ここは高校の図書室。 いまは放課後。
僕とテトラちゃんは村木先生の《研究課題》に取り組んでいた。 与えられた関数のようすを調べているうちに……
テトラ「それにしても、 《相加相乗平均の関係》が関数の最小値を求めるのに使えるなんて知りませんでした」
《相加相乗平均の関係》
$a \geqq 0, b \geqq 0$ とする。このとき、 $$ \dfrac{a + b}{2} \geqq \sqrt{ab} $$ が成り立つ。等号成立は $a = b$ のとき。
僕「いや、そんなことはなくて、問題としてよく出てくるんだけどね…… それにしても $f(x) = x^2 + \dfrac{1}{x^2}$ にあてはめるのに気付かなかったのはちょっと恥ずかしかったな……」
テトラ「以前、先輩からこの《相加相乗平均の関係》の証明を教えていただきました」
僕「そうだっけ?」
テトラ「はい、そうです。 $\left(\SQRT a - \SQRT b\right)^2$ を展開するという、 とっても簡単な方法で」
僕「ああ、そうだったね」
$$ \begin{align*} \left(\SQRT a - \SQRT b\right)^2 &= \left(\SQRT a\right)^2 - 2\SQRT a \SQRT b + \left(\SQRT b\right)^2 && \REMTEXT{展開した} \\ &= a - 2\SQRT a \SQRT b + \left(\SQRT b\right)^2 && \REMTEXT{$\left(\SQRT a\right)^2 = a$だから} \\ &= a - 2\SQRT a \SQRT b + b && \REMTEXT{$\left(\SQRT b\right)^2 = b$だから} \\ &= a - 2\SQRT{ab} + b && \REMTEXT{$\SQRT a \SQRT b = \SQRT{ab}$だから} \\ \end{align*} $$テトラ「それから、これで、 $\left(\SQRT a - \SQRT b\right)^2$ は実数を $2$ 乗したものなので、 必ず $0$ 以上になります。ということで……」
$$ \begin{align*} \left(\SQRT a - \SQRT b\right)^2 \GEQ 0 && \REMTEXT{実数の$2$乗は$0$以上だから} \\ a - 2\SQRT{ab} + b \GEQ 0 && \REMTEXT{上の結果を使って左辺を書き換えた} \\ a + b \GEQ 2\SQRT{ab} && \REMTEXT{$-2\SQRT{ab}$を右辺に移項した} \\ \dfrac{a + b}{2} \GEQ \SQRT{ab} && \REMTEXT{両辺を$2$で割った} \\ \end{align*} $$僕「そうそう。 《相加相乗平均の関係》のときに出てくる $a \GEQ 0, b \GEQ 0$ という条件は どこに出てきたかわかる?」
テトラ「はい、それも先輩に教えていただきました。 $\SQRT{a}$ や $\SQRT{b}$ と書いていて、 いまは実数で考えているのでルートの中の数は $0$ 以上という条件がいるんですよね?」
僕「そうだね。等号が成立するのは $\SQRT a - \SQRT b = 0$ のときだから、 $a = b$ のとき」
テトラ「そうですね」
僕「改めて考えると、 《相加相乗平均の関係》で『等号が成立するとき』というのは大事だなあ。 それがあるから、さっきの $f(x) = x^2 + \dfrac{1}{x^2}$ が最小値を取るところが はっきりするわけだし」
テトラ「なるほどです。ちゃんと意味があるんですね。 先ほども言いましたけど、不等式の話と関数の話がつながるっておもしろいですね。 あたしは、なかなか気づけないと思いますけど……」
僕「ただ、 $f(x) = x^2 + \dfrac{1}{x^2}$ の最小を調べるのに 《相加相乗平均の関係》が使えるのは相乗平均の側が定数になるからだよ」
テトラ「どういうことでしょうか」
僕「$f(x) = x^2 + \dfrac{1}{x^2}$ で $a = x^2, b = \dfrac{1}{x^2}$ とすると、 《相加相乗平均の関係》からこんな式がいえるよね」
$$ x^2 + \dfrac{1}{x^2} \GEQ 2 $$テトラ「はい、そうですね」
僕「この不等式で右辺が $2$ という定数だから……つまり変数 $x$ を含んでいない式だから、 最小値が$2$といえる。もしも、$f(x) \GEQ \REMTEXT{《$x$を含んだ式》}$という形だったら、等号成立のときに$f(x)$が最小値を取るなんていえないよね?」
テトラ「ええと……ああ、それはそうですね! 右辺も変化するかもしれないんですから!」
僕「テトラちゃんがさっき書いてくれた《相加相乗平均の関係》の証明の式と 同じように、 $\left(x - \dfrac{1}{x}\right)^2$ を考えてみるとはっきりするよ」
$$ \begin{align*} \left(x - \dfrac{1}{x}\right)^2 &= x^2 - 2 \cdot \underbrace{x \cdot \dfrac{1}{x}}_{\REMTEXT{ここに注目}} + \dfrac{1}{x^2} \\ &= x^2 - 2 \cdot \underbrace{1}_\REMTEXT{注目} + \dfrac{1}{x^2} \\ &= x^2 - 2 + \dfrac{1}{x^2} \\ \end{align*} $$テトラ「なるほどです。 $x$ と $\dfrac{1}{x}$ の積が出てくるので $x$ がちょうど消し合って $1$ になるんですね」
僕「そうそう。逆数との積。そこが定数を作り出しているところなんだね」
テトラ「よくわかります。 あ、ということは《ある数と逆数の差》を二乗すればいつでもそうなりますね。 たとえば $\left(\dfrac{A}{B} - \dfrac{B}{A}\right)^2$ のように……」
テトラちゃんはコクコクと頷きながら言った。
僕「そうだね。 $\dfrac{A^2}{B^2} + \dfrac{B^2}{A^2} \GEQ 2$ になるはずだよ……そうだ! 関数の話も《一般化》できるよ」
テトラ「一般化?」
僕「たとえば $F$ を $x$ の関数だとすると、 $F^2 + \dfrac{1}{F^2}$ という式を作って、 新しい $x$ の関数だと思うと、この関数の最小値は $2$ になるね!」
テトラ「なるほどです!」
僕「もっとも、 $F = \dfrac{1}{F}$ という値を取れば、ということだけれど」
ミルカさんが図書室にやってきて、僕たちの前にカードを置いた。
ミルカ「村木先生のカードが来た」
ミルカさんのカード
$$ g(x) = \dfrac{x^2}{x^4 + 1} $$
僕「うん、ちょうどいま、僕たちもテトラちゃんがもらった村木先生のカードを見てたんだよ」
ミルカ「だと思った」
僕「え?」
ミルカ「私に来たカードが $f(x)$ じゃなくて $g(x)$ になっていたからね。 誰かのカードが $f(x)$ になっていると推測」
ミルカさんはそう言って眼鏡をくっと上げた。
テトラ「あたしのカードはこれでした」
テトラちゃんのカード
$$ f(x) = x^2 + \dfrac{1}{x^2} $$
ミルカ「ふむ」
テトラ「ミルカさんのカードの方は、どんな問題なんですか」
僕「テトラちゃんの関数 $f(x) = x^2 + \dfrac{1}{x^2}$ は和の形で、 ミルカさんの関数 $g(x) = \dfrac{x^2}{x^4 + 1}$ は商の形だね。分数関数だ」
ミルカ「まだ、気付かない?」
いつものようにミルカさんはクールに問いかけてくる。
僕は二枚のカードを眺めて……すぐに気付いた。
(あなたは、気付きました?)
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