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第96回 シーズン10 エピソード6
領域の利用、一気に(後編)

$ \newcommand{\SQRT}[1]{\sqrt{\mathstrut #1}} \newcommand{\GEQ}{\geqq} \newcommand{\LEQ}{\leqq} \newcommand{\NEQ}{\neq} \newcommand{\ABS}[1]{|#1|} \newcommand{\TEXT}[1]{\textbf{#1}} \newcommand{\REMTEXT}[1]{\textbf{#1}} $

高校生のと中学生のユーリは、 不等式が表す領域についておしゃべりをしていた。 ちょうどいま、不等式 $y > \dfrac{1}{x}$ を満たす領域について答えが出たところ(第95回参照)。

解答4

不等式 $y > \dfrac{1}{x}$ を満たす領域は以下の通り(境界は含まない)。

「では、これを踏まえて」

ユーリ「踏まえて?」

「この問題はわかる?」

問題5(双曲線と不等式)

次の不等式を満たす領域を図示せよ。

$$ xy > 1 $$

ユーリ「むむ? ……これって同じじゃないの?」

「同じって?」

ユーリ「ほら、その顔だよ!」

「??」

ユーリ「『引っかかったな』みたいな顔。そーゆーの、やな感じ」

「ごめんごめん。そういうつもりはないんだけどね。……同じって?」

ユーリ「$y > \dfrac{1}{x}$ の範囲は描いたじゃん?  $xy > 1$ も同じじゃない?」

「どうしてそう思ったの?」

ユーリ「ゼロ割り関係ないから」

「? ユーリ……話、飛んでない?」

ユーリ「だってね、 $y > \dfrac{1}{x}$ のときって、 $x \NEQ 0$ じゃん? 分数出てきてるから」

「そうだね。確かにここでは $x \NEQ 0$ だよ」

ユーリ「そんで、それを踏まえて $xy > 1$ を考えるってことは、ゼロに注意するんでしょ? 分数なくなってるもん。 でもね、 $x = 0$ のときって、 $xy > 1$ は満たさないから関係ない。 だから、結局、 $y > \dfrac{1}{x}$ と $xy > 1$ は同じ」

「なるほど。よくわかったよ。ユーリはなかなか鋭いな。 ユーリの言う通り、『分数が出てきたらゼロ割りに注意』というのは正しいよ。 $y > \dfrac{1}{x}$ という式があったら、暗黙のうちに $x \NEQ 0$ が仮定されてる」

ユーリ「アンモクのウチ?」

「式として $x \NEQ 0$ が書かれていなくても、という意味。 $\dfrac{1}{x}$ のような分数が出てきたら、すぐそばに 『ただし、 $x \NEQ 0$ である』という条件が添えてあると考えなくちゃいけない。 でも $xy > 1$ には分数は出てきてないから、そんな条件は付いてない」

ユーリ「そー! だから、おんなじ」

「等式だったらそれでいいんだけど、これは不等式だから……」

ユーリ「あーっと! マイナスは逆かあ!」

「わかった?」

ユーリ「$x$ がプラスのときは、 $xy > 1$ は $y > \dfrac{1}{x}$ と同じだけど、 $x$ がマイナスのときは、 $y < \dfrac{1}{x}$ と同じだね。逆だった!」

「そうそう。そうなるね。 $x$ がマイナス、つまり $x < 0$ のときは、 $xy > 1$ の両辺を $x$ で割ると不等号の向きが反転して $y < \dfrac{1}{x}$ になる。とても間違いやすいところだね」

ユーリ「じゃあ、 $xy > 1$ はこーなるの?」

解答5(双曲線と不等式)

不等式 $xy > 1$ を満たす領域は以下の通り(境界は含まない)。

「そうだね、それで正解」

ユーリ「やたっ!」

場合分け

「$xy > 1$ の領域を求めるのに、 $x$ の正負について《場合分け》をして考えたことになるね。 $x > 0$ か、 $x = 0$ か、 $x < 0$ かという場合分け」

$x$ の正負について場合分け

  • $x > 0$ のときは、 $xy > 1$ の領域は $y > \dfrac{1}{x}$ に一致する。
  • $x = 0$ のときは、 $xy > 1$ の領域は何もない。
  • $x < 0$ のときは、 $xy > 1$ の領域は $y < \dfrac{1}{x}$ に一致する。

ユーリ「うん。これってあたりまえだよ。だって、 $x$ と $y$ がマイナスですごく小さいとき、 $xy$ はすごく大きくなるでしょ?  $x = -100$ と $y = -100$ だったら、 $xy = 10000$ で、 $1$ よりもずっと大きくなる。だから、左下の方はずっと $xy > 1$ になってるはず」

「そう! それはとてもいい確かめ方だね!」

ユーリ「ねーお兄ちゃん。逆にして、 $xy < 1$ の領域って、内側?」

「内側だよ。そして $xy < 1$ だと、ゼロ割りの心配がないから、 $y$ 軸もちゃんと含む」

ユーリ「にゃるほど」

$xy < 1$ の領域

「実数 $x$ が出てきたら、 $x > 0$ と $x = 0$ と $x < 0$ で場合分けをするというのは、 よくあることだよ」

ユーリ「プラスと、ゼロと、マイナス」

「そうそう。実数は必ずその三種類のどれかになるから、 $x > 0$ と $x = 0$ と $x < 0$ で場合分けをすれば漏れがないんだ」

ユーリ「ふんふん。バシッと決まる」

「さっき描いた円の領域でも、 似たような話がいえる(第95回参照)。 座標平面上のどんな点でも必ず、 《円の外部》と《円周上》と《円の内部》の三種類のどこかになるよね」

