登場人物紹介
僕:数学が好きな高校生。
ユーリ:僕のいとこの中学生。 僕のことを《お兄ちゃん》と呼ぶ。 論理的な話は好きだが飽きっぽい。
テトラちゃん:僕の後輩。 好奇心旺盛で根気強い《元気少女》。言葉が大好きな高校生。
僕はユーリやテトラちゃんといっしょに、双倉図書館で開催されている《音楽と数学》というイベントに来ている。
いまはオイラー格子のクイズを解いたところ(第288回参照)。
僕「……そうか、ということは同じルールで格子は広がっていくぞ!」
テトラ「こちらが解答パネルになります」
クイズの答え(オイラー格子)
オイラー格子は、水平方向には周波数を $3^m$ 倍し、垂直方向に $5^n$ 倍した音を表したものです。
周波数の $2$ の冪乗倍の違いは無視します。
僕「おもしろい、おもしろい。素因数を使った座標平面みたいだ」
ユーリ「座標平面?」
僕「だってそうだよ。このオイラー格子に出てくる音はみな、基準になる $C$ に対して、 $3^m5^n$ 倍になっている音」
ユーリ「$2$ の冪乗倍は無視して……だよね?」
僕「そうそう。それで、たとえば $C$ は $1$ 倍だから、 $1 = 3^05^0$ だけど、これは $(m,n) = (0,0)$ と見なせる」
ユーリ「ああ……それで座標?」
僕「うん、たとえば、 $G$ は $(m,n) = (1,0)$ だし、 $A$ は $(m,n) = (-1,1)$ になる」
ユーリ「むむむ……ちょっと待った。このオイラー格子には同じ名前の音が出てくるよ。 $A$ は $(-1,1)$ にもあるけど、 $(3,0)$ にもある!」
テトラ「本当ですね……オイラー格子の中には二箇所に同じ名前の音が出てきます。 $C$ を $3^m5^n$ 倍したことを $(m,n)$ で表すなら、 $A$ は二つあります」
ユーリ「テトラさんはもう答えを見たんじゃないの?」
テトラ「いえ、ユーリちゃんが気付いたこのことは、 クイズパネルにはなっていませんでした。 ですから、解答パネルもありません。 あたしも、同じ音名が出てくることには気付きませんでした……」
ユーリ「そんじゃ、答え、ないじゃん!」
僕「いやいや、これは《答えを教えてもらう問題》じゃないよ。 僕たちは十分な手がかりを持っていると思う。 だからこれは《答えを考えていく問題》なんだ。考えよう」
ユーリの疑問
オイラー格子には、二箇所に $A$ が出てくる。
これはどう考えたらいいのだろうか。
僕と、テトラちゃんと、ユーリはしばらく無言で考える。
僕「たぶん、わかったと思う」
テトラ「おそらく……こういうことでしょうか」
ユーリ「えー、まだわかんない。だって違うのに同じって変じゃん」
僕「こういうことだと思うんだけど、話してもいい?」
ユーリ「……いーよ」
僕「オイラー格子がどういうものかを考えて見当をつけたんだ。 $(-1,1)$ にある $A$ のことを $A(-1,1)$ と書くことにする。 $A(-1,1)$ の周波数は、 $C$ の周波数に対して、 $2^j3^{-1}5^1$ 倍になる。 $2$ の冪乗倍を無視するというのが表現しにくいから $2^j$ と仮に書いておくよ。 だから、たとえば、 $$ A(-1, 1) = C(0,0) \times 2^j \times 5/3 $$ のように書ける」
ユーリ「んー、その $5/3$ はテトラさんが作ってくれた純正律の楽譜の $5/3$ と同じことだよね?(第288回参照)」
純正律によるハ長調($C$ major)の音階($C$ を $1$ としたときの周波数比)
僕「そうだね。 $j = 0$ の場合はそうだよ。 $j = 1,2,3,\ldots$ と増やしていけば $1,2,3,\ldots$ オクターブ上の $A(-1,1)$ になり、 $j = -1,-2,-3,\ldots$ と減らしていけば $1,2,3,\ldots$ オクターブ下の $A(-1,1)$ になる」
テトラ「あっ、ということはオイラー格子は地層のように積み重なっているんですねっ!」
ユーリ「おー!」
僕「おお……すごいな!」
テトラ「あ、す、すみません。お話の続きを……」
僕「ええと、だから $A(-1,1)$ はたとえば $C$ の $5/3$ 倍かもしれない。 同じように考えると、 $A(3,0)$ はどうだろうか」
ユーリ「そりゃ $3^3$ だから $27$ 倍でしょ? それの $2^j$ 倍」
僕「そうだね。でも混乱しないように別の文字 $k$ を使って $2^k$ 倍としようか。だから、たとえば、 $$ A(3, 0) = C(0,0) \times 2^k \times 27 $$ のように書ける」
ユーリ「……」
僕「だから、僕たちの注目すべきところは、 $A(-1,1)$ に出てきた $2^j \times 5/3$ と、 $A(3, 0)$ に出てきた $2^k \times 27$ はどんな意味で同じか? なんだと思うよ」
ユーリ「全然違うじゃん」
僕「$2^j \times 5/3$ で、 $j = 0$ として、分数表記じゃなくて小数表記にしてみよう。そうすると、 $$ \begin{align*} 2^0 \times 5/3 &= 1.666\cdots \end{align*} $$ になるよね。 $C$ の周波数を $1.666\cdots$ 倍すると $A(-1,1)$ になる」
ユーリ「あっ、そっか! わかった! $k$ を動かして $2^k \times 27$ を計算すると $1.666\cdots$ に近くなる?」
テトラ「きっとそうですよ!」
僕「やってみよう!」
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