[logo] Web連載「数学ガールの秘密ノート」
Share

第93回 シーズン10 エピソード3
対象の対称な交換に好感(前編)

$ \newcommand{\TEXT}[1]{\textbf{#1}} \newcommand{\REMTEXT}[1]{\textbf{#1}} $

図書室

ここは高校の図書室。 いまは放課後。

いつものようにはノートを広げて数学をやっていた。 宿題はすぐに終わり、さっきの授業で教師が説明した順番を思い出そうとしているところ。

するとそこに、小走りで後輩のテトラちゃんが現れた。 手に持ったカードをひらひらさせながら。

テトラ「先輩! 発見、はっけん!」

「どうしたの? それは村木先生のカードだよね」

テトラ「そうです、そうです。《研究課題》です!」

村木先生のカード

$$ f(x) = x^2 + \dfrac{1}{x^2} $$

「なるほど」

テトラ「え! もうわかっちゃったんですか?」

「いやいや、何もわかってないよ。今回の村木先生のカードは、 《$f(x)$ という関数について考えなさい》ということなのかなって思っただけ」

テトラ「はい、そうですね」

「それで、テトラちゃんの《はっけん》は何なの?」

テトラ「あ、えっと……ちょっと大げさに登場し過ぎました(照れ)。 ほんの、ちょっとしたことなんです。 いつも通り、《例示は理解の試金石》ということで、具体的に $x = 1,2,3$ と代入してみました。 たとえば、 $f(1) = 2$ と計算できますし、 $f(2) = 2^2 + \frac{1}{2^2} = \frac{17}{4}$ となります。 そして、こんな表を作りました」

$$ \begin{array}{c|ccccccccc} x & -3 & -2 & -1 & 0 & 1 & 2 & 3 \\ \hline f(x) & \dfrac{82}{9} & \dfrac{17}{4} & 2 & \textrm{?} & 2 & \dfrac{17}{4} & \dfrac{82}{9} \\ \end{array} $$

「なるほど。でも、$f(0)$のところが$\textrm{?}$になってるけど、 斜線で消しておくか、最初から $x = 0$ の欄を書かないでおくほうがいいかも」

テトラ「はい、わかりました。 $x = 0$ のとき、 $x^2$ は $0$ なんですが、 $\dfrac{1}{x^2}$ の方はゼロ割りになるので値が計算できなかったんです。 欄を消しておきます」

$$ \begin{array}{c|ccccccccc} x & -3 & -2 & -1 & 1 & 2 & 3 \\ \hline f(x) & \dfrac{82}{9} & \dfrac{17}{4} & 2 & 2 & \dfrac{17}{4} & \dfrac{82}{9} \\ \end{array} $$

「分数が出てきたら《分母が $0$ じゃない》という条件が入り込むから気を付けないと」

テトラ「この表を書いて《はっけん》したんです。これ、左右対称だ! って」

「なるほど、そうなるね。 $f(-x) = f(x)$ が成り立つからね」

$$ \begin{align*} f(-x) &= (-x)^2 + \dfrac{1}{(-x)^2} && \REMTEXT{$f(x)$の定義から} \\ &= x^2 + \dfrac{1}{x^2} && \REMTEXT{計算した} \\ &= f(x) && \REMTEXT{$f(x)$の定義から} \\ f(-x) &= f(x) && \REMTEXT{これが示せた} \\ \end{align*} $$

テトラ「そうですそうです」

関数 $f(x) = x^2 + \dfrac{1}{x^2}$ の性質

$0$ 以外のどんな実数 $x$ についても、 $$ f(-x) = f(x) $$ が成り立つ。

「$f(x)$ の式を見るだけでもこの《対称性》はわかるよ。 だって、ほら、 $f(x) = x^2 + \dfrac{1}{x^2}$ には $x^2$ しか出てこないから」

テトラ「あ、はい。そうですね。 $2$ 乗しているから、マイナスが消えます」

「$x^\REMTEXT{偶数}$だけから作られた式は、 どんな実数 $x$ に対しても $f(-x) = f(x)$ がいえる。 どんな実数っていっても、ゼロ割りは防がなきゃいけないけどね」

テトラ「これ……グラフも左右対称になりますね」

「そうだね。 座標平面上に《$y = f(x)$ という方程式で表される図形》を描いたら、 左右対称になるね。 この図形の上にある一つの点 $(x, y) = (a, f(a))$ を考えると、 それと線対称の位置にある点 $(-a, f(a))$ もやっぱりこの図形の上にあるから。 $f(-a) = f(a)$ だから点 $(-a, f(-a))$ と点 $(-a, f(a))$ は等しい点ということになる。線対称。対称の軸は $y$ 軸」

「村木先生の《研究課題》のカードは、 何でも自由に考えられるからいいなあ。 今回はいわば《この関数 $f(x)$ について自由に考えてみよ。 どんなおもしろいことがわかるか》だよね」

