この記事は『数学ガールの物理ノート/ニュートン力学』として書籍化されています。
登場人物紹介
僕:数学が好きな高校生。
ユーリ:僕のいとこの中学生。 僕のことを《お兄ちゃん》と呼ぶ。 論理的な話は好きだが飽きっぽい。
ユーリ「へー! いろいろつながってんだねー!」
僕「そうだね。いろいろつながってる。《ニュートンの運動方程式》や《力学的エネルギー保存の法則》や《仕事》や……」
ここは僕の部屋。いつものようにユーリが遊びに来ている。
いまはテトラちゃんやミルカさんとの力学トークをユーリに説明していたところ(第279回参照)。
ユーリ「ボールが放物線になって飛ぶってゆーだけの話だと思ってたのに」
僕「実際の話だからね」
ユーリ「実際の話?」
僕「物理学では、実際にある、この世界のようすを調べているという意味だよ。 人間が勝手に作ったものじゃなくて、実際の世界のようすを実験を通して調べる。 そしてその実験結果から、この世界にはこんな法則があるんじゃないか……そういうふうに考える。 この宇宙、この自然のことを人間が勝手に決めるわけにはいかない」
ユーリ「ふーん……」
僕「あれ、いまいち反応鈍いな」
ユーリ「あのね、勝手に決められないはずなのに、勝手に決めてるんじゃね? ……って思ったの」
僕「たとえば?」
ユーリ「ほれほれ、ボールを投げるときに《ボールは質点として考える》って決めたじゃん。 それから《空気の抵抗はないものとする》って決めたし、 《風は吹いてないものとする》ってのも決めたこと。 たくさんのことを勝手に決めてる(第272回参照)」
僕「ああ、そうだね。でもそれは《勝手に決めている》わけじゃなくて、 何を議論しているかを明確にするために《前提条件をきちんと定めている》んだよ。 そうじゃないと、あっと言う間に話があいまいになってしまうし、 何をやってるかわからなくなる。 もちろん、話を簡単にする目的もあるよ。そうしないとすぐに複雑になって、手に負えなくなっちゃうし」
ユーリ「そーかもしんないけど、たくさん前提条件を決めといて、 ほら!こんなに単純で美しい法則が成り立つなんてすばらしいですね!と言われましても」
僕「なるほど。でもね、たとえばボールを投げると放物線を描くというのは、 実際に僕たちが目にすることができるよね。 つまり、ボールを質点として考えても、空気の抵抗を無視しても、風がないものとしても……そんなふうに、 前提条件を重ねて話を単純化してもかまわないほど支配的な法則が根底にあるってすごいと思うんだけどな」
ユーリ「《しはいてき》ってなに?」
僕「ボールの運動に大きな影響を与えているという意味。 《万有引力の法則》と《ニュートンの運動方程式》という二つを知っているだけで、 実際のボールの動き……僕たちが日常的に見る範囲のボールの動きはかなり予測できる。 それだけ、その法則が強いともいえる」
ユーリ「ほほー」
僕「もちろん、強風が吹いている日にはうまく当てはまらないし、 ボールの速度が超高速になったときもうまく当てはまらない。 当てはまらないというか、別の要因を考慮しなければいけなくなる」
ユーリ「ふんふん」
僕「だとしても、僕たちが地上で投げるボールの運動と、 宇宙空間を動く星の運動に同じ法則を適用できるというのは、 ものすごいことだと思うよ」
ユーリ「にゃるほど……それから《数》もあるよね」
僕「数?」
ユーリ「ボールを投げるときって、ボール一個じゃん? でもボールを何個投げても同じ」
僕「そりゃそうだね。何個投げても、何回投げても同じことが起きる。再現性だ。 それがなかったら実験の意味もなくなるなあ」
ユーリ「小学校の運動会で、玉入れってあるじゃん? あれ思い出したの」
僕「高いところにあるカゴに、玉を入れる。低学年の競技だよね」
※イラストは「いらすとや」さんから
ユーリ「ユーリ、入れるの得意だったよ」
僕「そう?」
ユーリ「あれね、みんなカゴを狙っちゃうの。カゴにぶつけるみたいに。 たぶん、最短でカゴに入れよう!って思っちゃうんだよ」
僕「なるほど」
ユーリ「練習のとき、みんながわーわー言いながら投げるのを見てて、 カゴをねらった玉は入らなくて、 カゴの少し上をねらった玉はカゴに入りやすいって見つけたんだ!」
僕「そりゃすごいな。たくさんの玉がどういう動きをするか、観察してたんだ。 そして放物線を描くようすを思い描く?」
ユーリ「そーそー……放物線って知らなかったけど」
僕「しかし、ユーリは賢いなあ! 観察した結果を自分の玉入れに活かしたんだね」
ユーリ「ふふん、ちょっとしたことだよん」
僕「複数のボールといえば、おもしろい問題を思い出したよ。モンキーハンティングっていうんだけど」
ユーリ「もんきーはんてぃんぐ。猿を捕まえるの?」
僕「猿が高い木の枝にぶらさがっていて、離れた地上からライフルで打つ」
ユーリ「何それ、かわいそう!」
僕「ライフルの音を聞いてびっくりした猿は枝から手を離して落ちていく」
ユーリ「うわ! ひどい設定」
僕「うーん……じゃあ、猿とライフルじゃなくてリンゴとボールにしようか。こんな問題だよ」
問題
原点から水平方向に $X$ だけ離れたところに木がある。
高さ $Y$ のところにリンゴがなっている。
リンゴの《質量》を $m$ とする。
原点から、木のほうに向かってボールを投げる。
ボールを投げた瞬間の《速度》の大きさを $V$ とする。
ボールを投げる向きは、角度を $\theta$ とする。
ボールを投げる瞬間の《時刻》を $t = 0$ とする。
ボールの《質量》を $M$ とする。
ボールを投げた瞬間に、リンゴが木から落ちるとする。
落ちていくリンゴにボールを当てるためには、 $V$ と $\theta$ をどうしたらいいか。
重力加速度は $-g$ とする。
ユーリ「要するに、ボールを投げた瞬間にリンゴが落ちるから、うまくねらってリンゴにボールを当てろってこと?」
僕「要するに、そういうこと」
ユーリ「ボールを投げた瞬間にリンゴが落ちるって……かなり不自然な設定だにゃ」
僕「いや、だから、モンキーハンティングでは銃声にびっくりした猿が手を離すって設定だったんだけどね」
ユーリ「んーんんん。これって、リンゴをまっすぐねらっちゃだめなの?」
僕「それが問題なんだけどな」
ユーリ「《ユーリの予想》だと、リンゴをまっすぐねらってボールを投げれば当たる!」
《ユーリの予想》
リンゴをまっすぐねらってボールを投げれば当たる!
