登場人物紹介
僕:数学が好きな高校生。
ユーリ:僕のいとこの中学生。 僕のことを《お兄ちゃん》と呼ぶ。 論理的な話は好きだが飽きっぽい。
僕とユーリは数学的帰納法についておしゃべりをしている。(第179回参照)
ユーリ「あのね。無数のドミノは倒せない、って思ったの。 だって、一個ずつしか倒せないもん。 数学的帰納法の話って、お兄ちゃんの《テンテンテン》でごまかされた感じがする。それが、すんごくイヤ」
僕「なるほど、なるほど」
ユーリ「ドミノは無数にあるから、倒し尽くすことはないでしょ? だったら、 証明したいことも無数にあるんだから、証明し尽くすことはないってことにならない?」
僕「ユーリ! ユーリは、ほんとに賢いなあ! まったく同じこと、考えたよ」
ユーリ「え? お兄ちゃんが?」
僕「うん。そして、自分なりに納得したポイントがあるんだ」
ユーリ「そーなんだ」
僕「まず、数学的帰納法はこういう2ステップの証明方法だったよね?」
数学的帰納法
すべての正の整数 $n$ に関して《$n$ についての主張》が成り立つことを証明する手順は次の通り。
(ステップA)
《$1$ についての主張》が成り立つことを証明する。
(ステップB)
《$k$ についての主張》が成り立つならば《$k+1$ についての主張》も成り立つことを証明する。
ユーリ「前回読んでないヒト向けの配慮はいーから、先に進んでよ」
僕「メタ発言自重。それで、ユーリがいう《テンテンテン》はこれのことだろ? 説明するときに書いた、これ」
(ステップA)で証明される主張
《$1$ についての主張》は成り立つ。
(ステップB)で証明される無数の主張
《$1$ についての主張》が成り立つならば《$2$ についての主張》も成り立つ。
《$2$ についての主張》が成り立つならば《$3$ についての主張》も成り立つ。
《$3$ についての主張》が成り立つならば《$4$ についての主張》も成り立つ。
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《$9999999$ についての主張》が成り立つならば《$10000000$ についての主張》も成り立つ。
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ユーリ「これこれ! 最後の『・・・』があやしいの。どこまでいっても終わらないじゃん? これで、 証明したことになるの?」
僕「自分が納得したときにはこんなふうに考えたんだよ。 『このまま、 $1$ 個ずつ追いかけていったら、いつまで経っても終わらないな』って。 そこで、考え方を変えてみた。『《$n$ についての主張》が証明されないような、そんな正の整数 $n$ ってあるのかな?』ってね」
ユーリ「証明されないもの……」
僕「どこまでいっても証明が終わらない。いつまで経っても証明が終わらない。そんな感覚に襲われてしまう。 だったら、《$n$ についての主張》で証明されないものはあるだろうかと考えてみたんだ」
ユーリ「たとえば《$123$ についての主張》とか、そゆこと?」
僕「そういうこと。たとえば、ね。いまユーリが言ったのは $n$ が $123$ の場合を考えたわけだ」
ユーリ「そんでそんで?」
僕「具体的に $n = 123$ と与えられたら、それは確実に証明できることがわかるよね。
《$1$ についての主張》は成り立つ。
《$1$ についての主張》が成り立つならば《$2$ についての主張》も成り立つ。
《$2$ についての主張》が成り立つならば《$3$ についての主張》も成り立つ。
《$3$ についての主張》が成り立つならば《$4$ についての主張》も成り立つ。
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《$120$ についての主張》が成り立つならば《$121$ についての主張》も成り立つ。
《$121$ についての主張》が成り立つならば《$122$ についての主張》も成り立つ。
《$122$ についての主張》が成り立つならば《$123$ についての主張》も成り立つ。
ユーリ「にゃるほど……これは証明できてる」
僕「いまは $123$ で考えたけれど、 $1234$ でも、 $100000$ でも何でも同じだよね。 だから、自分はこんなふうに納得したんだ。 『数学的帰納法を使って《$n$ についての主張》を証明したならば、 どんな正の整数 $n$ を持ってきても、確かにそれは証明されている』ってね」
ユーリ「うう……確かに証明できない $n$ は持ってこれない……くぅ、くやしいが納得じゃ」
僕「ところで、ユーリは途中に出てきた《テンテンテン》は気にならないの?」
ユーリ「だって、それは無限じゃないもん。ユーリが気にしてたのは、最後についてる《テンテンテン》だけ。無限に続くやつ」
僕「その違いがわかるんだ。すごいな。その違いはとっても大事なんだよ。 数式でもよく出てくるよ。こんなの」
$$ \begin{align*} & F_1 + F_2 + \cdots + F_n && \REMTEXT{有限個の項を表している} \\ & F_1 + F_2 + \cdots && \REMTEXT{無数の項を表している} \\ \end{align*} $$ユーリ「この違いはわかるよん。 $F_1 + F_2 + \cdots + F_n$ は $n$ 個足してるから有限個でしょ。 $F_1 + F_2 + \cdots$ は無限個足してる」
僕「そうだね。『無限個の項』という言い方をすることはあまりなくて、 たいていは『無数の項』というかな」
