ここは高校の図書室。いまは放課後。 僕は、テトラちゃんが《正方形の方程式》を見つけるまでの話を聞いていた。 無事に答えは見つかったけれど、テトラちゃんは何か発見したようだ。
テトラ「円と正方形は確かに似ているといえば似てます」
《円の方程式》と《正方形の方程式》は似た形になる
$\displaystyle x^2 + y^2 = 1 \qquad \REMTEXT{《円の方程式》} $
$\displaystyle \SQRT{x^2} + \SQRT{y^2} = 1 \quad \REMTEXT{あるいは} \quad \ABS{x} + \ABS{y} = 1 \qquad \REMTEXT{《正方形の方程式》} $
僕「そうだね」
テトラ「円は丸くて、正方形は角がありますけれど、 両方とも一回りするところが似ていますよね?」
僕「うんうん」
テトラ「だったら……円のように、正方形もコンパスで描けるんじゃないでしょうか?!」
僕「正方形を、コンパスで描く?」
テトラ「はい……いいえ。実際のコンパスで正方形を描くというのは意味がないと思いますが、何というんでしょう。そういう感じで描けないかと」
僕「うーん、どういう感じなのかなあ」
テトラ「あのですね、先ほどあたしが作った《正方形の方程式》は、 《谷》と《山》の二つを組み合わせました(第89回参照)」
僕「そうだったね」
テトラ「でも、それってコンパスのようにぐるっと描く感じとは違いますよね」
テトラちゃんは腕をぐるっと回して何かを表現しようとしている。
僕「なるほど。こういうことかな。たとえば、円だったら $\theta$ を使ってパラメータ表示できるよね。単位円なら $x = \cos \theta$ と $y = \sin \theta$ と置いて、 $\theta$ を $\KAKUDO{0}$ から $\KAKUDO{360}$ まで動かせば円が描ける。そういうこと?」
テトラ「えっと、えっと……そう、かも、しれません」
僕「でも、それで正方形を描くというのはどうなんだろう。 うん、たとえば楕円だったらできるけどね」
テトラ「楕円?」
僕「そう。このあいだ、いとこのユーリに話したこと。 原点中心の単位円を左右に $a$ 倍して、上下に $b$ 倍すると、 $\left(\dfrac{x}{a}\right)^2 + \left(\dfrac{y}{b}\right)^2 = 1$ という楕円ができるって」
テトラ「はい」
僕「楕円だったら、ちょうど $x = a\cos\theta$ と $y = b\sin\theta$ と置けば、 パラメータ表示ができるんだ。ぐるっと描ける。コンパスとは違うけど」
テトラ「いえ、あの、コンパスにこだわっているわけじゃないんですが」
僕「こういうのはどうかな。 《$x^2 + y^2 = 1$ という円の方程式》と 《$\SQRT{x^2}+\SQRT{y^2} = 1$ という正方形の方程式》が似ているって話から始まったよね」
テトラ「はい、そうですね」
僕「似ているんだから《どれだけ違うか》を比較してみたらどうだろう。数式を使って」
テトラ「比較するんですか?」
僕「そう。実はね、テトラちゃんが作ってくれた $\SQRT{x^2}+\SQRT{y^2} = 1$ という正方形の方程式を見たときにすぐ、 両辺を二乗したくなったんだよ」
テトラ「どうしてですか」
僕「そうすると、円の方程式にすごく近づくからなんだ!」
$$ \begin{align*} \SQRT{x^2}+\SQRT{y^2} &= 1 && \REMTEXT{正方形の方程式} \\ \left(\SQRT{x^2}+\SQRT{y^2}\right)^2 &= 1^2 && \REMTEXT{両辺を$2$乗した} \\ x^2 + 2\SQRT{x^2}\SQRT{y^2} + y^2 &= 1 && \REMTEXT{左辺を展開した} \\ x^2 + y^2 &= 1 - 2\SQRT{x^2}\SQRT{y^2} && \REMTEXT{$\SQRT{x^2}\SQRT{y^2}$を移項した} \\ \end{align*} $$
テトラ「ははあ……確かに似てますね」
