登場人物紹介
僕:数学が好きな高校生。
ユーリ:僕のいとこの中学生。 僕のことを《お兄ちゃん》と呼ぶ。 論理的な話は好きだが飽きっぽい。
ここは僕の部屋。いつものように従妹のユーリが遊びに来ている。
ユーリが遊びに来ているというか……ええと、 現状を端的に表す表現は「ユーリに詰問されている」なんだけどね。
言うまでもなく、詰問されているのは、他ならぬ僕だ。
ユーリ「だから、この数式の意味を教えてよー! 早く早く!」
ユーリはレポート用紙の切れ端に書かれた数式を僕に突きつける。
僕「$(p-1)(q-1)$ という数式の意味? $p-1$ と $q-1$ の積だよ」
ユーリ「そーゆーんじゃなくて、 もっとカッコイイ意味があるんでしょ?」
僕「そもそも、この数式はどこからやってきたの?」
ユーリ「えっとね。《とある知人》から」
僕「《とある知人》というボーイフレンドね。はいはい」
ユーリには数学やクイズで競っているボーイフレンドがいるのだ。 確か先日は微分でチャレンジを受けていたはず(『数学ガールの秘密ノート/微分を追いかけて』参照)。 きっとこれもその類いなんだな。
ユーリ「センサクはいいから。 $(p-1)(q-1)$ の意味は? さーさー!」
僕「$p$ や $q$ に何か条件があるんじゃないの?」
ユーリ「そーだった。 $p$ と $q$ は素数で $p < q$ だって」
僕「へえ。ということは、話を整理すると、こういう研究クイズ?」
研究クイズ
$p$ と $q$ は素数で、 $p < q$ だとする。 $p-1$ と $q-1$ の積すなわち、 $$ (p-1)(q-1) $$ には興味深い性質があるらしい。それを自由に研究してみよう。
ユーリ「研究クイズ?」
僕「そういうことだろ? クイズなんだから、 恐らく《彼氏》が想定している答えはある。 でも、解くべき問題は明確じゃないから、 自由に研究してかまわない。何かおもしろい性質を見つけてみよう……と、 そういうことなんじゃないの? 自由に研究するクイズ。研究クイズ」
ユーリ「《あいつ》は《彼氏》とかじゃないし……」
僕「ユーリはどんなふうに考えたんだろう」
ユーリ「うーん……偶数になるのはすぐわかったけど、 そっから先はおもしろい性質なんてわかんなかった」
僕「こういうものを研究するときには、小さい数で試すのが大事だよね」
ユーリ「ふんふん。プロの選ぶ王道ですか」
こんなふうにして、僕たちの数式探求が始まった。たった一つの小さな数式、 $$ (p-1)(q-1) $$ は僕たちをどこまで連れて行ってくれるんだろうか。
僕「$p$ と $q$ は素数で、 $p < q$ が成り立っている。 そのときに $(p-1)(q-1)$ を調べてみる。小さな数でね」
ユーリ「小さな数って、たとえば、 $p = 2$ で $q = 3$ ということでしょ?」
僕「そういうことだね。素数は、自分自身と $1$ 以外に約数を持たない $2$ 以上の整数。 具体的には $2,3,5,7,11,13,17,19,\ldots$ だから、 この中から異なる二つの数を選べばいい。二つのうち小さい方を $p$ にして、 大きい方を $q$ にすれば $p < q$ という条件は満たせることになるね」
ユーリ「カンタンだよ! $(p-1)(q-1) = 2$ でしょ」
$p = 2, q = 3$ の場合
$$ (p - 1)(q - 1) = (2-1)(3-1) = 1 \cdot 2 = 2 $$
僕「そうだね。他の場合も考えてみよう。 たとえば……」
ユーリ「たとえば、 $p = 2$ で $q = 5$ のとき!」
$p = 2, q = 5$ の場合
$$ (p - 1)(q - 1) = (2 - 1)(5 - 1) = 1 \cdot 4 = 4 $$
僕「あたりまえだけど、 $p = 2$ のときは、 $(p-1)(q-1) = q - 1$ になるね」
ユーリ「そだね。必ず偶数になる」
僕「うん。 素数の中で偶数なのは $2$ だけ。 $2$ 以外の素数はすべて奇数になる。 $p < q$ だから、 $q$ は絶対に奇数。 だから $q - 1$ は絶対に偶数になる。つまり $p = 2$ のとき、 $(p-1)(q-1)$ は偶数になるよ」
ユーリ「$q-1$ は絶対に偶数になるんだから、 $p$ が $2$ じゃなくても $(p-1)(q-1)$ は絶対に偶数だよ」
僕「そうだね。その通り」
研究クイズの答え(その1)
