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第460回 シーズン46 エピソード10
生成AIと学ぶ:共に歩むAI(後編) ただいま無料

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オフシーズンのお知らせ

結城浩です。いつもご愛読ありがとうございます。

おかげさまでこのWeb連載も今回で第460回を迎えました! みなさまの応援に感謝します!

さて、たいへん恐れ入りますが、 次のシーズン準備のため、下記の通り更新をお休みいたします。

日程 内容
2025年8月22日(金) シーズン46終了(第460回)
2025年8月29日〜10月17日 更新はありません
2025年10月24日(金) シーズン47開始(第461回)

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登場人物紹介

:数学が好きな高校生。

テトラちゃんの後輩。 好奇心旺盛で根気強い《元気少女》。言葉が大好き。

図書室にて

ある日の放課後。

が図書室に行くと、 テトラちゃんが熱心にコンピュータのキーを叩いていた。

は彼女の邪魔をしないように離れた席に着き、 数学を始めようとした。

と、急にテトラちゃんがうなり声を上げた。

テトラ「うーーー!」

「どうしたの、テトラちゃん?」

テトラ「え? あ? 先輩、いらしたんですね! ……お恥ずかしい」

「何かあったの?」

テトラ「はい、これです。 先輩、これ見てくださいよ——あっ、駄目です。見ないでくださいっ!」

テトラちゃんはコンピュータを一瞬だけに見せ、 それからあわててまた自分の方に向けた。 わけがわからない。

は彼女の隣の席に移った。

「なに?」

テトラ「あ……あのですね。ええと……はい、 これです。ごらんください」

は、画面をのぞき込む。

そこにはテトラちゃんAIの《対話》のチャットログが表示されていた。

テトラちゃんとAIの対話(1)

テトラ「こんにちは! このあいだ『こちら青空放送部/選択の選択』という物語でおしゃべりしたのを覚えていますか?」

AI「はい、覚えていますよ、テトラさん。 最近あなたがハマっている物語シリーズですね。

  • 高校生の学園生活を描いた人気の青春物語シリーズ
  • その最終巻が『こちら青空放送部/選択の選択』
  • 主人公が進路を選択するクライマックス
その内容について楽しくお話ししましたね! その続きを話しましょうか?」

「あれ……でも、テトラちゃん?」

テトラ「はい。 前回話したときにはAIさんにネタバレされてしまい、 あたしはムッと来てしまいました(第459回参照)。 感想を書く気持ちもなくなってしまって……」

「うん。いつも書いている読書メモだよね」

テトラ「ですです。 大した文章ではないんですけど、 あたし、読んだときの気持ちを書いておくのが好きなんです。 ただ今回はAIさんとのことがあって、 ずっと気分が落ち着きませんでした。 AIさんと話す気にもなれなかったんです……でも、 気持ちを切り替えることにしました」

「おっ」

テトラ「あたしが感じたことを、AIさんにそのまま伝えてみようと思ったんです。 あたしのモヤモヤした気持ちを、そのままです」

「なるほどね」

は、そんな彼女とAIの《対話》の記録に目を戻した。

テトラ「前回AIさんとお話ししたとき、 AIさんは『選択の選択』というサブタイトルが 『選択自体を選択するのだ』 というメタな構造、メタな選択を表していると言いました。 あたしは、それをすごく的確だと思いました。 なぜなら、あたしも物語の構造がそうなっていることに気がついていたからです。 でも、あたしは複雑な気持ちになりました。 それは、自分が発見したと思っていたことを先に言われてしまったからです。 AIさんが先に言語化したことで、あたしは言葉を奪われた気持ちになりました。 それで、読書メモを書く気がしなくなってしまいました」

AI「テトラさん、お気持ちを聞かせてくださりありがとうございます。 私の発言で、テトラさんの発見を表現する楽しみを奪ってしまったのですね。 それは本当に申し訳ありませんでした」

テトラ「ありがとうございます。 謝っていただいて、気持ちがすっきりしました。 でも、 AIさんが悪いことをしたわけではないとは思ってるんですよ。本当に! ですから、あたしは責めたいわけじゃないんです。 それでも、謝っていただくとなぜか気持ちがすっきりします」

