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第97回 シーズン10 エピソード7
フラクショナル・フラクション(前編)

$ \newcommand{\SQRT}[1]{\sqrt{\mathstrut #1}} \newcommand{\GEQ}{\geqq} \newcommand{\LEQ}{\leqq} \newcommand{\NEQ}{\neq} \newcommand{\ABS}[1]{|#1|} \newcommand{\TEXT}[1]{\textbf{#1}} \newcommand{\REMTEXT}[1]{\textbf{#1}} $

図書室にて

ここはの高校。いまは放課後。

は、村木先生からもらったカードをちらちらと眺めながら、図書室へ行く。 今回はやさしそうだな。

図書室の入り口には、後輩のテトラちゃんがいた。

テトラ「あ、先輩先輩! カード来ました!」

「ああ、テトラちゃんも村木先生からもらったんだね。どんなカード?」

テトラ「これです」

テトラちゃんのカード

$a,b$ を実数としたとき、以下の二数の大小関係を調べよ。

$$ \dfrac{a^2 + b^2}{2} \qquad \left(\dfrac{a + b}{2}\right)^2 $$

テトラ「これは一目でわかります。 分子を見ると $a^2 + b^2$ と $(a + b)^2$ ということですから、 $(a + b)^2$ の方が $2ab$ の分だけ大きくなりますよね。 ですから、 $ab$ の符号によって大小関係は変わって……」

「ちょっと待ってよテトラちゃん。 何か大きな勘違いをしていると思うんだけど」

テトラ「といいますと?」

「$(a + b)^2$ の方が $2ab$ の分だけ大きくなるというのは、 $(a + b)^2$ を展開した $a^2 + 2ab + b^2$ の話をしているの?」

テトラ「はい、そうですが……」

「ねえ、テトラちゃん。 なぜか分子だけに注目しているけど、 分母を忘れちゃだめだよ。左の $\dfrac{a^2 + b^2}{2}$ の分母は $2$ だけど、 右の $\left(\dfrac{a + b}{2}\right)^2$ の分母は $2$ 乗して $2^2 = 4$ だよね?」

$$ \left(\dfrac{a + b}{2}\right)^2 = \dfrac{(a + b)^2}{2^2} = \dfrac{(a + b)^2}{4} $$

テトラ「あちゃっ!? うわわ、お恥ずかしい……ほんとですね」

「手間を惜しまずがんばるテトラちゃんにしては、めずらしい勘違いだね」

テトラ「いえ、あの、実はですね、 いつも先輩方が一目で《数式の形を見抜く》のを真似してみたくて…… ほんっとに、お恥ずかしいです」

「ああ、そういうことなんだ。 この問題自体はそんなに凝ったものじゃないと思うよ。 《不等式の問題を解く定石》を普通に使えばいい」

テトラ「不等式の定石というと、引き算ですね?」

「そうそう。できれば、大きさを予想して《大きそうな数》から《小さそうな数》を引く方がいいけど、 予想つかなくてもかまわない。引き算した結果の正負を考える。 これは基本中の基本だよ」

テトラ「はい……ですね。ではやってみます」

(あなたも、解いてみましょう。 $\dfrac{a^2 + b^2}{2}$ と $\left(\dfrac{a + b}{2}\right)^2$ では、どちらが大きいでしょうか!)

テトラちゃんの式変形

$$ \begin{align*} & \dfrac{a^2 + b^2}{2} - \left(\dfrac{a + b}{2}\right)^2 && \REMTEXT{二数の差を取る}\\ &= \dfrac{a^2 + b^2}{2} - \dfrac{(a + b)^2}{4} && \REMTEXT{分母$2^2 = 4$を計算した} \\ &= \dfrac{2a^2 + 2b^2}{4} - \dfrac{(a + b)^2}{4} && \REMTEXT{通分した} \\ &= \dfrac{2a^2 + 2b^2 - (a + b)^2}{4} \\ &= \dfrac{2a^2 + 2b^2 - (a^2 + 2ab + b^2)}{4} && \REMTEXT{$(a+b)^2$を展開した} \\ &= \dfrac{2a^2 + 2b^2 - a^2 -2ab - b^2}{4} && \REMTEXT{カッコを外した} \\ &= \dfrac{a^2 + b^2 - 2ab}{4} \\ &= \dfrac{a^2 -2ab + b^2}{4} \\ &= \dfrac{(a - b)^2}{4} && \REMTEXT{$a^2 - 2ab + b^2 = (a - b)^2$だから}\\ \end{align*} $$

