[logo] Web連載「数学ガールの秘密ノート」
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第177回 シーズン18 エピソード7
背理法をめぐって(前編)

登場人物紹介

:数学が好きな高校生。

テトラちゃんの後輩。好奇心旺盛で根気強い《元気少女》。

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図書室にて

テトラ「先輩! お待ちしておりましたっ!」

「えっ? えっ? えっ?」

ここは放課後。いまは図書室。

……

違った、逆だ。

いまは放課後。ここは図書室。足を踏み入れたとたん、 後輩のテトラちゃんの前にすすすすっと現れた。

テトラ「図書室にいらっしゃるの、お待ちしていました。 実はお聞きしたい問題がありまして……」

テトラちゃんに導かれるまま、は閲覧室の机に向かう。

「数学の問題?」

テトラ「はいっ、そうです。これです」

問題1

$\SQRT{2}$ が無理数であることを証明せよ。

「ああ、これは有名な問題だよね。 背理法を説明するときに必ず出てくる例題だよ。 でも、テトラちゃんならこの証明、できるんじゃない?」

テトラ「ええ……はい……まあ。 先輩もすぐに『背理法』とおっしゃるんですね」

「そうだね。これはいろんな本で読むから、 証明も暗記しているくらいだよ。 こんな感じになるよね」

解答1

$\SQRT{2}$ が無理数であることを、背理法を使って証明する。

$\SQRT{2}$ が有理数であると仮定すると、 $\SQRT{2}$ は整数 $a,b$ を使って次のように表すことができる。

$$ \SQRT{2} = \dfrac{a}{b} $$

ただし、 $a \GEQ 0, b \NEQ 0$ で、 $a$ と $b$ は互いに素である。

両辺に $b$ を掛けて分母を払うと、

$$ \SQRT{2}b = a $$ になる。両辺を $2$ 乗して、 $$ 2b^2 = a^2 $$ が得られる。 左辺の $2b^2$ は偶数なので、右辺の $a^2$ も偶数である。 したがって、 $a$ も偶数となり、 $a = 2a_1$ と表すことができる($a_1$ は整数)。 よって、

$$ 2b^2 = (2a_1)^2 $$ である。右辺を計算して、 $$ 2b^2 = 4a_1^2 $$ を得る。両辺を $2$ で割って、 $$ b^2 = 2a_1^2 $$ となる。右辺は偶数なので、左辺の $b^2$ も偶数である。 したがって、 $b$ も偶数となる。

以上のことから、 $a$ も $b$ も偶数となるが、 これは $a$ と $b$ が互いに素であることに矛盾する。

したがって、 $\SQRT{2}$ は無理数である。

(証明終わり)

テトラ「……」

「それで、何に引っかかっているの?」

テトラ「はい……実は気になるところはたくさんあるのですが、 あたし自身もどこから話せばいいのか」

「どこからでもいいよ。 テトラちゃんの気になるところを何でもいいから言ってみてよ」

テトラ「ありがとうございます。 では、基本的なことから……どうして、この問題を見たときに《背理法》を使おうとすぐに思いつけるんでしょうか?」

「おっと。それは基本的なところというより、 とても大事なところだと思うなあ。この問題に関していえば、 僕の場合は『覚えているから』だと思うよ」

テトラ「えっ! 暗記?」

「暗記といえるかどうかわからないけれど……もしも僕が生まれて初めて、 この問題を見たとするなら、絶対に背理法なんて思いつかないはず。 僕がいつ背理法のことを知ったかはもう忘れちゃったけど、 何かの本で読んで『こんな証明の方法があるんだ!』 とすごくびっくりして印象に残ったんだ。その本に載ってたのもたぶん《$\SQRT{2}$ が無理数であることの証明》だったと思う。 その後、学校で背理法に再会して、そのときも $\SQRT{2}$ の話だった。 数学読み物を読んでいて背理法の話が出てくるたびに $\SQRT{2}$ の話が出てくるから、自然と覚えちゃったんだね」

