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第249回 シーズン25 エピソード9
「考える」ことの意味(前編)

書籍『数学ガールの秘密ノート/学ぶための対話』

この記事は『数学ガールの秘密ノート/学ぶための対話』として書籍化されています。

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登場人物紹介

:数学が好きな高校生。

ユーリのいとこの中学生。 のことを《お兄ちゃん》と呼ぶ。 論理的な話は好きだが飽きっぽい。

ノナユーリの同級生。 ベレー帽をかぶってて、丸い眼鏡を掛けていて、ひとふさだけの銀髪メッシュ。 数学は苦手だけど、興味を持ってる中学生。

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リビングにて

ここはの家のリビング。

いまはおやつタイム。

と、いとこのユーリと、そのクラスメートのノナがいっしょにテーブルについている。

「ノナちゃんの『お持たせ』ですみませんけど、はいどうぞ」

はそう言いながら、 どら焼きを皿に乗せて持ってきた。

そうか、あの菓子折か……(第247回参照

ユーリ「いただきまーす! ねーお兄ちゃん、オモタセって何?」

「お客さんからもらったお土産を、 そのお客さん本人のおもてなしに使うとき、 そのお土産のことを『お持たせ』っていうんだよ」

ユーリ「へー……知らなかった」

ノナ「いただきます $\NONAHEART$」

「ここのは、とっても美味しいのよ。 お母様にもよろしくお伝えしてね、ノナちゃん」

ノナ「はい $\NONA$」

ノナの手が小さいせいか、 両手で持ったどら焼きが大きく見えるな。

彼女がにこにこしながら食べている様子を見ながら、 はそんなことを考える。

ユーリ「数学だって覚えることあるよね、お兄ちゃん」

「いきなり何の話?」

ユーリ「数学は暗記じゃなくて理解だぞ、ってお兄ちゃん言ってたじゃん。 でも、何にも覚えてなかったら問題だって解けないんじゃね?」

「ねえユーリ。 『暗記じゃなくて理解だぞ』なんて言ってないからね」

ユーリ「そーだっけ」

「すぐに『暗記しよう』とするんじゃなくて、まずは『理解しよう』とは言ったけど」

ユーリ「でもさー、自分が理解したことを忘れたらだめじゃん? だから結局、覚えることはあるよね」

「理解して覚えるというのと、暗記……丸暗記は違うと思うよ」

ユーリ「何が違うの? 暗記を定義して議論せよ!」

ノナ「おいしい $\NONAHEART$」

「たとえばノナちゃんは、数式 $y = x$ がこの直線を表すことを知っている」

数式 $y = x$ が表している直線

ノナ「覚えてる……覚えてます $\NONA$」

「ノナちゃんは覚えている。では、ノナちゃんは、 数式 $y = x$ がこの直線を表すということを理解しているか……」

ノナ「わからない……わかりません $\NONAX$」

ユーリ「『覚えている』と『理解している』は何が違うの? おーい、わかんなくなってきたぞー」

「直線の図を見せられて、 記憶からパッと数式を取り出せるなら、 それは『覚えている』といえるよね」

ユーリ「頭ん中をググる」

「それはそれでいいんだけど、『理解している』としたら、もっと違うことができる」

ユーリ「とゆーと?」

「直線と数式の関係を理解しているなら、たとえば、こんなクイズに答えられる」

《クイズ1》

数式 $y = x$ が表している直線を、 $1$ だけ上に動かした直線は、どんな数式で表されるか。

ユーリ「カンタン!  $y = x + 1$ でしょ?」

《クイズ1》の答え

数式 $y = x$ が表している直線を、 $1$ だけ上に動かした直線は、数式 $y = x + 1$ で表される。

「ノナちゃんは、いまのクイズわかる?」

ノナ「はい……何となく $\NONA$」

ユーリ「でも、それって暗記と理解の違いなの? クイズに答えられるかどーか」

「図形と数式を丸暗記してるだけだと、 $y = x$ を動かしたらどうなるかには答えられないからね」

ユーリ「いーや、そんなことはないね」

ユーリは腕組みをして、ふむっと鼻を鳴らす。

ノナはそんなユーリを見つめる。

ユーリ「だってさー、 $y = x$ という直線を $1$ だけ上げたら、 $y = x + 1$ という直線になるし、 $2$ だけ上げたら、 $y = x + 2$ という直線になるし、 $3$ だけ上げたら、 $y = x + 3$ という直線になるし……ってぜーんぶ覚えている《暗記王》みたいな人がいるかもしんないじゃん?」

「そんな人、いるかなあ……もちろん、 一般化して覚えている人はいるだろうけど」

ノナ「$y = ax$ を $b$ だけ上げたら $y = ax + b$ になる $\NONA$」

「ノナちゃん、覚えてるんだ」

ノナ「暗記……暗記しました $\NONA$」

そこが不思議だ、とは思った。

ノナが何をどのくらい理解しているのかがよくわからない。

とても一般的なことをわかっているように感じることもあるのに、 とても具体的なことがわかっていないように感じることもある。

は、いまだにノナのことがわからない。

「暗記と理解の違いか……うん、確かにユーリの言うように、クイズのパターンをたくさん覚えたとする。 だとすると、パターンに当てはまるクイズが出てきたら、パパッと答えることができる」

ユーリ「当たり前じゃん」

「でも、パターンに当てはまらないクイズが出たら、まったく答えられなくなる。覚えていないから」

ユーリ「それも当たり前」

「仮に暗記だけして、何も理解していないとするなら、 パターンに当てはまらないクイズが出たときには、まったく答えられなくなる。 しかも、考えることすらできない。一歩も進めなくなるんだ。 覚えたパターンでしか答えられない」

ユーリ「たとえば?」

「たとえば、こんなクイズ

《クイズ2》

数式 $y = x$ が表している直線を、 $1$ だけ上に動かした直線は、 どうして、数式 $y = x + 1$ で表されるといえるのだろうか。

ユーリ「どーして?」

「そう。どうしてそういえる?」

ユーリ「だってさー……」

「ちょっと待って、ユーリ。 このクイズはノナちゃんに答えてもらいたいんだけど」

ユーリ「りょーかーい」

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(2019年1月11日)

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この記事は『数学ガールの秘密ノート/学ぶための対話』として書籍化されています。

書籍化にあたっては、加筆修正をたくさん行い、 練習問題や研究問題も追加しました。

どの巻からでも読み始められますので、 ぜひどうぞ!

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結城浩(ゆうき・ひろし) @hyuki


『数学ガール』作者。 結城メルマガWeb連載を毎週書いてます。 文章書きとプログラミングが好きなクリスチャン。2014年日本数学会出版賞受賞。

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