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第462回 シーズン47 エピソード2
発表順の決定(後編) ただいま無料

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僕の部屋

登場人物紹介

:数学が好きな高校生。

ユーリのいとこの中学生。 のことを《お兄ちゃん》と呼ぶ。 論理的な話は好きだが飽きっぽい。

ここはの部屋。

といとこのユーリは、 彼女が持ってきた《三人の発表順を決める問題》と、 その逆について考えていた。

ちょうどいま、その議論が一段落したところ(第461回参照)。

「……ようやく解決したね」

ユーリ「けっこー大変だったにゃあ・・・

「ユーリが持ってきた彼氏からの問題だけど——」

ユーリ「彼氏じゃないっつーに」

「某氏の問題だけど、これは面白いね。 この問題は、 局所的に順序を定めても、全体としての順序が決まるとは限らない ことを教えてくれる問題 だと思ったよ(第461回参照)」

ユーリ「うん? いま何て言った? きょくしょてき?」

「局所的。 物事の一部分だけを見るということだね。 AとBの発表順を決めるというのは二人だけで決めればいい。 でも、それだけではAとBとCという三人全体の発表順は決まらない。 そういう問題だったね、という話」

ユーリ「きょくしょてき……わざわざ難しく言ってるみたい」

「そんなことないよ。 問題を解いたときには『あー解けた解けた』で終わらせるんじゃなくて、 『結局、僕たちは何を考えたことになるんだろう』 と振り返らないとつまらないよね」

ユーリ「久々の《先生トーク》が炸裂しまくってるぜ!」

ユーリはそういってケラケラと笑う。

「茶化すなよ。 この問題で思い出したんだけど、 数学で順序じゅんじょと呼ばれる関係については、 ミルカさんに教えてもらったことがあるよ」

ユーリミルカさま・・・・・に?」

ユーリは笑うのをやめ、身を乗り出してきた。

彼女は、のクラスメートのミルカさんのことを崇拝しているのだ。

最初に二人が出会ったときの印象がよっぽど強かったんだろうな。

まるで、一目惚れだ。

【CM】

テトラ「はいっ! 今回のCM担当テトラです。 ミルカさんによる順序の《講義》は『ビットとバイナリー』でどうぞ」

テトラ「そして、 ミルカさんとユーリちゃんの衝撃的《出会い》については 『フェルマーの最終定理』をお読みくださいっ!」

「ミルカさんが順序について《講義》してくれたんだ」

ユーリ「ちょっと待って。順序って数学なの? ただの順序が?」

「うん、そうだね」

ユーリ「へー。順序なんて普通のことじゃん。 並んでるだけで何も難しくないのに、それでも数学なんだ」

「おいおい。いまいっしょに順序の問題を考えたばっかりじゃないか。 ただの順序や並んでるだけといったって、考えることはたくさんある。 順序というのは、立派な数学の概念だよ」