ユーリ「へー」
僕「数学的帰納法の《説明》をするときには《テンテンテン》を使うけど、 数学的帰納法そのものには《テンテンテン》は出てこないよ」
ユーリ「えっ、そーだっけ?」
僕「よく読んでなかったユーリに配慮して、もう一度書いてみようか」
数学的帰納法
すべての正の整数 $n$ に関して《$n$ についての主張》が成り立つことを証明する手順は次の通り。
(ステップA)
《$1$ についての主張》が成り立つことを証明する。
(ステップB)
《$k$ についての主張》が成り立つならば《$k+1$ についての主張》も成り立つことを証明する。
ユーリ「ほんとだ! 《テンテンテン》は出てきてない!」
僕「数学的帰納法のいいところは、考えを進めるパターンがあるところ。 《$n$ についての主張》を証明したかったら、2ステップに当てはめて考えていけばいいからね。 そのときにはドミノのことを思い出すのも悪くない。最初のドミノを倒す(ステップA)と、 途中の $k$ 番目が倒れたならば、 $k+1$ 番目が倒れることを示す(ステップB)と」
ユーリ「ちょっと待ってお兄ちゃん。それってすごくない? だって《$n$ についての主張》の形だったら、 何でもサクサク証明できるってことでしょ? パターンに当てはめて」
僕「いや……残念ながら、そううまくは行かないんだ。何でもサクサクとはいかない」
ユーリ「なんで? いま、当てはめればいーって言ったじゃん」
僕「たいていは(ステップA)はすぐにできる。具体的だから、まあ機械的にできる。 でも、(ステップB)を証明するのは機械的にはいかない。簡単な問題は簡単にいくけど、難しい問題は難しい」
ユーリ「なーんだ」
僕「それでも、さっき言ったように、考えを進める道筋があるのは助かるんだよ」
ユーリ「たとえば?」
僕「え?」
ユーリ「たとえば、どんなふうに? 『ほらユーリ、数学的帰納法を使えばこんなふうに問題が解けるんだよ』……って例がないとわかんないよ。 《例示は理解の試金石》だもん」
僕「はいはい……何か問題を考えろってことだね。たとえば、フィボナッチ数列の第 $n$ 項までの和 $F_1 + F_2 + \cdots + F_n$ は……」
ユーリ「それ、さっきやったばっかり(第179回参照)」
フィボナッチ数列 $F_n$ と、その第 $n$ 項までの和 $S_n = F_1 + F_2 + \cdots + F_n$
$$ \begin{array}{|c|cccccccc|} \hline n & 1 & 2 & 3 & 4 & 5 & 6 & 7 & \cdots \\ \hline F_n & 1 & 1 & 2 & 3 & 5 & 8 & 13 & \cdots \\ \hline S_n & 1 & 2 & 4 & 7 & 12 & 20 & 33 & \cdots \\ \hline \end{array} $$ ここで、 $$ S_n = F_{n+2} - 1 \qquad (n = 1,2,3,\ldots) $$ が成り立つ。
僕「それじゃ、たとえば平方和を考えてみようか。つまり $F_1^2 + F_2^2 + \cdots + F_n^2$ ということ」
ユーリ「ほほー?」
問題4(フィボナッチ数列の平方和)
フィボナッチ数列の一般項を $F_n$ で表す。 また、 $$ T_n = F_1^2 + F_2^2 + \cdots + F_n^2 $$ とする。 $T_n$ は、どんな数列になるか。
ユーリ「……」
僕「さて」
ユーリ「これ、どーやって数学的帰納法使うの?」
僕「いやいや。数学的帰納法は《$n$ についての主張》を証明する方法なんだから、 まず何を証明すべきかを見つけなくちゃいけない」
ユーリ「だって、 $T_n$ について証明すんでしょ?」
僕「そうなんだけど《$T_n$ とはこういう数列である》という形の主張にしなければ、 証明できないよ。何を証明するか決まらないのに、証明はできないよね」
ユーリ「んー、そりゃそーか……ちょっと待って。 だったら、 $T_n$ がどんな数列か、予想しなきゃダメってこと?」
僕「そういうことになるね」
ユーリ「なんか話、ちがーう! 数学的帰納法だとすべてオーケー、じゃないの?」
僕「そんなこと言ってないよ。 $T_n$ という数列について予想を立てたら、 それを数学的帰納法で証明できるかも、ということ」
ユーリ「そんなにうまいこと予想なんて、できないよー」
僕「だから、予想を立てる前に必ずやるべきことがある」
ユーリ「なになに?」
僕「小さい $n$ について、具体的に $T_n$ の値を求めること。 具体的に計算できるんだから。具体的に値を求めると、予想しやすくなるんだ」
ユーリ「うわめんどい」
僕「いっしょに計算していこう」
ユーリ「へーい」
僕「まずは、 $F_n^2$ の表を作ろうか」
$F_n^2$ を求めて表に書く
$$ \begin{array}{|c|cccccccc|} \hline n & 1 & 2 & 3 & 4 & 5 & 6 & 7 & \cdots \\ \hline F_n & 1 & 1 & 2 & 3 & 5 & 8 & 13 & \cdots \\ \hline S_n & 1 & 2 & 4 & 7 & 12 & 20 & 33 & \cdots \\ \hline F_n^2 & 1 & 1 & 4 & 9 & 25 & 64 & 169 & \cdots \\ \hline \end{array} $$
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