登場人物紹介
僕:数学が好きな高校生。
テトラちゃん:僕の後輩。 好奇心旺盛で根気強い《元気少女》。言葉が大好き。
僕とテトラちゃんは、 《関係》を《集合》で表すことについておしゃべりを続けている。
《関係》を《集合》で表すと、 思いがけない二つのものに共通点が見つかるという話題だ。
いまはちょうど、 《$1$ を足して $3$ で割った余りを得る関数 $f$》 と 《じゃんけんの勝ち負け》 とを同一視できたところ(第466回参照)。
関数 $f$ を《表》で表す

じゃんけんを《表》で表す
(行の手に対して列の手が勝ったときに○、負けるかあいこのときに×)

僕「なかなか楽しいね。 《表》を見れば当たり前なんだけど、 ちゃんと《集合》として等しくなることが確かめられる(第466回参照)」
テトラ「おもしろいと思います。 じゃんけんの手を数で表すというのは不思議じゃありませんけど、 うまく対応づけるとぴったり同じになるというのがいいですね。 じゃんけんの勝ち負けと関数……」
僕「そうだね」
テトラ「……ちょっとお待ちください。 うまく対応づけることができれば良いんですよね?」
テトラちゃんはそういうと、何かを書き始めた。
僕「?」
テトラ「たとえば、 こういう《表》でもじゃんけんを表現しているものと同じになりますね」
テトラの《表》

僕「え、ああ、うん、そうだね。 これもじゃんけんを表現した《表》と同一視できるよ。 《表》の中の○と×の配置が同じだから」
テトラ「ですよね!」
僕「ねえ、でもテトラちゃん。 この漢字は、いったい何?」
テトラ「何だと思います?」
僕「《伍》と《弐》と《零》……?」
テトラ「簡単なクイズですよ、先輩っ!」
クイズ
この《表》に、あたしが書いた漢字は何を表しているでしょうか?


