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第274回 シーズン28 エピソード4
放物線をつかまえて:投げたボールを追いかける(後編)

書籍『数学ガールの物理ノート/ニュートン力学』

この記事は『数学ガールの物理ノート/ニュートン力学』として書籍化されています。

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登場人物紹介

:数学が好きな高校生。

ユーリのいとこの中学生。 のことを《お兄ちゃん》と呼ぶ。 論理的な話は好きだが飽きっぽい。

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図にしてみよう

ユーリは、 『ボールを投げると放物線を描いて飛ぶのはなぜか』という疑問について議論を続けている。

ニュートンの運動方程式を使って、いよいよ放物線 $y = Ax^2$ に迫っていくところ。

「……だから、質点の運動を考えるときには、計算しやすいように力を分解してかまわない(第273回参照)。 僕たちは、ボールを投げたときの運動を考えたい。 地球からの引力は鉛直下向き。その方向に $y$ 軸を選んだ。そうすると計算が楽になる。 どうしてかというと、力の $x$ 成分が $0$ になって、 $x$ 方向には力が働かないことがいえるからね。 じゃ、いよいよ $x$ 方向と $y$ 方向それぞれにニュートンの運動方程式を使うよ!」

ユーリ「おー!」

「僕たちが考えようとしている質点の状況を改めて図にしていこう。質点を水平方向に投げるようすだよ。《質量》は $m$ とする」

ユーリ「えーと、この $\FORCE$ が引力だよね?」

「そう。 $\FORCE$ は地球からこの質点に掛かる《力》。ユーリのいう通り、引力だよ。重力ということもあるね。 質点の運動を考えるときには、質点に掛かる力を《もれなく、だぶりなく》見つける必要があるけど、 ここでは地球から掛かる引力しかないから話は簡単だ」

ユーリ「そだね」

「そして、力を考えるときには《向き》《大きさ》に注意する必要がある。《向き》だけでもだめで、《大きさ》だけでもだめ。 力はベクトルだから」

ユーリ「引力は下向き」

「うん、そう。地球が質点を真下に引っ張るから、質点に掛かる力の《向き》は鉛直下向きになる。 ちょうど $y$ 軸をそこに重ねて、 $y$ 軸の正の向きを下にしておく。計算が簡単になるようにするため。 力の《大きさ》は一定で $\FORCE$ の大きさということになるけど、 実際には $y$ 成分の大きさだけだけど。下向きだから」

ユーリ「ほいほい」

「さて、この図には、質点の初めの《位置》が書いてある」

ユーリ「$(0,0)$」

「うん、質点の初めの《位置》を原点 $O$ に取ることにする。つまり $(x, y) = (0, 0)$ に定めた。これも、計算が簡単になるための工夫」

ユーリ「ふむふむ」

「《位置》を座標平面の点として見るときには、 $$ (x, y) = (0, 0) $$ のように書く方がなじみがあるけど、 ベクトルとして考えるときには、縦に並べて、 $$ \VECV{x}{y} = \VECV{0}{0} $$ のように書いてもいいね」

ユーリ「同じことだから?」

「そう、結局 $x = 0$ で $y = 0$ ということをいってるだけだからね。さて、と。ここでクイズだよ」

ユーリ「クイズ?」

「僕たちはいま、 質点を水平方向に投げたときに放物線を描くというのを確かめたいと思っている。 さっきは、質点の《力》と初めの《位置》を定めたよね」

ユーリ「うん、それがどしたの? クイズって何?」

「質点の運動を考えるためには、それ以外に何を定める必要があるかな?」

ユーリ「《質量》と、《力》と、初めの《位置》以外に足りないものがあるってこと?」

「そうそう、そういうこと。ボールを投げているときのようすを想像するんだ。《力》が掛かってる。初めの《位置》が決まっている。ボールが飛んでいくようすを……」

ユーリ「静かにして……」

「はいはい……」

ユーリ「……」

「……」

ユーリは口を閉じ、思考モードに入った。

説明を聞いているだけだと、わかった気になってしまう。

描かれたものを見るだけだと、知ってたような錯覚に陥ってしまう。

説明されていないこと、描かれていないものを見つけるのは難しい。

ユーリ「たぶんだけど……《時刻》は絶対必要だよね。そーゆーこと?」

「すごい! よく気付いたねえ。そうなんだ。 運動を考えるためには、《時刻》が変化していくときに《位置》がどう変化するかを考えたい。 だから、《時刻》は決めておく必要がある。 話を簡単にするために、投げる瞬間の《時刻》を $0$ としよう。 《時刻》を $t$ で表すとすると、投げる瞬間の時刻は $t = 0$ と表せることになる。 それからね……」

ユーリ「ちょっと待って、お兄ちゃん。足りないもの、もっとあるよね」

「おお、気付いたかな?」

ユーリ「えーと、ボールを水平方向に投げるじゃん? でも、思いっきり投げるときと、軽く投げるときは違うよね」

「そうだね!」

ユーリ「《それ》が足りない」

「《それ》とは?」

ユーリ「……うーん、でも、水平方向には力は掛からないんだよね?」

「質点に働く力は引力だけだから、下向きの力しか存在しない。水平方向に力は掛からない」

ユーリ「でも、遠くまで投げるときってあるじゃん……わかんねー!」

「答えを言ってもいいかな」

ユーリ「しかたないなー。言わせてあげよう!」

「初めの《速度》だよ。ボールを投げるんだから、質点には初めの《速度》を持っているはずなんだ」

ユーリ「速度! あー、そっかー!」

「ユーリが言った『思いっきり投げる』や『軽く投げる』というのは、初めの《速度》の大きさの違いを表現していたんだね」

ユーリ「うー……」

「ユーリが言った通り、手でボールを投げた瞬間、ボールに手から掛かる《力》はなくなる。 《力》はなくなるけれど、初めの《速度》はある。もしも初めの《速度》がないとしたら、 それはボールを投げたときじゃなくて、ボールからそっと手を離してぽとり……と落とすときになる」

