この記事は『数学ガールの秘密ノート/学ぶための対話』として書籍化されています。
登場人物紹介
僕:数学が好きな高校生。
テトラちゃん:僕の後輩の高校生。 好奇心旺盛で根気強い《元気少女》。言葉が大好き。
僕とテトラちゃんは、数学が苦手な中学生ノナについて話していた。
でもそのうちに、テトラちゃんが《大事なこと》を思い出したという(第245回参照)。
テトラ「……あたしたちは《例示は理解の試金石》というスローガンを大事にしています。よね?」
僕「そうだね、僕たちは《例示は理解の試金石》を大事にしている」
テトラ「あたしはそのスローガンを聞いたときに、すっと納得できました。 あたしは、根気よく書き上げることや、例をたくさん作ることが好きです。 だから、自分のやっていることはまちがっていなかった……そんなふうにうれしくなりました」
僕「なるほど。そうだね、テトラちゃんは根気よくて粘り強い。 例を作って理解することはとても大事だよね」
テトラ「でも、最近、例をたくさん積み上げるだけでは、乗り越えられない壁があるように感じるんです」
僕「えっ? どういうこと?」
テトラ「数学ではいろんな定義が出てきます。 これが多項式ですよ。これが関数ですよ、これが微分ですよ……という具合に」
僕「もちろん、そうだね。数学で定義はとても大事」
テトラ「そしてその定義を理解するために、例を作ることになりますよね。 具体的な多項式、具体的な関数、具体的な微分……いろんな例を作ります」
僕「うん、うん、それで? それはちっとも悪いことじゃない」
テトラ「そんなふうに例を作ると、自分が定義を理解しているかどうかを試せます。《例示は理解の試金石》です」
僕「その通りだと思うよ」
テトラ「でも、それだけでは乗り越えられない壁、理解のギャップがあることをよく感じます」
僕「へえ……《例示は理解の試金石》の弱点ということかな?」
テトラ「弱点というわけではないんですが、あたしが感じる、その乗り越えられない壁っていうのはSo what?という疑問です」
僕「So what?(だから、何?)」
テトラ「はい。そう思いませんか。数学を勉強して、 新しいことを学びます。具体例を作ることができて、 確かに自分は理解したと感じることがあります。 練習問題も解けるし、テストで点が取れます。 でも《だから、何?》と感じることはよくあります」
僕「なるほど……」
テトラ「あっと、もちろん、それは『数学が何の役に立つのか』という意味の疑問ではないです」
僕「うん、テトラちゃんの言いたいことはわかってるよ」
テトラ「問題は解けるから、確かに理解はしていると思うんですが、 でも、So what? ……《どうしてそんなことを考えるのか》……がわからないことがあるんです。 それは、とっても、もどかしいです」
僕「なるほどね。テトラちゃんがいうもどかしさというのは、 《意味はわかるけど、意義がわからない》ということだよね」
テトラ「それです!」
僕「あるいは《それのどこに、おもしろいところがあるのか》という疑問?」
テトラ「そうそう、そうです! ……どうして先輩はあたしの言いたいことがわかるんですか」
僕「僕も、テトラちゃんと同じように感じることがよくあるからだよ、きっと」
テトラ「そうなんですね。 あたしは、いろんなところで引っかかります。 たとえば《多項式の書き方》でも引っかかりました」
僕「多項式の書き方って何だっけ」
テトラ「$x + 5x^2 + 4x - 2x^2 + 1$ という多項式があったときに、 同類項をまとめて、降冪の順(こうべきのじゅん)に並べて $3x^2 + 5x + 1$ にする話です」
$$ \begin{align*} x + 5x^2 + 4x - 2x^2 + 1 &= (x + 4x) + (5x^2 - 2x^2) + 1 && \REMTEXT{同類項をまとめた} \\ &= 5x + 3x^2 + 1 && \REMTEXT{計算した} \\ &= 3x^2 + 5x + 1 && \REMTEXT{降冪の順にした} \\ \end{align*} $$
僕「ああ、式の整理の方法のこと」
テトラ「はい、そうです。同類項をまとめて、降冪の順に並べることは、 やり方を理解すればできます。自分で具体例を作ることもできます。 問題が出れば解くこともできます」
僕「うん。でも?」
テトラ「はい。でも、So what? と心のどこかで思います。 どうしてこんな整理の仕方をするんでしょうか。 こうしなくてはいけないんでしょうか。 他の整理の仕方ではいけないんでしょうか……のように」
僕「そういえば、テトラちゃんとその話をした記憶があるよ (『数学ガールの秘密ノート/式とグラフ』参照)」
テトラ「はい、確か、ミルカさんもいらっしゃったはずです」
僕「どんな話になったんだっけ。最高次数を調べるのに便利とか?」
テトラ「それもありますが、多項式の同一性……チェック」
僕「ああ、なるほど。二つの多項式があったときに、 式の整理をしたあとなら同じ多項式かどうかわかりやすい、みたいな話だね」
テトラ「はい、確かそんな話になりました」
僕「思い出してきたぞ。多項式の次数を調べるのはなぜかという話もしたよね。 関数のグラフの形が似ているとか何とか……」
テトラ「そうです、そうです。 一次関数、二次関数、三次関数……それぞれのグラフを考えたとき、 同じ次数の多項式が作る関数のグラフ同士は似ています」
僕「一次関数のグラフは直線になるし、二次関数のグラフは放物線になる」
テトラ「はい、そうです。そしてそこまでわかったとき、 あたしは『なるほど』と思えました」
僕「へえ……」
テトラ「だって、そうですよね。 関数のグラフはとってもたくさんあります。 無数にあります。でも《一次関数のグラフ》というだけで、 直線であると決まるわけです。それはとてもすごいことなんじゃないでしょうか」
僕「うん、そうだと思うよ」
そして、そんなふうに表現できるテトラちゃんもすごいよ。
テトラ「だとすると、何次関数なのかを知るのは意味がありますし、 多項式の最高次数を調べることにも意味がありますし、 同類項をまとめて降冪の順に整理することにも意味があります。 いろんな意味がつながるんです」
僕「うんうん」
テトラ「あたしが『なるほど』と思ってうれしかったのは、 わけがわからないことを強制させられているんじゃない、 と感じたからです」
僕「わけがわからないことって、式の整理のこと?」
テトラ「はい、そうです。 ルールが与えられて、参考書に枠で囲まれて《重要ポイント》と書かれて、 ここはテストに出ると言われます。 覚えればルールに従うことはできます。 重要ポイントと書かれれば重要なのだと思います。 テストに出ると言われれば復習もしてテストに備えます。 でも、そうやっているだけでは、あまり『なるほど』とは思えません」
僕「そりゃそうだね。納得しなくちゃ『なるほど』とはいえない」
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この記事は『数学ガールの秘密ノート/学ぶための対話』として書籍化されています。
書籍化にあたっては、加筆修正をたくさん行い、 練習問題や研究問題も追加しました。
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