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第99回 シーズン10 エピソード9
純情な順序の交換に好感(前編)

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の部屋

ユーリ「勝負だ!」

「なんだよ、いきなり」

中学生のいとこ、ユーリの部屋にやってきた。

ユーリ「この問題、すぐわかる?」

問題1(不等式)

$ac + bd > da + cb$ とする。

$a > b$ のとき、 $c$ と $d$ の大きさを比べよ。

「ほう? うん、わかると思うよ。ちょっと待って」

ユーリ「待たない」

「え?」

ユーリ「ちょっとも待たない。書いちゃだめ。暗算で解いて」

「暗算って……はいはい」

ユーリ「さーて、解けるかにゃ?」

(あなたは、いかがですか?)

「……わかったよ。 $c > d$ だね」

ユーリ「くー、やっぱり解けるか……どーやって解いたの?」

「どうやってって、暗算で移項して因数分解」

ユーリ「そっかー、暗算でできるかー」

「高校生だからね。書いてみると、こうなる」

$$ \begin{align*} ac + bd &> da + cb && \REMTEXT{与えられた条件} \\ (ac + bd) - (da + cb) &> 0 && \REMTEXT{右辺をすべて移項} \\ ac + bd - da - cb &> 0 && \REMTEXT{カッコを外す} \\ ac + bd - ad - bc &> 0 && \REMTEXT{$da=ad, cb=bc$だから} \\ a(c - d) - b(c - d) &> 0 && \REMTEXT{$a$と$b$でくくる} \\ (a - b)(c - d) &> 0 && \REMTEXT{$c - d$でくくる} \\ c - d &> 0 && \REMTEXT{正の数$a-b$で両辺を割った} \\ c &> d && \REMTEXT{$d$を移項} \\ \end{align*} $$

ユーリ「むー」

解答1(不等式)

$c > d$ が成り立つ。

「ところで、どうして急にこんな問題を?」

ユーリ「あのね、こないだお兄ちゃん、種明かししてくれたじゃん?」

「種明かしって?」

ユーリ「ほらほら、先生がどうやって数学の問題を作ってるか」

「ああ、あったねえ、そんな話」

ユーリ「だから、ユーリも問題作れないかなって思ったの。問題出されてばかりじゃつまんないから」

「それはおもしろい!」

ユーリ「最初ね、『$AB > 0$ のとき……』いう問題を考えたんだけど、 やさしすぎてつまんなかった」

問い

$AB > 0$ で、 $A > 0$ だとすると、 $B$ は……

答え

$B > 0$ である。

「ああ、そうだね。それは単純すぎる」

ユーリ「でもね、ひらめいたんだよ、ユーリ。この $A$ とか $B$ に、 別の式を入れちゃえばいいって。そしたらもっと複雑になるでしょ? 次に作ったのがこういうの」

問い

$(a-b)(c-d) > 0$ で、 $a-b > 0$ だとすると、 $c-d$ は……

答え

$c-d > 0$ である。

「ユーリは賢いなあ! さっきの $AB>0$ という式で、 $A = a-b, B = c-d$ にしてみたんだね」

ユーリ「そーそー! でも、 $(a-b)(c-d) > 0$ だと見え見えじゃん? だから、 展開したの。そしたら $ac - ad - bc + bd > 0$ という式ができた。 そこからプラスとマイナスに分けて、 $ac + bd > ad + bc$ にしてみたんだよ」

「その後、 $ad$ を $da$ に、 $bc$ を $cb$ にしてわかりにくく迷彩しようとしたのか……」

ユーリ「でも、すぐ解かれちゃった」

「……」

ユーリ「どしたの?」

「ユーリの問題をヒントにしたら、おもしろい問題ができるよ。こういうの」

問題2

$ac + bd \GEQ da + cb$ とする。

$a \GEQ b$ のとき、 $c$ と $d$ の大きさを比べよ。

ユーリ「え……」

「紙に書いて考えてもいいよ」

ユーリ「ユーリ、これ暗算でできるよ」

「ソレハスゴイナ」

ユーリ「棒読みするなー。えっ、これってさっきと同じ問題じゃないの?  $>$ が $\GEQ$ になっただけだよね?」

「それで?」

ユーリ「え、だから、 $c \GEQ d$ だと思うんだけど」

(あなたは、どう思いますか?)

「ファイナルアンサー?」

ユーリ「待ってよ!」

$$ \begin{align*} ac + bd &\GEQ da + cb && \REMTEXT{与えられた条件} \\ (ac + bd) - (da + cb) &\GEQ 0 && \REMTEXT{右辺をすべて移項} \\ ac + bd - da - cb &\GEQ 0 && \REMTEXT{カッコを外す} \\ ac + bd - ad - bc &\GEQ 0 && \REMTEXT{$da=ad, cb=bc$だから} \\ a(c - d) - b(c - d) &\GEQ 0 && \REMTEXT{$a$と$b$でくくる} \\ (a - b)(c - d) &\GEQ 0 && \REMTEXT{$c - d$でくくる} \\ \end{align*} $$

