登場人物紹介
僕:数学が好きな高校生。
テトラちゃん:僕の後輩。 好奇心旺盛で根気強い《元気少女》。言葉が大好き。
ミルカさん:数学が好きな高校生。 僕のクラスメート。メタルフレームの眼鏡に長い黒髪の《饒舌才媛》。
ここは高校の図書室。いまは放課後。
テトラちゃんと僕は、 ミルカさんが提示した「数論におけるガウスの補題」を理解しようとしているところ(第478回参照)。
ガウスの補題(再掲)(第478回参照)
$p$ を奇素数とする。
$n$ を $p$ と互いに素な整数とする。
$x$ を $p$ で割った余りを $\BAR{x}$ で表す。 そして、 $\frac{p-1}{2}$ 個の正整数 $$ \BAR{1n}\CommaQuad \BAR{2n}\CommaQuad \BAR{3n}\CommaQuad \ldots\CommaQuad \BAR{\tfrac{p-1}{2}n} $$ のうち 《$\frac{p-1}{2}$より$\MARKC{\text{大きいもの}}$の個数》 を $\ell$ とする。 すると、 $$ \LegSym{n}{p} = (-1)^{\ell} $$ が成り立つ。
ただし、 $\tLegSym{n}{p}$ はルジャンドル記号である。
テトラ「なかなか……難しいですね」
$p = 7$ についてガウスの補題を表にしたテトラちゃんはそう言った(第478回参照)。
ミルカ「$p = 11$ の表も作ろう。 そうすれば《右手の指》と《左手の指》が考えられる」
ミルカさんは、両手の指を合わせて胸の前に小さな《鳥かご》を作って言った。
親指は親指に、 人差し指は人差し指に、 ……そして、小指は小指に合わせ、 ふくらませた形だ。
僕は、これを知ってる。 全単射の鳥かごだ(『数学ガール/ゲーデルの不完全性定理』参照)。
テトラ「?」
僕「?」
テトラちゃんと僕は、 大きな疑問符を心に抱きながら、 $p = 11$ についてガウスの補題の表を作っていった。
$p = 11$ でガウスの補題を考える
$$ \begin{array}{|c|ccccc|c|c|c|} \hline n & \BAR{1n} & \BAR{2n} & \BAR{3n} & \BAR{4n} & \BAR{5n} & \ell & (-1)^\ell & \tLegSym{n}{p} \\ \hline 1 & 1 & 2 & 3 & 4 & 5 & 0 & \LegYES & \LegYES \\ \hline 2 & 2 & 4 & \MARKC6 & \MARKC8 & \MARKC{10} & 3 & \LegNO & \LegNO \\ \hline 3 & 3 & \MARKC6 & \MARKC9 & 1 & 4 & 2 & \LegYES & \LegYES \\ \hline 4 & 4 & \MARKC8 & 1 & 5 & \MARKC9 & 2 & \LegYES & \LegYES \\ \hline 5 & 5 & \MARKC{10} & 4 & \MARKC9 & 3 & 2 & \LegYES & \LegYES \\ \hline 6 & \MARKC6 & 1 & \MARKC7 & 2 & \MARKC8 & 3 & \LegNO & \LegNO \\ \hline 7 & \MARKC7 & 3 & \MARKC{10} & \MARKC6 & 2 & 3 & \LegNO & \LegNO \\ \hline 8 & \MARKC8 & 5 & 2 & \MARKC{10} & \MARKC7 & 3 & \LegNO & \LegNO \\ \hline 9 & \MARKC9 & \MARKC7 & 5 & 3 & 1 & 2 & \LegYES & \LegYES \\ \hline 10 & \MARKC{10} & \MARKC9 & \MARKC8 & \MARKC7 & \MARKC6 & 5 & \LegNO & \LegNO \\ \hline \end{array} $$
$\MARKC{\text{緑色の数}}$は$\frac{p-1}{2} = 5$より大きい数を表す。
$\MARKC{\text{緑色の数}}$の個数が$\ell$である。
$x$ を $p$ で割った余りを $\BAR{x}$ で表す。
テトラ「先輩! あたし、この表で気づいたことがあります!」
僕「うん、僕もだ!」
テトラ「上半分と下半分が、ちょうど裏返しになってますね!」
上半分と下半分が裏返し

