[logo] Web連載「数学ガールの秘密ノート」
Share

第72回 シーズン8 エピソード2
大きな数(後編)

$ \newcommand{\TEXT}[1]{\textbf{#1}} \newcommand{\REMTEXT}[1]{\textbf{#1}} \newcommand{\UP}{\mathbin{\uparrow}} \newcommand{\UPUP}{\mathbin{\uparrow\uparrow}} \newcommand{\UPUPUP}{\mathbin{\uparrow\uparrow\uparrow}} \newcommand{\UPDOTUP}{\mathbin{\uparrow\cdots\uparrow}} \newcommand{\UPUPDOTUP}{\mathbin{\uparrow\uparrow\cdots\uparrow}} \newcommand{\UPDOTUPX}{\mathbin{\underbrace{\uparrow\cdots\uparrow}_{\REMTEXT{$k-1$個}}}} $

ダイニングで

ここはの家のダイニング。 ユーリは $10^{n}$ という形で表される数、つまり冪乗べきじょうについておしゃべりしていた。

どちらが大きいか?(指数を使った表現)

$$ 10^{21} \qquad 10^{22} $$

ユーリ「これなら $10^{21}$ より $10^{22}$ のほうが大きいってすぐにわかるね」

「ね、だから、すごく《大きな数》を扱うときには、 《指数を使った表現》はとても便利だってことがわかるだろ」

ユーリ「それはそーみたいだけど……ひっかかるにゃ」

「何が?」

ユーリ「確かに、 $1000000000000000000000$ みたいに $0$ が《繰り返し》出てくるような数だったら、 $10^{21}$ って短く書けるからいいけど、そんな数ばっかりじゃないじゃん!」

「うん、それはそうか。ユーリの言うのも正しいな。 $10^{21}$は$\underbrace{10 \times 10 \times \cdots \times 10}_{\REMTEXT{$10$が$21$個}}$という形をしているから、 大きな数でも短く表せると」

ユーリ「そゆこと。何かを繰り返して作った数ならいーんだけど……あ!」

「なに?」

ユーリ「お兄ちゃん。ユーリ、おもしろいこと思いついた!」

「?」

冪乗の繰り返し

ユーリ「あのね、何回もやったら大きくなるんだから、何乗だともっと大きくなるよね!」

「え、どういう意味?」

ユーリ「だってそーでしょ? 何倍よりも何乗のほうが大きいもん!」

「いや、ユーリが言ってることの意味がわからないんだよ」

ユーリ「えー! 何でわかんないの! いまその話、してたばっかりじゃん」

「いましてた話って? いま話してたのはこういうことだろ?」

$$ \underbrace{10 \times 10 \times \cdots \times 10}_{\REMTEXT{$10$が$21$個}} $$

ユーリ「うん。これは $10$ を何個も使って掛け算したわけじゃん?」

「そうだね。 $21$ 個使って掛け算して、冪乗べきじょうを作った」

ユーリ「だったらさ、 $10$ を何個も使ってべきじょうしたら、すっごく大きな数になるよね! こんな感じ!」

$$ \underbrace{10^{10^{10^{\,\cdot\,^{\,\cdot\,^{\,\cdot\,^{10}}}}}}}_{\REMTEXT{$10$が$21$個}} $$

「お!」

ユーリ「ね、これってスーパー大きな数になるよね!」

「これは……すごいな」

ユーリ「すごい? ねーすごい?」

「ユーリ。いまユーリが思いついたこの話、村木先生から聞いたことがある」

ユーリ「へ? そなの? ゆーめーな話?」

「有名というほどでもないと思うけど、そういうことを考えた数学者がいたんだね」

ユーリ「そっか……なーんだ」

「いや、でも、ユーリの思いつきはすごいと思うよ。 冪乗っていうのは、掛け算つまり乗算の繰り返しだ」

ユーリ「うん」

「《乗算の繰り返し》に意味があるんだったら、 冪乗を繰り返した演算を考えたらどうなるか。《冪乗の繰り返し》ということだね」

ユーリ「そーそー、そー思ったんだよ。ユーリは」

「ユーリはそれを一人で気付いた。それはすごいことだよ。 お兄ちゃんは気付かなかった。村木先生に言われたとき、ああ、それは確かに《概念の自然な拡張》だと思ったけど」