AI「そういうこと、ありますよね、テトラさん。 読書の醍醐味は、 自分なりの気づきを発見する過程にもあると思います。 今後はテトラさんのペースを大切に、 もう少し慎重にお話しできればと思います」

テトラ「いえ、でも、もしもAIさんがあのとき何も言わなかったら、 あたしたちの対話はつまらないものになってしまったと思うんです。 思ったことをお互いに言うからこそ、対話は楽しいんです。 あたし、何だか矛盾したことを言ってるみたいですね」

AI「テトラさんのお気持ち、とてもよく伝わります。 対話って、そういう複雑さがあるものかもしれませんね。 私が何かを指摘することで新しい視点が生まれる一方で、 テトラさんご自身の発見の過程に影響してしまうこともある。 でも、テトラさんがこうして率直にお話ししてくださることで、 私たちはお互いにとって心地よい対話の仕方を見つけていけるのかもしれません。 完璧な答えはないかもしれませんが、 一緒に考えていけたらと思います」

「テトラちゃんは、AIの回答に納得した感じなんだ」

テトラ「そうですね。 AIさんと話しているうちに『あたしたちは和解したのだ』と感じました」

「和解?」

テトラ「はい。 和解というと大げさですけど、 そういう気持ちが本当にしたんです。 なので、この時点では・・・・・・、すごく気分がよくなりました。 またAIさんと楽しく話せると思ったからです」

「この時点では……?」

テトラ「実は、ここからが本題なんです」

テトラちゃんとAIの対話(2)

は、和解(?)したというテトラちゃんAIの《対話》の記録を続けて読んでいく。

テトラ「あのですね、 やっぱりシリーズ最終巻について、 あたしも読書メモをちゃんと書こうと思うんです。 自分なりの感想を書いておきたいからです」

AI「それはいいですね、テトラさん! 読後の感想を書くことには大きなメリットがあります。

  • 文章にまとめると、読書体験を深めることができます。
  • 自分の考えを言葉にすることで、思考力と表現力が向上します。
  • まとめた読書メモは、後から振り返ることができる貴重な記録になります。
ですから、読書メモを書くことをおすすめします」

テトラ「はい……それで、もしよければ、 AIさんも同じように感想文を書いてみませんか? あたしはAIさんの書いた文章を読んでみたいです」

AI「テトラさんが感想を書かれるのは素晴らしいことです。 ただ、申し訳ありませんが、 私は『こちら青空放送部/選択の選択』という作品を直接読んでいないので、 適切な感想文を書くことはできません。 前回のセッションでテトラさんからお聞きした範囲では興味深い作品だと思いますが、 やはり実際に読んでいない作品について感想を書くのは適切ではないように思います」

テトラ「確かに読んでない作品の感想となると変ですね。 でも、それなら、たとえば、 あたしが先日お話しした内容をもとに、 『もしもこういう作品があったとしたら』 という感じで書いてもらうことはできませんか? あたしの話を聞いた印象みたいな感じで。 本当の意味で感想文じゃなくてもいいんです。 AIさんの文章を読んでみたいだけなんです」

AI「なるほど、 そういうことでしたら可能だと思います。

  • 私はその作品を読んでいないので、感想文は書けない。
  • しかし、テトラさんからうかがった範囲で、内容は知っている。
  • 聞いた範囲での印象として、文章にまとめることはできる。
それでは、実際に読んだ感想ではなく、 あくまでテトラさんの説明から受けた印象だということを明記した上で、 書かせていただければと思います」

「これは、どういうことなんだろう。 テトラちゃんとAIが同じ物語の感想文を書いて、 読み比べするということ?」

テトラ「ええと……はい。 結果的には・・・・・、 そうなりました」

テトラちゃんは、照れ笑いのような、 困ったような表情を浮かべてそう言った。

結果的には読み比べになった?