ミルカ「その理由はすぐわかる。 テトラが見つけた対称性は、 $$ \BAR{kn} \LEQ \frac{p-1}{2} \LONGBOTHIMPLIES \BAR{k(p-n)} > \frac{p-1}{2} $$ ということだ。これは、 $$ \BAR{k(p-n)} = \BAR{kp - kn} = \BAR{-kn} = p - \BAR{kn} $$ であることからいえる」
テトラ「ああ、はい。確かにそうですね」
僕「もしかして、 $p$ による剰余 $\BAR{x}$ よりも、 絶対的最小剰余 $\HAT{x}$ の方が対称性がよく見えるんじゃないかなあ? $\BAR{x}$ が $\frac{p-1}{2}$ より大きいかどうかというのは、 $\HAT{x}$ が負になるかどうかだから」
$p = 11$ のときの剰余 $\BAR{x}$ と絶対的最小剰余 $\HAT{x}$ (第477回参照)
$$ \begin{array}{|c|c|ccccc|ccccc|} \hline \BAR{x} & 0 & 1 & 2 & 3 & 4 & 5 & 6 & 7 & 8 & 9 & 10 \\ \hline \HAT{x} & 0 & 1 & 2 & 3 & 4 & 5 & -5 & -4 & -3 & -2 & -1 \\ \hline \end{array} $$
ミルカ「そうだな。 そして、 その観察はガウスの補題を証明するときにも効いてくる」
テトラ「それは、どうしてでしょう?」
ミルカ「私たちはいま、ガウスの補題の $\ell$ に関心がある。 $\ell$ は $k = 1,2,\ldots,\frac{p-1}{2}$ に対して、 $$ \BAR{kn} > \frac{p-1}{2} $$ となる $\BAR{kn}$ の個数だ。それは、 $$ \HAT{kn} < 0 $$ となる $\HAT{kn}$ の個数に等しい」
テトラ「なるほどです」
僕「あれ?」
ミルカ「なに?」
僕「いや、話を中断してごめん。 《負になる数の個数》という単語に何かが引っかかっただけ。続けて」
ミルカ「ふむ。 だから、 $\HAT{kn}$ を正負で左右に分けた表を作るのが楽しい。作ってみよう」
ミルカさんはそう言うと、一枚の表を作り始めた。
テトラ「ミミミミルカさん! これはどういう表ですか?」
ミルカ「$p = 11$ のとき、 $k = 1,2,3,4,5$ として、 絶対的最小剰余 $\HAT{kn}$ の正負に合わせて左右に振り分けた表だよ、テトラ」
テトラ「ええと……」
ミルカ「たとえば、 $n = 2$ で $k = 3$ のとき、 $$ \HAT{kn} = \HAT{3\times 2} = \HAT{6} = \MARKC{-5} < 0 $$ になっている。それを $\MARKC{\HAT{3n}}$ として表に書いた」
テトラ「ああ……左右に振り分けるという意味がわかりました。 $n$ の値ごとに $k = 1,2,3,4,5$ について $\HAT{kn}$ を計算して、
僕たちは手分けをして表を作り上げた。
$p = 11$ のとき、 $\HAT{1n},\HAT{2n},\HAT{3n},\HAT{4n},\HAT{5n}$ を正負で左右に分けた表
$$ \begin{array}{|c|c|c|c|c|c|c|c|c|c|c|c|} \hline \HAT{kn} & \MC5 & \MC4 & \MC3 & \MC2 & \MC1 & & +1 & +2 & +3 & +4 & +5 \\ \hline n=1 & & & & & & & \HH1 & \HH2 & \HH3 & \HH4 & \HH5 \\ \hline n=2 & \HN3 & & \HN4 & & \HN5 & & & \HH1 & & \HH2 & \\ \hline n=3 & \HN2 & & & \HN3 & & & \HH4 & & \HH1 & \HH5 & \\ \hline n=4 & & & \HN2 & \HN5 & & & \HH3 & & & \HH1 & \HH4 \\ \hline n=5 & & & & \HN4 & \HN2 & & & & \HH5 & \HH3 & \HH1 \\ \hline n=6 & \HN1 & \HN3 & \HN5 & & & & \HH2 & \HH4 & & & \\ \hline n=7 & \HN4 & \HN1 & & & \HN3 & & & \HH5 & \HH2 & & \\ \hline n=8 & & \HN5 & \HN1 & & \HN4 & & & \HH3 & & & \HH2 \\ \hline n=9 & & \HN2 & & \HN1 & & & \HH5 & & \HH4 & & \HH3 \\ \hline n=10 & \HN5 & \HN4 & \HN3 & \HN2 & \HN1 & & & & & & \\ \hline \end{array} $$
$x$ を $p$ で割った絶対的最小剰余を $\HAT{x}$ で表す。
ミルカ「そこでこんなふうに指を合わせてみよう」
表に指を合わせる