テトラ「できました!  $(a - b)^2$ は実数を $2$ 乗したものですから、これは $0$ 以上です。 $\dfrac{(a - b)^2}{4} \GEQ 0$ ということで、引き算の結果は $0$ 以上。 $\dfrac{a^2 + b^2}{2} - \left(\dfrac{a + b}{2}\right)^2 \GEQ 0$ ということで、 $\dfrac{a^2 + b^2}{2} \GEQ \left(\dfrac{a + b}{2}\right)^2$ がわかりました」

「うん、そうだね。 $a,b$ がどんな実数でもその不等式が成り立つ。 それからこういうときは必ず《等号成立》も確かめないと」

テトラ「あ、はい。等号が成立するのは、 引き算の結果が $0$ になるときですから、 $a = b$ のとき、ですよね?」

「それでいいね」

テトラちゃんのカード(解答)

$a,b$ は実数とする。 常に、 $$ \dfrac{a^2 + b^2}{2} \GEQ \left(\dfrac{a + b}{2}\right)^2 $$ が成り立つ。等号成立は $a = b$ のとき。

式の変形

テトラ「カッコいい真似をするのではなく、 最初から素直に引き算すればすぐにわかったのですね……」

「さっきのテトラちゃんの式変形で問題はないんだけど、 細かいテクニックとしては、あまり分数を引きずらない方がいいよね」

テトラ「分数を引きずらない……といいますと?」

「分母はずっと $4$ のままで、それは最終結果の正負には関わらない。 でも分数の形だとノートの場所をたくさん使ってしまうから、 数字を細かく書いてしまいがち。 数字を細かく書く癖がつくと、うっかりミスも増えてしまう。 だから……こんなふうに早いうちに $\dfrac14$ でくくっちゃうといいよ」

僕の式変形

$$ \begin{align*} & \dfrac{a^2 + b^2}{2} - \left(\dfrac{a + b}{2}\right)^2 \\ &= \dfrac{1}{4}\left\{ 2(a^2 + b^2) - (a + b)^2 \right\} && \REMTEXT{$\dfrac14$でくくった} \\ &= \dfrac{1}{4}\left( 2a^2 + 2b^2 - a^2 - 2ab - b^2 \right) \\ &= \dfrac{1}{4}\left( a^2 - 2ab + b^2 \right) \\ &= \dfrac{1}{4}( a - b )^2 \\ \end{align*} $$

テトラ「なるほどです」

「式変形をどのくらいていねいにするかは、人によってずいぶん違うよ。 よく練習して慣れてくるとかなりの段階をスキップして《飛ばす》こともできる。 でも、スキップするとまちがう可能性も出てくるから、 自分の実力に合わせて考えないとね。 自分の勉強のために式変形するときと、テストで式変形するときも違うし……」

テトラ「え……どのように違うんですか」

「自分の勉強として、理解のために式変形するときは、 一歩一歩ていねいにやった方がいいよ。少なくとも僕はそうだな。 でも、時間が限られているテストのために、 段階をスキップする練習もいるよね。書くのは時間がかかるから」

テトラ「スキップし過ぎると、まちがいそうです」

「そうだね。だから練習するんだけど。 ふだんから《自分はどんな式変形をミスしやすいか》にはよく注意を払うといいよ」

テトラ「なるほど……」

「よくあるのは、符号のまちがいだね。 ほら《移項するときに符号をまちがう》ことってたまにある」

テトラ「いえ、よくあります」

「それから、《多項式のカッコを外すときに符号をまちがう》というのもある。 さっきも出てきたけど、 $-(a^2 + 2ab + b^2)$ のカッコを外すのに、 $-a^2 -2ab - b^2$ じゃなくて $-a^2 + 2ab + b^2$ にしちゃうミスのことだよ」

