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第243回 シーズン25 エピソード3
直線の限りを尽くして(前編)

書籍『数学ガールの秘密ノート/学ぶための対話』

この記事は『数学ガールの秘密ノート/学ぶための対話』として書籍化されています。

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登場人物紹介

:数学が好きな高校生。

ユーリのいとこの中学生。 のことを《お兄ちゃん》と呼ぶ。 論理的な話は好きだが飽きっぽい。

ノナユーリの同級生。 ベレー帽をかぶってて、丸い眼鏡を掛けていて、ひとふさだけの銀髪メッシュ。 数学は苦手だけど、興味を持ってる中学生。

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食卓にて

の《おやつコール》で呼ばれた僕たちは食卓に着く。

と、いとこのユーリと、その同級生のノナ

そこには、いちごショートが二つ並んでいた。

ユーリ「おいしそうです!」

「おいしいわよ。どうぞ召し上がれ。いま紅茶入れてるから」

ノナ「いただきます $\NONAHEART$」

「母さん、僕のは?」

「あなたも食べるの? 甘いケーキ嫌いって言ってたわよね?」

「いや、そういうことじゃなくて。《おやつコール》で僕の分だけないっていうのはちょっと」

「おせんべいあるわよ」

「この待遇の差は何だろう」

「こちらのかわいらしいお客様は、ノナちゃんでしたっけ?」

ノナは、こくんとうなずく。

「そういえば、ノナちゃん。帽子取らなくていいの?」

ノナは、首を振る。

彼女はずっとベレー帽をかぶっているのだ。

「ベレー帽は部屋の中でかぶっていてもおかしくないし、ぜんぜん失礼じゃないのよ。 ノナちゃんのその帽子、よく似合っているわね」

ノナ「ありがとう……ありがとうございます $\NONAHEART$」

ノナは両手を頬にあて、小声で答えた。

「ねえ、女性の服装をあれこれ言うものではないわね」

ユーリ「そーだぞー!」

「いや、僕は、ただ暑くないのかなって思っただけだよ」

ノナ「大丈夫……大丈夫です $\NONA$」

「ゆっくりしていってね」

はそう言ってキッチンに立つ。

ノナはそのようすをずっと目で追っていく。

ユーリ「お兄ちゃんって、よく《二つの世界》の話するよね」

「ん?」

ユーリ「ほら、さっきも《図形の世界》と《数式の世界》の話だったし。 点がこの直線にあることを式で表す……みたいな(第242回参照)」

「ああ、そうだね。そこは数学のおもしろいところの一つだからね。 別の世界に話を移して問題を解くこともよくあるし、 外国語に翻訳するみたいなおもしろさもあるかな」

ノナ「おいしい $\NONAHEART$」

ノナは目を細め、ほんとにおいしそうにケーキを食べている。

「そういえば、ノナちゃん。さっき『アイディアを理解することの意味』って言ってたけど、 あれって、どういうこと?」

ノナ「…… $\NONAQ$」

「ほら、僕が《点を座標で表す》というアイディアのことを言ったよね。 一つの点を座標という数の組 $(x,y)$ で表すことで、点や図形を数を使って表現できる……それはすごいことなんだ。 それはわかる?」

ノナ「何となくわかる……わかります $\NONA$」

「それはよかった。座標平面の話をするとき、 ややこしい計算や数式の話にばかり気を取られちゃうけど、 大きな考え方をつかんでおかないとね。 つまりそれは、点を数の組で表すとか、図形を数式で表すとか、 数式を操作することで図形を操作するとか……そういうことなんだけど」