ユーリ「そーなんだ! 高校だとそーゆーのも勉強すんの?」

「いや、高校でも教えないと思うよ。 僕はミルカさんから聞いてから本を読んだけど」

ユーリ「ふーん」

順序構造じゅんじょこうぞう という数学的な構造を考えるのはおもしろいよ」

ユーリ「じゅんじょこうぞう」

「うん。 パズルみたいなところもある。 ルールがたくさんあるゲームともいえる」

ユーリ「おもしろそ!」

「たとえば推移律すいいりつというルールがある」

ユーリ「すいり?」

「『すいり』じゃなくて『すいい・りつ』。

  • 現象や関係が順繰りに移っていくことを意味する『推移すいい
  • 約束事や法則やルールを意味する『りつ
この二つを合わせた数学用語だよ。推移律」

ユーリ「すいい・りつ」

「推移律というのは、簡単にいうと、 『どんなXとYとZに対しても、X→YとY→Zの両方が成り立っていたら、X→Zも成り立っている』 というルールのこと」

推移律

どんなX, Y, Zに対しても、 X→YとY→Zの両方が成り立っていたら、X→Zも成り立っている。

ユーリ「そんなの当たり前では?」

「当たり前のように感じるのは、 ユーリがいま頭に思い描いているものが、 まさに推移律を満たしているからだよ」

ユーリ「また難しい話にしたいの?」

「ああ、うん、いまのは僕が悪かった。 ちゃんと順を追って話すよ」

ユーリ「順序構造だけに?(ニヤニヤ)」

「やかましわ(ツッコミ)」

こんなふうにして、 ユーリ順序構造をめぐる冒険が始まった。

トランプゲームのルール

ユーリ「おもしろーい話だったらいいけど、 めんどくさーい話だったらヤダな」

「いまから、とある・・・トランプゲームのルールを説明するとしよう。 話しながら、さっきの推移律みたいな言葉を順番に紹介していくよ」

ユーリ「なんてゲーム?」

「名前? 名前なんてないよ。 説明のための仮想的なゲームだから。実際にあるゲームじゃないし」

ユーリ「そんなん、つまんないじゃん。 ユーリが名前つけたげるよ。 えーと……ボンスカ!」

「ボンスカ」

ユーリ「ボンスカというトランプゲーム。よい名前じゃないか」

「名前か? ……まあいいよ。 じゃあ、ボンスカのルールを説明しよう。 めんどくさい話にはならないと思うよ」

ユーリ「よかろー」

「トランプゲームを説明するときは、 そのゲームで使うカードが何かを説明するよね」

ユーリ「そだね。ジョーカー使うとか使わないとか」

「このトランプゲームでは絵札だけ使うことにしよう。 $\heartsuit, \clubsuit, \spadesuit, \diamondsuit$ の四種類のスートと、 J,Q,Kの三種類のランクを使う」

ユーリ「全部で12枚?」

「そうだね。 じゃあ実際にやってみよう」

ボンスカのルール

がトランプを出してくると、 ユーリが絵札を選び出した。

ユーリ「……はい、12枚」

「僕が黒いカード、スペードとクラブの六枚を持つ。 ユーリは赤いカード、ハートとダイヤの六枚ね」

ユーリ「はいはい」

「僕とユーリがそれぞれ一枚ずつ、せーので出す。 どちらが勝つかのルールをこれから決めていく」

ユーリ「へいへい」

「どちらが勝つかにはスートは無関係。 ランクだけで決まるとする」

ユーリ「J,Q,Kで決まる」

「そういうこと。 まず、このゲームでは——」

ユーリ「ボンスカ」

「ボンスカでは《JよりQが強い》というルールを採用しよう。 このルールをJ→Qと書くことにする」

ユーリ「いーよ。ボンスカではJよりQが強い。J→Q」

「また、ボンスカでは《QよりKが強い》というルールも採用する。 これはQ→Kと書くわけだ」

ユーリ「ふむふむ。 てことは、ボンスカでは《JよりKが強い》わけだね。J→Kだ」

「と言いたくなるよね。でも、ちょっと待って」

ユーリ「え?」

「いま決めたボンスカのルールは J→Q と Q→K の二つだけ。JとKの関係はまだ何も決めていない」

ユーリ「でもJよりQが強くて、QよりKが強いんだから、JよりKが強いに決まってるじゃん」

「そこだよ。 ここで考えてほしいんだけど、 ボンスカのルールを決めるとしたら、 JとKの関係で二つの可能性のどちらかを採用したくなる」

  • 《JよりKが強い》つまりJ→Kである
  • 《KよりJが強い》つまりK→Jである

ユーリ「K→J? KよりJが強いってこと? 変なルール」

「ボンスカのルールでK→J を採用したとする。 すると、 J→Q、Q→K、K→J になる。 つまり……JよりQが強くて、QよりKが強くて、KよりJが強い」

ユーリ「ははーん、じゃんけんだ!」

「そうだね。 グーよりパーが強くて、パーよりチョキが強くて、チョキよりグーが強いのと同じ。 ボンスカで J→Q、Q→K、K→J を採用すると、 ボンスカはじゃんけんと同じ構造になるわけだ」

ユーリ「ぐるぐるぐる、さいくりっく〜」

「K→Jにすると、J, Q, Kの強さはぐるぐる循環じゅんかんする。 ボンスカでK→Jというルールを採用するとしたら、 最強カードはなくなる」

ユーリ「そだね。サイクリック・ボンスカだ」

(ア)J→Q と Q→K と K→J の場合、循環する

「あはは。 じゃあ、ボンスカでK→Jを採用するのをやめて、J→Kを採用したらどうなる?」

ユーリ「かんたん! J→Q、Q→K、J→Kだから、循環しない」

(イ)J→Q と Q→K と J→K の場合、循環しない

「そうなる。 JよりQが強くて、QよりKが強くて、JよりKも強い」

ユーリ「J,Q,Kの三人では、しょせんJが最弱。Kが最強」

「ここで(ア)と(イ)を見比べてみよう。 どちらもJ→QとQ→Kは同じ。違いはJとKの関係だけだ」

ユーリ「うん」

「(ア)ではJ→QとQ→Kなのに、K→Jになっていて循環する。 (イ)ではJ→QとQ→Kで、J→Kも成り立っている。循環しない」

ユーリ「そだね」

「ここで思い出してほしいのが、さっき話した推移律だよ」

ユーリ「すいい・りつ」

推移律

推移律

どんなX, Y, Zに対しても、 X→YとY→Zの両方が成り立っていたら、X→Zも成り立っている。

「推移律を採用すれば、(ア)のような循環は絶対に起きない」

ユーリ「おっ?」

「推移律を採用するということは、 ボンスカはサイクリックにはなりませんよ、 と宣言していることになるんだ。 じゃんけんじゃないよ、と」

ユーリ「なーる。 推移律があるかないかで、 ぜんぜん違うゲームってこと!」

「そう。そこが大事なところだよ。 つまり、 推移律というルールがあるかないかで、ぜんぜん違う構造を持ったゲームになる。 そういうこと」

ユーリ「そりゃそーだね。ルールが違えば違うゲーム」

「さっきユーリは、推移律のことを『そんなの当たり前では?』って言ってた」

ユーリ「うん」

「でもそれは、 ぐるっと循環していない構造を頭に思い描いていたからなんだ。 推移律が成り立つ構造をイメージしているから、 推移律が当たり前と感じたんだね」

ユーリ「おおー! なんかナットクしたぞー!」

あいこは?