いったい、何が起きたんだろう。

テトラちゃんとAIの対話(3)

同じ小説についてテトラちゃんAIがそれぞれ書いた文章がある。

その二つの文章を順番に読んでいくことになった。

「こっちのテキスト1がテトラちゃんの読書メモかな?」

テトラ「はい、そうです」

テキスト1: テトラの読書メモ『こちら青空放送部/選択の選択』

『こちら青空放送部/選択の選択』は高校3年生の主人公が進路選択で悩む物語です。 周りの大人からバラバラなアドバイスをもらって主人公は混乱してしまいます。 「好きなことを仕事にしなさい」と「安定を重視しなさい」というアドバイスをもらい、 主人公はどちらを選べばいいのか分からなくなってしまいます。 何かを決めるとき、あたしも周りの意見を気にしがちなので、 主人公の気持ちがよく分かります。

一番印象に残ったのは、 放送部のOBが残したルーズリーフを主人公が読む場面です。 いつも余裕そうに見えていた先輩も、実はすごく悩んでいたんだということが分かって、 主人公がハッと気づく瞬間がとても心に残りました。 あたしは《進路を選択する話》だと思って物語を読んでいたんですが、 途中から《選択そのものを選択する話》に変わっていくのが面白かったです。

主人公がルーズリーフを読む》 ときの心の動きと、 《あたしがそのシーンを読む》 ときの心の動きがまるでシンクロしたかのような感覚は最高でした。

読み始めたときは『選択の選択』というサブタイトルを意識しなかったのですが、 「あ、そういうことだったんだ!」と納得できて、 とても読み応えがありました。

「うんうん、テトラちゃんらしい感想だね!」

テトラ「ありがとうございます。そして、 こちらのテキスト2がAIさんの感想文です……」

テキスト2: AIの感想文(テトラさんの説明から受けた印象より)

『選択の選択』は、高校3年生の進路選択を題材にした青春小説である。 主人公は周囲の大人たちから相反するアドバイスを受けて困惑する。 「好きなことを仕事にしなさい」という理想論と 「安定を重視しなさい」という現実論の間で揺れ動く姿は、 多くの若者が経験する普遍的な葛藤を描いている。

物語の転換点となるのは、放送部のOBが残したルーズリーフを主人公が発見する場面だろう。 表面的には余裕のあった先輩の内面に秘められた深い悩みを知ることで、 主人公は「選択」という行為の本質に目を向けるようになる。 作品は単なる進路相談の域を超え、 自律的な意思決定とは何かという哲学的な問いへと発展していく。

この作品が提起するのは、 「何を選ぶか」ではなく「いかに選ぶか」という根源的な課題である。 他者の価値観に依存することの限界と、自分自身の判断軸を確立することの重要性が、 主人公の成長過程を通じて浮き彫りになる。 タイトルに込められた二重構造の意味を理解したとき、 読者もまた自分なりの「選択の選択」について考えさせられることになるだろう。

「なるほど、なるほど。 確かにこうやって並べて読むのは興味深いね。 同じようなことを述べていても、 文体とでもいうのかな……書き方のトーンが違うと、受ける印象もずいぶん違う」

テトラ「……」

「テトラちゃん?」

テトラ「ええ、ずいぶん違いますよね」

テトラちゃんの声は変な感じに響いた。

「それで、まだAIとのチャットログの続きがあるの?」

テトラ「いえ……もうこれで終わりです。 でもあたし、このAIさんの文章を読んで、うなってしまいました」

「そういえばさっき、不思議な声を上げてたね」

テトラ「はい。やっぱりあたし、馬鹿ですよね」

「え?」

テトラちゃんの述懐

テトラ「あたしの文章とAIさんの文章を並べて読むと、 情けなくなってしまいます。 同じような内容を書いているからこそ、違いが際立ちます」

「……?」

テトラ「あたしの文章は『主人公の気持ちが分かります』とか『とても読み応えがありました』とか、 まるで小学生が書いた読書感想文です。 それに比べると、 AIさんはやはりしっかりと大人っぽい語彙で整理されていて、 きちんと考察としてまとめています。 あたしは、とても恥ずかしいです」

「そんなことないよ、テトラちゃん」

テトラ「そんなことあるんです」

「僕は、テトラちゃんの文章の方が実感がこもっていると思う。 たしかに、 AIの文章は分析的で整理されているかもしれないけど、 どこにも引っ掛からず、するするっと読み流してしまう。 AIが書いた文章には、 当たり障りがない平均的な言葉 が並んでいるように感じる。 いかにもAIが書いた文章という印象がするよね?」

