登場人物紹介
僕:数学が好きな高校生。
テトラちゃん:僕の後輩。 好奇心旺盛で根気強い《元気少女》。言葉が大好き。
ミルカさん:数学が好きな高校生。 僕のクラスメート。長い黒髪の《饒舌才媛》。
僕とテトラちゃんそしてミルカさんの三人は、 いっしょに群について話し合っていた(第235回参照)。
ミルカ「ともかく、これで群を定義する準備ができた。 集合 $G$ と二項演算 $\MUL$ の組が《群》だ。 ただし、二項演算 $\MUL$ は、結合法則を満たし、単位元を持ち、任意の元に逆元が存在するという条件がある」
群の定義
集合 $G$ と二項演算 $\MUL: G \times G \to G$ の組は、 以下の条件をすべて満たすとき《群》をなすという。
(1)二項演算 $\MUL$ は結合法則を満たす。
(2)二項演算 $\MUL$ は単位元を持つ。
(3)集合 $G$ の任意の元は逆元を持つ。
ミルカ「集合 $G$ はこの群の台集合と呼ぶことがある。 $G$ と $\MUL$ の組、 $$ (G,\MUL) $$ を群と呼ぶ。実際には台集合 $G$ を群 $(G,\MUL)$ と同一視して群 $G$ と呼ぶことも多い。 また、群を定義するときの二項演算は $a \MUL b$ を省略して $ab$ と書くこともある。 二項演算という名前は一般的だから群演算と呼んだり、積と呼ぶこともある。 そのあたりの表記や呼び名はさまざまだ。 単位元に対しても $e$ と書いたり、 $1_G$ と書いたりする。 どう表記するかはさておき、 これで群というものが定義できたことになる」
テトラ「あの……先ほどの $G = \SET{\AX, \BB, \CC, \DD}$ について質問があるんですが……」
テトラちゃんがおずおずと手を挙げた。いつもはさっと質問の手を挙げるのに、めずらしいな。
ミルカ「テトラ、どんな質問?」
テトラ「はい。あたしの質問は的外れかもしれないんですが、 気になることがあるんです。先ほどミルカさんは逆元の表記について説明して下さいました」
ミルカ「$a$ の逆元は $a^{-1}$ と書く」
テトラ「それです! 群 $G$ の元を $a$ として、 $$ a \MUL b = e \KATSU b \MUL a = e $$ を満たす群 $G$ の元 $b$ を $a$ の逆元というのですよね。 でも、 $a$ に対して逆元が唯一に定まるとは限らないから、 それを示すまでは $a$ の逆元のことを $a^{-1}$ とは書けない……と」
ミルカ「その通り」
逆元
二項演算 $\MUL$ の単位元を $e$ とする。
集合 $G$ の要素 $a,b$ に対して、 $$ a \MUL b = e \KATSU b \MUL a = e $$ が成り立つとき、 $a$ を $b$ の逆元という。
テトラ「でも、実際には $a$ の逆元のことを $a^{-1}$ と書きます。 ということは、群では、元 $a$ の逆元は唯一に定まるのでしょうか」
ミルカ「テトラの言う通り。群では、元 $a$ の逆元は元 $a$ に対して唯一に定まる。 $a$ を決めればその逆元も決まる」
テトラ「だとしたら、逆元の定義のときにそれを明記しておく必要がありますよね。 でも、逆元の定義には《逆元は、元ごとに唯一に定まる》とは明記されていません」
僕「それは、不必要だからだよ、テトラちゃん」
テトラ「えっ、不必要? でも、だったら $a^{-1}$ という表記が使えなくなりませんか。 テトラは混乱してきました」
僕「逆元の定義でわざわざいわなくても、 逆元が元ごとに唯一であることは、証明できるからだよ。 つまりそのことは群の逆元に関する定理なんだ」
テトラ「あたしたちのトランプの群では、 逆元が元ごとに唯一になることは演算表を見ればわかります。 だって、各行、各列で、積の結果に単位元が……ここでは $\AX$ ですけど……出てくるのは一箇所ずつしかないですから」
《トランプの群》の演算表
僕「そうだね」
テトラ「でも、どんな群に対しても、逆元が元ごとに唯一なんてことは本当に言えるんでしょうか。 たとえば、がんばって演算表を工夫して作って《$a$ の逆元が $b$ と $c$ の二つある群》は作れないんですか。 絶対に?」
僕「作れないと思うよ、絶対に」
テトラ「どうしてそんなことがいえるんでしょう……いえるのかもしれませんが、どうやったらそんなことが証明できるんでしょう」
ミルカ「テトラ自身が、いま証明のヒントを言った」
テトラ「あ、あたし……なんて言いましたっけ」
ミルカ「『《$a$ の逆元が $b$ と $c$ の二つあるような群》は作れないんですか』」
テトラ「それが証明のヒント……?」
ミルカ「こういうことだ」