ユーリ「$(a - b)(c - d) \GEQ 0$ ……ここまでは同じだよね」

「そうだね」

ユーリ「そっか、 $a - b \GEQ 0$ だから、 $a - b = 0$ のときも考えなくちゃいけないんだ。《ゼロ割り注意報》だ!」

「なにその注意報」

ユーリ「$a - b > 0$ だったら $c - d > 0$ がいえるけど、 $a - b = 0$ のときは……どーするの?」

「迷ったら、元の式で考えてみよう」

もしも $a - b = 0$ だったら…… $$ \begin{align*} ac + bd &\GEQ da + cb && \REMTEXT{与えられた条件} \\ ac + ad &\GEQ da + ca && \REMTEXT{$b$に$a$を代入した} \\ ac + ad &\GEQ ac + ad && \REMTEXT{右辺を整理した} \\ ac + ad - ac - ad &\GEQ 0 && \REMTEXT{右辺を左辺に移項} \\ 0 &\GEQ 0 && \REMTEXT{左辺を計算した} \\ \end{align*} $$

ユーリ「文字全部消えちゃった! ……どーしたらいいの!」

「$0 \GEQ 0$ は、 $c$ と $d$ がどんな数でも成り立つよね」

ユーリ「$0$ は $0$ 以上……うん、成り立つけど」

「ということは、 $c$ と $d$ のどちらが大きいかは、 与えられた条件だけからは決められないってことになるね」

ユーリ「そんなのありなんだ!」

「ありだよ。 $=$ が入るか入らないかは、とても大切。 あまり問題にならないときもあるけれど、こんなふうに全然違う問題になってしまうこともあるから、注意がいるね」

ユーリ「でも、『何もいえない』は言い過ぎだよ」

「どうして?」

ユーリ「だって、『$a \GEQ b$ のうち、 $a \neq b$ だったら $c > d$ だ』っていえるじゃん」

「ああ、確かにそうだね。だからこれは出題の仕方があまりよくない問題といえるかも」

解答2

$a \GEQ b$ としたとき、 $c > d$ とも $c < d$ とも $c = d$ ともいえない。

(ただし、もしも $a \neq b$ とするなら、 $c > d$ がいえる)

ユーリ「……」

「まだ納得いかない?」

ユーリ「ちょっとね」

「これは論理の問題になるんだよ。 同値かどうか $\Leftrightarrow$ を使って考えるとはっきりする」

$$ \begin{align*} AB > 0 & \Leftrightarrow (A > 0 \REMTEXT{かつ} B > 0) \LOR (A < 0 \REMTEXT{かつ} B < 0) \\ \end{align*} $$

ユーリ「これは?」

「$AB > 0$ というのは、 $A$ と $B$ の両方が正か、 $A$ と $B$ の両方が負ということ。 つまり、 $A$ と $B$ が同符号だということと同値だよ」

ユーリ「うん、それはわかってる」

「ところで、 $AB \GEQ 0$ というのは、 $AB > 0$ または $AB = 0$ ということだよね?」

ユーリ「$0$ 以上だから、そーだね。プラスか $0$」

「$AB > 0$ の方はいま検討した。 $A$ と $B$ が同符号。 でも $AB = 0$ というのはどうかというと、 $A = 0$ なら $B$ の符号はどうでもいい。 $B = 0$ なら $A$ の符号はどうでもいい」

ユーリ「にゃるほど!」

「つまり、こうなる」

$$ \begin{align*} AB \GEQ 0 & \Leftrightarrow AB > 0 \LOR AB = 0 \\ AB \GEQ 0 & \Leftrightarrow AB > 0 \LOR A = 0 \LOR B = 0 \\ AB \GEQ 0 & \Leftrightarrow \REMTEXT{$A$と$B$が同符号} \LOR A = 0 \LOR B = 0 \\ \end{align*} $$

ユーリ「ふんふん」

「《$A$ と $B$ が同符号》という部分を使って大小関係の判断をしていたのに、 等号 $=$ が入り込むことで、大小関係が判断できない場合が生まれてしまったんだね」

ユーリ「なーる」

「だから、問題2はこういう問いにした方がすっきりするかも」

問題2a

$a \GEQ b, c \GEQ d$ のとき、次の式は成り立つか。

$$ ac + bd \GEQ da + cb $$

ユーリ「あ、これは成り立つ! だって、 $(a - b)(c - d) \GEQ 0$ だもん」

「そうだね、これは定石通り、引き算をすればきちんとわかる」

$$ \begin{align*} (ac + bd) - (da + cb) & = ac + bd - da - cb \\ & = a(c - d) - b(c - d) \\ & = (a - b)(c - d) \\ & = \underbrace{(a - b)}_{\GEQ 0}\,\underbrace{(c - d)}_{\GEQ 0} \\ & \GEQ 0 \qquad \REMTEXT{$0$以上の数の積だから}\\ \end{align*} $$ だから、 $$ ac + bd \GEQ da + cb $$

解答2a

$a \GEQ b, c \GEQ d$ のとき、次の式は成り立つ。

$$ ac + bd \GEQ da + cb $$

順序交換

「ところで、ユーリの書いてくれた不等式を見ていたら、 また別の問題を見つけちゃったよ」

ユーリ「でたな数式マニア」

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(2014年12月5日)

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結城浩(ゆうき・ひろし) @hyuki


『数学ガール』作者。 結城メルマガWeb連載を毎週書いてます。 文章書きとプログラミングが好きなクリスチャン。2014年日本数学会出版賞受賞。

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