この記事は『数学ガールの秘密ノート/積分を見つめて』として書籍化されています。
登場人物紹介
僕:数学が好きな高校生。
テトラちゃん:僕の後輩。好奇心旺盛で根気強い《元気少女》。
ミルカさん:数学が好きな高校生。僕のクラスメート。長い黒髪の《饒舌才媛》。
瑞谷先生:司書の先生。定時になると下校時間を宣言する。
僕はテトラちゃんと積分の公式についておしゃべりしている(第137回参照)。
テトラ「先輩……さきほどから《和の形》の式を積分してますけど、 《積の形》は積分できないんでしょうか。《積の積分は、積分の積》とは行きませんか?」
僕「うん、そうは行かないね。それは少し試せばわかるよ。たとえば、 $x^2$ を $x\cdot x$ だと思って試せばいい。 まず、ふつうに $\int x^2 \,dx$ を計算すると?」
テトラ「$\frac13 x^3 + C$ ですね。検算……はい、大丈夫です。 $(\frac13x^3 + C)' = x^2$ になります」
$$ \int x^2 \,dx = \frac13 x^3 + C $$僕「それに対して、 $\int x \,dx = \frac12 x^2 + C$ だよね。 これを $2$ 乗したら $x$ の $4$ 次式になるから、さっきの $\frac13 x^3 + C$ とはまったく違うものになっちゃう」
テトラ「ということは、積分するときには積の形ではだめで、和の形にしなければいけないということなんですね」
僕「それは鋭い指摘。 ところが、そうでもないんだよ。積の形でもうまくいくことがある。なぜかというと……」
テトラ「なぜかというと……?」
僕「いま僕たちが考えようとしているのは、積分の公式だよね」
テトラ「はい、そうですね」
僕「《積分は微分の逆演算》を思い出す。 そうすれば、積分の公式は微分の公式を逆に使えばいいってわかるよね」
テトラ「ははあ……あ、そういえば $x^n$ を積分するときも、 先輩はそういうお話をなさっていましたね」
僕「そうそう。 《ある関数 $a(x)$ を微分して $b(x)$ になる》という微分の公式があったら、 それを逆に使って《$b(x)$ を積分すれば $a(x)$ になる》という積分の公式があるわけだね。 ああ、もちろん積分定数 $C$ は補う必要があるけど」
テトラ「なるほどです。ということは、 積分で《積の形》の公式を見つけたかったら、 微分での《積の形》を探せばよい……ということになるんでしょうか」
僕「その通り! さすが、テトラちゃんは飲み込みが早いね」
テトラ「い、いえ……でも《積の形》の微分……すみません、覚えてないです」
僕「おやおや。こういう公式、覚えてない?」
《積の形》になった関数を微分する
$$ \left(\,f(x)g(x)\,\right)' = f'(x)g(x) + f(x)g'(x) $$
テトラ「え、えっと……覚えていません。すみません」
僕「いや、別にいいんだけど、これはよく使う公式だよ。 それでね、これを逆に使えば」
テトラ「ちょっとお待ちください。ごめんなさい。 この公式はどう読めばいいんでしょうか。 《読み方》というか《考え方》というか《覚え方》というか……」
僕「ああ、そうだね。見慣れていない式や覚えていない式に触れるときは、 《式の形》をよく見るのが大切だからね。うん、 じゃちょっと積分から離れるけど、この式の説明をしようか」
テトラ「すみません……」
僕「まず、ここには $f(x)$ と $g(x)$ という二つの関数が出てくるよね」
テトラ「は、はい。そうですね」
僕「公式だから一般的に $f(x)$ や $g(x)$ といってる。 でも実際にはもちろん、 $x^3$ や $x^2+x+1$ や $\sin x$ や $e^x$ みたいな関数を意味してるんだよ」
テトラ「はい、それはわかります」
僕「うん、それで、この公式をもう一度見てみよう。全体として、これは《等式》になってるよね」
$$ \left(\,f(x)g(x)\,\right)' = f'(x)g(x) + f(x)g'(x) $$テトラ「なってますね。イコールがありますから」
僕「そうだね。だから、左辺と右辺が等しいという主張をしているわけだ」
テトラ「あっ、《数学的主張》ですね。先日ミルカさんがおっしゃっていた」
僕「そうそう。そこで左辺を見てみよう。そこにはこう書いてある。 これは何?」
$$ \left(\,f(x)g(x)\,\right)' $$テトラ「はい、これは微分です」
僕「もう少していねいにいうと?」
テトラ「ていねいに、ですか。はい。 $f(x)$ と $g(x)$ の積を微分した……」
僕「微分した?」
テトラ「微分した、もの、と言いますか……微分した、いったい何といえばいいんでしょう?」