テトラ「これは?」
ミルカ「どの $n$ を見ても、指に割り当てられる $\HAT{kn}$ にパターンがあることがわかる」
僕「もれもないし、だぶりもない?」
ミルカ「そうだな。《もれなく、だぶりなく》だ」
テトラ「こういうことですか? たとえば $n = 2$ を見ます。
つまり、左右の違いを無視すると、
そういうことでしょうか?」
指の割り当て($n = 2$ の場合)

《もれなく、だぶりなく》($n = 2$ の場合)

僕「だよね。 そしてその《もれなく、だぶりなく》は、 $n = 2$ に限らず、 $n = 1,2,3,4,5,6,7,8,9,10$ のすべてで成り立っている!」
《もれなく、だぶりなく》($n = 5$ の場合)

ミルカさんは、 両手の指を見ながら話を始めた。
ミルカ「その《もれなく、だぶりなく》は、 集合の分割と表現することができる」
テトラ「集合の分割……集合を分けるということですか」
ミルカ「そうだ。でも、ただ分けるのではなく《もれなく、だぶりなく》分ける。 たとえば、三つの集合 $H,L,R$ を次のように定める。 $$ \begin{array}{cccccccccccccccccc} H &=& \{ & 1, & 2, & 3, & 4, & 5 & \} \\ L &=& \{ & 1, & & 3, & & 5 & \} \\ R &=& \{ & & 2, & & 4 & & \} \end{array} $$ このとき、 $$ L \cup R = H\CommaQuad L \cap R = \varnothing $$ となる。すなわち、 $L$ と $R$ の要素をすべて合わせると、 $H$ の要素がもれなく捕まえられる。 しかも、 $L$ と $R$ に属している要素にはだぶりがない。 このとき、 $L,R$ は $H$ の分割になっているという。 一般には、何個の集合に分割してもかまわない」
テトラ「《もれなく、だぶりなく》分ける、集合の分割。テトラ、理解しました」
僕「$L$ は左手の指への $-\MARKC{\HAT{kn}}$ の割り当て、 $R$ は右手の指への $\HAT{kn}$ の割り当て、 そして $1,2,3,4,5$ は親指から小指までということだね」
ミルカ「まあ、そうだ。 $p = 11$ のときはたまたま $\frac{p-1}{2} = 5$ になるから、 左手と右手に割り振ってみた。いま話した $L,R$ は $p = 11$ で $n = 2$ の場合だ。 $p$ と $n$ を使って一般的に書くなら、 $$ \begin{xalignat*}{1} H &= \SET{1,2,\ldots,\tfrac{p-1}{2}} \\ L &= \SET{-\HAT{kn}\SETM \HAT{kn} < 0, k \in H} \\ R &= \SET{\HAT{kn}\SETM \HAT{kn} > 0, k \in H} \end{xalignat*} $$ ということになる」
僕「おお、なるほど。それで一般的に書けてるね、確かに」
そこで、テトラちゃんが手を挙げた。
テトラ「ちょ、ちょっとお待ちください。 あのですね。テトラは先輩方のお話を理解していると思います。 左手右手の話も、 $H,L,R$ の話も飲み込めています……たぶん。 でも、このお話はガウスの補題につながっていくんでしょうか? あ、 あたしには、この左手右手の話がルジャンドル記号へつながる道筋が見えていないんですが……」
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