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第463回 シーズン47 エピソード3
思いがけない順序(前編) ただいま無料

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僕の部屋

登場人物紹介

:数学が好きな高校生。

ユーリのいとこの中学生。 のことを《お兄ちゃん》と呼ぶ。 論理的な話は好きだが飽きっぽい。

ここはの部屋。

といとこのユーリは、 数学の《順序》についておしゃべりしていた。

彼女が持ってきた《三人の発表順を決める問題》の議論(第461回参照)から始まり、 はボンスカという仮想的なゲームを使って《順序》の定義を話したところ(第462回参照)。

順序

「……さあユーリ。これでようやく順序に到着したよ」

ユーリ「?」

「推移律と反射律と反対称律という三つのルールを満たしている関係のことを、 数学では順序というんだ」

推移律すいいりつ

どんなX, Y, Zに対しても、 X→YとY→Zの両方が成り立っていたら、X→Zも成り立っている。

反射律はんしゃりつ

どんなXに対しても、 X→Xが成り立つ。

反対称律はんたいしょうりつ

どんなXとYに対しても、 X→YとY→Xの両方が成り立っていたら、X = Yが成り立つ。

ユーリ「ほえー」

ボンスカの《→》は《順序》になる

「僕たちは、ボンスカというトランプゲームで、 J, Q, K の三種類のランクの強さを考えてきた。 J→Q, Q→K, J→K という強さの関係があると決めた。 JにQは負けないし、QにKは負けないし、JにKは負けない。 それから、J→J, Q→Q, K→Kも決めた。自分自身に負けない。 まとめると、ボンスカの《→》という関係では、

  • J→Q, Q→K, J→K
  • J→J, Q→Q, K→K
が成り立っていると決めた」

ユーリ「そだね」

「このとき、ボンスカの《→》という関係は、 推移律、反射律、反対称律を満たす。 だから、ボンスカの《→》という関係は数学の《順序》なんだ」

ユーリ「ん? ん? んんんん?」

ユーリの疑問

ユーリは急に難しい顔をして、近くにあった紙に何かを書き始めた。

「?」

ユーリ「さっきお兄ちゃんは、ボンスカのこと、

  • J→Q, Q→K, J→K
  • J→J, Q→Q, K→K
って言ったけどさー、おかしくね? だってJ,Q,Kの3種類なんだから、 全部で $3 \times 3 = 9$ 個になるはずじゃん? ほら、やっぱ抜けてる。

  • Q→J, K→J, K→Q

が出てきてない! こーゆーことじゃん」

ユーリは紙に書いた表を見せてくれた。

ボンスカの表(ハテナ?がある)

※J→Q, Q→K, J→K, J→J, Q→Q, K→Kが成り立つことをマル○で表記

※Q→J, K→J, K→Qが成り立つかどうか不明であることをハテナ?で表記

「おお、なるほど!」

は、ユーリの指摘で気がついた。

確かにユーリの言う通り。Q→Jはちゃんと決めていなかった。

J→Qを《JにQは負けない》という解釈をつけたことで、 無意識のうちにその解釈を使って、 J→Qが成り立つんだから、 Q→Jは成り立たないと判断してしまった。

せっかく、 直感的な解釈に頼るのではなく形式論理的に議論を進めたいと思っていたのに、 うっかり解釈に頼ってしまったんだな……。

ユーリ「ねーねー、違うの? 抜けてたよね?」

「ユーリの指摘は正しい。 J→Qが成り立つことは決めたけど、 Q→Jについては明示的に決めていなかった」

ユーリ「ふふん!」

「もちろん、 ゲームの意味を考えれば、 J→Qが成り立つんだからQ→Jが成り立たないのは当たり前のように見える。 でも、それは僕が J→Qが成り立つときにQ→Jが成り立たない世界をイメージしてまとめたからだ。 でもいまはせっかく数学的な順序構造を考えようとしているんだから、 すべてを網羅的に書く方がいい。 ユーリ、ありがとう」

ボンスカの表(ハテナ?がない)

※J→Q, Q→K, J→K, J→J, Q→Q, K→Kが成り立つことを○で表記

※Q→J, K→J, K→Qが成り立たないことを×で表記

ユーリ「あー、ハテナがなくなってスッキリした!」

《律》と構造

「ボンスカというゲームでJ,Q,Kの三種類のランクの強さについて《→》という関係を定めていった。 そして、この三種類のランクに《順序》という構造を入れたことになる」

ユーリ「ふんふん」

「推移律、反射律、反対称律のような《律》は、ゲームのルールのようなもの。 どんなルールを採用するかで、ゲームはがらっと変わるよね。 それと同じように、どんな《律》を採用するかで構造はがらっと変わる。 あるいは、自分の知っているものでは、 どんな《律》が成り立つのかを調べると、 ぜんぜん違うものを同一視できたりするんだ」