僕「関数、だね。この $\left(\,f(x)g(x)\,\right)'$ という式は、 《二つの関数 $f(x)$ と $g(x)$ の積を、 $x$ で微分して得られる関数》を表しているんだよ、テトラちゃん。 微分して得られる関数のことを導関数というから、《関数 $f(x)g(x)$ の導関数》とひとことでいってもかまわないけど。 何を表しているかわかっていれば大丈夫」
テトラ「……」
僕「いい?」
テトラ「はい、大丈夫です……あのですね、先輩。あたし、いまの先輩の質問にきちんと答えられませんでした。 つまり、この左辺が《何なのか》をしっかりといえませんでした」
僕「うん、そうだね」
テトラ「でも、考えてみますと、それって大事なことですよね。 式に書かれているものが何を表しているか……あ、これは《数学的対象》ですね」
僕「そうなんだよ、テトラちゃん。 式を見るとき、ひとつひとつていねいに考えて、 自分がほんとうに理解しているかを確かめるのは大事なこと。 じゃ、今度は右辺を考えてみよう。これは何を表していると思う?」
$$ f'(x)g(x) + f(x)g'(x) $$テトラ「はい。これは《関数 $f(x)$ を微分して得られる関数と、関数 $g(x)$ の積》それから 《関数 $f(x)$ と、関数 $g(x)$ を微分して得られる関数との積》。その二つの和……ということですね」
僕「そういうこと。 $f'(x)g(x)$ は二つの関数つまり $f'(x)$ と $g(x)$ の積だし、 $f(x)g'(x)$ のほうは $f(x)$ と $g'(x)$ の積になってるね。 そして、この二つはどちらも関数だよ。 そしてその二つの和 $f'(x)g(x) + f(x)g'(x)$ だけど、これもまた関数になっている」
テトラ「そうか……それは、そうですね! ぜんぶ関数なんですね」
僕「そうそう。そしてもう一度この公式の形を見てみよう」
$$ \left(\,f(x)g(x)\,\right)' = f'(x)g(x) + f(x)g'(x) $$テトラ「はい。全体は等式、左辺は関数、右辺も……関数」
僕「そうだね。そして、この公式全体としては、『$f(x)g(x)$ のように積の形になっている関数を $x$ で微分して得られる関数は、 この等式の右辺のように $f'(x)g(x) + f(x)g'(x)$ という形で表される関数と等しくなる』という主張をしていることになるんだね」
テトラ「……」
僕「ということは、僕たちが何かの関数を微分しようと思ったとき、 『お、この関数は積の形になっているな』のように《式の形》を見抜けたなら、 この公式を使って、右辺のように変形できるということになる。……とまあ、くどくいえばそういうことになるよね」
テトラ「はい……」
僕「いま見てすぐに覚えられないかもしれないけど、 具体的な関数で練習すればすぐに覚えられるよ。ところで、話を積分に戻すね」
僕「この微分の公式を逆に使えば、積分についての公式が得られるんだけど……わかる?」
$$ \left(\,f(x)g(x)\,\right)' = f'(x)g(x) + f(x)g'(x) $$テトラ「この公式を逆に使うということですね? ……すみません、何となくしかわかりません」
僕「なんとなく?」
テトラ「はい。あの。この両辺を積分すればいいんでしょうか?」
僕「そう! それでいいんだよ。両辺を積分すれば、こんな式になる」
$$ \int \left(\,f(x)g(x)\,\right)' \,dx = \int \left(\, f'(x)g(x) + f(x)g'(x) \,\right) \,dx $$テトラ「は、はい」
僕「この左辺の《式の形》を内側からよく見ると、 $f(x)g(x)$ を、微分してから積分しているよね?」
テトラ「そ……そうなりますね」
僕「微分して積分するんだから、結局 $f(x)g(x)$ そのものということになる。つまりこんな式が成り立つ」
$$ f(x)g(x) + C = \int \left(\, f'(x)g(x) + f(x)g'(x) \,\right) \,dx $$テトラ「この $C$ は積分定数ですね」
僕「うん、そうだよ。そして右辺をよく見ると、和の形になってる。積分の線型性から、 積分記号をするするっと中に入れることができて、こんなふうに書ける」
$$ f(x)g(x) + C = \int\!\! f'(x)g(x) \,dx + \int\!\! f(x)g'(x) \,dx $$テトラ「……はい」
僕「両辺を交換して、いくつか項を移項すると、こんな公式が得られたことになるね」
積分の公式
$$ \int\!\! f(x)g'(x) \,dx = f(x)g(x) - \int\!\! f'(x)g(x) \,dx + C $$
テトラ「え……これが、公式なんですか?」
