登場人物紹介
僕:数学が好きな高校生。
テトラちゃん:僕の後輩。好奇心旺盛で根気強い《元気少女》。
テトラ「ユーリちゃんの気持ち、よくわかりますっ!」
僕「というと?」
ここは高校の図書室。僕は後輩のテトラちゃんに述語論理の話をしていた。 ちょうど先日ユーリと話していたのと同じ内容である(第174回参照)。
テトラ「《すべて》や《任意の》が省略されているのは困るというお話ですよね。 《実数を $2$ 乗したら $0$ 以上になるか?》と聞かれたとき、 正確には《任意の実数を $2$ 乗したら……》と聞かれているわけですから」
僕「そうだね。ユーリからも言われたよ。『省略するなー!』って。 でも、話しているときにいちいち《任意の》を付けていると長くなってしまって、 何をいってるかわかりにくくなることもあるから……もちろん、 証明するときにはそこはきちんと理解しておかないとまずいけど」
テトラ「そういえば、あたしも《すべて》で迷ったことがありました。 いつでしたか、 $2$ 次方程式を学んだときのことです。 問題集にこんな問いがありました」
$x = 1$ は方程式 $x^2 - 3x + 2 = 0$ を満たすか。
僕「これは、満たすよね。 $x^2 - 3x + 2$ の $x$ に $1$ を代入すれば、 値は $0$ になるから。 $1^2 - 3\cdot1 + 2 = 1 - 3 + 2 = 0$ で」
テトラ「はい。それはよかったんですが、 その後、こんな問題が……」
方程式 $x^2 - 3x + 2 = 0$ の解を求めよ。
僕「なるほど?」
テトラ「$x = 1$ だ! とあたしは思いました。 だって直前に $x = 1$ はこの方程式を満たすことを確かめましたから。 でも解答を見ると、 $x = 1, 2$ と書いてあったんです」
僕「そうだね。 $x = 1$ も $x = 2$ もこの方程式を満たす数だから」
テトラ「でも、それって、何だか引っ掛けられたような気がしました。 《方程式 $x^2 - 3x + 2 = 0$ の解をすべて求めよ》 だったら気付いたんですけれど」
僕「うんうん、テトラちゃんの考えはもっともだと思うよ。 『方程式 $x^2 - 3x + 2 = 0$ の解を求めよ』 って問題はまちがいとは言いにくいけど、不親切だよね。 もっとちゃんというなら、 『$x$ に関する $2$ 次方程式 $x^2 - 3x + 2 = 0$ の解をすべて求めよ』 とする方がいいと思うなあ」
テトラ「はい……」
僕「別の問い方で『$x$ に関する $2$ 次方程式 $x^2 - 3x + 2 = 0$ を解け』というのもあるよね。 これも《すべて》という言葉は出てきていないけど、《解をすべて求めよ》の意味になる」
テトラ「はい。もっとも……あたしは、 答えが一つだけ見つかったときに《他にはないかな?》と考えないのはまずかったと思いました。 《すべて》を問われているかどうかを意識するのは大事ですよね」
僕「そういえば、さっきテトラちゃんが言ってた『解は $x = 1,2$』というのも、省略した言い方だよ」
テトラ「といいますと?」
僕「$x = 1,2$ のコンマ($,$)って何だろうという話。 これは『$x = 1$ または $x = 2$』という意味で使っていると思うんだけど」
テトラ「ああ、確かにそうですね。《または》の意味に……ええ? 《または》 なんですか? だって、この方程式の解は $x = 1$ と $x = 2$ の両方ですよね。 両方だったら《かつ》ではないんでしょうか」
僕「ええと……ああ、いやいや、《または》でいいよ。 $x = 1$ と $x = 2$ の両方が解なんだけど、その《両方》の意味は、 $x = 1$ でもいいし、 $x = 2$ でもいいってことだよね。 だって、 $x$ に $1$ を代入しても方程式を満たすし、 $x$ に $2$ を代入しても方程式を満たすんだから」
テトラ「ははあ」
僕「《かつ》にしてしまうと変なことになるよ。 だって、 $x = 1$ と $x = 2$ を同時に満たす $x$ は存在しないから」
テトラ「ああ、確かにそうですね。納得です。 《または》なんですね……なかなか難しいです」
僕「うん。だったら《論理》の世界から《集合》の世界に移ると、 もっとわかりやすくなると思うよ」
テトラ「集合の……世界ですか」
僕「うん、そうだよ。 話を簡単にするために《実数全体の集合》の範囲で考えることにするね」
テトラ「はい」
僕「それで、さっきの方程式を実数 $x$ に関する述語だと考えるんだよ。 述語は条件ともいうけど」
$$ \begin{align*} x^2 - 3x + 2 &= 0 && \REMTEXT{$x$に関する$2$次方程式} \\ x^2 - 3x + 2 &= 0 && \REMTEXT{$x$に関する述語(条件といってもいい)} \\ \end{align*} $$
テトラ「はい……」
僕「それで、この述語に $P(x)$ と名前を付ける」
テトラ「$P(x)$」
僕「ここで、 $P(x)$ の $x$ に実数を何か代入すると、 $P(x)$ は真になったり偽になったりするわけだよね? たとえば、 $P(1)$ は真になる」
テトラ「それはそうですね。 $P(1)$ は $x^2 - 3x + 2 = 0$ の $x$ に $1$ を 代入したわけですから。 真になります……それから、 $P(2)$ も真になります。 方程式を解いたのと同じですね?」
僕「《解いた》というよりも、 $x = 1$ や $x = 2$ が《解であることを確かめた》 という方が正しいかな。 $x = 1$ や $x = 2$ というのが与えられて、 $P(x)$ の真偽を確かめたわけだから」