ユーリ「そりゃそーだね。逃れられない」

「$x^2 + y^2 = r^2$ という円を考えると……」

円を使った、座標平面上にある点の場合分け

$$ \left\{\begin{array}{llll} x^2 + y^2 &> r^2 && \REMTEXT{円の外部} \\ x^2 + y^2 &= r^2 && \REMTEXT{円周上} \\ x^2 + y^2 &< r^2 && \REMTEXT{円の内部} \\ \end{array}\right. $$

円の外部 $x^2 + y^2 > r^2$

円周上 $x^2 + y^2 = r^2$

円の内部 $x^2 + y^2 < r^2$

論理の問題

「そうだ、おもしろい問題を思いついたぞ。ユーリが好きそうな話」

ユーリ「なになに?」

「こういうのはどうだろう」

問題6

$x,y$ は実数、 $r$ は $0$ 以上の実数とする。このとき、

「$x^2 + y^2 < r^2$ ならば、 $-r < x < r$ である」

という主張はいつも正しいか。

ユーリ「おお?」

「これはね」

ユーリ「待ってよ! 考えるから!」

そういって、ユーリは深い思考に入った。

ユーリの栗色の髪が金色に輝いて見える。

(あなたも、考えてみてください)

「どうかな?」

ユーリ「わかった! 正しい!」

「そう? どうしてそういえる?」

ユーリ「この問題って、 《$x^2 + y^2 < r^2$ ならば、 $-r < x < r$》 をいうんでしょ?」

「そうだね、もしもこの主張が正しいなら」

ユーリ「うん、正しいもん。何でかっていうとね、 $x$ はそんなに大きくも小さくもなれないから」

「ほう?」

ユーリ「$y^2$ って必ず $0$ 以上じゃん? そして、 $x^2 + y^2 < r^2$ だったら、 $x^2$ に $0$ 以上の数を足したのに、 まだ $r^2$ より小さいってこと。だから、 $x$ は $-r$ から $r$ の間に入ってなきゃだめだもん」

「うん、いいね。考え方はそれでとてもいい」

ユーリ「なんか引っかかる言い方」

「考え方はいいけど、それでユーリが好きな《バシッと決まる》感じがするかな」

ユーリ「答え方が悪いってこと?」

「ユーリの答えを順序立てて述べればいいだけだよ」

$x^2 + y^2 < r^2$ ならば、 $x^2 < r^2$ がいえる。

なぜなら、 $x^2 \LEQ x^2 + y^2$ で、 $x^2 + y^2 < r^2$ だから。

ユーリ「ふんふん」

そして、 $x^2 < r^2$ ならば、 $-r < x < r$ がいえる。

なぜなら、 $x^2 < r^2$ から、 $\ABS{x} < \ABS{r}$ がいえて、 これは $-r < x < r$ に他ならない。

ユーリ「ユーリの答えと同じに見える……」

「でね、ここで領域を描いてみよう!」

ユーリ「へ?」

「つまり、こういう問題」

問題7(不等式と領域)

$x,y$ は実数、 $r$ は $0$ 以上の実数とする。 このとき、以下の領域 $A$ と領域 $B$ を描け。

(領域 $A$)$x^2 + y^2 < r^2$

(領域 $B$)$-r < x < r$

ユーリ「領域 $A$ は……円の内部だよね」

「そう。原点中心で半径 $r$ の円の内部だね」

ユーリ「領域 $B$ は、 $-r$ から $r$ まで?」

「まあまあ、図を描こうよ」

解答7(不等式と領域) $x,y$ は実数、 $r$ は $0$ 以上の実数とする。 このとき、

(領域 $A$)$x^2 + y^2 < r^2$

(領域 $B$)$-r < x < r$

の二つの領域は以下の通り。

領域 $A$ は円の内部で、領域 $B$ は斜線を引いた帯の内部になる。

ユーリ「それで? これが?」

「この図をよく見ると、領域 $A$ は、領域 $B$ にすべて含まれていることがわかるよね?」

ユーリ「そーだね。円の内部は帯の中に入ってるってことでしょ?」

「ということはだ、領域 $A$ に入っているどんな点 $(x,y)$ を選んだとしても、 その点は領域 $B$ にも入っているといえるわけだ。これで問題6の主張が正しいといえた」

ユーリ「なーるほど!」

「わかる?」

ユーリ「わかるわかる! 『$x^2 + y^2 < r^2$ ならば $-r < x < r$ である』といえるんでしょ?」

「そうだね。 《不等式を使った論理の問題》が、 《領域を使った幾何の問題》に移されているんだよ」

解答6

$x,y$ は実数、 $r$ は $0$ 以上の実数とする。このとき、

「$x^2 + y^2 < r^2$ ならば、 $-r < x < r$ である」

という主張はいつも正しいといえる。

なぜなら、点が領域 $A$(円の内部)の中にあるならば、その点は領域 $B$ の中(帯の内部)にあるから。

ユーリ「なーるほど。あっ、だったらさー、同じことを $y$ でもいえるよね」

「いえるね。《$x^2 + y^2 < r^2$ ならば、 $-r < y < r$ である》といえる」

ユーリ「うんうん。……ねー、お兄ちゃん。これって、反対にしてもいいの?」

「反対って?」

ユーリ「てきとーに図を描いて、不等式を使った論理の問題にしちゃうの」

「ああ、いいね。 たとえば、こういう図からは、どんな問題が作れると思う?」

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(2014年11月14日)

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結城浩(ゆうき・ひろし) @hyuki


『数学ガール』作者。 結城メルマガWeb連載を毎週書いてます。 文章書きとプログラミングが好きなクリスチャン。2014年日本数学会出版賞受賞。

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