テトラ「それも、あたし、よくありそうです!」

「計算をずっと続けてからミスに気付くと痛いから、 式変形をするときには、一歩進むごとに《ちらっと確認》するといいよ。 符号ミスしてないよね、と一つ前の式を見るんだ」

テトラ「一歩進むごとに、ちらっと確認!」

テトラちゃんはノートにさっとメモをした。

「自分のミスを少なくするように工夫するのは楽しいものだよ」

僕のカード

テトラ「なるほどです……そういえば、先輩のカードはどんなものだったんですか?」

「これだよ。あまり難しくないと思う」

「僕」のカード

$e$ は自然対数の底とする。 $s,t$ を実数としたとき、以下の二数の大小関係を調べよ。

$$ \dfrac{e^s + e^t}{2} \qquad e^{\frac{s+t}{2}} $$

テトラ「ははあ……これも定石でしょうか」

「うん、定石の引き算をやってみようか? でも、きっとうまくいかないけど」

テトラ「はい?」

$$ \dfrac{e^s + e^t}{2} - e^{\frac{s+t}{2}} = \REMTEXT{さてさて?} $$

「さっきのテトラちゃんのカードだと、 引き算をしてから、どんどん式変形が進んだけど、 このカードの場合には、ここからあまり進展が見えそうにない」

テトラ「定石が使えない……だったら、どうしたらいいんでしょう」

「式をじっと見て、考えるしかないんだけど……気になるポイントはすぐ見つかるよ」

テトラ「この式の中で、ですか?」

「そう。たとえば、 $e^{\frac{s+t}{2}}$ というのはごちゃごちゃしているけど、 どういう意味かわかる?」

テトラ「自然対数の底 $e$ を $\dfrac{s+t}{2}$ 乗したもの……ですよね? 自然対数の底というのは $e = 2.718281828\cdots$ です」

「そうだね。ところで《$e$ の $\dfrac{1}{2}$ 乗》って何だかわかる?」

テトラ「えっと、はい、 $e^{\frac{1}{2}} = \SQRT{e}$ です」

「そうだね。指数法則が満たされるように定義しているから、 $(e^{\frac{1}{2}})^2 = e^{\frac22} = e^1 = e$ つまり、 $e^{\frac{1}{2}} = \SQRT{e}$ と定義されてる。 だから……うん、これでいけるよ!」

テトラ「はい?」

「つまりね、こう書いてみるとよくわかるということ」

$$ e^{\frac{s + t}{2}} = \left(e^{s + t}\right)^\frac{1}{2} = \SQRT{e^{s+t}} $$

テトラ「ははあ……またしても分数ですか」

「分数?」

テトラ「いえ、先ほどあたしのカードでは分数 $\dfrac{1}{4}$ をくくりだしました」

「ああ、そうだけど? まあ、僕の言いたかったことは、こうだよ。 指数が和になっていたら、全体を積にできるから……」

$$ \begin{align*} e^{\frac{s + t}{2}} &= \SQRT{e^{s+t}} && \REMTEXT{上の変形から} \\ &= \SQRT{e^s e^t} && \REMTEXT{$e^{s+t} = e^s e^t$だから} \\ \end{align*} $$

テトラ「はい、でも、それで何がわかるんでしょう?」

「僕のカードの問題はこう書き換えられるよね」

「僕」のカード(書き換え)

$e$ は自然対数の底とする。 $s,t$ を実数としたとき、以下の二数の大小関係を調べよ。

$$ \dfrac{e^s + e^t}{2} \qquad \SQRT{e^s e^t} $$

テトラ「はあ……」

「さあ、テトラちゃん、出番だよ。《数式の形を見抜く》練習」

テトラ「むむむ……」

(あなたも、解いてみましょう。 $\dfrac{e^s + e^t}{2}$ と $\SQRT{e^s e^t}$ では、どちらが大きいでしょうか!)

「ポリアの問いかけ《似た問題を知らないか》が使えそうだ」

テトラ「似た問題、似た問題……」

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(2014年11月21日)

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結城浩(ゆうき・ひろし) @hyuki


『数学ガール』作者。 結城メルマガWeb連載を毎週書いてます。 文章書きとプログラミングが好きなクリスチャン。2014年日本数学会出版賞受賞。

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