ユーリ「なにその《がいねんのしぜんなかくちょー》って」

「いま言ったことだよ。冪乗という数学の概念……ここでは計算方法というか、 数の作り方になるけど……それを《乗算の繰り返し》だと考えた。 そしてそこから、新しい概念《冪乗の繰り返し》を考えようとした。 これは《概念の自然な拡張》になる」

ユーリ「ふーん。そんで、その《冪乗の繰り返し》はなんてゆーの?」

「名前のこと? テトレーションだよ」

テトレーション

ユーリ「テトラさん?」

「ちがうちがう。テトラちゃんじゃなくて、テトレーション。 乗算を繰り返して作る演算……つまり冪乗のことはエクスポーネンシエーションっていって、 冪乗を繰り返して作る演算はテトレーションっていうんだ」

ユーリ「へー」

「ギリシア語の接頭辞はモノ(1)→ジ(2)→トリ(3)→テトラ(4)という順番。 加算→乗算→冪乗→テトレーションという順番で $4$ 番目という意味で、 グッドシュタインという数学者がテトレーションと名前を付けた」

ユーリ「てとれーしょん……」

テトレーション

「整理しようか。まずこれが冪乗。エクスポーネンシエーション」

冪乗(exponentiation)は乗算の繰り返し

$$ a^{n} = \underbrace{a \times a \times a \times \cdots \times a}_{\REMTEXT{$n$個の$a$}} $$

ユーリ「ふんふん。 $n$ 個の $a$ を掛け算するんだね」

「そうだね。そしてこれがテトレーション」

テトレーション(tetration)は冪乗の繰り返し

$$ {}^na = \underbrace{a^{a^{a^{\cdot^{\cdot^{\cdot^{a}}}}}}}_{\REMTEXT{$n$個の$a$}} $$

ユーリ「うわなにこの変な書き方。 $a$ の左上に $n$ が来てる」

$$ {}^na $$

「うん。これはグッドシュタインの書き方らしいよ。物理学だと質量数に見えるけど、もちろんそれは無関係」

ユーリ「えっと、じゃさっそく ${}^{21}{10}$ を計算しよ!」

「ちょっと待ってユーリ。それは巨大過ぎるから、まずは小さな数で試してみようよ。こんなのはどうだろう」

問題1(テトレーションの計算)

次の数を計算しよう。

$$ {}^{3}{2} $$

ユーリ「こんなのカンタンだよー。だって、えーと、 $2$ を $3$ 個使うんでしょ? てことは、 $2$ を $2$ 乗して、それをまた $2$ 乗すればいーね!」

$$ {}^{3}{2} = 2^{2^2} = \left(2^{2}\right)^{2} \qquad \REMTEXT{(?)} $$

「そう考えたくなるけど、ちょっと違うんだよ、ユーリ。冪乗の繰り返しのときは、上から先に……指数しすうの方から先に計算するんだ。 だから、《$2$ を $2$ 乗して、それを $2$ 乗する》んじゃなくて、 《$2$ を〈 $2$ の $2$ 乗〉乗》するのが正しい」

ユーリ「うわややこしー!ニを、ニのニジョウジョウするの?」

「〈 $2$ の $2$ 乗〉は $4$ 乗のことだから、さっきの ${}^{3}{2}$ はこう計算する」

無料で「試し読み」できるのはここまでです。 この続きをお読みになるには「読み放題プラン」へのご参加が必要です。

ひと月500円で「読み放題プラン」へご参加いただきますと、 435本すべての記事が読み放題になりますので、 ぜひ、ご参加ください。


参加済みの方/すぐに参加したい方はこちら

結城浩のメンバーシップで参加 結城浩のpixivFANBOXで参加

(2014年4月18日)

[icon]

結城浩(ゆうき・ひろし) @hyuki


『数学ガール』作者。 結城メルマガWeb連載を毎週書いてます。 文章書きとプログラミングが好きなクリスチャン。2014年日本数学会出版賞受賞。

Twitter note 結城メルマガ Mastodon Bluesky Threads Home