『この場所に試験電荷を置いたら、こっちの向きにどれだけの大きさの力が掛かるな』とか、 『あそこに試験電荷を置いたら、あっち向きにどれだけの大きさの力が掛かるぞ』というのは、 すべてクーロンの法則で計算できる。 クーロンの法則で得られた力を足し合わせればいいから」

ユーリ「えーと、電気力線はどーなった?」

「『この場所に試験電荷を置いたら』や『あそこに試験電荷を置いたら』のようにいちいち確かめるんじゃなくて、 どの位置でどういう向きに試験電荷は力を受けるのか。それをまとめて見たいと考える。電気力線の広がり方は、それに答えてくれるんだ」

ユーリ「ほー……何となくわかってきたぞよ」

「電気力線に接する接線を考えれば、その位置に試験電荷を置いたときの力の向きがわかる。 そして電気力線の密度を考えれば、試験電荷が受ける力の大きさがわかる。力は向きと大きさで決まる。 電気力線を描くと、それをまとめて見ることができるんだ」

試験電荷が受ける力は、電気力線の接線の向き

ユーリ「地図みたいに」

「まさにそうだね!地図みたいに」

ユーリ「まとめて見たいんだ」

「電荷が分布している空間があって、そこに試験電荷を置く。 試験電荷は1クーロンの正電荷だとする。 試験電荷は、分布している電荷から力を受ける。 その力の大きさと向きはその位置ごとに決まる。 そういうふうに考えるとき、その位置ごとに試験電荷が受ける力の大きさのことを、物理学では静電場(せいでんば)と呼ぶ」

ユーリ「せいでんば?」

「そう、静電場。電気力線を描くと、静電場のようすがわかる。静電場は静電界ということもある」

ユーリ「何となくはわかったけど、静電場とクーロンの法則の違いがまだわからなーい!」

「静電気力を考えているという点では両方とも同じ。 でも、その考え方が違う。クーロンの法則を使って静電気力を求めるときには、 電荷が遠くにあって、そこから力を受けると考える」

ユーリ「静電場は違うの?」

「静電場を使って静電気力を考えるときは、遠くにある電荷のことはもう忘れてよくて、 いま注目しているその位置、試験電荷を置く場所から力を受けると考える。 《その場所から力を受ける》と考えるので(ば)という表現をするんだ」

ユーリ「うーん……」

「こういう《場》の考え方は物理学ではよく出てくるよ。 重力場とか、磁場とかね。『◯◯場』というときには、《遠くのものから力を受ける》と考えるんじゃなくて、 《その場所から力を受ける》と考える」

ユーリ「あっ、わかったかも。重力ってそーだった。投げたボールはどの場所でも下向きに力を受ける。そーゆーこと?」

「そうだね。投げたボールを考えているときは、向きと大きさが一様な重力場を想定しているといえる。空間のどこにあっても、鉛直下向きに力を受けることさえわかっていたら、 地球のことを忘れていい」

ユーリ「ふむふむ」

「ロケットが星から受ける重力を考えるときは、放射状に広がる重力場を想定している。《どういう場なのか》は《各場所でどんな向きと大きさの力を受けるか》を表している。 これは重力場だけど、静電場も同じように考える」

ユーリ「静電場、100%理解したかも!」

コンデンサ

「電荷が分布したり、力を生み出したりするといえば、コンデンサはおもしろいよ。コンデンサって知ってる?」

ユーリ「知らない」

「電池、電球、スイッチ、抵抗……そういうものは、 電気回路を作るときの部品だけど、 コンデンサも電気回路を作る部品の一つ。いろんな形をしたコンデンサがある」

コンデンサ

This image was originally posted to Flickr by Eric Schrader. This file is licensed under the Creative Commons Attribution-Share Alike 2.0 Generic license.

ユーリ「コンデンサって、どんな部品なの?」

「形はいろいろだけど、コンデンサの中身は二枚の広い金属板を向かい合わせて配置しているね。 それぞれの金属板から導線の足が出ている。だからコンデンサの足は二本ある」

ユーリ「どら焼きみたいなのとか、バケツみたいな形のもある」

「どら焼きみたいなのは、金属板が円板状になっているものだね。 円筒形は、二枚の金属板を向かい合わせて巻物みたいにくるくる巻いてある。 どっちも、金属板が向かい合っているのは同じ。 この金属板のことを極板(きょくばん)という。 そして二枚の極板のあいだには誘電体(ゆうでんたい)と呼ばれる物質が挟まれている」

コンデンサの極板と誘電体

ユーリ「どら焼きのあんこみたいに?」

「あはは。そうだね。 誘電体は電気を通さない物質、絶縁体ともいう。紙とか油とかガラスとか空気とかいろいろ」

ユーリ「えっ! だったら電流、流れないじゃん」

「そうだね。電池をつないでも、コンデンサには電流は流れない。何しろ二つの金属板は離れているからね」

回路の中のコンデンサ

※この図は「いらすとや」さんのイラストを加工して作成しました。

ユーリ「金属板が離れてるってことは、導線が切れてるのと同じじゃん。そんな部品に意味あるの?」

「おもしろいことに、意味があるんだ。 そして金属板が向かい合っているのと、導線が切れているのとでは完全に同じじゃない」

ユーリ「何でじゃあ! だって、電流って導線がぐるっと回っているから流れるんでしょ? 電子の流れは電流とは逆向きだけど、 ぐるっと回れるから流れる。切れてたら流れない。 だったら、コンデンサは導線切れてるのと同じじゃないの? わけわからん」

「コンデンサを入れた回路で、スイッチを入れるとその瞬間、一瞬だけ電流が流れるんだよ」

ユーリ「一瞬だけ? その後は?」

「もう流れない」

ユーリ「そんなのアリなんだ。一瞬だけ流れる……何でじゃ」

「どうしてだと思う?」

ユーリ「……」

ユーリはしばらく考える。

は待つ。

「……」

ユーリ「わかんないけど、わかった」

「?」

ユーリ「スイッチ入れた瞬間だけ《電流が流れる》ってことは、一瞬だけ《電子が動く》って意味だね?」

「そうだね!」

ユーリ「でも、そっからわからん。何がわからないかも、わかんにゃい」

「スローモーションで見てみよう」

ユーリ「な・に・を・す・ろ・ー・で・み・る・の?」

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(2021年9月10日)

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結城浩(ゆうき・ひろし) @hyuki


『数学ガール』作者。 結城メルマガWeb連載を毎週書いてます。 文章書きとプログラミングが好きなクリスチャン。2014年日本数学会出版賞受賞。

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