テトラ「ああ、そうなんですね……あたしも背理法の話を聞いて、 『あたし、こんな証明、絶対思いつけない!』と思いました。 クラスの友達に聞いたら、 わかっている人はみんな『背理法だよ』とすぐに言ってたので、 『どうしてみんなそんなにすぐわかるんだろう……』と思っていました」

「なるほどね。 ただね。背理法を使うのによさそうだな、ということはよく考えてみるとわかるよ。 だって《$\SQRT2$ が無理数である》ということは、 《任意の整数 $a,b$ に対して $\SQRT2 \NEQ \frac{a}{b}$》だといってるわけだから」

テトラ「え、それで……?」

「つまり、無数の $a,b$ について成り立たないことを証明しなくちゃいけないよね。 それはなかなかつらい。 それだったら、背理法を使って、 具体的な $\frac{a}{b}$ を使って考えを進められたほうがいい。矛盾まで進めばいいんだから」

矛盾

テトラ「あ、その矛盾も気になります。 背理法を使うときに、最後に必ず矛盾が出てきます。 そこもちょっと……わかってはいるんですが、わからない感じがしています」

「だよね。その話をする前に、 背理法の証明の《形》を整理しておこうか。 背理法を使った証明はこんな形になる」

背理法の形

証明したい命題を $P$ とする。

《$P$ は成り立たない》と仮定する。

その仮定のもとで、論理的に正しい推論を続けて矛盾を導く。

これによって、命題 $P$ が成り立つことを示す。

テトラ「はい……」

「さっきの《$\SQRT{2}$ は無理数》の証明もこういう形だったね」

テトラ「この背理法の形は、形としては覚えているんですが、 どうしても《矛盾》を導くところでひっかかります」

「ここでいう《矛盾》というのは何かというと……?」

テトラ「矛盾とは何か……?」

「ここでいう矛盾というのは、故事成語に出てくる矛と盾の話とは直接の関係はなくて、命題 $Q$ に対して、

《$Q$ である》と《$Q$ でない》の両方が成り立つこと

なんだ」

テトラ「あっ、そうでした」

「さっきの $\SQRT{2}$ の場合には、 《$a$ と $b$ は互いに素である》と《$a$ と $b$ は互いに素ではない》の両方が成り立つことを示したことになるね」

テトラ「《$a$ と $b$ が互いに素である》というのは、《$a$ と $b$ の最大公約数が $1$ である》ということですよね? たとえば、 ええと、 $2$ と $3$ のような……あるいは、ええと、 $4$ と $35$ のような」

「そうだね」

テトラ「それは、 $\frac{a}{b}$ という分数を約分し尽くした……というものを考えているんですよね?」

「そうだよ。さっきの証明(解答1)では『$a$ と $b$ の両方が偶数である。だから、 $a$ と $b$ が互いに素であることに矛盾する』 とすぐにいっちゃった。でも、もう少していねいにいうなら、 『$a$ と $b$ の両方が偶数である。だから、 $a$ と $b$ の両方を割り切る整数 $2$ が存在する。 したがって、 $a$ と $b$ は互いに素ではない。しかし、 $a$ と $b$ はもともと互いに素である。したがって矛盾』となるかな」

テトラ「《$Q$ である》と《$Q$ でない》の両方がいえれば矛盾になるのですね」

「そうそう」

既約分数

テトラ「ところで、その《互いに素》という条件なんですが、 あたし、背理法の証明を書くときに、そういう条件がささっと出せる自信がありません……」

「うーん、これは慣れの部分もあると思うよ。背理法を使った証明に限らないけど、

《$p$ は有理数である》

という条件が出てきたら、

《$p$ は整数 $a,b$ を使って $p = \dfrac{a}{b}$ と表せる》

と言い換えるね。 そして、 $a \GEQ 0, b \NEQ 0$ で、 $a,b$ は互いに素という条件を付ける。 ……こういう言い換えはよく出てくるよ。 《$a$ と $b$ は互いに素》といっても《$\frac{a}{b}$ は既約分数》といってもいいけど」