テトラ「ははあ」
僕「それで……たとえば円周率 $\pi$ を $x$ に代入したら、 $P(x)$ は偽になる。つまり $P(\pi)$ は偽」
テトラ「はい、わかります……あの、これは何をやっていらっしゃるんでしょうか」
僕「話が回りくどくなっちゃったね。 $x$ に関する述語 $P(x)$ を考えたとき、 《$P(x)$ を真にする実数全体の集合》というものを考えることができる、 っていいたかったんだ」
テトラ「$P(x)$ を真にする実数……全体の集合」
僕「具体的に書くと、こういう集合」
述語 $P(x)$ を真にする実数全体の集合
$$ \SETL 1, 2 \SETR $$
テトラ「……」
僕「$1$ と $2$ だけを要素にする集合だね。 こんなふうに、《与えられた述語を真にする要素全体の集合》のことを、 その述語の真理集合(しんりしゅうごう)っていうんだよ」
テトラ「ということは、 $\SETL 1, 2 \SETR$ は、 $P(x)$ の《真理集合》ということですか?」
僕「その通り。その確認はさすがテトラちゃんだね」
テトラ「は、はい。恐縮です……でも、 これってSo what?(だから、なに?)ですよね。ち、違いますか?」
僕「そうだね。方程式の解を集合で表しただけの話だから。 でも、これで集合の世界に移ったから、さっきの話の確認ができるよ」
テトラ「さっきの話……とは? すみません」
僕「ほら、方程式 $x^2 - 3x + 2 = 0$ の解は $x = 1 \LOR x = 2$ である という話。こんなふうに二つの式を並べてみれば《論理の世界》と《集合の世界》 に対応関係があることがよくわかるよね」
《論理の世界》と《集合の世界》の対応関係
$$ \begin{array}{ccccc} x = 1 & \LOR & x = 2 \\ \vdots & \vdots & \vdots \\ \SETL 1 \SETR & \cup & \SETL 2 \SETR \\ \end{array} $$
テトラ「ははあ……わかってきました! $x = 1 \LOR x = 2$ は論理の世界の言葉で、 $\SETL 1 \SETR \cup \SETL 2 \SETR$ は集合の言葉ということですね!」
僕「そう! それでその両方がきれいに対応しているんだ。
テトラ「うわわっ……なんだかいろんなものが繋がりますっ!」
僕「だよね」
テトラ「ちょ、ちょっとすみません。いまさらですけれど、 $\cup$ というのは和集合……でいいんですよね?」
僕「うん、そうだよ。二つの集合の要素をすべて集めて作った集合になるね」
$$ \SETL 1 \SETR \cup \SETL 2 \SETR = \SETL 1, 2 \SETR $$テトラ「はい、わかりました」
僕「$2$ 次方程式を因数分解で解くときには、 こんな論理の流れを使って解いていることになるよ。 最初の条件を、 同値な別の条件にどんどん変形していくんだね」
同値変形で $2$ 次方程式を解く様子
$$ \begin{array}{llll} & x^2 - 3x + 2 = 0 && \REMTEXT{与えられた$2$次方程式を条件だと思う} \\ \LRARROW & (x - 1)(x - 2) = 0 && \REMTEXT{因数分解して同値な条件にする} \\ \LRARROW & x - 1 = 0 \LOR x - 2 = 0 && \REMTEXT{実数の性質を使って同値な条件にする} \\ \LRARROW & x = 1 \LOR x = 2 && \REMTEXT{等式の性質を使って同値な条件にする} \\ \end{array} $$
テトラ「同値な条件に……する」
僕「何か引っかかる? 同値変形ってよくやるよね?」
テトラ「いえ、はい、よくわかります。 あのですね。引っかかっていたわけではなく、 同値変形というのをしっかりとは意識してなかったな、 と思っていたんです。たとえば、 $$ x - 1 = 0 $$ という式を $$ x = 1 $$ のようにするのはよくやります。 $1$ を左辺から右辺に移項していますよね。 それは計算として無意識にやっていますけど、 《条件を同値変形させている》とは意識してなくて……」
僕「ああ、そこか。 そうだね。計算としてささっとやるから、 確かに意識しないことは多いかも。 でも $x - 1 = 0$ という条件が成り立てば、 $x = 1$ は成り立つし、 逆に $x = 1$ が成り立つなら $x - 1 = 0$ が成り立つわけだから、同値な条件を作っているんだね」
テトラ「そうですね」
僕「そこが気になるなら、 $(x - 1)(x - 2) = 0$ から $x - 1 = 0 \LOR x - 2 = 0$ という 同値変形も意識するとおもしろいよ。 《$2$ 個の実数の積が $0$ に等しかったら、 少なくともどちらか一方は $0$ に等しい》というのを論理的に式で書いていることになるから」
テトラ「そうですね……因数分解して方程式を解くというのは、 当たり前のように計算してますけど、 論理的に考えると、条件を同値変形していることになるんですね」
僕「さっき、条件 $P(x)$ を真にする要素の集合として、 《真理集合》という話をしたけど、それって、こんなふうに書くことができるよ」
条件 $P(x)$ の真理集合(条件 $P(x)$ を真にする要素全体の集合)
$$ \SETL x \SETM P(x) \SETR $$
テトラ「これは?」
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