ユーリ「やっぱり《二つの世界》の話だ!」

「ノナちゃんは、『アイディアを理解することの意味』について、何か気になることがあったの?」

ノナ「わからない……わかりません $\NONAX$」

「うん、まあ、いいよ。でもせっかくおしゃべりしてるんだから、 わからないことがあったら、何でも聞いていいからね」

ノナ「はい $\NONA$」

点と直線

ユーリ「《点は位置を表している》っておもしろかった!」

「そうだね」

ユーリ「ノナが言ってた『大きさがなかったら点は見えない』ってゆーのもおもしろいにゃあ」

「そうそう」

ユーリ「あっ! きらりーん☆はっけん!」

「何を発見した?」

ユーリ「大きさがないから《点は見えない》じゃん? だったら《直線も見えない》んじゃね?」

ノナ「直線 $\NONA$」

「ああ、太さがないから?」

ユーリ「そーそー。点には大きさがないし、直線には太さがないでしょ?」

「そうだね。あくまで数学で考える直線のことだけど、直線には太さはないね」

ユーリ「だから、点が見えないように、直線も見えない!」

「数学で直線というときには、太さは考えないといってもいいよ。 もともと、見える見えないは重要じゃなくて……」

ノナ「見えると思う $\NONA$」

「え?」

ユーリ「実際に紙に描いたら見えるけど、数学では太さがないから直線も見えないよー」

ノナ「端っこはあるよ $\NONA$」

ユーリ「端っこ?」

ノナ「こういうの $\NONA$」

ノナはテーブルの縁を指でなぞる。

ユーリ「どゆこと?」

「何だろう」

ノナはテーブルの縁を指でずうっと撫でていった。

ノナ「でしょ $\NONAQ$」

「ノナちゃんが言ってるのは、境界線のことかなあ」

ユーリ「きょうかいせん?」

「境界線というか、境目というか。テーブルの端というか縁というか。 ノートの縁でも、折り紙の縁でもいいけど《何かと何かの境界線》は太さがない。 でも、境界線は確かに存在するし、目に見える……そういうことをノナちゃんは言いたいんじゃない?」

ノナ「そう……そうです $\NONA$」

ユーリ「うー、確かに境目はわかるけど、 それって直線を見てるのかにゃあ……ダウトっぽーい!」

「《直線が見える》とはどういうことか……を考え出すと数学からだいぶ離れてしまいそうだな」

ノナ「まちがった……まちがいですか $\NONAQ$」

「いや、正しいかどうかという話じゃないよ。 ノナちゃんが指摘してくれたアイディア……考えは、すごくおもしろい。 ただ、数学で直線という言葉を使うときの意味とは少し違うかも、ということ」

少し違うかも、と言ってからは不思議な感覚に襲われつつ、 ダイニングルームを見渡した。

テーブルが見える。

ケーキが乗った皿が見える。

テーブルから顔を上げれば窓が見える。

いつもの家、いつもの空間だけど、急にその姿を変えたように感じた。 ノナの言葉で境界線を意識し始めたからだろうか。

部屋にあるすべてのものが、ものとして《見える》のは、境界線があるからだ。

ここまでがテーブルで、ここから先はテーブルではないという境界線。

ここまでが皿で、ここから先がケーキという境界線。

ここまでが窓枠で、ここからが窓ガラスという境界線。

もしも境界線がまったくなくて、 のっぺりとした単色が広がっているだけなら、 何も《存在する》ようには見えないだろう。

ノナの「端っこはあるよ」の一言で、知覚レベルが変動する。 視界に入るすべてのものの境界線を意識し始める。 ひとつひとつの物体が境目を明確に主張していることがわかる。

そうか……

「運ぶの手伝ってちょうだい!」

が用意した三人分の紅茶を運びながら、はさらに考える。

数学でも、境界を確かに意識するな。

「数学でも境界線を意識することがあるよ。境界線としての直線」

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(2018年11月30日)

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この記事は『数学ガールの秘密ノート/学ぶための対話』として書籍化されています。

書籍化にあたっては、加筆修正をたくさん行い、 練習問題や研究問題も追加しました。

どの巻からでも読み始められますので、 ぜひどうぞ!

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結城浩(ゆうき・ひろし) @hyuki


『数学ガール』作者。 結城メルマガWeb連載を毎週書いてます。 文章書きとプログラミングが好きなクリスチャン。2014年日本数学会出版賞受賞。

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