テトラ「既約分数……」

「さっきテトラちゃんが言った《約分し尽くした分数》だね」

テトラ「し、しつこい質問ばかりで申し訳ありません。 そもそも、どうして《有理数》を《既約分数》の形にしなくてはいけないのでしょう。 つまり $a,b$ を互いに素にする理由……は?」

「いやいや、しつこくなんかないよ。 《有理数である》という条件を使って、そのままテトラちゃんが考えを進めることができるなら、 それでもまったくかまわない。 だから《既約分数》の形にしなくてはいけないなんてことはないんだよ。 そんな約束もルールもない」

テトラ「では、どうして……」

「うん、そうだなあ……問題1の証明の場合には、 《有理数か無理数かという問題》を 《整数の問題》に移し替えたといえるかもね」

テトラ「?」

「つまりね。背理法を使って証明をするなら、 《$\SQRT{2}$ は有理数である》という仮定からスタートして矛盾を導きたい。 背理法が使えるかどうかは最初はわからないけど、背理法で証明できるんじゃないかと思って考えを進める。 矛盾にたどり着ければ大成功」

テトラ「はい」

「でも、《$\SQRT{2}$ は有理数である》という条件から、 話をどう進めていいかすぐにはわからない。 そこでいったん《有理数》という用語を分解したわけだよ。 《$\SQRT{2} = \frac{a}{b}$ と表せる》といったとたん、 有理数という用語は消えるよね?」

テトラ「確かに消えています」

「有理数という用語の代わりに、 $a,b$ という整数が現れた」

テトラ「分数の形で」

「そうそう。分数の形で。そして $a,b$ は整数だけど、 ただの整数じゃない。 $a \GEQ 0, b \NEQ 0$ で、しかも $a$ と $b$ は互いに素。 そういう条件を持った二つの整数が登場したことになる。 登場したというか、僕たちが登場させたんだけどね。証明の道を探っていくために」

テトラ「既約分数というのは、 たとえば、 $\frac{4}{8}$ や $\frac{3}{6}$ じゃなくて $\frac{1}{2}$ のような形になっているという意味ですよね? それ以上約分できない」

「そうそう、そういうこと。そうしたら、 $$ \SQRT{2} = \dfrac{a}{b} $$ という式が作れた。式が作れたというのは大きな一歩だよ。 《$\SQRT{2}$ は有理数》ではどう考えていいかわからなかったのに、 《$\SQRT{2} = \dfrac{a}{b}$》という式を作れたなら、 この等式を変形していくことで、いろんな主張を作り出すことができることになる。 つまり考えを進められる」

テトラ「なるほど……」

「実際、さっきの証明でも、この等式を使って、 式変形を繰り返して、最終的に矛盾を導いたわけだね」

テトラ「はい……《$a,b$ は互いに素である》と《$a,b$ は互いに素でない》がいえました」

「その通り、その通り。 だから《有理数》を《互いに素》を使って $a,b$ という二整数に置き換えたことによって、 僕たちは、

  • 議論を先に進めるための数式を得たし、
  • 矛盾を作り出す二つの命題を作れた。
といえるんだよ。 とにかく、式を作れるようになるのは大きな一歩だと思うよ」

既約分数?

テトラ「先輩のお話はとてもよくわかりました。 《有理数》をうまく言い換えて、 $a,b$ という二整数の話にしたときに《互いに素》が出てきた……と」

「そうだね。《有理数》を《既約分数》で表したから」

テトラ「あの……またまた疑問が出てきたのですが、いいでしょうか」

「どうぞどうぞ、いくらでも」

テトラ「有理数というのは、既約分数でなくてもいいですよね?」

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(2016年11月18日)

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結城浩(ゆうき・ひろし) @hyuki


『数学ガール』作者。 結城メルマガWeb連載を毎週書いてます。 文章書きとプログラミングが好きなクリスチャン。2014年日本数学会出版賞受賞。

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