「ここまでで、J→QとQ→KとJ→Kをボンスカのルールとして採用した」

ユーリ「サイクリックじゃないボンスカ」

「ボンスカに出てくるランクはJ,Q,Kだけ。 さてさて、 これでボンスカの勝負は、ぜんぶ《→》を使って表せたことになる——」

ユーリ「ダウト! そんなことないもん!  あいこがあるっしょ?」

がわざとまちがった主張をしたとたん、 ユーリは間髪入れずにダウトを宣言してきた。

やっぱりユーリは賢いなあ……。

「そうだね」

ユーリ「あいこは《→》で表せないもん。 たとえば、J→Jだと《JよりJが強い》になる。 自分をノックアウトしてどーするよ」

ユーリは自分をパンチするそぶりを見せる。

「でもね、実は《→》の読み方をちょっと変えるだけで、 あいこも表せるようになるんだ」

ユーリ「え、どゆこと?」

「《X→Y》という書き方を《XよりYは強い》じゃなくて《XにYは負けない》 と読むことにする。 そういうことを表していると解釈し直してみれば、自然に読める」

ユーリ「《XにYは負けない》」

「たとえば、J→Qは《JにQは負けない》」

ユーリ「Qの方が強いんだから、 そりゃJには負けないよね。 うん、合ってる」

「J→Jは《JにJは負けない》」

ユーリ「JにJは負けない……確かに、 あいこだから、 負けちゃいないぜ。 勝ってもいないけどな!」

「Q→QもK→Kも同じだね。このように解釈し直せば、 《→》だけで、あいこも表せる。 そしてJ→JとQ→QとK→Kというルールを採用すれば、 これもまた、ボンスカというゲームの構造の一部を形作っていることになる。 いわば、あいこがある構造ってことだけど、 それには反射律はんしゃりつという名前がついてる」

ユーリ「はんしゃりつ」

反射律

「反射律の定義はこうだよ」

反射律

どんなXに対しても、 X→Xが成り立つ。

「鏡をのぞき込むと、自分の姿が鏡に反射して見える。 鏡を挟んで二人の自分が向かい合う。 反射律という名前はそういうイメージから来てるんだと思うよ」

ユーリ「自分と自分はあいこになる」

「そういう構造を表したいときに採用するのが反射律。 これで推移律と反射律の話ができた」

ユーリ「推移律と反射律」

「それからもう一つ、確認しておきたいルールがある」

ユーリ「まだあんの?」

反対称律

「ボンスカでは、J→Qは成り立つけれど、Q→Jは成り立たない」

ユーリ「そだね。 《JにQは負けない》けど《QにJは負けない》なーんてことはない。 めっちゃ負ける」

「じゃ、ボンスカでX→YとY→Xが両方とも成り立つとしたら、 XとYはどういう関係?」

ユーリ「わかんない」

「そのスピードでわからないと言ったら、ミルカさんは何て言うかな?」

ユーリ「あっはい……ちゃんと考えますです。 えっと……《XにYは負けない》そして《YにXは負けない》とゆーことは、 XとYは同じ?」

「そうだね。ボンスカでは《X→Y》と《Y→X》が成り立っているなら、 必ず《X = Y》が成り立っている。 《→》と《=》を結びつけるこのルールを 反対称律はんたいしょうりつという。 反対・称律じゃなくて、反・対称律だよ」

ユーリ「はん・たいしょうりつ」

反対称律

どんなXとYに対しても、 X→YとY→Xの両方が成り立っていたら、X = Yが成り立つ。

「これでようやく順序に到着した」

ユーリ「?」

「《→》は推移律と反射律と反対称律という三つのルールを満たしている。 こういう関係のことを、数学では順序というんだ。 ボンスカというゲームの《→》は順序という関係になる」

ユーリ「ほえー」

もう一つの《律》

「ここで、もう一つの《律》を考えると、 順序がもっと楽しくなるよ」

ユーリ「どんなルール?」

「それはね……」

ユーリの、 順序構造をめぐる冒険は、まだ続く。

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(第462回終わり)

(2026年2月27日)

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結城浩(ゆうき・ひろし) @hyuki


『数学ガール』作者。 結城メルマガWeb連載を毎週書いてます。 文章書きとプログラミングが好きなクリスチャン。2014年日本数学会出版賞受賞。

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