僕「本当かな?」
ユーリ「あっ、待って。ボールは放物線を描くから、少し上をねらわないとダメかも……」
僕「急に弱気になったな。 ボールが木に届くまでのあいだにリンゴは落ちるから、それも考えないといけないね」
ユーリ「おおお! 二つのものが動くんだ!」
僕「そうそう。そして空中で二つのもの……リンゴとボールがぶつかる条件を求めたい。それがこの問題。状況は想像できるよね」
ユーリ「できる……けど、これって計算できるの?」
僕「できるよ。もちろん、具体的な数値が与えられていないから、 $X,Y,m,M,g$ という文字を使って答えることになるけどね」
ユーリ「$\theta$ と $V$ も使うよね」
僕「$X,Y,m,M,g$ が《与えられたもの》で、 $\theta$ と $V$ は《求めるもの》になるね。 $X$ と $Y$ と $m$ と $M$ と $g$ が与えられたとして、 リンゴとボールがぶつかるためには、 $\theta$ と $V$ がどうなればいいか……という話だから」
ユーリ「《与えられたもの》を使って《求めるもの》を計算する?」
僕「そう。最終的にはそれが目標」
ユーリ「《与えられたもの》を使って《求めるもの》を計算するのは、《選ばれしもの》なるユーリなの?」
僕「急にファンタジーになったな」
ユーリ「えー、でもどーやって計算すんの? こんなの」
僕「質点の運動を考えるときには、まず何を考える?」
ユーリ「まず何を考えるか?」
僕「ボールを投げて放物線を描くことを調べたときとまったく同じだよ」
ユーリ「……《力》だ!」
僕「その通り。質点に働く《力》を考えるところから始まる。どうしてだと思う?」
ユーリ「あー、カンペキに思い出したよ。《ニュートンの運動方程式》$F = m\alpha$ を使うためだ!(第272回参照)」
僕「そうだね。《力 $F$》がわかれば、《加速度 $\alpha$》がわかる」
ユーリ「《力 $F$》と《質量 $m$》がわかれば、でしょ? $\alpha = F/m$」
僕「はいはい、そうだね。《力》と《質量》がわかれば、《ニュートンの運動方程式》から《加速度》がわかる。 《加速度》がわかれば、《時刻》で積分して《速度》がわかる。 《速度》がわかれば、《時刻》で積分して《位置》がわかる」
《位置》←《速度》←《加速度》
ユーリ「そっか。リンゴの《位置》とボールの《位置》が一致すればぶつかる! あはは、位置が一致だって」
僕「だじゃれかい……ともかく、リンゴから調べよう」
ユーリ「リンゴにかかる《力》って、重力だけだよね」
僕「そうだね」
ユーリ「《万有引力の法則》から、《力》は $-mg$」
僕「そうだね。ところで、この問題だと、 $x$ 方向と $y$ 方向という二つの方向を考える必要がある。 いま $-mg$ といったのは、 $y$ 方向についての《力》だよね」
ユーリ「縦だけ」
僕「そういうこと。 $x$ 方向には《力》は掛かっていない」
ユーリ「ふんふん」
僕「$x$ 方向の《力》や $y$ 方向の《力》という代わりに、 《力の $x$ 成分》や《力の $y$ 成分》という言い方をしよう。 そして、それぞれを $F_x$ と $F_y$ と表す(第273回参照)」
リンゴにかかる《力》
$$ \left\{\begin{array}{llll} F_x &= 0 \\ F_y &= -mg \\ \end{array}\right. $$
ユーリ「これで《力》がわかった!」
僕「次は?」
無料で「試し読み」できるのはここまでです。 この続きをお読みになるには「読み放題プラン」へのご参加が必要です。
ひと月500円で「読み放題プラン」へご参加いただきますと、 440本すべての記事が読み放題になりますので、 ぜひ、ご参加ください。
参加済みの方/すぐに参加したい方はこちら
結城浩のメンバーシップで参加 結城浩のpixivFANBOXで参加(2019年12月20日)
この記事は『数学ガールの物理ノート/ニュートン力学』として書籍化されています。
書籍化にあたっては、加筆修正をたくさん行い、 練習問題や研究問題も追加しました。
どの巻からでも読み始められますので、 ぜひどうぞ!