ユーリ「どーいつし?」

「あたかも同じものとして扱うこと」

ユーリ「サイクリック・ボンスカとじゃんけんみたいに?(第462回参照)」

「まさに、その通り!」

ユーリ「ねーお兄ちゃん。たとえば、 《最強の奴がいる》ってゆーのは?  J,Q,KのうちKが最強じゃん? でも、 じゃんけんには最強の手はない。ね? ね? それもゲームの構造を表すルールじゃないの?」

「うんうん。確かにボンスカはそのルールを満たすね。Kは最強だ」

ユーリ「それは、なんて言う名前の《律》?」

「《律》という名前はついてないと思うなあ、たぶん。 でも名前はさておき、 最も強い要素が存在するというのはもちろんルールとして考えられる。 最も強い要素が存在するかどうかというのは、 構造を調べるときに重要な手掛かりだと思うよ。 そういうのにさっと気付くユーリは賢いなあ!」

ユーリ「へへ……照れるじゃん。もっとほめて」

「このくらいで」

ユーリ「ちぇっ」

「J, Q, K の三種類のランクで、 じゃんけんのようなサイクリックな構造と、 ボンスカのような順序構造を作ったけど、 ここで、 もう少し違った順序構造を眺めてみようと思う。 トーナメントを考えてみよう」

ユーリ「らじゃりました」

ユーリはそう言うと、おどけて敬礼をする。

こうやって順序をめぐる冒険がさらに展開していった。

トーナメント

「いまから四人がトーナメント形式の試合を行うとしよう」

ユーリ「何の試合?」

「いや、別に何の試合でもいいよ。 何の試合かが問題じゃなくてトーナメントの話をしたいだけだから」

ユーリポポラ

「ポポラとは?」

ユーリ「何でもいーんでしょ? 名前付けたげるよ。 四人がトーナメント形式でポポラの試合をする

「はいはい。ポポラね。 四人の名前はA,B,C,Dの四人としよう。 すると、たとえば、こんな試合が行われるわけだ」

ポポラのトーナメント

ユーリ「ふんふん」

「そして、こんなふうに第1試合、第2試合、第3試合が行われるとする。 ポポラには引き分けはないとしよう。 そして、試合が進むごとに、どんな構造が現れるかを観察したいんだ」

ポポラのトーナメント(第N試合)

  • 第1試合: A対Bで、勝者を決める
  • 第2試合: C対Dで、勝者を決める
  • 第3試合: 《第1試合の勝者》対《第2試合の勝者》で、勝者を決める

ユーリ「第3試合は決勝戦になるね!」

「そうだね。第3試合での勝者は優勝者になる」

ユーリ「第1試合と第2試合はいきなり準決勝じゃん! あはは!」

「まあ……そうもいえるな」

ユーリ「待って、お兄ちゃん。第0試合は?」

「ああ、なるほど! それはいいね。まだ試合を行っていない状況だ」

第0試合(試合前)

ユーリ「さあ始まりました。ポポラのトーナメント!  期待の第0試合は準々決勝、ベストフォーが決まりました!」

「よくそんなにハイテンションになれるなあ。 四人の試合なんだから、そりゃベストフォーだよね。 準々決勝っていうか、試合前な」

第0試合(試合前)

第1試合

ユーリ「第1試合は誰が勝ったことにするの?」

「A対BでAが勝ったことにしよう。 そうすると、Aはこんなふうにトーナメントの図で上に上がっていくわけだ」

ユーリ「あーっと、B選手、惜しくも敗退!」

「A対BでAが強いことが判明したから、B→Aが成り立つ状態になった」

第1試合はA対Bで、Aが勝った(B→Aが確定した)

第2試合

ユーリ「第2試合はC対Dでどっちを勝たせるの? Dにしよう!」

「いいよ。C対DではDが勝ったとする。 Dが勝ち上がった」

ユーリ「CとDでは、Dが強いからC→Dが成り立つ!」

第2試合はC対Dで、Dが勝った(C→Dが確定した)

第3試合(決勝戦)

「そして第3試合」

ユーリ「事実上の決勝戦です!」

「事実上というか、本当の決勝戦だよね。 第1試合で勝ったAと第2試合で勝ったDの戦い」

ユーリ「あーっと、Dが勝利!」

「A対DでDが勝ったとすると、A→Dが成り立つ」

第3試合はA対Dで、Dが勝って優勝!(A→Dが確定した)

