この記事は『数学ガールの秘密ノート/学ぶための対話』として書籍化されています。
登場人物紹介
僕:数学が好きな高校生。
ユーリ:僕のいとこの中学生。 僕のことを《お兄ちゃん》と呼ぶ。 論理的な話は好きだが飽きっぽい。
ノナ:ユーリの同級生。 ベレー帽をかぶってて、丸い眼鏡を掛けていて、ひとふさだけの銀髪メッシュ。 数学は苦手だけど、興味を持ってる中学生。
ここはリビング。
僕と、いとこのユーリと、数学が苦手なノナがおしゃべりをしている。
おしゃべりといっても、主に僕がノナに教えているんだけど……
ノナ「はじめっからわからない……わかりません $\NONAEX$」
僕「大丈夫。それでもいいよ。時間はたっぷりある。ノナちゃんの《はじめ》はどこだろう。教えてほしいな」
ノナ「一次方程式ってなに……なになの $\NONAQ$」
ちょっと待ってよ、と僕は思う。
ノナは移項もできるし、さっきもちゃんと一次方程式の解き方がわかっていたじゃないか。少なくとも解き方を知っていたはずだ(第247回参照)。
その状態から「一次方程式は何か」という問いが出てくることは驚きだな。
でも。
でも、ここでまた早口になって教えちゃいけないぞ、と僕は思う。
からんだ毛糸玉をほぐすのには、時間が掛かるのだ。
僕「ノナちゃんは、一次方程式が何か知らない?」
ノナ「気になる……気になることだから $\NONA$」
僕「ああ、そうだね。『何か気になることがあったら何でも言っていい』って僕が言ったから聞いたんだね」
ノナは、こくんと頷く。
ユーリ「さっきの $2x - 1 = 3$ みたいなのが一次方程式だよん、ノナ」
ノナ「$ax + b = 0$ じゃないの $\NONAQ$」
ユーリ「ノナ、わかってんじゃん。 $2x - 1 = 3$ は $3$ を移項したら $2x - 4 = 0$ だし」
ノナ「$\NONAQ$」
僕「ノナちゃんは、 $ax + b = 0$ というのが一次方程式だと知っているんだね」
ノナ「暗記……暗記しました $\NONA$」
僕「さっきから僕たちはずっと、 $3x - 1 = x + 3$ や、 $2x - 1 = 3$ や、 $2x = 4$ のような等式について話していたけど、 あれはぜんぶ一次方程式なんだよ」
ノナ「$ax + b = 0$ は $\NONAQ$」
僕「うん、 $ax + b = 0$ は、一次方程式というものを一般的に書いたものなんだ。 はい『いっぱんてき』」
ノナ「$\NONAQ$」
ユーリ「いっぱんてき……って復唱しろって意味でしょ?」
ノナ「いっぱんてき $\NONA$」
僕「そう。 $2x - 4 = 0$ というのは $x$ についての一次方程式だけど、 あくまで一次方程式のひとつに過ぎないんだよ。具体例ということだね。 他にも無数に一次方程式は存在する」
ノナ「たくさん $\NONA$」
僕「無数にあるから、一次方程式というものをまとめて考えたい。 そういうときには $ax + b = 0$ のように、 $a$ や $b$ という文字を使って書くんだよ。 そういう書き方のことを『一般的に書くと』といったり、 『一般的に表現すると』といったりする……難しくないよね」
ノナ「大丈夫……大丈夫です $\NONA$」
でも僕は、ノナの目が落ち着かない動きをしているのに気付く。
一次方程式についてもちゃんと話した方がいいのかな。
僕「ついでだから『一次方程式とは何か』をきちんと話しておこうか。つまり、一次方程式の定義だね……」
僕が話していると……キッチンにいたはずの母がすっとノナのそばに寄ってきて、彼女に何かをささやいた。
ノナはお辞儀をして、母に連れられてリビングから出て行った。
僕「あれ……ノナちゃん?」
ユーリ「察してよね、お手洗いでしょ!」
僕「あ、そう……そうなんだ」
ノナが戻ってきて、トーク再開。
僕「ついでだから『一次方程式とは何か』をきちんと話しておくよ。一次方程式の定義だね」
ノナ「はい $\NONA$」