僕「だよね」
円と正方形の方程式を比較する
\begin{align*} x^2 + y^2 &= 1 && \REMTEXT{円の方程式} \\ x^2 + y^2 &= 1 - 2\SQRT{x^2}\SQRT{y^2} && \REMTEXT{正方形の方程式} \\ \end{align*}
テトラ「この $2\SQRT{x^2}\SQRT{y^2}$ が円と正方形との違い……ってことですね?」
僕「まさにそうだね。 $2\SQRT{x^2}\SQRT{y^2}$ は $2\ABS{xy}$ と書いてもいいけど、 この分がいわば円を角張らせているわけだね。 $x^2 + y^2$ というのは、原点から点 $(x,y)$ までの距離を $2$ 乗したもの。 それがちょうど $1$ に等しければ円になる。でも、 $1 - 2\ABS{xy}$ に等しければ正方形になるということ」
テトラ「……」
僕「$1 - 2\ABS{xy}$ というのは必ず $1$ 以下になる。だから正方形は確かに円の内側に描かれているよね」
テトラ「はい……」
僕「ん?」
テトラ「す、すみません。やっぱり、あたし、コンパスにこだわっているみたいです」
ミルカ「コンパスがどうしたって?」
いつものように音もなくミルカさんが現れた。 ミルカさんは僕のクラスメート。テトラちゃんは一年後輩。 僕たち三人は、放課後の図書室でいつも数学トークを楽しむのだ。
テトラ「はい、実は村木先生から《正方形の方程式》という《研究課題》をいただきまして……」
テトラちゃんは手際よくこれまでのいきさつを説明した。
ミルカ「ふうん……テトラは極座標を考えたがっているのではないかな」
僕「極座標?」
テトラ「それって、どんなものですか? コンパスが出てくるんでしょうか」
テトラちゃんはノートにさっとメモを取ると、前のめりにミルカさんに向かった。
ミルカ「出てくるといえば出てくる。自由自在に伸び縮みする、いわば《万能コンパス》だが」
ミルカさんはそういってウインクした。
僕「万能コンパス?」
ミルカ「私たちが平面図形を扱うときにふだん使う座標は $x$ 軸と $y$ 軸を直交させる。 これは直交座標という」
僕「そうだね。 $x$ と $y$ で点を表す」
ミルカ「そう。 二つの実数の組 $(x,y)$ が一点を表す。 特に $(x,y)=(0,0)$ を原点という。 そして、図形上の点 $(x,y)$ が満たす関係を式で表したものが図形の方程式になる」
直交座標
テトラ「はい、わかります」
ミルカ「直交座標が実数の組 $(x,y)$ で点を表すのに対して、極座標は実数の組 $(r,\theta)$ で点を表す」
僕「$r$ と $\theta$ ……」
ミルカ「極座標では極という点を一つと、 極から伸びる始線という半直線を一つ定める。 そして、極座標上の一点 $(r,\theta)$ は、極からの距離 $r$ と、 極と点を結ぶ線分が始線となす角 $\theta$ で定める」
僕「こういうことだね」
極座標
ミルカ「そう」
僕「ちょっと待って。これだと同じ一つの点について $\theta$ が一つとは限らないよね。 たとえば $\theta = \KAKUDO{30}$ と $\theta = \KAKUDO{(30+360)}$ は同じ点」
ミルカ「そう。 $2\pi$ ラジアン、すなわち $\KAKUDO{360}$ の整数倍は同じ点になる。 もしも一意性を保ちたければ $\KAKUDO{0} \leqq \theta < \KAKUDO{360}$ のように範囲を定めればいい」
僕「うんうん」
ミルカ「もっとも、そう定めたとしても $r = 0$ となる極に対応する $\theta$ は一意に定まらないが」
僕「なるほど」
ミルカ「また $r < 0$ で考えることもできるが、いまは $r \geqq 0$ で考えておこう」
テトラ「……わかりました! 極座標では、この $r$ がコンパスの半径……というか円の半径で、 $\theta$ がコンパスを回す角度ということですね!」
ミルカ「ざっくりいえば」
テトラ「あれ……でも、それだと円しか描けないような……」