僕「……」
テトラ「……どうです?」
僕「わかった、なるほどね。 これは《じゃんけんの手》と《指の数》を対応させたんだね」
テトラ「そういうことです!」

僕「確かに、こういう対応を付ければじゃんけんそのものになる。 そしてもちろん、じゃんけんの勝ち負けとも対応がつけられるね」
テトラ「はい。 こうやって自分で新しい例を作ってみると、 《関係》を作るということと《お友達》になれた感じがします」
僕「なるほど……これは、 $$ A = \SET{\text{伍},\text{弐},\text{零}} $$ という集合を考えて、 $A \times A$ の部分集合として、 $$ K = \SET{(\text{伍},\text{弐}), (\text{弐},\text{零}), (\text{零},\text{伍})} $$ を作ったことになるんだね(第466回参照)。 伍と弐では弐が勝つ。弐と零では零が勝つ、零と伍では伍が勝つ」
テトラ「そういうことです! 実は最初、ローマ数字で表してみようと思ったんですよ。 いつものアラビア数字ではつまらないので」
僕「なるほど?」
テトラ「《パー》は $5$ なので『V』を使い、《チョキ》は $2$ なので『II』を使って……とも考えたんですが、 《グー》で駄目なことに気付きました」
僕「どうして?」
テトラ「ローマ数字には『ゼロ』がないんです!」
僕はテトラちゃんの《零・弐・伍》の表を見ながら少し考えた。
僕「テトラちゃんの例を見ていて気付いたんだけど、 僕たちは、無意識のうちに対応付けをしていることになるんだね」
テトラ「《対応付け》と、いいますと?」
僕「テトラちゃんの《表》から、僕は $$ K = \SET{(\text{伍},\text{弐}), (\text{弐},\text{零}), (\text{零},\text{伍})} $$ という集合を作った。そして、確かにじゃんけんと同じだと思った」
テトラ「そうですね。じゃんけんの勝ち負けの関係を表す集合は、 《パー》を $0$ 、《チョキ》を $1$ 、《グー》を $2$ で表すと $$ J = \SET{(0,1),(1,2),(2,0)} $$ です(第466回参照)。 同じように、 集合 $K$ で 《パー》を表す《伍》を $0$ 、 《チョキ》を表す《弐》を $1$ 、 《グー》を表す《零》を $2$ で表した集合 $K'$ は $$ K' = \SET{(0,1),(1,2),(2,0)} $$ になって、 $J = K'$ ですね」
僕「ほらそこ!」
テトラ「どこでしょう?」
僕「ナチュラルに3種類の対応付けをやったよね」
テトラ「な、何かおかしかったでしょうか?」
僕「いやいや、ぜんぜんおかしくはないよ。 僕が気付いたのは、そういう対応付けを当たり前のように僕たちはやってるんだな、 ということ」
テトラ「……」
僕「何かを理解しようとするときに『これはこれのこと、あれはあれのこと』 のように対応を付けている」
テトラちゃんは大きな目をパチパチさせてから答える。
テトラ「それは……それはそうですね。 いまのお話は、当たり前だけど大事なことのように聞こえました」
僕「うん。僕もそう思う。 理解するときに対応付けを行っている。 そして、うまい対応付けができたとき、理解できたと感じる。 つまり《わかった》という感覚になる」
テトラ「《わかった》の誕生前には対応付けがある?」
僕「そういうこと」
テトラ「……」
僕「《対応付け》というのは《意味付け》とも関わりがありそうだなあ。解釈というか…」
テトラ「いまのお話で、テトラにも思うことがあります」
僕「何?」
テトラ「先輩がおっしゃる対応付けというのは、 $5$ 本指の《パー》と《伍》の対応付けといったお話だと思います」
僕「まあ、そうだね」
テトラ「でも、《わかった》という感覚は、 《紙の上に書かれたもの》と《自分の頭や心の中にある何か》の対応付けができた感覚のように思います」
僕「お、おおお? 一つメタになっているね!」
テトラ「先輩とミルカさんはよく《二つの世界》のお話をしてくださいます。 幾何と代数のように、数学の違う分野があって、でも両方に同じ構造があることを見抜いて、 そこに橋を架けるお話です」
僕「うん」
テトラ「でも、いま思ったんですが、 その《二つの世界》のお話を聞いてなるほど!と感じるときの気持ちというのは、 数学の側にあるんじゃなくて、 自分の心の側にあるように思います」
僕「……」
テトラ「自分の心の中に、 いろんな概念が《もの》のように、たくさんふわふわと浮かんでいます。 その概念というのは幾何だったり代数だったり、図形だったり数だったり……いろいろです。 でも、先輩方の《二つの世界》に橋を架けるお話を聞いて、 自分の心の中に浮かんでいる《もの》たちのあいだに橋が架かる。心の中でつながるんです! そのときに《なるほど》を感じるんじゃないでしょうか!」
僕「すごいね! テトラちゃんの《理解》の理解に僕も『なるほど』といいたい!」
【CM】
ミルカ「同型という概念は、その《構造的な同一視》を数学的に表現しようとしている。 同型を生み出す写像を同型写像という。 同型写像は、意味の源——そして、二つの世界に架ける橋」
テトラ「それにしても、 《関係》を《集合》で表すというのはすごいことだと思います。 数の大小やトーナメントのような順序関係でも、 関数でも、 あるいはじゃんけんのような関係でも《集合》で表せる……集合は《なんでも屋さん》みたいです」
僕は彼女の言い回しに苦笑した。
僕「ところで、集合で思い出したけど、 数の大小やトーナメント以外でいうと、 集合の包含関係も順序関係になるね」
テトラ「はい?」
僕「集合の包含関係だよ」
集合の包含関係
集合 $A$ と集合 $B$ に対して、 $A$ に属している任意の要素が $B$ の要素でもあるとき、 $A$ は「$B$ の部分集合である」という。
また、 $A$ が $B$ の部分集合であるとき「$A$ は $B$ に含まれる」といい、 $$ A \subset B $$ で表す。
特に、 $A = B$ のときも $A \subset B$ であることに注意。
※数学書によっては、 $A$ が $B$ の部分集合であることを、 $ A \subseteqq B $ や $ A \subseteq B $ と表すこともあります。
テトラ「はい……部分集合については知っていますし、 『含まれる』という言い方もしっています。 たとえば、 $$ \SET{2,3} \subset \SET{1,2,3,4,5} $$ のようなものですよね。 集合 $\SET{2,3}$ に属している要素、つまり $2$ と $3$ はどちらも、 集合 $\SET{1,2,3,4,5}$ に属しています。 ですから、 $\SET{2,3}$ は $\SET{1,2,3,4,5}$ の部分集合になっている……?」
僕「そうだね。さっと例を出すところがえらいよね、テトラちゃん」
テトラ「あっ、はい。 理解を確かめたいからです。 《例示は理解の試金石》ですから! ……それで、これが順序関係なんですか?」
僕「そうだね。 それは、たとえば $A,B,C$ という三つの集合があったとして、
テトラ「んっ、んっ? 先輩、その(1)(2)(3)はどこから出てきたんですか?」
僕「この三つは順序関係の公理そのままだよ。 (1)推移律と(2)反射律と(3)反対称律を満たしている関係が順序関係だから。 ユーリに説明したときに書いたものがここにあるよ(第463回参照)」
推移律
どんなX, Y, Zに対しても、 X→YとY→Zの両方が成り立っていたら、X→Zも成り立っている。
反射律
どんなXに対しても、 X→Xが成り立つ。
反対称律
どんなXとYに対しても、 X→YとY→Xの両方が成り立っていたら、X = Yが成り立つ。
テトラ「ははあ……」
僕「このときは《→》で説明したけど、 これを《$\subset$》と読み替えれば同じだよね」
テトラ「……確かにそうですね。あっ、いまのも無意識の対応付けですよ!」
僕「え?」
テトラ「いまスッと《→》を《$\subset$》に読み替えました。 単なる記号の読み替え、置き換えだけで同じことをいってるというのは、 対応付けをやってるわけですよね」
僕「おお、確かに」
テトラ「集合の包含関係は、 $$ A \subset B \subset C \subset D $$ のように一列に順序よく並びます。順序関係ですね」
僕「え?」
テトラ「え?」
僕「集合の包含関係では集合が一列に並ぶとは限らないよ。 つまり全順序になるとは限らない(第465回参照)」
テトラ「え?」
僕「え? 一列に並ぶというのは、全順序ってことだよね。だとしたら、 どの二つについても比較可能という条件がさらに付くことになるよ?」
テトラちゃんは急に考え込んでしまった。
意外なところで引っかかったな。
テトラ「……確かに、そうですね。たとえばこういうことでしょうか。 これは全順序になりません」
全順序にならない例
三つの集合 $\SET{10}, \SET{10,20,30}, \SET{1,10,100}$ について考えます。
僕「そうそう、そういうことだね。 いまの例をヴェン図(オイラー図)、ハッセ図で描くとこうなる」
ヴェン図(オイラー図)