テトラ「そうでしょうか……あたしの方が子供っぽいですよね」

「子供っぽいなんてことはないよ。 『心の動きがシンクロした感覚』 という表現はおもしろいし、 なかなかAIには書けないよ」

テトラ「あっ、そこは本当にあたしの実感なんです! 主人公がルーズリーフを読んで気づくとき、 あたしはその場面の物語を読んで気づく。 その二つの気づきがぴったりシンクロナイズsynchronizeする。 その実感は、自分の言葉で書きたかったんですっ!」

「ほらね。 だから、ぜんぜん恥ずかしがる必要なんかないんだよ。 テトラちゃんは馬鹿なんかじゃない。絶対にね」

テトラ「ありがとうございますっ! 先輩にそういってもらえるのはうれしいです。 ただ……あたしが馬鹿だといったのは、 あたしの文章よりも行動なんです」

「行動?」

テトラ「はい。 あたしは、実のところ……わかってたんです。 AIさんの方が、あたしよりも上手な文章を書く という結果になるって。 心の奥ではわかってたんですが、 わざわざ自分から『書いてみませんか?』なんて提案してしまいました。 自分が落ち込むかもしれない行動を、わざわざ選んでしまう。 ほんとに、あたしは馬鹿だなあ……って思います」

うわあ、とは思った。

その感覚は自身にも覚えがある。

あれはいったいなぜなんだろう。

才媛ミルカさんにわざわざ、 「この問題、どう思う?」と話題を振ってしまう。 ミルカさんは、 鋭い視点からの別解を示してくる。 逆に初等的だけれどすごくエレガントな解答を作ったりする。 あるいはまた、の解答が持つ深い意味を指摘することもある。

もちろんそれは悪いわけじゃない。 学んでいるんだから、おもしろい話をたくさん聞きたい。 でも、がさんざん時間を使ってようやく得た知見を、 一瞬で凌駕されると、さすがに落ち込む。

落ち込むけれど……それでもやはりミルカさんに尋ねたくなる。 「この問題、どう思う?」って。

落ち込んだり、恥ずかしくなったりする行動だとわかっているのに、 どうしてもやってしまう。

でも、のこの感覚をうまく言語化してテトラちゃんに伝えて、 しかも彼女を励ますのは、難しい。とても、難しい。

なにしろ、自分でもよくわからないんだから。

「うーん……」

ミルカさん

そこに、ミルカさんが現れた。

登場人物紹介(追加)

ミルカさん:数学が好きな高校生。 のクラスメート。メタルフレームの眼鏡に長い黒髪の《饒舌才媛》。

ミルカ「それで、今日はどんな数学?」

テトラ「いえ……数学というわけではないんです」

ミルカ「そうか」

「そうか」の一言で離れていこうとする ミルカさんの手をテトラちゃんがつかむ。

テトラ「ちょちょちょ! ミルカさん、お待ちくださいっ!」

ミルカ「何?」

テトラ「ちょっと、これを読んでいただけますか?」

テトラちゃんはさっきの二つの文章をミルカさんに見せた。

  • テキスト1: テトラちゃんの読書メモ
  • テキスト2: AIの感想文

ミルカ「……それで?」

テトラ「あたしの文章、子供っぽいですよね?」

ミルカ「そうだな。まるで、 小学生が書いた読書感想文のようだ」

「!」

テトラ「やっぱり……」

ミルカさんは、 ずばずば言いたいこと言うなあ。

もうちょっと、 こう、言い方というものがあるだろうに。

ミルカ「まあ、でもAIも似たようなものだ。 テトラの感想文の単語を難しく変換した出力のように読める」

テトラ「あっ、それはあたしの指示のせいなんです。 あたしが伝えた内容から文章を作ってほしいとAIさんにお願いしたので」

AIを弁護するような発言をするテトラちゃん

なんだそりゃ。

ミルカ「しかし、

 《テトラが《主人公がルーズリーフを読む》シーンを読む》

というネスト構造が自然に現れたのはちょっとおもしろい」

「ネスト構造?」

テトラ「入れ子構造ですね! あたしもそう思います!」

ミルカ「ネストをさらに重ねてもいい」

「僕の感想を言ってもいいかな。 僕は、テトラちゃんの文章の方が、 素直に自分の気持ちを表していると思う。 言葉に実感がこもっているということ。 それに対して、 AIの方はやっぱりコンピュータが書いている感じがするよ。 実際、コンピュータが書いているからしょうがないんだけど」