問題1(逆元は、元ごとに唯一)
$a$ を、群 $G$ の元とする。
群の二つの元 $b$ と $c$ がどちらも $a$ の逆元であるとき、 $b = c$ であることを示せ。
テトラ「なるほどですっ! 『$b$ と $c$ が $a$ の逆元である』と決めてしまったら、 実は『$b = c$ になってしまう』ことを証明すればいいんですかっ! でも……どうやって?」
僕「《定義にかえれ》だよね。僕たちは、 何か特定の具体的な群について証明したいんじゃなくて、 どんな群についても成り立つことを証明したい。 ということは、群というものの定義にかえって証明するしかないと思うけど」
テトラ「……」
僕「だから、使える武器は、群の定義に出てきたものしかないんだよ、テトラちゃん」
解答1(逆元は、元ごとに唯一)
$b$ は $a$ の逆元だから、逆元の定義より、 $$ a\MUL b = e $$ である(ここで $e$ は単位元)。
この両辺に左から $c$ を掛けると、 $$ c\MUL (a\MUL b) = c\MUL e $$ となる。
単位元の定義より、右辺の $c\MUL e$ は $c$ に等しい。すなわち、 $$ c\MUL (a\MUL b) = c $$ である。
群では結合法則が成り立つので、 $$ (c\MUL a)\MUL b = c $$ である。
$c$ は $a$ の逆元なので、 $c\MUL a = e$ であるから、 $$ e \MUL b = c $$ である。
左辺の $e\MUL b$ は単位元 $e$ の定義により、 $b$ に等しい。よって、 $$ b = c $$ である。
(証明終わり)
テトラ「なるほど……」
ミルカ「テトラはその《なるほど》をパラフレーズする」
テトラちゃんの「なるほど……」に対して、ミルカさんがすかさずそう言った。
テトラ「ええとですね……群の定義に出てきた武器を使っているということに対してなるほどと思いました。 《群の定義》には、単位元、逆元、結合法則が出てきます」
ミルカ「……」
テトラ「そ、そして、いまの証明では、《群の定義》に出てきた、単位元、逆元、結合法則を使っていました。 と、いいますか、それしか使っていません。それが群に対してできることのすべてなんですね。 そして、いろいろと計算して $b = c$ に近づいていく……そういう感覚に《なるほど》と思ったんです」
僕「かなり試行錯誤っぽいところはあるよね。 $a,b,c$ という元を使って試しに掛け合わせてみるところ」
ミルカ「ともかくこれで、テトラの疑問に答えた。 すなわち、 $a$ の逆元を $a^{-1}$ と書ける妥当性までたどり着いたことになる」
テトラ「納得です!……あっと、もう一つだけ、質問いいでしょうか。 いまのは元 $a$ に対する逆元が唯一であるというお話でした。 唯一だから $a^{-1}$ と書けるんですよね」
僕「そうだね」
テトラ「もしかして、単位元もそうでしょうか」
ミルカ「『単位元もそう』とは?」
テトラ「あたしたちはよく《単位元 $e$》といいます。でも、考えてみますと、逆元のときと同じで、 単位元が唯一でないと《単位元 $e$》のように書くのは不適切ではないでしょうか」
僕「おっと!」
テトラ「単位元が唯一でなければ《単位元の一つを $e$ とする》のようにしないとおかしいですよね、言葉として」
ミルカ「ふむ」
テトラ「単位元の定義には《単位元が唯一である》とは書かれていません。 単位元の定義は、どんな $x$ に対しても $x\MUL e = x$ かつ $e\MUL x = x$ というだけですから、 唯一である保証はないですよね?」
単位元
集合 $G$ のある要素 $e$ に対して、以下の条件が成り立つとき、 $e$ を単位元という。
条件: $G$ のどんな要素 $x$ に対しても、 $$ x \MUL e = x \KATSU e \MUL x = x $$ である。
ミルカ「テトラの言う通りだ。そして、それはすぐに証明できる。 簡単にいうなら、二つの単位元 $e_1, e_2$ があったとして、 $$ e_1 = e_1 \MUL e_2 = e_2 $$ より、 $$ e_1 = e_2 $$ だから、単位元は唯一になる」
テトラ「えっ?」
僕「えっ?」
テトラ「その $e_1 = e_1 \MUL e_2 = e_2$ はどこから来たんでしょうか」
僕「待って。わかったよ……これこそ《定義にかえれ》だなあ。単位元の定義からいえるんだね!」
テトラ「二つの単位元の積なんて出てきましたか?」
僕「そうじゃないよ、テトラちゃん」
テトラ「うう……」
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