テトラ「このグラフには、これ以外にも対称性ってあるんでしょうか」

はふと、先日のユーリとの対話を思い出した。 入れ換えても変わらない。交換しても変わらない。 そんな話だ。対称性……。

「$x$ と $-x$ を入れ換えても、 $f(x)$ の値は変わらないってことで線対称は見つかったけど……あとはないんじゃないかな。 回転というわけにもいかないし」

文字の入れ換え

テトラ「ところで先輩。関数というと必ず $f(x)$ って書きますよね」

「そうだね。 $f(x)$ と書いたり $g(x)$ と書いたり」

テトラ「あれは関数をfunctionというからですよね? 頭文字のf」

「そうそう、 $f(x)$ の $f$ はそうだね。 $g(x)$ の $g$ は、 アルファベットの $f$ の次が $g$ だからだと思うよ」

テトラ「入れ換えで思い出したんですが、このあいだ、文字を入れ換えたら何が起きるだろうかって考えたんですよ」

「どういうこと?」

テトラ「あのですね、あたしって文字がたくさん出てくると焦っちゃうんです。 たくさんの文字を一度に考えなくちゃいけないって思って…… それで、それを逆手に取ったらどうなるだろうと思いまして、文字を入れ換えようと」

「ねえ、テトラちゃん。意味がよくわからないんだけど」

テトラ「関数に $f$ と名前を付けるんじゃなくて $x$ と名前を付けるんです。 関数 $x$ です!」

「え?」

テトラ「そして、変数 $x$ の代わりに $f$ という文字を使います。 文字の入れ換えです。そうしたら、 $f(x)$ じゃなくて、 $x(f)$ と書くことになりますよね!」

「うわあ、確かにそうなるけどねえ……。 $y$ 軸の代わりに $g$ 軸にすると、 点の座標は $(f,g)$ になるし、図形の方程式を $g = x(f)$ と書く。 ねえ、テトラちゃん。これはすごく読みにくいし、わかりにくいよ」

テトラ「ですよね! あたしもそう思います。 わかりにくいの、わかっていただけますか!」

「?」

テトラ「そのわかりにくさ、 あたしがいつも数式を見たときに焦る感じと似てるはずです!」

「ああ……そういうことか」

テトラ「はい。 たとえば、 $f(x) = x^2 + \dfrac{1}{x^2}$ なんて、 $x(f) = f^2 + \dfrac{1}{f^2}$ ですよ」

「ぎょっとするよね」

テトラ「そして……思ったんです。 先輩がよくおっしゃる《数式に慣れる》って大事なことだなって。 あたしは焦ってばかりいるけれど、 数式も、何度も見ていると、少しずつ少しずつ慣れてくるものかもしれないなあ……って」

「そうだね。慣れるとこわくないし。 ところで、 $f(x) = x^2 + \dfrac{1}{x^2}$ をもう少し調べてみようよ」

テトラ「そうですね」

「授業だと一次関数や二次関数について、いろんなことを調べる」

テトラ「グラフを描いたり表にしたり……」

「あれって、結局ぜんぶ《この関数ってどんなもの?》に答えるためなんだよね。 だから、村木先生の《研究課題》と同じことなんだ。テトラちゃんがよくいう、関数と《おともだちになる》ため」

テトラ「そうなんですか……でも、何だか村木先生のカードのほうが楽しいです」

「うん、それはわかる。自由に考えていいからだね、きっと。 方針や答えをいきなり教えられるよりも楽しいから」

テトラ「$f(x) = x^2 + \dfrac{1}{x^2}$ で、ほかに発見はあるでしょうか」

は少し考えて……そして、気付いた。 もう一つの対称性に。

(あなたは、気付きました?)

もう一つの対称性

「テトラちゃん! 僕も《はっけん》したかも」

テトラ「何ですか?」

「テトラちゃんの表を見ていて気付いたことが一つある。 こういう基本って大事なんだな……」

$$ \begin{array}{c|ccccccccc} x & -3 & -2 & -1 & 1 & 2 & 3 \\ \hline f(x) & \dfrac{82}{9} & \dfrac{17}{4} & 2 & 2 & \dfrac{17}{4} & \dfrac{82}{9} \\ \end{array} $$

テトラ「先輩。じらさないで教えてくださいよ!」

「あのね、 この関数 $f(x) = x^2 + \dfrac{1}{x^2}$ を、 テトラちゃんは $-3$ から $3$ までの $0$ 以外の整数で考えてみたけど、 逆数で考えてみたら気づくことがあるよ。 $0$ は除いて、 $x = -\dfrac{1}{3}, -\dfrac{1}{2}, -1, 1, \dfrac{1}{2}, \dfrac{1}{3}$ で考えるんだ」