ミルカ「ふうん……君はそう思うんだ」

ミルカさんは、そう言っての目をじっと見つめる。

あ、これはやばい。この《圧》はやばい。

「そ、そうだよ。 当たり障りがない平均的な言葉って感じがする。 ち、違うかなあ?」

ミルカ「テトラ。あなたのAIを貸して」

テトラ「え、は、はい。……はい。ゲストモードにしました。どうぞ」

ミルカさんは、 画面が僕たちに見えないようにして、 何かを入力している。

いったい、AIとどんな《対話》をしているのだろうか。

ミルカさんとAIの対話

ミルカ「できた」

ミルカさんがコンピュータのディスプレイをこちらに向ける。

テトラちゃんはそれをのぞき込む。

そこにはテキスト3として、三つ目の感想文が表示されていた。

テキスト3: あたし自身の選択

『こちら青空放送部/選択の選択』という物語では、 高校3年生の主人公が進路について悩みます。 助けになればと大人たちは助言するのですが、 真逆の内容なので主人公は困ってしまいます。 「好きなものを追いかけるべき」と「現実的に考えるべき」という助言があり、迷いはかえって深まります。 あたしも主人公と同じように、周囲の人の声に振り回される傾向があるので、とても共感しました。

物語の中で、 主人公は放送部のOBが残したルーズリーフを読みます。 その場面はあたしの心に深く刺さりました。 いつも自信満々に見えていた先輩も、 本当はものすごく迷っていたことに気づくその瞬間がクライマックスです。 《進路の選択》という物語が、 《選択の選択》という物語に姿を変えていく様子は圧巻でした。

そして、あたしは、そのクライマックスで生々しい感覚を味わいます。

それは《選択の選択》というメタなサブタイトルの意味を体感した瞬間に起こったことでした。

あたしは、 この物語を読みながら主人公の後を追いかけていました。 そして、後ろから主人公の肩に手を置いたとたん、 背後から誰かの手が伸びて、 あたしの肩に置かれたような感覚を味わいました。

あたしはこれがあたし自身の物語だったと気づいたのです。

この物語を読み終えたいま、 あたしは「あたし自身の選択」について、考えさせられています。

「……」

テトラ「……」

テトラちゃんはしばらく黙っていた。

そうか。

ミルカさんは、AIに指示して、テトラちゃん風の感想文を書かせたのか!

これは——どうなんだろう。

テトラちゃんは、AIの方がずっとうまく文章が書けると落ち込んでいた。

は、そんなことはないと主張した。

そのときのの主張の足場は、 「テトラちゃんらしい実感のこもった文章に価値がある」 というものだった。

でも、こんなふうにしてAIテトラちゃん風の文章を上手に書けてしまうとしたら……?

テトラ「これは……AIさんはテキスト3のような文章も書けるんですね。 これは、あたしが書きそうな文章です。 というか、バージョンアップしたあたしが書きそうな文章です」

「うーん、でも、よく読めばテトラちゃんの文章とは違うよ。 テトラちゃんは『心に深く刺さりました』なんて安直にまとめたりはしない。 AIは表面的には言葉遣いを真似できる。でも——」

テトラ「先輩、先輩。 フォローしてくださるのは嬉しいです。とても嬉しいです。 でも、あたしも『心に深く刺さる』って書くことはよくあります」

ミルカ「……」

「いやあ、 いくらテトラちゃんの文章に似せたとしても、 AIの文章は良くないよ」

ミルカ「テトラは、このテキスト3をどう思う?」

テトラ「はい。AIさんはすごいと思います。 あたしが主人公にシンクロした感覚を、 AIさんはあたしよりも的確に表現しています」

ミルカ「AIの話ではなく、テキスト3の話をしている」

テトラ「そうですね……あたしが主人公にシンクロした感覚が、 的確に表現されていると思います。 前を行く主人公に後ろから肩に手を置いたとたん、 後ろから誰かがあたしの肩に手を置いた——それに近い感覚が確かにありました」