ユーリ「……」

「足りないものが《時刻》と《速度》っていうのは納得した?」

ユーリ「納得した……でも、なんだか悔しい。だって、ユーリ、《速度》のこと知ってたもん! わかってたもん!」

「そうだよね」

ユーリ「《時刻》で微分するたびに、《位置》→《速度》→《加速度》になるのもわかってたのにー!」

「うんうん、そうだよね。さて、僕たちの図をこんなふうに書き換えてみた。追加したのは、 $$ t = 0 \qquad \REMTEXT{《時刻》} $$ と、 $$ \VELOCITY = \VECV{V_x}{V_y} \qquad \REMTEXT{《速度》} $$ の二つ。速度はベクトルだから太字で書いて、 $x$ 成分と $y$ 成分をそれぞれ $V_x$ と $V_y$ にしたよ」

ユーリ「ふむふむふむー!」

「この図がボールを投げる瞬間を表しているとしたら、こんなふうに《読む》ことができる」

  • 《質量》が $m$ である質点が、
  • 《時刻》$t = 0$ で、
  • 初めの《位置》$(x,y) = (0,0)$ にあり、
  • 初めの《速度》$\VELOCITY$ を持っていて、
  • 《力》$\FORCE$ が掛かっている状況。

ユーリ「おもしろーい!」

「お? いまのは整理しただけなんだけど、何かおもしろい要素あった?」

ユーリ「バラバラにしてるとこ! 《ボールを投げる》ことを、 《質量》《時刻》《位置》《速度》《力》ってバラバラにしてるじゃん! それが何かおもしろい!」

「なるほどねえ……そういうところがツボなんだ」

ユーリ「ところでお兄ちゃん。 《位置》を $(x,y)$ で表してたけど、ほんとは、 $$ (x(t), y(t)) $$ だよね? さっき言ってたじゃん(第272回参照)」

「おおっと、それはすごい! その通り。どちらも時刻 $t$ の関数だからね!」

ユーリ「それから、もしかすると、 $V_x$ とか $V_y$ ってゆーのは、実は $V_x(t)$ や $V_y(t)$ なんじゃないの?」

「冴えてるなあ! 正解だよ」

ユーリ「そうでしたら、きちんと書いた方がわかりやすいんじゃないかしら?」

「急にお嬢様になったな。確かに $V_x(t)$ と書けば、これは速度の $x$ 成分で、時刻 $t$ の関数であるということがわかりやすいね」

ユーリ「よろしい。それでは、話を先に進めてくれたまえ」

「急にお偉方になったな」

$x$ 方向を考える

ユーリ「ほんで、ここからどーすんの?」

「うん。 $x$ 方向と $y$ 方向に分けて考える。まずは $x$ 方向から行こう。 $x$ 方向だけを見て、ニュートンの運動方程式を当てはめるんだ。 僕たちが使える道具は、いまのところニュートンの運動方程式だけだからね。 ニュートンの運動方程式を $x$ 方向と $y$ 方向に分けて書くとこうだったね(第273回参照)」

ニュートンの運動方程式

$$ \begin{cases} F_x &= m\alpha_x \\ F_y &= m\alpha_y \\ \end{cases} $$

ユーリ「$x$ 方向だけで考えるってことは、 $$ F_x = m\alpha_x $$ を使うんじゃな」

「そういうことになるね。 いま僕たちがやろうとしているのは《力》$F_x$ と《質量》$m$ がわかっているときに《加速度》$\alpha_x$ を求めること」

ユーリ「そっか」

「$F_x = m\alpha_x$ で、 $F_x$ は力の $x$ 成分で、 $m$ は質量で、 $\alpha_x$ は加速度の $x$ 成分になる。 ところで $F_x$ は具体的に値がわかるんだけど……ユーリはわかる?」

ユーリ「えっと、たぶん、 $F_x = 0$ かな?」

「それは、どうして?」

ユーリ「だって、《力》は下向きだから」

「そうだね。《力》は鉛直下向き。ということは、 $y$ 成分しかない。 $x$ 成分は $0$ になる。 あえて式で書くなら、 $$ \FORCE = \VECV{F_x}{F_y} = \VECV{0}{F_y} $$ ということ」

ユーリ「《力》が $0$ だと《加速度》も $0$ になる?」

「そういうことになる。いまのはニュートンの運動方程式からいえることだね。 ニュートンの運動方程式は、 $$ F_x = m\alpha_x $$ だ。ここで $F_x = 0$ としてみると、 $$ 0 = m\alpha_x $$ になる。だから、 $$ \alpha_x = 0 $$ がいえたことになる。これで、 $x$ 方向の加速度 $\alpha_x$ は $0$ であることがわかった」

ユーリ「ダウト!」

「えっ、何がダウト?」

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(2019年11月8日)

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書籍化にあたっては、加筆修正をたくさん行い、 練習問題や研究問題も追加しました。

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結城浩(ゆうき・ひろし) @hyuki


『数学ガール』作者。 結城メルマガWeb連載を毎週書いてます。 文章書きとプログラミングが好きなクリスチャン。2014年日本数学会出版賞受賞。

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