ハッセ図

テトラ「失礼しました。 やはり、実例を作るのは大切ですね。 集合の包含関係は難しいです。落ち着いて考える必要があります。 バタバタしちゃ駄目ですね」
僕「テトラちゃんでも引っかかるんだから、 小学生が引っかかるのも無理はないよね」
テトラ「小学生が集合の包含関係に引っかかるんですか?」
僕「四角形の分類が、まさにこれだよね」
テトラ「あっ、あっ、ほんとですね! こういうことですね……」
ヴェン図(オイラー図)

ハッセ図

僕「ついでに四角形の分類全体を描いてみよう」
ヴェン図(オイラー図)

テトラ「おもしろいですね……確かに小学生のとき、 これやりましたよ。 いまにしてまたお会いするなんて……」
僕「ハッセ図も描くね」
ハッセ図

テトラ「……」
僕「これも集合同士の包含関係。 僕たちが普段使っている四角形の種類がどういう順序関係になっているかを表しているといえるね」
テトラ「……」
僕「僕たちは平面上の四角形を具体的に見るわけだけど、それは目に入るいくつかの具体的図形だよね。 正方形すべてを実際に目で見ることはできない。 でも、 《正方形全体の集合》 というものを心に思い浮かべて、 それが 《長方形全体の集合》 に含まれていることはわかる。 つまり、 $$ \text{《正方形全体の集合》} \subset \text{《長方形全体の集合》} $$ が成り立つことがわかる。 なぜなら、 どんな正方形も四つの角の大きさは等しいので、長方形の定義に当てはまるから!」
僕は意気込んで話したけれど、 テトラちゃんは何かを真剣に考えているようだ。
テトラ「……先輩?」
僕「何か、思いついたの?」
テトラ「集合をいくつか考えるとき、その包含関係は半順序になりますよね。 ということはですよ……」
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(2026年4月3日)