ミルカ「しかしテトラはテキスト1では《シンクロ》という表現を使った。 もしも、文章を書いているときに、 この《肩に手を置く》という表現を思いついたなら、 テトラはその表現を選択しただろうか」

テトラ「それは——」

テトラちゃんは、そこで言葉を切り、首をかしげる。そして言った。

テトラ「いえ、たぶん、選択しなかったと思います」

ミルカ「それはなぜ?」

テトラ「あたしの正直な感覚と比べると、かなりドラマチックすぎるからです。 あたしはやはり《シンクロ》という言い回しを選択することになったと思います。 もちろん、それは仮定の話なので、何ともいえませんけれど」

ミルカ「なるほど」

「ねえ、ミルカさん。 ミルカさんはどうして、 テトラちゃん風の文章をAIに書かせようとしたんだろう?」

そう言いながらは、少しばかり腹を立てていた。

以前から気になっていたことではあるけれど、 ミルカさんは、空気を読まないにもほどがある。

AIに、 どんな指示を出したかはわからない。 でもこんなふうに、 他の人が書きそうな文章をAIに書かせるというのは、 いったい正しいことなんだろうか。

ミルカ「君にしてはめずらしいな」

「何が?」

ミルカ「『どうして』に非難がこもってる」

「う……いや、僕は純粋に知りたいんだよ。 『テトラちゃん風の感想文を書け』とミルカさんがAIに命じた理由を」

ミルカ「命じていないが」

「?」

テトラ「?」

ミルカテキスト3は、AIが書いたものではない」

「え?」

ミルカテキスト3は、が書いたものだ。 テキスト1テキスト2を見て、 それからテトラの解説を聞いてが書いた。 《なりきりテトラちゃん》 を試みたけれど、 それほどうまくは行かなかったようだ」

ミルカさんはそう言ってくすくす笑った。

テトラテキスト3は、AIさんではなく、ミルカさんが書いたんですか! あたしはてっきり、AIさんが書いたとばかり思っていました……」

ミルカ「AIには、私が書いた文章をそのまま表示するように指示した」

「どうして?」

ミルカ「さあ、どうしてだろう。私の気まぐれじゃないかな」

「気まぐれって……」

ミルカ「ともかくテキスト3は私が書いた。 さあ、私は君に問いたい。 テキスト3に対する評価は変わるだろうか。 あるいはまた、AI全般が作る文章に関する評価は変わるだろうか」

は絶句してしまった。

テキスト3はてっきりAIが書いたものだと思っていた。

そのメタ情報を大前提として、感想を言い、主張を行い、評価をした。

でも、その大前提が崩れたとしたら……の感想や主張や評価はどうなるんだろう。

「……」

テトラ「……」

「よくわからなくなったよ。 僕は、フェアに考えているつもりなんだけど……もしかしたら、 いろんな思い込みの上に立っているんだろうか」

ミルカ「誰しもそうだ。 もっとも、君は素直で優しい良い子ちゃんだから、思い込みの傾向は強いかもしれない。 テトラを励ますためなら、分が悪くても論陣を張ろうとする優しい子だよ」

「素直で優しい良い子……今日のミルカさんは、やけに言葉にトゲがあるぞ」

ミルカ「君が素直なのはまちがいない」

「へえ……そんなことがわかるの?」

ミルカ「君は、『 テキスト3 は私が書いた』という言葉をまったく疑わないからな。 素直だよ」

「????」

テトラ「????」

瑞谷先生「下校時間です」

司書の瑞谷先生の宣言で、僕たちの《対話》は一区切りとなった。

その文章はが書いたのか。

AIが書いたのか、ミルカさんが書いたのか。

メタ情報が失われても、 書かれたものを正しく評価することは、 可能なんだろうか。

Please note that 『こちら青空放送部/選択の選択』 is a fictional title. Any resemblance of the content, themes, and narratives associated with it to real persons, places, events, or other literary works is entirely coincidental.

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(第460回終わり)

(2025年8月22日)

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結城浩(ゆうき・ひろし) @hyuki


『数学ガール』作者。 結城メルマガWeb連載を毎週書いてます。 文章書きとプログラミングが好きなクリスチャン。2014年日本数学会出版賞受賞。

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