僕「そうだね。微分の公式を逆に使って作った、積分の公式の一つといえる」
テトラ「……これは、難しすぎます、先輩」
僕「そんなことないよ。難しそうに見えるけど、左辺をよく見て」
$$ \int\!\! f(x)g'(x) \,dx $$テトラ「は、はい」
僕「この形、つまり《$f(x)$ と $g'(x)$ という積の形》を積分したいと思ったら、この公式が使えるんだね。 だから、《式の形》には十分注意して……」
テトラ「せ、先輩。先輩! 何度もすみません。あたしには理解できないことがあります」
僕「え?」
テトラ「先ほどの微分はまだよかったんですが、今度のこの公式は左辺と右辺の両方に積分が出てきてますよね! これでは、 積分を計算するのに役に立たないんじゃないでしょうか? 左辺に出てきた積分を右辺で置き換えて解くんですよね?!」
$$ \underbrace{\int\!\! f(x)g'(x) \,dx}_{\REMTEXT{積分}} = f(x)g(x) - \underbrace{\int\!\! f'(x)g(x) \,dx}_\REMTEXT{積分} + C $$僕「ああ、そこ? うん、それはするどい指摘だよ、テトラちゃん! テトラちゃんの疑問は、半分正しくて、 半分は正しくないんだよ。 まず、この公式を使って積分を考えるとき、 《左辺に出てきた積分を右辺で置き換える》というのは正しい。 でも《左辺と右辺の両方に積分が出てきているので役に立たない》というのは正しくないんだよ」
テトラ「で、でも……それじゃ、いつまでたっても積分がなくなりません……」
僕「うんうん、そう思うかもしれないけど、違うんだ。この公式の目的は、 積分する関数の《式の形を変える》ところにあるんだよ。 いっぺんに積分の結果がわかるとは限らない。 《式の形》を変えて、積分を求めやすくできないかな、というときに使えるんだ」
テトラ「式の形を、変える……それは、 $f(x)g'(x)$ を $f'(x)g(x)$ に変えるという意味でしょうか」
僕「そう! その通り。テトラちゃんは《式の形》をよく見ているよ」
$$ \int\, \underline{f(x)g'(x)} \,dx = f(x)g(x) - \int\, \underline{f'(x)g(x)} \,dx + C $$テトラ「でもそれで、何が、どう、うまく行くのか、あたしには無理みたいです……」
僕「うん、じゃあ、簡単な具体例で見てみようよ。大丈夫、すぐ《なるほど》になるから。こんな問題。積の形だよ」
問題(積の形の不定積分)
$$ \int\, xe^x \,dx $$
テトラ「……これは、 $x$ と $e^x$ の積の形になっている関数を積分せよということでしょうか?」
僕「そうだね。その通り。《積の形》だから、線型性を使って解くわけにはいかない。 といわれても、 $xe^x$ の積分なんてすぐには思いつかない」
テトラ「《思いつかない》のかどうかもあたしにはわかりません……」
僕「うん、 $\int\, xe^x \,dx$ という式はテトラちゃんに、 《私は微分すると $xe^x$ になる関数です》と自己紹介しているんだよ。 微分すると $xe^x$ になる関数って、どんな関数か、すぐに思いつく?」
テトラ「ははあ……い、いえ、思いつきません。指数関数だけならいいんですが。 $e^x$ を微分すると $e^x$ 自身……ですよね?」
僕「そうなんだよ、そこそこ。 $x$ だけなら $(\frac12x^2 + C)' = x$ だし、 $e^x$ だけなら $(e^x + C)' = e^x$ だから、 《私は微分すると○○になる関数です》と言われてもすぐにわかる。 《和の形》でも大丈夫。でも《積の形》はやっかいなんだよ」
テトラ「……」
僕「じゃあ、 $\int\, xe^x \,dx$ にさっきの公式をあてはめて考えてみようよ!」
テトラ「はい!」
僕「具体的にあてはめるには、公式と問題の式を並べてみるといいよ」
テトラ「こう……ですね」
$$ \begin{align*} & \int\!\! f(x)g'(x) \,dx = f(x)g(x) - \int\, f'(x)g(x) \,dx + C \\ & \int\, xe^x \,dx = \REMTEXT{???} \\ \end{align*} $$僕「そうそう。だから、何が何に相当するかわかるよね」
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この記事は『数学ガールの秘密ノート/積分を見つめて』として書籍化されています。
書籍化にあたっては、加筆修正をたくさん行い、 練習問題や研究問題も追加しました。
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