僕「$2x - 4 = 0$ は、 $x$ についての一次方程式。一次方程式の具体例だね。 これ以外にも一次方程式はたくさんある。 じゃあ、どういうものを一次方程式というのかな? それに答えるのが『一次方程式の定義』なんだ」
一次方程式の定義
ある数を $x$ という文字で表すとする。
そしてその数 $x$ は、 $$ ax + b = 0 $$ という等式を満たしているとする。
ただし、 $a$ と $b$ は数を表していて、 さらに $a$ は $0$ に等しくないとする。
このとき、 $$ ax + b = 0 $$ を「$x$ についての一次方程式」という。
また、 $x$ をこの一次方程式の「未知数」という。
さらに、 $ax + b = 0$ を満たす $x$ の値を求めることを、 この一次方程式を解くという。
ノナ「暗記……暗記しますか $\NONAQ$」
僕「あのね、ノナちゃん。暗記するよりも前に、この定義を読んで、理解してみようよ。 ノナちゃんはすでに移項もできるし、 $2x - 4 = 0$ のような一次方程式も解ける。 だから、一次方程式についてはもう知っているんだよ、ノナちゃんは」
ノナ「$\NONAQ$」
僕「だから、 ノナちゃんの心の中にある一次方程式と照らし合わせるようにして定義を読むといいんだ」
ユーリ「まわりくどーい」
僕「定義や式の扱いに慣れてしまえばまわりくどいかもしれないけど、 教科書や参考書に書かれた定義の読み方に慣れるまでは、 意識的にやらないと難しいよ、ユーリ」
ユーリ「そーなんだ」
僕「具体的に、 $2x - 4 = 0$ という一次方程式と照らし合わせて定義を読んでみようか。 定義に出てきた『ある数を $x$ という文字で表す』というのはすぐわかるよね。 $2x - 4 = 0$ でも同じく $x$ という文字で表している、この $x$ のこと」
ノナ「はい $\NONA$」
僕「それから定義には『$x$ は、 $ax + b = 0$ という等式を満たしているとする』というのも出てきた。 ここでは $ax + b = 0$ という等式が出てきたね。 これは $2x - 4 = 0$ という等式と同じような形をしているかな?」
ノナ「$ax + b = 0$ と $2x - 4 = 0$ を比べる $\NONAQ$」
僕「そうそう! その通り! 定義するときに一般的に書かれた $ax + b = 0$ という等式と、 具体例としてノナちゃんが知っている $2x - 4 = 0$ とをていねいに比べるんだよ」
ユーリ「$a$ が $2$ で、 $b$ が $-4$ だにゃ」
僕「そういうことだね。ノナちゃんは大丈夫?」
ノナ「プラス……プラスは $\NONAQ$」
僕「そう! ノナちゃんはていねいに比べたね。 $ax + b = 0$ にはプラス($+$)が出てくるけど、 $2x - 4 = 0$ にはプラスは出てこない。どういうことかな?」
ユーリ「だって、 $-4$ を足してる!」
僕「そういうことになる。 $2x - 4 = 0$ という等式は、 意味をまったく変えないで、 $2x + (-4) = 0$ と書き換えることができる。 こうすればプラスが出てくる。 $ax + b = 0$ の $b$ に相当するのは、 $-4$ だとわかる。ノナちゃんはわかる?」
$$ \begin{array}{cccccc} a&x&&+&&b& &=&&0 \\ \vdots&\vdots&&&&\vdots&&&&\vdots\\ 2&x&&+&&(-4)& &=&& 0 \\ \end{array} $$
ノナ「直してもいいの……いいんですか $\NONAQ$」
僕「直す、というのは式変形のことだね。 いいんだよ。 $2x - 4 = 0$ という式は、 $2x + (-4) = 0$ とまったく同じ意味だからね。 意味を変えなければ、式は自由に変形してもかまわない。 $ax + b = 0$ のように一般的な形で書くと便利だけど、 細かいところでは直してから見比べる必要があるんだね。 そこは慣れないとちょっと難しいかもしれない」
ノナ「はい $\NONA$」