やってみたいこと

ユーリ「3試合やって、

  • B→A
  • C→D
  • A→D

という結果でDがポポラの優勝者となったわけですが、 いやあ熱戦でしたね、解説のお兄ちゃん。いかがでしたか」

「そういう小芝居、もういいよ」

ユーリ「ちぇっ」

「これからね、試合が進んでいくときのようすを整理してみたいんだ。 さっきユーリが描いていた表を使って」

ユーリ「へー……」

第0試合

「第0試合の後……つまりまったく試合を行っていない状態では、 四人のうち誰が誰より強いかわからない

ユーリ「そだね。わかったら試合しなくていいし」

「つまり、X→Yが成り立つのか、成り立たないのかわからない状態だ。 ただ、ボンスカのときと同じように X=Y のときにはいつも成り立つものと決めよう」

ユーリ「自分自身には負けないことにしちゃう?」

「そう、反射律はんしゃりつが成り立つものと定めて表を作ると、こうなる」

第0試合後(試合前)の表

※A→A, B→B, C→C, D→Dに○を入れる。

ユーリ「対角線以外はぜんぶハテナ」

第1試合

「第1試合ではAが勝ったので、B→Aが成り立つので○を入れて、 ボンスカのときの反省を活かして、A→Bが成り立たないので×を入れる。 そうすると表はこうなる」

第1試合後の表(A対Bで、Aが勝った)

※B→Aに○、A→Bに×を入れる。

ユーリ「なーるほど。 勝ち負けが決まるごとにハテナが減っていくわけね」

「そうだね。勝負が決まると、新たな情報が増えていく」

ユーリ「情報が増えると、ハテナが減っていく。ふむふむ」

第2試合

「第2試合はDが勝ったから、C→Dに○を入れて、D→Cに×を入れる」

ユーリ「対角線をはさんで必ず○と×が反対になる!」

第2試合後の表(C対Dで、Dが勝った)

※C→Dに○、D→Cに×を入れる。

第3試合(決勝戦)

「第3試合ではDが勝ったから、A→Dに○を入れて、D→Aに×を入れる」

第3試合後の表(A対Dで、Dが勝って優勝!)

※A→Dに○、D→Aに×を入れる。

ユーリ「……ありゃ?」

「え?」

第3位決定戦

ユーリ「そっか! 優勝者が決まっても、ハテナは残るのかー!」

「勝負が付いていないものは残るよね。 トーナメント戦は総当たりのリーグ戦じゃないから。

  • A対C
  • B対C
  • B対D
この三つの勝負をしていない。なので表の中ではハテナになってる」

ユーリ「Dが優勝で、Aが準優勝だけど、第3位はわかんないんだ」

「だからよくトーナメントでは第3位決定戦をやるよね。 今回のポポラのトーナメントでいうと、B対Cが3位決定戦になる。 準決勝(第1試合と第2試合)の敗者同士が戦うわけだ」

第3位決定戦ではBとCが戦う

ユーリ「にゃるほど。 じゃ、たとえばB対CでBが勝ったら?」

「第3位決定戦でBが勝ったら表はこうなる」

第3位決定戦でBが勝った場合(B対Cで、Bが勝って第3位!)

※C→Bに○、B→Cに×を入れる。

ユーリ「ま、そーなるよねー。でも総当たりじゃないからハテナは残っちゃうにゃあ・・・

「うんうん」

ユーリ「あれ? きらりーん☆! ユーリ、発見しちゃいましたぜ!」

「何を発見したんだろう」

ユーリの発見?

ユーリ「もっとハテナを減らす方法!  第3位決定戦で、B対CでBが勝ったとするじゃん? そーするとね……

  • C→B(第3位決定戦)
  • B→A(第1試合)

……になってる。 だったら、ほら、C→Aなんじゃね?」

第3位決定戦でBが勝った場合

「なるほど。 CとAは直接勝負していない。 だから、C→Aなのか、A→Cなのかはわからない。 でも、このポポラのトーナメントでは《推移律を満たす》と定めるなら、 ユーリの主張は正しいね」

推移律すいいりつ

どんなX, Y, Zに対しても、 X→YとY→Zの両方が成り立っていたら、X→Zも成り立っている。

ユーリ「でしょでしょ? C→BとB→Aが成り立っているから、 C→Aも成り立つ!  これでハテナが減らせる!」

「Bが勝ったときは正しいね。 でも、第3位決定戦でCが勝った場合は、 その手でハテナは減らせない」

ユーリ「なんで? B→CとC→Dから推移律でB→Dが成り立つじゃん!」

「それはそう。確かにB→Dは成り立つ。でもそれは第3位決定戦をする前から分かっていたんだ。 だって第1試合でB→Aが確定して、決勝戦でA→Dが確定しているからね。新たな情報は増えてない」

第3位決定戦でCが勝った場合

ユーリ「ぐえ。ほんとだ」

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(第463回終わり)

(2026年3月6日)

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結城浩(ゆうき・ひろし) @hyuki


『数学ガール』作者。 結城メルマガWeb連載を毎週書いてます。 文章書きとプログラミングが好きなクリスチャン。2014年日本数学会出版賞受賞。

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