ミルカ「直交座標のことを思い出そう。 直交座標で図形を表現するときにはどうしたか」
テトラ「$x$ と $y$ の関係式……図形の方程式を作りました」
ミルカ「極座標も同じこと。極座標で図形を表現するにはどうするか」
テトラ「極座標ですと、 $r$ と $\theta$ の関係式を作るんでしょうか」
ミルカ「そうだ。それを図形の極方程式という」
テトラ「極方程式……でも、 $r$ は半径なんですから、 関係式といいましても」
僕「違うよ、テトラちゃん。テトラちゃんが誤解している。 $r$ は定数じゃないんだよ」
テトラ「わからなくなってしまいました。 $r$ は何なんでしょう?」
ミルカ「多くの場合、 $r$ は $\theta$ の関数になる」
テトラ「$r$ が $\theta$ の関数……」
僕「ほら、関数は、さっき話したよね(第89回参照)。 $\theta$ の値を一つ決めると、 $r$ の値が一つ決まるとき、 $r$ が $\theta$ の関数というんだよ」
テトラ「はあ……」
ミルカ「先走りし過ぎたかな。簡単なクイズから始めよう」
ミルカ「一つの平面上に、直交座標と極座標を二つ重ね合わせておくことにしよう。 直交座標の原点 $(x,y)=(0,0)$ と、極座標の極 $(r,\theta) = (0,\KAKUDO{0})$ を重ねる。 それから、直交座標の一点 $(x,y)=(1,0)$ と、極座標の一点 $(r,\theta) = (1,\KAKUDO{0})$ を重ねる」
直交座標と極座標を重ねる
テトラ「はい」
ミルカ「こうすると、一つの点を直交座標で表したときと極座標で表したときの関係がよくわかる。たとえば、クイズ。 直交座標で $(x,y) = (0,1)$ という点は、極座標 $(r,\theta)$ ではどう表せるだろうか。 $\KAKUDO{0} \leqq \theta < \KAKUDO{360}$ としておこう」
クイズ
直交座標で $(x,y) = (0,1)$ という点は、極座標 $(r,\theta)$ ではどう表せるか。
テトラ「えっと……」
僕「極座標で表すということは、極からの距離 $r$ と、 始線からの角度 $\theta$ を決めるということだよ、 テトラちゃん」
テトラ「あ、はい、そうですね。点 $(x,y) = (0,1)$ は、原点から距離 $1$ で、 角度は $\KAKUDO{90}$ です。ですから、 $(r,\theta) = (1,\KAKUDO{90})$ でしょうか」
ミルカ「それでいい。 同じことだが、角度の単位をラジアンにしたら $(r,\theta) = (1,\dfrac{\pi}{2})$ になる。 これは単位の問題」
クイズの答え
直交座標で $(x,y) = (0,1)$ という点は、極座標では $(r,\theta)=(1,\KAKUDO{90})$ と表せる。
僕「そうか、逆のクイズもできるね」
ミルカ「逆のクイズを出そう」
クイズ
極座標での点 $(r,\theta)$ は、直交座標ではどう表せるか。
テトラ「図を描いてもいいですか」
ミルカ「もちろん」
テトラ「……わかりました。 $x$ は $r\cos \theta$ で、 $y$ は $r \sin \theta$ です」
ミルカ「正解」
クイズの答え
極座標での点 $(r,\theta)$ は、直交座標では $(x,y)=(r\cos\theta, r\sin\theta)$ で表せる。
テトラ「あの……これ、やっぱり円になるので、 あたし、まだわかってないです。さっきの《$r$ が $\theta$ の関数》というお話が」
ミルカ「問題を一つ考えればわかる」
問題1(極方程式)
極座標上の点を $(r,\theta)$ とする。 $r$ と $\theta$ が以下の関係式を満たす点はどんな図形を描くか。
$$ r = \theta $$
※ただし、角度 $\theta$ の単位は「度」を使うものとする。
僕「なるほど」
テトラ「$r = \theta$ を満たす点が描く図形……」
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