テトラ「なるほどです! たとえば、 $x = -\dfrac{1}{2}$ なら……」

$$ \begin{align*} f\left(-\dfrac{1}{2}\right) &= \left(-\dfrac{1}{2}\right)^2 + \dfrac{1}{\left(-\dfrac{1}{2}\right)^2} && \REMTEXT{$f(x)$で$x = -\dfrac{1}{2}$とした} \\ &= \dfrac{1}{4} + \dfrac{1}{\frac{1}{4}} && \REMTEXT{計算した} \\ &= \dfrac{1}{4} + \dfrac{4}{1} && \REMTEXT{分母・分子に$4$を掛けた} \\ & \textrm{「あれれ!」} && \REMTEXT{計算中に驚いた} \\ &= \dfrac{17}{4} && \REMTEXT{気を取り直して計算した} \\ \end{align*} $$

「ね?」

$$ \begin{array}{c|ccccccccc} x & -\dfrac{1}{3} & -\dfrac{1}{2} & -1 & 1 & \dfrac{1}{2} & \dfrac{1}{3} \\ \hline f(x) & \dfrac{82}{9} & \dfrac{17}{4} & 2 & 2 & \dfrac{17}{4} & \dfrac{82}{9} \\ \end{array} $$

テトラ「びっくりです! さっきの表と同じ数の並びになります!」

二つの表で同じ数が並んだ

$$ \begin{array}{c|ccccccccc} x & -3 & -2 & -1 & 1 & 2 & 3 \\ \hline f(x) & \dfrac{82}{9} & \dfrac{17}{4} & 2 & 2 & \dfrac{17}{4} & \dfrac{82}{9} \\ \end{array} $$

$$ \begin{array}{c|ccccccccc} x & -\dfrac{1}{3} & -\dfrac{1}{2} & -1 & 1 & \dfrac{1}{2} & \dfrac{1}{3} \\ \hline f(x) & \dfrac{82}{9} & \dfrac{17}{4} & 2 & 2 & \dfrac{17}{4} & \dfrac{82}{9} \\ \end{array} $$

「そうだね。この関数 $f(x) = x^2 + \dfrac{1}{x^2}$ には、 $0$ 以外のどんな実数 $x$ についても、 $f(\frac{1}{x}) = f(x)$ という性質があるんだ!」

関数 $f(x) = x^2 + \dfrac{1}{x^2}$ のもう一つの性質

$0$ 以外のどんな実数 $x$ についても、 $$ f(\tfrac{1}{x}) = f(x) $$ が成り立つ。

テトラ「そうなんですね……」

「つまり、 $\tfrac1x$ と $x$ が交換できるってこと。証明も簡単だよ」

$$ \begin{align*} f(\tfrac{1}{x}) &= \left(\frac{1}{x}\right)^2 + \dfrac{1}{\left(\frac{1}{x}\right)^2} && \REMTEXT{$f(x)$の定義から} \\ &= \dfrac{1}{x^2} + x^2 \\ &= x^2 + \dfrac{1}{x^2} && \REMTEXT{和の交換} \\ &= f(x) \\ f(\tfrac{1}{x}) &= f(x) && \REMTEXT{これがいえた} \\ \end{align*} $$

テトラ「あれ? でも、この場合の対称軸はどこになるんでしょう?」

「というか、それよりも前に、これってどんなふうに《対称》なんだと思う?」

テトラ「わかりません……」

「$y$ 軸を対称軸とする線対称だったら、 $f(-x) = f(x)$ ということで、これはさっき話したこと。 原点を対称の中心とする点対称だったら、 $f(-x) = -f(x)$ だけど、 これは成り立っていない」

テトラ「はい」

「$x = -3,-2,-1,1,2,3$ の代わりに、逆数の $x = -\frac13,-\frac12,-1,1,\frac12,\frac13$ を入れてみるというのは、 《$x$ と $\tfrac1x$ とを入れ換える》ことだよね。 それは、ふつう考えるような、線対称や点対称じゃないと思うな……ええと」

テトラ「待って! 待ってください。答え、言わないでください。 それよりも、グラフを描きましょう!」

「確かに。まずは $y = f(x)$ のグラフを描くべきだね!」

無料で「試し読み」できるのはここまでです。 この続きをお読みになるには「読み放題プラン」へのご参加が必要です。

ひと月500円で「読み放題プラン」へご参加いただきますと、 435本すべての記事が読み放題になりますので、 ぜひ、ご参加ください。


参加済みの方/すぐに参加したい方はこちら

結城浩のメンバーシップで参加 結城浩のpixivFANBOXで参加

(2014年10月24日)

[icon]

結城浩(ゆうき・ひろし) @hyuki


『数学ガール』作者。 結城メルマガWeb連載を毎週書いてます。 文章書きとプログラミングが好きなクリスチャン。2014年日本数学会出版賞受賞。

Twitter note 結城メルマガ Mastodon Bluesky Threads Home