$p,q$ は素数で $p < q$ だから、 $q$ は奇数になり、 $q - 1$ は偶数になる。
したがって、 $(p-1)(q-1)$ は偶数になる。
ユーリ「こんなのはすぐわかるもん。 そーじゃなくて、もっとすごい性質ないの?」
僕「うん。 $(p,q) = (2,3)$ と $(p,q) = (2,5)$ の場合を調べたけれど、 もっと調べてみよう。そのために、こういう関数 $f$ を定義しよう」
$$ f(x,y) = (x - 1)(y - 1) $$ユーリ「へ?」
僕「こうすれば、僕たちが具体的な数で試すときに書きやすいからね。 調べたことを、 $$ f(2,3) = 2 $$ や、 $$ f(2,5) = 4 $$ のように簡潔に書くことができる」
ユーリ「ほほー」
僕「もっと一般的に、こんな書き方もできるわけだ」
$$ f(2,q) = q - 1 $$ユーリ「なるほどね」
僕たちはいくつかの $f(p,q)$ を計算した。計算自体は難しくない。
$f(p,q)$ の表を作る $$ \begin{array}{c|ccccccccccccc} (p,q) & (2,3) & (2,5) & (2,7) & (3,5) & (3,7) & (5,11) \\ \hline p-1 & 1 & 1 & 1 & 2 & 2 & 4 \\ q-1 & 2 & 4 & 6 & 4 & 6 & 10 \\ \hline f(p,q) & 2 & 4 & 6 & 8 & 12 & 40 \\ \end{array} $$
僕「……」
ユーリ「……何かわかった?」
僕「いや、わからないなあ。強いていえば……うん、 $f(p,q)$ の値は、 $(p,q) = (2,3)$ を除けば素数にならない」
ユーリ「そりゃそーですなー。 $f(p,q)$ は偶数で、偶数の素数 $2$ になるのは、 $f(2,3)$ だけだもん」
研究クイズの答え(その2)
$(p,q) \neq (2,3)$ とする($p \neq 2$ または $q \neq 3$ とする)。
このとき、 $f(p,q) = (p-1)(q-1)$ は素数にならない。
僕「そもそも $p-1$ と $q-1$ の積になってるんだから、 $p-1$ が $1$ になる場合に注意すれば、素数じゃないというのはすぐわかる。 ……そうか、 $p,q$ という二つの素数が出てくるんだから、 さっきのような一次元の表じゃなくて、二次元の表にすべきなんだな」
$f(p,q)$ の表を作る(二次元) $$ \begin{array}{c|ccccccccccccc} f(p,q) & 3 & 5 & 7 & 11 & 13 \\ \hline 2 & 2 & 4 & 6 & 10 & 12 \\ 3 & & 8 & 12 & 20 & 24 \\ 5 & & & 24 & 40 & 48 \\ 7 & & & & 60 & 72 \\ 11 & & & & & 120 \\ \end{array} $$
ユーリ「ほほー……で?」
僕「うーん……特に何かがわかるわけでもないか」
ユーリ「ねーお兄ちゃん、ユーリ気づいたことあるんだけど」
僕「何か発見した?」
ユーリ「んにゃ。いまお兄ちゃん『二次元の表にすべき』っていったじゃん? そーじゃなくても、二次元だよね?」
僕「どういう意味?」
ユーリ「$(p-1)(q-1)$ っていう掛け算なんだから、縦が $p-1$ で横が $q-1$ の長方形の面積みたいな」
僕「なるほど! 確かに! たとえば、 $p = 3, q = 5$ なら、こういう意味?」
$p = 3, q = 5$ で $(p-1)(q-1)$ を図示する
ユーリ「そーそー。 $f(3,5) = 8$ ってゆーのは、 長方形の中に置いた白丸の個数でしょ? そこに何か深ーいイミが隠されてる?」
僕「うーん……どうだろう」
ユーリ「あんまり、関係なかった?」
僕「掛け算を作ってみればいいのかな……違うか」
ユーリ「わかった! 白丸のところに来る数は $3$ でも $5$ でも割り切れない数になるんだ!」
僕「いやいや、そんなことないよ。だって $6$ はおもいっきり出てくる」
ユーリ「ありゃ。ほんとだ」
僕「……少し見えてきたぞ。《条件をすべて使ったか》だな!」
ユーリ「条件?」
僕「うん。ユーリの長方形のアイディアはとてもよさそう。 条件《$p,q$ は素数である》を使うんだ」
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