僕「それにしても、ノナちゃんはちゃんと見てるよね。 $ax + b = 0$ にはプラスが出てきているけど、 $2x - 4 = 0$ ではプラスは出てきていない。 ちゃんとその違いに気がつくんだから!」
僕は、少し大げさにそう言った。
ノナは両手で頬を押さえる。照れくさそうだ。
ノナ「$\NONAHEART$」
僕「ここまでで、一次方程式の定義に出てきた $ax + b = 0$ という一般的な等式と、 ノナちゃんが知っている $2x - 4 = 0$ という具体的な等式を見比べることができたね。 ところで定義の中には条件が出てきてた」
ユーリ「$a$ は $0$ じゃない!」
僕「そうだね。『ただし、 $a$ と $b$ は数を表していて、さらに $a$ は $0$ に等しくないとする』というもの。 ここでは特に『$a$ は $0$ に等しくない』という条件がついていた。 数学で定義を読むときには、こういう条件に気をつける必要があるんだよ。じょうけん」
ユーリ「じょーけん」
ノナ「じょうけん $\NONAQ$」
僕「そう、条件。『$a$ は $0$ に等しくない』という条件は言葉で表しているけど、 式を使って $a \NEQ 0$ のように条件を表すことも多いね。 だから一次方程式というと、 $$ ax + b = 0 \qquad (a \NEQ 0) $$ みたいに $a \NEQ 0$ という条件がどこかに書いてあったりする」
ノナ「じょうけん $\NONAQ$」
僕「それから『未知数』という言葉と、『一次方程式を解く』という言葉が出てきてた。 一次方程式の未知数というのは、 $ax + b = 0$ でいう $x$ のこと。 $2x - 4 = 0$ でいう $x$ のこと。 それから『解く』というのは、一次方程式を満たす $x$ の値を求めること。これは難しくないよね」
ノナ「大丈夫……大丈夫です $\NONA$」
ユーリ「『先輩。質問があります!』」
僕「ユーリ、どうした?」
ユーリ「えへへー。テトラさんの真似だよん」
僕「がく。質問って?」
ユーリ「等式と一次方程式って同じなの?」
僕「なるほど。等式っていうのは、ナントカ・イコール・ナントカになっている形の式だね。 大ざっぱにいえば「$=$」が出てくる式が等式。左辺と右辺の値が等しいと主張している式」
ユーリ「一次方程式は違うの?」
僕「一次方程式の定義に出てきた $ax + b = 0$ というのは等式だよね」
ユーリ「ナントカ・イコール・ナントカ。 $ax + b$ と $0$ が等しいことを表す等式」
僕「そういうこと。 $x$ のような未知数を含んでいて、 $ax + b = 0$ という特別な形をしている等式のことを一次方程式というんだ。 だから『一次方程式と等式は同じ』というわけにはいかないね。 たとえば $1 + 2 = 3$ は等式だけど、一次方程式じゃない」
ユーリ「あー、そかそか」
僕「でも、一次方程式は等式を使って定義されている、とは言える」
ユーリ「『わかりましたっ、先輩!』」
僕「そういう小芝居はいいから」
ユーリ「ちぇ」
僕「そんなことよりも大事なのは、一次方程式や等式のように言葉はいろいろ出てくるけど、 イコール($=$)の意味はいつでも同じだということ。 等式はいつでも、左辺と右辺が等しいということを表しているんだ。 否定形になっているけど、 $a \NEQ 0$ もそうだね。これは $a$ と $0$ が等しくないということを表してる」
ノナ「どう注意するの……注意するんですか $\NONAQ$」
僕「え?」
ノナ「条件に注意するって何……どういうことですか $\NONAQ$」
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この記事は『数学ガールの秘密ノート/学ぶための対話』として書籍化されています。
書籍化にあたっては、加筆修正をたくさん行い、 練習問題や研究問題も追加しました。
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