この記事は『数学ガールの秘密ノート/学ぶための対話』として書籍化されています。
登場人物紹介
僕:数学が好きな高校生。
ユーリ:僕のいとこの中学生。 僕のことを《お兄ちゃん》と呼ぶ。 論理的な話は好きだが飽きっぽい。
ノナ:ユーリの同級生。 ベレー帽をかぶってて、丸い眼鏡を掛けていて、ひとふさだけの銀髪メッシュ。 数学は苦手だけど、興味を持ってる中学生。
ここは僕の家のリビング。
いまはおやつタイム。
僕と、いとこのユーリと、そのクラスメートのノナがいっしょにテーブルについている。
母「ノナちゃんの『お持たせ』ですみませんけど、はいどうぞ」
母はそう言いながら、 どら焼きを皿に乗せて持ってきた。
そうか、あの菓子折か……(第247回参照)
ユーリ「いただきまーす! ねーお兄ちゃん、オモタセって何?」
僕「お客さんからもらったお土産を、 そのお客さん本人のおもてなしに使うとき、 そのお土産のことを『お持たせ』っていうんだよ」
ユーリ「へー……知らなかった」
ノナ「いただきます $\NONAHEART$」
母「ここのは、とっても美味しいのよ。 お母様にもよろしくお伝えしてね、ノナちゃん」
ノナ「はい $\NONA$」
ノナの手が小さいせいか、 両手で持ったどら焼きが大きく見えるな。
彼女がにこにこしながら食べている様子を見ながら、 僕はそんなことを考える。
ユーリ「数学だって覚えることあるよね、お兄ちゃん」
僕「いきなり何の話?」
ユーリ「数学は暗記じゃなくて理解だぞ、ってお兄ちゃん言ってたじゃん。 でも、何にも覚えてなかったら問題だって解けないんじゃね?」
僕「ねえユーリ。 『暗記じゃなくて理解だぞ』なんて言ってないからね」
ユーリ「そーだっけ」
僕「すぐに『暗記しよう』とするんじゃなくて、まずは『理解しよう』とは言ったけど」
ユーリ「でもさー、自分が理解したことを忘れたらだめじゃん? だから結局、覚えることはあるよね」
僕「理解して覚えるというのと、暗記……丸暗記は違うと思うよ」
ユーリ「何が違うの? 暗記を定義して議論せよ!」
ノナ「おいしい $\NONAHEART$」
僕「たとえばノナちゃんは、数式 $y = x$ がこの直線を表すことを知っている」
数式 $y = x$ が表している直線
ノナ「覚えてる……覚えてます $\NONA$」
僕「ノナちゃんは覚えている。では、ノナちゃんは、 数式 $y = x$ がこの直線を表すということを理解しているか……」
ノナ「わからない……わかりません $\NONAX$」
ユーリ「『覚えている』と『理解している』は何が違うの? おーい、わかんなくなってきたぞー」
僕「直線の図を見せられて、 記憶からパッと数式を取り出せるなら、 それは『覚えている』といえるよね」
ユーリ「頭ん中をググる」
僕「それはそれでいいんだけど、『理解している』としたら、もっと違うことができる」
ユーリ「とゆーと?」
僕「直線と数式の関係を理解しているなら、たとえば、こんなクイズに答えられる」
《クイズ1》
数式 $y = x$ が表している直線を、 $1$ だけ上に動かした直線は、どんな数式で表されるか。
ユーリ「カンタン! $y = x + 1$ でしょ?」
《クイズ1》の答え
数式 $y = x$ が表している直線を、 $1$ だけ上に動かした直線は、数式 $y = x + 1$ で表される。
僕「ノナちゃんは、いまのクイズわかる?」
ノナ「はい……何となく $\NONA$」
ユーリ「でも、それって暗記と理解の違いなの? クイズに答えられるかどーか」
僕「図形と数式を丸暗記してるだけだと、 $y = x$ を動かしたらどうなるかには答えられないからね」
ユーリ「いーや、そんなことはないね」
ユーリは腕組みをして、ふむっと鼻を鳴らす。
ノナはそんなユーリを見つめる。
ユーリ「だってさー、 $y = x$ という直線を $1$ だけ上げたら、 $y = x + 1$ という直線になるし、 $2$ だけ上げたら、 $y = x + 2$ という直線になるし、 $3$ だけ上げたら、 $y = x + 3$ という直線になるし……ってぜーんぶ覚えている《暗記王》みたいな人がいるかもしんないじゃん?」
僕「そんな人、いるかなあ……もちろん、 一般化して覚えている人はいるだろうけど」
ノナ「$y = ax$ を $b$ だけ上げたら $y = ax + b$ になる $\NONA$」
僕「ノナちゃん、覚えてるんだ」
ノナ「暗記……暗記しました $\NONA$」
そこが不思議だ、と僕は思った。
ノナが何をどのくらい理解しているのかがよくわからない。
とても一般的なことをわかっているように感じることもあるのに、 とても具体的なことがわかっていないように感じることもある。
僕は、いまだにノナのことがわからない。
僕「暗記と理解の違いか……うん、確かにユーリの言うように、クイズのパターンをたくさん覚えたとする。 だとすると、パターンに当てはまるクイズが出てきたら、パパッと答えることができる」
ユーリ「当たり前じゃん」
僕「でも、パターンに当てはまらないクイズが出たら、まったく答えられなくなる。覚えていないから」
ユーリ「それも当たり前」
僕「仮に暗記だけして、何も理解していないとするなら、 パターンに当てはまらないクイズが出たときには、まったく答えられなくなる。 しかも、考えることすらできない。一歩も進めなくなるんだ。 覚えたパターンでしか答えられない」
ユーリ「たとえば?」
僕「たとえば、こんなクイズ」
《クイズ2》
数式 $y = x$ が表している直線を、 $1$ だけ上に動かした直線は、 どうして、数式 $y = x + 1$ で表されるといえるのだろうか。
ユーリ「どーして?」
僕「そう。どうしてそういえる?」
ユーリ「だってさー……」
僕「ちょっと待って、ユーリ。 このクイズはノナちゃんに答えてもらいたいんだけど」
ユーリ「りょーかーい」
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この記事は『数学ガールの秘密ノート/学ぶための対話』として書籍化されています。
書籍化にあたっては、加筆修正をたくさん行い、 練習問題や研究問題も追加しました。
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